ビフォーアフター
僕は今まさに、絶望のどん底に突き落とされていた。
そんな僕の目の前に、突如として現れたのは!
……彼女だった。そう、上様こと山田ツングースカだった。
彼女がスマートフォンのような物を取り出して操作すると、二人の捜査員は突然姿を消した。
「あ、今のは本物そっくりホログラムっていう、我々のオーバーテクノロジーのひとつです。さっき言ったじゃないですか、ファーストコンタクトの記念に、由宇作にだけ特別に、オーバーテクノロジーお見せするって」
「は??????」
「だからさっきの二人ですよ、警察を名乗って私の事詐欺師だとか言ってた。あれ本物の人間じゃなくてホログラムなんですよ、本物そっくりの」
「えぇーっ! ……って、嘘って事?」
「いえ、本当ですよ、私が宇宙人だって事は」
「いや、そうじゃなくて、僕を騙してた詐欺師だって事が」
「騙したのは本当ですよ。気付きませんでしたか? あんなにまんまと騙されて」
「じゃあやっぱり詐欺師じゃん」
「違いますぅ、宇宙人ですぅ」
「じゃあ詐欺師の宇宙人?」
「違いますぅ。詐欺なんてして無いですぅ。騙しただけですぅ」
「それを地球では詐欺って言うんですが」
「詐欺じゃ無いですよ、騙しただけですよ。騙しただけじゃ詐欺にはならないでしょう?」
確かに地球でも、騙しただけでは詐欺にはならない。でも僕はそれじゃあ、腹の虫が納まらなかった。
「それに……」
彼女は僕の目を見つめながら
「うまい話は信じないって言ってたじゃないですか。その割にはまんまと騙されてましたよね」
そう言ってにやりと笑った。
この女は一体どこの魔界からやって来たんだろう?
「上様ってさあ、ほんとっ何者なの?」
「いやですよ、あたしゃしがない郵便配達員ですよぉ」
彼女はなぜか照れ臭そうに笑いながら、そう答えた。
宇宙人てのは、もしかしたらこんな奴ばかりなんだろうか? そんな考えが頭をよぎった。もしそうなら……もしそうなら宇宙の中心で「金返せ!」って叫びたくなる。
「それでさあ上様、こんな所で立ち話してるのも近所迷惑だから、家に上がって積もる話でもゆっくりしない?」
さあどう釈明して貰おうか。
「それはいいですね、お茶でも飲みながらゆっくりと……あっ、でもひとつ言っときますと、近所迷惑じゃないですよ、立ち話してても。だってこのアパート今、由宇作しか住んでないですから」
「へっ?」
まっ、まさか、このアパートで地球人集団行方不明とか? この宇宙人ならやりかねない気がした。
「立退いて貰ったんですよ、大金積んで。そりゃもうはずみましたよ、立退き料」
僕の予想に反して、なんかまともな事をこの宇宙人は言った。
「じゃあ続きは部屋の中で。ちょうどおいしそうなプリンがあったんで、買ってきました」
そう言うと、僕より先に部屋に上がりこんだ。
「これから活躍して貰うんですよ、この本物そっくりホログラムに」
先程のスマートフォンっぽい物を、彼女は僕に見せながら説明した。
「活躍して貰うって、どういう事?」
「驚くと思いません? 人が急に現れたり消えたりしたら」
「そりゃ驚くでしょ……ってまさか! 驚かせるつもり! オーバーテクノロジー使って」
「そのまさかです」
にやりと笑いながら彼女は答えた。
「てか、いいの? オーバーテクノロジーそんな風に使って」
「今回はケースがケースですからね。多少の事は大目に見るって路線で行きます」
「…………で、誰を驚かせるの? それ使って」
その質問に彼女はにやりと笑い、こう答えた。
「このアパートに、これから入居しようとする人達ですよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ上様! 今まで住んでた人達には、大金積んで立退いて貰って、今度は新しく入居する人達にそんな悪戯とか! 何考えてるの?」
全くこの宇宙人はアパート経営を何だと思ってるんだ!
