ご利用は計画的に
ラジオ体操を終えた上様は、由美ちゃんに手作りのカードを渡し、ロボにハンコを押して貰うよう促した。ロボはハンコを押す機能もあるらしい。
ハンコを押して貰った由美ちゃんは、ロボに向かって
「ありがとっ」
と、お礼を言い、さっさと家へ戻って行った。
ゲルさんは相変わらずあくびをしながら、スマートフォンらしき物を退屈そうに眺めていた。
「由宇作」
「なあに、上様」
「今朝のご飯は私が作りますよ」
「えっ? どういう風の吹き回し?」
僕がそう言うと、隣でゲルさんが
「なんだと!」
と叫び、更にこう続けた。
「馬鹿な! 有り得ん!」
上様の方を見ると、僅かに引きつった顔をしながら
「とにかく今朝は私がご飯作りますから!」
少しムッとしたような口調で言った。
しかしゲルさんは
「天地がひっくり返ったってそんなの無理だ!」
そう叫んだ。しかも僕らの方には一切顔を向けず、あろう事かスマフォの画面を眺めながら。
「ちょっと! ゲル! 私に何か恨みでもあるんですか?」
十分あるような気がしたが、僕はあえて言及しなかった。
しかしゲルさんは、相変わらずスマフォの画面を見ながら
「……いや、あるな。そう、十分ある。何と言っても本物そっくりホログラムのシールド、使えなくなったんだから」
険しい表情で述べた。
気前のいい宇宙セレブかと思いきや、意外に根に持つタイプだったんだなゲルさんて、と思いながら、上様の方をチラッと見ると
「ぞんなに意地悪なごど、言わないでぐだざいよー」
目を真っ赤にしながら、ゲルさんに向かい必死に懇願していた。
自業自得とは言え、流石に気の毒になった僕は
「あっ、じゃあ今朝は上様が作るご飯食べてみたいな。楽しみだな、上様が作るご飯」
そう彼女をなぐさめた。
しかしゲルさんは非情にも
「残念ながら、そのお楽しみはお預けだ」
ますます険しい顔で述べ
「これからすぐ宇宙へ行かねばならない事態が発生した」
そうぶっきらぼうに言い放った。
「消えた?」
宇宙へ向けて発進した上様の宇宙船の中で、僕は思わず叫んだ。ゲルさんによると、修復中の巨大プレッツェルが突然消えたらしい。
「でも、宇宙非実在青少年キャンセラー使って見えなくしてるんでしょ?」
「これには姿が映るように設定してあるんだよ」
ゲルさんはスマフォの画面を僕に見せた。
「それが急に消えたんだ」
「宇宙非実在青少年キャンセラー自体から来る信号も、途絶えてますね」
更に上様が付け加えた。
「信号も途絶えてるって?」
僕の質問に
「宇宙非実在青少年キャンセラー自体が、何らかのダメージを受けたって事ですよ。少なくとも信号を発信出来なくなる程度の」
上様はそう説明し
「当然それは私の宇宙船の中にあったわけだから、私の宇宙船は少なくとも、それ以上のダメージを受けた事を意味する」
ゲルさんも険しい顔で述べた。
やがて僕らの乗る宇宙船は、月の裏側の宇宙空間、今まで巨大プレッツェルがあった辺りに辿り着いた。
「反応は?」
ゲルさんの質問に
「元素の反応が凄いですね、こりゃ。今までゲルの宇宙船を構成してた物質の、元素の反応が。まあ、幸いこの場所なら、地球から観測される心配はなさそうですが」
上様は神妙な顔でディスプレイに表示された分析結果を告げると、更に
「それにしても、本物そっくりホログラムのシールドが無いとはいえ、ゲルの、宇宙セレブの強固な装甲の宇宙船を、こんな元素レベルにまで破壊してしまうとは!」
呆れた顔で言い放った。
「なっ、有り得んだろ? 天地がひっくり返ったって無理だと思うだろ?」
「まあ常識的に考えればそうかも知れませんが……あの人が相手じゃ、そもそも常識的に考える事自体、意味無いんじゃないでしょうかね?」
