大人の事情は複雑
あれから一週間が過ぎ、由美ちゃんも本格的に夏休みに突入した。中庭のテントの下では、ラジオ体操後に一旦朝食をとりに戻った由美ちゃんが再びやって来て、ゲルさんに宿題を見て貰っていた。由美ちゃんは分からない部分があれば何度もゲルさんに質問し、ゲルさんはそれに対して根気強く答えていた。
「それでどうなの? 元カノの新しいひもと一緒のアパートに住む気分て?」
よりによってとんでもない質問をしていた。どう考えても、小学校3年生の学習指導要領の範疇を超えていると思うのは、僕がゆとり世代だからだろうか?
「おやおや、ゲル・ビーツ様ともあろうお方が、このような幼子の質問に頭を悩ませておられるとは」
そう言いながら近づいて来た人物を見た途端、僕は心臓が止まりそうになった。そこには妖しげな殺気こそ隠しているものの、相変わらず不敵な笑みを湛えた忘れもしない顔があったからだ。
「誰? この物凄くイケメンのお兄さんは。……はっ! もしかして? 大家さんの昔のひも? ゲルと大家さんを取り合ってた人?」
「そのようなもの……」
そう言いかけた上様の言葉を遮るように、古豆腐屋エクスカリバー氏は口を開いた。
「ではありません。私、ツングースカ様の妹君にお仕えする者。主の姉君に手を出すなど、執事としてもってのほか故」
「えー? でも愛があれば身分の差なんて問題ないでしょ。由宇作お兄ちゃんだってゲルだって、身分の差を越えて大家さんのひもやってるんだし」
由美ちゃんの脳内では、僕らの設定は相当こじれているようだった。
「お嬢様、大人の事情は複雑なのでございますよ」
そう言うと、無駄にイケメンな宇宙執事はニッと笑った。
「まあ!」
そして由美ちゃんは頬を赤く染めた。
「それではツングースカ様、妹君からの言伝です。近いうちに社交パーティーを開催するので、ツングースカ様、並びに由宇作様、ゲル様の御三方には是非参加して頂きたいとの事」
「近いうちって一年後ぐらいですか?」
すかさず上様が尋ねると
「いえいえ、文字通り近いうちです。詳しい日取りは追って連絡するとの事」
古豆腐屋エクスカリバー氏は、相変わらず口元に不敵な笑みを湛えながら答えた。
「ねえねえ、あたしは?」
「残念ながら、未成年の方は……」
「みんなお酒飲むから?」
「左様でございます。お嬢様も、20歳を過ぎ大人の仲間入りをすれば、いずれきっと」
そう優しく微笑んだイケメン執事に、由美ちゃんはうっとりしたような顔でコクリと頷いた。
それから数日後、僕らは再び巨大フラーレンの中に居た。着飾った大勢の宇宙セレブに囲まれて。皆、麻布十番ロズウェル氏に招待されたらしい。
僕と上様はもとより、宇宙セレブでありながら服装には無頓着なゲルさんまで、訳ありアパートに居る時と変わらない格好で来ていたものだから、僕ら三人はこの上なく浮いていた。
「大丈夫かな? こんな格好で」
「構わんよ。大体私はセレブの集まるパーティーだからと言って、変に着飾るのは好きじゃないんだよ」
「あ、珍しくゲルと意見合いましたね」
当然の事ながら、こんな格好の僕らは、宇宙セレブ達から好奇の目で見られていた。この数ヶ月の経験のおかげで、周囲からの好奇の目には相当慣れていたはずの僕も、やはりバツが悪い事この上なかった。
「おやおやこれはゲル・ビーツ。お前さん相変わらず、服のコーディネートのセンス最悪だなあ」
宇宙セレブの一人が、ゲルさんの前までやって来て軽口をたたいた。恐らくゲルさんを通して、僕ら三人の格好を皮肉っているに違いない。
「生憎だな。これが最新のモードなんだよ。私はあんたらと違って、流行のその先を行く事にしてるんだよ」
ゲルさんが皮肉っぽく笑いながら言い返した。互いに皮肉っぽい笑みを湛えながら睨み合う、二人のセレブの間の空間は、火花がパチパチ鳴り響いているかのような緊迫した雰囲気だった。
「お飲み物をお持ちしました」