「だから言ったじゃないですかぁ、アフターサービスだって。その為にこのアパート買い取ったって」
「うん、それは知ってるけど。けど、それとどう関係あるのか、まるっきり分からないんですけど」
「由宇作、ここの家賃って高いと思います? それとも安いと思います?」
「高くも無ければ安くも無いね」
「じゃあ駅に行ったり買い物に行ったりするのには?」
「便利でも無ければ不便でもないね」
確かに僕の住むアパートは良くも悪くもそれなりだった。
「つまりここはそれなりのアパートって事です。そして周りを探せば、同じようなそれなりのアパートが幾つも見つかります」
「だろうね。僕がここをネットで見つけた時も、似たような条件のアパートが幾つかあったし」
「それなら同じような条件の部屋を近くに用意して、立退き料をはずめば、快く立退いて貰えると思いません?」
「まあそりゃそうだろうね」
少なくとも今の僕ならそうするだろう。
「その後、家賃を半額に下げたらどうなりますかね?」
「は、半額! つ、つまり1万5千円って事? 上様家賃1万5千円にするつもりなの?」
「その通りですよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ上様! 僕は家賃が3万円のつもりだったから、上様に食事を作る事にしたわけで、1万5千円だったら割に合わないでしょ」
「え? だって由宇作は3万円のままですよ。半額になるのはあくまで新しい入居者ですから」
「何それ? 超不公平じゃん!」
「ほう。超不公平とな。それはどの口が言ってるんですか?」
僕の頬を摘んで引っ張りながら彼女は言った。
「幸運パワーを分け与える私が、特別に由宇作の側にいるにもかかわらず、超不公平だと?」
幸運パワーという物はこんなにも頬が痛くなる物だとは、不覚にも今まで気付かなかった。
僕の頬から指を放した彼女は、後ろから僕の首に腕を回すと
「新しい入居者は、オーバーテクノロジーの事知らないんですよ。知ってる由宇作と家賃同じだったら、割に合わないじゃないですか」
そう耳元で囁いた。
「ノブレス・オブリージュってやつですか」
「まあそんなところです。で、質問を繰り返しますが、家賃を半額にしたら?」
そう言いながら彼女は自分の席に戻ると、お茶を啜った。
「そりゃ入居希望者殺到するんじゃない? まさか上様、この界隈のゴーストタウン化を阻止するつもり?」
「うーん、惜しい!」
「惜しい?」
「ゴーストのところだけ」
「そこだけかよ!」
「由宇作、もし家賃が格安のアパートで、急に人が現れたり消えたりしたらどう思います?」
「そりゃ、やっぱり出るんだなと。出るから家賃安いんだなって思うよ、多分」
「出るって何がです?」
「そりゃ勿論、幽霊が」
「そんなアパート住みたいと思います?」
「出来れば避けたいね。……ただどうしても背に腹はかえられない時は、別だけど」
「そうなんですよね。そして世の中には、そんな背に腹はかえられない事情を抱えた訳ありの人達も、実にたくさんいるわけでして」
「まさか訳ありの人達を集めるために、わざと訳あり物件にしようって魂胆? わざわざオーバーテクノロジー使って」
「そのまさかですよ、由宇作。何しろ今後のミッションを考えると、オーバーテクノロジーが使われる局面も想定しなければいけませんから。そんな時に、訳あり住民が住む訳ありアパートなら、何とか誤魔化しが利くって寸法ですよ」
「確かにマスコミやら公的機関やらが介入して来て、アパートに住み続けられなくなったら死活問題だからね。オーバーテクノロジーをカモフラージュするには、ある意味一番都合がいいやり方かも知れないね」
「これを我々は訳ありバリアーと呼んでいます」
「訳ありバリアーか。……何か身につまされるなあ」