「やっぱあいつか……だよな。どうやってここまでやって来たのかは知らんが、あいつしか考えられないよな、こんな事しでかすのは。まあ私以外にあの宇宙船には誰も乗ってなかったから、人的被害が無かったのが不幸中の幸いだが……」
ゲルさんは溜息を吐き、肩を落とした。
「ゲル、由宇作、ちょっと暑くなりますよ」
上様がいきなりそう言うと、途端に船内のエアコンが切れ、照明も薄暗くなった。
「まさか! 上様! レールガン過冷却モード使う気じゃ? でもオーバーホール中でしょ?」
「まあ、昨日ゲルの宇宙船から、レールガンのユニット拝借して来ましたから」
「はい? 今何と仰いました?」
ゲルさんは一瞬、唖然とした顔をすると、更に
「シールドが使えない分、何かあった時にレールガンで自動的に迎撃するよう、設定してあったんだが……だから何の抵抗の痕跡も無く、ここまで徹底的に破壊されてしまったのが、不思議で仕方なかったんだが……」
ひたすら困惑しきった表情を浮かべた。
しかし上様は
「ゲル! 唯でさえ暑い時に、暑苦しい説明は後にして貰えませんか!」
そうのたまい、過冷却モードでレールガンを発射した。
ほぼ一瞬の後、 ディスプレイにその姿が映し出された。それはさしずめ、直径約1000メートルの地球ゴマだった。
「さて、じゃあもう一発お見舞いしますか」
「え? だって過冷却モード使っちゃったら、オーバーホールしなきゃいけないんでしょ? レールガン」
「ユニット交換しちゃえばOKですから。あと2つほど交換用のユニットありますから」
上様がそう言うと、僕と上様の間の床が開き、上様が言うところのレールガンのユニットが出てきた。上様はそれを操縦室後部にある、オーバーホール用の装置にセットし、更に後ろの荷物室から新たなユニットを2つ持って来た。
「ツングースカ。まさかとは思うが、過冷却モード連発で使う気じゃないだろうな?」
「いえ、3連発で使うつもりですよ」
「なにっ! 馬鹿も休み休み言え! カシミアエンジンいかれるだろっ! そんな事したら!」
「大丈夫ですよ。この宇宙船、私専用ですから。過冷却モード3連発程度でいかれるような、柔なカシミアエンジン積んでないですから」
「あの、上様? 向こうの本物そっくりホログラムのシールド破っちゃったんだから、もう過冷却モード使わなくてもいいんじゃ?」
「由宇作、あれがシールドが破れているように見えます?」
「え? 破れてるから、宇宙船本体が見えるんでしょ?」
「由宇作、こんな風に考えた事はありませんか? あの宇宙船っぽく見える物体自体が、本物そっくりホログラムだと」
「えっ! まさか! あれ!」
「そのまさかですよ。あれ自体が本物そっくりホログラムなんですよ。私もまさか、ここまでやるとは想像しませんでしたよ。本物そっくりホログラムで宇宙船作っちゃうとは」
「カシミアエンジンまで、本物そっくりホログラム製とは恐れ入るよ、全く」
ゲルさんが呆れたように述べた。
「てかホログラム製のカシミアエンジンで、超光速航行とか出来ちゃうの?」
「出来ちゃいますよ。カシミアエンジンの個々のパーツ自体を本物そっくりホログラム製にしちゃって、それを組み立てていけば。それが出来ちゃうところが、本物そっくりホログラムの恐るべき、そして庶民にとって嫌味なところですから」
「まあそこまで嫌味な事は、流石に普通の宇宙セレブじゃやらんがね」
ゲルさんが補足した。
「でもさあ、そんなに本物そっくりに作れるんだったら、どうしてあれが本物そっくりホログラムだって分かるの? 少なくともここからじゃ、確認しようが無いように思えるんだけど」