そんな雰囲気にもかかわらず、まるで陽だまりを散歩しているかのように平然と通り過ぎた宇宙執事、古豆腐屋エクスカリバー氏が、僕らに飲み物を手渡した。
「如何ですか? ツングースカ様? お楽しみ頂けておりますでしょうか。ロズウェル様も姉君であるあなた様のご到着を、何よりも心待ちにしておりました故」
「あっ! 姉君だとっ! あの麻布十番ロズウェルに姉がいたとっ!」
ゲルさんと睨み合っていた宇宙セレブが大声を張り上げ、周囲にその唾を撒き散らした。
「どういうつもりですか? エクスカリバー」
上様が珍しく睨みつけるような顔で宇宙執事に質問した。
「何、ちょっとした酔狂ですよ。伊達や酔狂は、何もツングースカ様の専売特許ではありませぬ故」
意地の悪い笑顔をしてみせたものの、それすらイケメンぶりを引き立てる役割しか果たしていないと思える程の、輝く笑顔で宇宙執事は述べた。
実はここ数日、僕もゲルさんも、上様と麻布十番ロズウェル氏との関係が気になって仕方なかった。
ロズウェル氏のあの時の捨て台詞、そして数日前に現れたエクスカリバー氏の言動から、僕らは上様とロズウェル氏が姉妹ではないかとの疑惑を持っていた。しかしその事を聞き出したい僕らの気持ちを察知してか、上様からは妙に殺気だった妖しげなオーラが出まくっていた為、結局僕らは何も聞けないままだった。
「あの一族は結構謎のベールに包まれているんだよ」
先日ゲルさんと話した時、こう説明してくれた。ゲルさんの知るところでは、ロズウェル氏の一族は彼女の高祖父、すなわち彼女の四代前から、宇宙セレブとして名が知れ渡るようになったらしい。
「地球で言えば、さしずめハワード・ヒューズってところかな、ロズウェルのひいひい祖父さんは。親から引き継いだ小さな会社を、若いうちに宇宙でも有数の大企業に成長させちまったんだ……と言っても、そのくらいの芸当は私もやってのけたがね」
ゲルさんが若くして、宇宙有数のIT企業を築き上げた事はさておき、ゲルさん曰く、宇宙版ハワード・ヒューズと言えるロズウェル氏の高祖父は、地球のハワード・ヒューズ同様、かなり謎に包まれた人生を送ったとの事。
「件のひいひい祖父さんには息子が一人だけいてな……それがロズウェルのひい祖父さんなんだが……ロズウェルの両親はその孫同士、いとこ同士だったらしい。その両親はあいつが幼い頃、事故で亡くなっててな。他の親類に子供はいなくて、結局ひいひい祖父さんが築き上げた莫大な財産は、両親の遺産の形でほぼ全てロズウェルに渡ったそうだ。まあこれが公式、非公式含めて、あの一族について分かっている事だ」
こう説明し終わると、ゲルさんはいささか神妙な顔で
「それと、まあここからは都市伝説の類に過ぎないんだが、確かにロズウェルの奴に姉がいるという噂はあった。どういう経緯かは分からんが、グレて家を飛び出したらしいんだ、その姉は」
このように付け加えた。
「ロズウェル様がお出ましになりました」
エクスカリバー氏のアナウンスとほぼ同時に、パーティー会場では歓声が上がった。歓声はだんだんと僕らの方へ近づき、同時に、歓声を浴び続ける人物の姿が僕らの視線を威風堂々と遮り、ついには僕らの視界を占拠した。
そこには、縦ロールの長い髪をたなびかせ、胸元と背中が大きく開いたドレスに身を包んだ、紛れも無い宇宙セレブの姿があった。
かろうじて眼鏡だけが、先日のゴスロリ眼鏡っ娘である事を証明していた。
威風堂々と僕らを見下ろすかのように立ちはだかる彼女の、その危険な胸元に、どうしても視線が向いてしまいがちな僕に上様が言った。
「由宇作本当はあんなドレスがいいんですか? それならそうと早く言って下さいよぉ。猫耳メイドが好みだって聞いてたから、私、由宇作の為に今まで一生懸命頑張ってたのに」
「べ、別に、あんなドレスがいいってわけじゃ……ね、猫耳メイドも十分好みだし……」