結局訳あり人生を送っている人間は、こんな風に利用されない限り、安住の地を得られないのかと思うと、何とも遣り切れない気分になる。いつか足元を見られなくても、安住の地を得られる世の中が来ないものかなと、ふと思った。
「由宇作」
いつの間にか彼女は僕の目を覗き込んでいた。
「もしかしてその切手を売って、オーバーテクノロジーで、世の中を変えてみたいなんて思ってません?」
流石にそこまでは考えてなかったから、首を横に振ったが、もしかしたらそんな人生もあるかも知れないなと、ふと想像した。
「ところで由宇作」
「何? 上様」
「夕飯の前にお風呂頂いていいですか?」
「へ?」
「ですからお風呂ですよ、この部屋の」
「え? だって大家さんの家に無いの? お風呂」
「ありましたよ。私が壊すまでは」
「……って、壊したのかよ!」
「だって仕方ないじゃないですか。宇宙船格納するのに丁度良かったんですから」
「えっ……って、浴室壊して宇宙船格納したの?」
「だって浴室無くたって、お風呂は由宇作の部屋で頂けば済む話ですから、てへへ」
笑ってる場合か! と思いながらもふと疑問が湧いた。確かに大家さんの家の浴室は、僕の部屋のに比べれば何倍もありそうだが、それでも宇宙船を格納出来る程とは思えなかった。
「てか入ったの? 宇宙船」
「ぎりぎりですけどね。形状記憶合金製ですから、多少狭くても何とか格納出来るんですよ。飛ぶ時に元の形に戻せばいいだけですから」
改めてオーバーテクノロジー半端ねえと思った。
「それじゃ、お風呂頂いちゃいますね」
そう言うと彼女は徐にメイド服と靴下を脱ぎ、下着姿になった。それは宇宙からやって来たクリーチャーとは思えないプロポーションだった。
言うべき事は色々あったが、僕はその中で最も重要な事を彼女に伝えた。
「上様、風呂まだ沸かしてないんですけど」
「えっ! 24時間沸きっ放しとかじゃ無いんですか?」
「どんだけガス代食うと思ってるんですか!」
「そう言えば地球のエネルギー事情大変みたいですからね」
「僕の懐事情も似たようなものです」
目のやり場に困りながらも、僕はいつもの如く彼女と会話を続けた。
「そ、それにしても上様、流石に地球を調査してただけあって、なかなかいいデザインの下着だね」
我ながら良くこんな台詞が出てきたものだ。僕は半ば自分に感心した。
「別に地球は関係ないですよ。このデザインは宇宙製ですから」
「えっ! だってまるで地球製のデザインみたいだし」
「まあ宇宙でも地球でもやる事は一緒だから、似たようなデザインになるんじゃないでしょうかねえ」
彼女は涼しい顔でそう答えた。
「じゃあ由宇作、さっさとお風呂湧かして来ちゃって下さいよ」
「は、はい上様!」
こうして僕は風呂を沸かしに風呂場へすっ飛んで行った。あのクリーチャーに変な妄想を抱くんじゃないぞと自分に言い聞かせながら。
「15分ぐらい待っててよ上様」
風呂場から戻って来た僕は、そう彼女に言った。
「えぇー! 15分もこんな格好でいたら、さすがに寒くなっちゃいますよ」
「服着ればいいじゃん!」
「あっ、そうでしたね。これはこれは私とした事が、てへへ」
こいつ絶対わざとやってるだろう。そう心の中で叫んだ。
思えば今日一日中、正確には昨日から彼女には振り回されっ放しだった。時計を見たら午後4時を過ぎていた。5月の中旬ともなると日は大分高くなっているので、外はかなり明るかった。正面を見ると彼女がメイド服を後ろ前にして着ていた。そして涼しい顔をしてお茶を飲んでいた。
「上様」
「何ですか? 由宇作」
「任務の事忘れて無いよね?」
「も、勿論じゃないですか……な、何いきなり変な事言うんですか……危うくお煎餅喉に詰まらせるところだったじゃないですか」
なんかちょっと逆切れされた。




