思わぬ結末
僕は目の前にいる警察の捜査員に、彼女、山田ツングースカが人畜無害な生き物である事を、どうしたら理解して貰えるか散々頭を悩ませていた。もっとも正確には、人畜無害だとは言い切れなかったが。
「僕以外に誰か被害にあった人がいるんですか?」
「ええ勿論。だからこそ我々は、あなたの所にこうして伺っているのです。あなたにまで大きな被害が及ばぬよう」
「繰り返しますが、そんなに悪い奴じゃないと僕は思います。ただちょっと食い意地が張って……」
またしまったと思った。これじゃまるで彼女が……食い意地と言ったって茶菓子とか野菜炒めとか……そりゃ野菜炒めにも肉入ってたけど……豚肉だし……豚は人間に近いってどこかで聞いた事あるけど……
「ほっとけば全てを食らい尽くします。まるでイナゴの大群のように」
そんな! あの猫耳メイドの彼女が、そんなクリーチャーなんて! いくら何でも!
「こう言っては失礼ですが、幸いあなたはたいした財産はお持ちで無いようなので、それが不幸中の幸いだったものと思われます」
「はい?」
え? この人何言ってるの?
「ですから流石に、あなたから大金をせしめるのは無理だと、彼女も考えたのではないかと」
「はあ?」
えっと、つまり、どういう事?
「彼女からお金を貸して欲しい等の申し出はありませんでしたか?」
「それはありませんね。はい、むしろ有得ません。何しろ彼女は僕よりお金持ってますから。だってこのアパートの大家をやっているくらいですから」
僕はきっぱりと断言した。
しかし
「それだ!」
僕らの話を黙って聞いていたもう一人の捜査員が、いきなり叫び
「家賃を請求されませんでしたか?」
興奮気味に聞いて来た。
「勿論請求されましたよ。大家さんなんだから当然だと思いますが」
僕はありのままの事実を伝えた。
「家賃の支払日が不自然に早くなったという事は?」
「そりゃまあそうですけど、彼女曰く、大家さんが変わったんだから、家賃の支払日が変わるのは当然との事でしたが」
「やはりそうでしたか」
二人の捜査員は顔を見合わせ頷き合った。
「やはりと言いますと?」
「彼女、山田ツングースカは新手の詐欺を思い付いたようですね。今までは結婚詐欺まがいの事をやって、相手から財産を根こそぎせしめていたんですよ」
この捜査員達は僕が予想だにしない事を言った。
「おそらく今回は大家さん詐欺とでも言いましょうか。新しく大家になったと言って、借家人に早めに家賃を支払わせ、そのままトンズラって寸法でしょう」
えっ? 何? 彼女が詐欺? 彼女詐欺師? そう言えば大家さんが変わったってのも、彼女が自らそう言った事以外に、何の根拠も無い事に今更ながら気付いた。
彼女が詐欺師! それなら今まで彼女が言ってた事って? 全部嘘? 宇宙人だって事も! 超銀河郵便連盟の郵便配達員だって事も! 12000年前からの手紙も! 全部彼女の作り話だったって言うのか?
確かに思い返してみれば、全部彼女から聞いた事でしかなかった。証拠なんて何一つ無かった。今までの彼女の言動から、彼女が宇宙人だという事を、なんとなく信じてしまっていた。
いや、証拠ならある! あの手紙だ! あの地球の物とは思えない手紙こそが、何よりの証拠だ!
しかし、すぐにそれを否定する考えが浮かんだ。確かに金属っぽい封筒に切手と思われるオブジェが貼ってある物体ではあったが、そんな物は地球上でも作ろうと思えば作れる。SFの小道具として。僕は彼女の言動から、あれが少なくとも現代の地球の物では無いと、思い込んでいたに過ぎなかった。
彼女は今まで僕を騙していたというのか? 僕から家賃を騙し取るために! でも……
そう、僕は家賃を騙し取られなかった。代わりに朝食と昼食と茶菓子を提供する事にはなったが。それに……
期間限定高級スイーツのチーズケーキは彼女の奢りだった。
結局、彼女は何の為に僕を騙したんだろう? 僕を騙して何を得ようとしたんだろう? 僕にはさっぱり分からなかった。
「おそらくあなただけでは無く、このアパートの住人全員が彼女のターゲットなのでしょう。まずはあなたに近づき、新しい大家だと信じ込ませます。そうすればあなたが証人になる事で、他の住民にも新しい大家だと信じ込ませる事が、可能になると踏んだのでしょう」
僕の住むこのアパートは1棟10部屋ある。それが3棟あるから合計30部屋。今は満室で1部屋3万円の家賃だから、合計90万円。僕の部屋を除いても87万円。
確かに僕を騙す価値はありそうだ。
今までの事を振返れば辻褄は合う。僕とコンビニに行きわざわざ腕を組んでまで周囲に印象付けた。そしてわざわざ周囲に聞こえるように、自分が大家さんである旨を話した。大家と借家人がバッカップルみたいな振る舞いをしていれば、その噂はあっという間に広がる。
それが狙いだったのか。その為にあんな嘘まで吐いて僕に近づいたと。このアパートの新しい大家であると周囲に印象付ける為に、僕をまんまと利用したと。