「何だと貴様? 聞き捨てならんな。宇宙セレブの正装より猫耳メイド姿の方が良いだと? うぬぬ、よ、よくも愚弄しおって……良いか、そこで待っていろ!」
そう言い放つと彼女は踵を返し、物凄い勢いでこの場を後にした。
しかし途中で躓いてすっ転び、その拍子にスカートが一瞬めくれ上がった。一瞬物凄い形相でこちらを睨んだかと思うと、すぐさま立ち上がり、後は一度たりともこちらを振返らずに扉の奥へと姿を消した。
「きっと半泣きしてるんでしょうね」
上様が少し寂びそうな顔をしながら、呟くように言った。
『天上天下唯我独尊』
大きくそう書かれたエプロンをつけた猫耳メイドが現れた。
「どうだ。これで良いのであろう?」
不敵な笑みを満面に浮べる目の前の宇宙セレブは、ポニーテールの上様と違い、髪は腰まで届きそうなツインテールだったし、眼鏡も掛けていたが、それ以外は姉妹と見紛うくらい、上様とそっくりだった。思わぬ変身ぶりに
「まさか! 上様と姉妹とかじゃないよね?」
今まで出来ずにいた質問が、とうとう口をついて出てしまった。
「たわけ! 何でこんな女が私の姉でなければならんのだ! 冗談も休み休み言え!」
上様と同じつり目気味の大きな眼をカッと見開いて、麻布十番ロズウェル氏は叫んだ。その全力の否定ぶりにかえって疑惑を深めた僕らに向かって
「ふっ、ロズウェル様は相変わらず照れ隠しが苦手でいらっしゃる」
無駄にイケメンな執事が、意味深な笑みを浮べながら呟くように言った。
「つまりツンデレ?」
僕が尋ねると、横から上様が
「ツングースカはいつもデレデレですが、何か?」
いつもの如くボケて見せた。しかし珍しくデレデレじゃない今の自分を取り繕うかのようなそのボケは、必死さが伝わるばかりで、いつものようなキレは微塵も無かった。
そんな上様の必死の努力をあざ笑うかのように、イケメン執事は不敵な笑みを浮べると、会場の大勢のセレブに向かって
「皆様! これより我主ロズウェル様の唯一の肉親、我主が幼き日に故あって生き別れとなった、最愛の姉君をご紹介させて頂きます!」
このように仰々しく述べ、自分の言動に怒りをあらわにした人物に目を遣り、更なる不敵な笑みを湛えた。
意外にも平然とした顔をしているロズウェル氏とは対照的に、上様が怒りに肩を震わせていた。上様とは二ヶ月以上一緒に過ごして来たが、こんな彼女を見たのは初めてだった。
しかし上様のそんな様子などお構いなしに、イケメン執事は続けた。
「それでは皆様、拍手でお出迎え下さりませ。今は故あって山田ツングースカと名乗るこのお方こそ、我主ロズウェル様の姉君にございます!」
しかし拍手の代わりに会場にはざわめきが巻き起こった。
「山田ツングースカだと!」
「よりによって麻布十番ロズウェルの姉が!」
「姉妹揃って宇宙をめちゃめちゃにする気か!」
そんな声が次々と聞こえて来た。更に
「おいおい! 見ろ! 山田ツングースカの奴、何か凶暴化してるぞ」
「なんだと! まさか! 噂に聞く山田ツングースカのバーサーカーモードか?」
散々な言われ様だった。僕は目を真っ赤にしながら震える隣のバーサーカーの肩を、そっと抱いた。
「どういうつもりですか! ロズウェル!」
「どうもこうもない。私は唯、この茶番をさっさと終わらせたいだけだ。それは貴様も十分承知している事だろう?」
ロズウェル氏は珍しく穏やかな口調で説明した。
「ロズウェル! あなたまだそんな事……」
声を荒げてそう言いかけた上様は、しかし途中でその場に崩れ落ちた。目の前ではエクスカリバー氏が睡眠光線銃を構えていた。
「苦労しました。ツングースカ様は感情豊かなお方なれど、いつどのような場面で感情的になられるかを予測するのは、極めて困難でございました故」
エクスカリバー氏が神妙な面持ちでそう述べると、隣のロズウェル氏がうずくまる上様に向けて視線を落とし
「引きずったままなのは……あなただけではないのですよ、お姉様」
ようやく聞き取れるような、か細い声で呟いた。




