終わりの始まり
夜会当日、乙女ゲームのイベントでは真っ赤な目の覚めるような派手なデザインのドレスを着ることになっていたミラージュだが、この日選んだドレスは落ち着きのある深緑のドレスだった。
それはデヴィットの瞳の色でもある為、どうしてそのドレスの色にしたのか特に聞かれることもなく、デザイナーはミラージュの要望を取り入れ、淑女らしい楚々としたデザインにしてくれた。
デヴィットにエスコートされて会場に入れば、既に大勢の客が会場の中に居り、それぞれ談笑をしている。
二人もそれに加わりながらも、国王と王妃が来るのを待っている。
そんな中、二人に近づいてくる一団があった。
それはもちろんディシュを中心にしたもので、連れている子息は高位の子息ではあるが全員ディシュの体を使った行為に誑かされ、今では学園での地位を落としている者ばかりである。
そう言った噂は生徒を通じて各家に伝わっているもので、ディシュを中心とした集団はこの夜会でも談笑の輪から外されていたのだが、ミラージュを見つけて近づいてきたのだろう。
デヴィットもあれから独自にディシュの情報を集めたのか、すぐに近づいてきたのがディシュだとわかり、まるでミラージュを守るように腰に手を回して自分の方に引き寄せた。
「こんばんは、ミラージュ様。素敵な方をお連れですね、紹介してもらえますか?」
「ごきげんよう、ディシュ様。こちらはわたくしの婚約者のデヴィット様ですわ」
ディシュは各子息に贈られたのだろう、豪華な白いドレスに、サファイアの耳飾り、ルビーの首飾り、エメラルドの指輪をつけている。
ミラージュはそれを見て、せめてデザインだけでも揃えるべきだし、使われている石に統一性を持たせるべきだとも思ったが、注意したところで庶子だからバカにしているのだろうと言うに決まっていると、その事に対しては沈黙を守った。
「へぇ、デヴィット様っていうんですか。あたし、ディシュっていいます。でもお気の毒ですね、ご存じないかもしれませんけど、ミラージュ様っていいこちゃんのふりをしてるけど、裏では性格が最悪の陰険な人なんですよ。あたしの事も階段から突き落とすように指示したりして、もしもっと大怪我を負っていたら今日の夜会にも参加できなかったかもしれません」
やはり、とミラージュはため息を吐き出したいのを我慢する。
「折角だからこの機会にミラージュ様がどれだけあたしに嫌がらせをしてきたか皆様にわかってもらいましょう!」
最後は大きく声を出したディシュに周囲の者が視線を向ける。
それを感じたディシュは気をよくして、一転して悲しげな表情を作ると、今まで如何にミラージュによって自分がひどい目に遭わされたのかというのを涙ながらに語り始めた。
もっとも、それを信じる者はディシュによって誑かされた子息のみで、その言葉にミラージュを責め立てるのもその子息達だけである。
周囲の者は冷めた視線でディシュを見ているが、注目を集めているという事だけで満足なのか、ディシュは演技をやめるつもりはないようだ。
「あたし、本当につらくて。何度も学園に行くのを迷ったんですけど、皆が居てくれるからあたし、頑張って学園に通うことが出来てるんです。デヴィット様もこんな性格の悪いミラージュ様と結婚なんかしないで、あたしと一緒に居てください」
「結婚、ね」
デヴィットは馬鹿にしたようにディシュを見る。
この国の貴族では婚姻というのだ。
結婚というのは庶民だけ。
この時点で庶民としての感覚が抜けていないと自白しているようなものであるし、デヴィットは独自の調査により、ディシュが言っていることが全て嘘である事もわかっている。
「申し訳ないが、三文芝居に付き合う気はないんだ」
「え?」
「調査は済んでいる。君がなぜミラージュ様を目の敵にするのかは知らないが、荒唐無稽な事で僕の婚約者を陥れるような真似をするのはやめてもらおうか」
「あたし、そんなこと……」
「君の話には何の証拠も根拠もない。全て自分の都合のいいように話しているだけだ」
「そんなことは」
「なら今すぐに証拠を見せてもらおうか。証人も連れてきてくれて構わない」
「それは……」
ディシュが口ごもると、デヴィットは話にならないと言わんばかりに笑うと、ミラージュの腰を抱いたままその場を離れた。
その後姿をディシュが呪い殺さんばかりの視線で見つめていたが、デヴィットは気にした様子もなく人波に紛れて行った。
その後、国王や王妃が登場し、ダンスが始まり夜会が本格的に開催されると、ディシュの話していた事等誰しもが忘れ夜会を楽しんでいる中、ミラージュがダンスを踊り続けた疲れを取る為に休憩スペースで友人と談笑をしていると、会場に流れる音楽に紛れて絹を切り裂くような大きな悲鳴が聞こえてきた。
それは会場付近にある大階段からで、何事かと衛兵たちが向かえば、そこには階段の下で倒れて血を流しているディシュが発見された。
すぐさま病院に運び込まれたディシュは、目覚めてすぐにミラージュに突き落とされたと訴えたが、ミラージュにはしっかりとしたアリバイがあると言われると、そんなものは影武者だなどとありもしないことを言い始めた。
確かに、王位を継ぐものには影武者が用意されることはあるが、ミラージュにはそんなものは存在していない。
もしミラージュに何かあれば、妹が地位を引き継げばいいだけなので、始めから用意する気などなかったのだ。
ディシュはそんなはずはない、ミラージュは本来厚化粧で性格が悪く、つり目で冷酷無慈悲な存在なのだから、今のミラージュは作り物なのだと主張した。
けれども、幼いころからのミラージュを知っている誰もが、今のミラージュこそが本物だと思っている為、ディシュの言葉を聞き入れようとはしない。
そんな中、医師はディシュに一つの事実を突きつける。
それは、ディシュが実は妊娠しており、階段から落ちた際に流産してしまった事、そしてその影響でもう子供を産むことは望めないという事だった。
ディシュはそんなもの認めないと叫ぶが、事実だと冷静に医師に言われ、半狂乱になった。
誰の子供かもわからない子供ではあったが、妊娠して無事に子供を産むことが出来ていれば、ディシュの将来は安泰だったからだ。
しかももう子供が望めない体になってしまったとなれば、貴族の女としての価値はないに等しくなってしまい、庶子として引き取られたものの、捨てられてしまうのではないかと恐怖した。
そしてその恐怖は当たり、怪我の治療を終えたディシュは学園をやめさせられ、伯爵家からも追い出されることになった。
そうして学園には平穏が戻り、ミラージュは乙女ゲームそのものが失敗に終わったのだと安心した。
そうしていつものように生徒会の仕事を終えて家に帰り自室に行き着替えを終えて人払いをすると等身大の鏡を見て笑う。
それは、鏡の中の乙女ゲームの中のミラージュとそっくりの笑みで、ミラージュはその事に満足したようにもう一度笑うと、いつもの穏やかな微笑みに戻す。
「乙女ゲームはもう終わり。これからはわたくしの人生が始まるのですわ。もう、誰にも邪魔は出来ない。そう、鏡の中の私、貴女にもね」
ミラージュはそう言うと、その鏡に向かって近くにあった花瓶を投げつけて粉々に砕いた。
=END=