「その通り。由宇作の言う通りですよ。実物か本物そっくりホログラムかなんて、そう簡単に判定出来ません。少なくともここから見てる限りじゃ無理でしょう。……しかしですね、非常に嫌みったらしい事に、わざわざ誇示してくれちゃってるんですよ。金に物を言わせた、本物そっくりホログラム製の宇宙船だって事を。ご親切にも」
「あっ、なるほど!」
僕はようやく合点がいった。
「さて、じゃあ嫌味な人にお返しといきますか」
上様は、2発目の過冷却モードのレールガンを発射した。
しかしその直前、巨大地球ゴマは2つに分裂し、その片方がぐんぐん加速しながら僕らの方へ迫って来た。
「あれがゲルの宇宙船を、元素レベルにまで破壊した張本人のようですね」
直後にレールガンと衝突し、消滅した巨大地球ゴマの片割れの映像を再生しながら、上様が神妙な面持ちで言った。
「今の、一体何なの?」
「さっきから言ってる通り、本物そっくりホログラムですよ。非常に嫌みったらしい事に、本物そっくりホログラムでメテオストライクとか、やってくれちゃってるって寸法ですよ」
上様が呆れた顔で解説してくれた。
「まあ宇宙セレブと言えど、本物そっくりホログラムをあそこまで惜しげも無く無駄遣いする奴は、あいつをおいて他にはないだろうがな」
「全く! ご利用は計画的にって言いたくなりますけどね。じゃあ3発目いきますよ!」
「おいおい、宇宙には人の振り見てわが振り直せって諺が、あったと思うがな」
しかしそんなゲルさんの忠告には一切耳を傾けず、上様は3発目の過冷却モードのレールガンを発射した。
「上様、ひとつ質問だけど、僕らはこれからどうなっちゃうわけ?」
「そんなのどう考えたって、あの宇宙船に捕まっちゃうに決まってるじゃないですか」
「だよなー」
ゲルさんも上様に同意した。
レールガンが命中した巨大地球ゴマは、一瞬姿を消したかと思うと、今度はサッカーボール状の多面体となって再び姿を現した。僕らの宇宙船は謎の光線に牽引されて、本物そっくりホログラムで出来たこの巨大宇宙船に、為す術もなく取り込まれようとしていた。
「それにしても直径1000メートルの巨大フラーレンって、全然芸にひねりが無いですね」
そう嫌味を言う上様を尻目に、巨大フラーレンは目の前にどんどん近付いて来た。
「でもさ、上様、何であの光線に牽引されちゃってるわけ? シュヴァルツシールドって、物理的干渉を無かった事に出来ちゃうんでしょ?」
「それは簡単ですよ、由宇作。シュヴァルツシールド解除しちゃったからですよ」
「ええっ! 解除しちゃったの?」
「まあ過冷却モードを3連発で使っちまうんだからな。流石のツングースカ専用でも、カシミアエンジンに負荷掛かり過ぎるだろ」
ゲルさんが上様の代わりに解説してくれた。
しかし上様は
「まあ超光速航法暫く諦めれば、シュヴァルツシールド使ってられるんですけどね。でも超光速航法使えた方が、何かと便利じゃないですか。急加速して由宇作にゲロまみれにされる心配も、しなくていいですし」
と、のたまった。
「じゃあさ、超光速航法使って、今のこの状況から脱出できないの?」
「由宇作……それが出来たら誰も苦労しませんよ」
苦労の元凶の殆どが自分が蒔いた種である事を棚に上げ、上様は偉そうに溜息を吐いた。
「ようこそ、我らが船にいらっしゃいました。私、ロズウェル様の執事をさせて頂いております、古豆腐屋エクスカリバーでございます」
巨大フラーレンに収容された僕らを待ち受けていたのは、とにかく無駄とも思えるほどのイケメンの宇宙執事だった。
「ようこそとか抜かしてますよ、無理やり引っ張って来たってのに」
「それよりロズウェルって言ってたな。……やっぱあいつだったか」
「お話でしたらどうぞこちらへ。主もあなた方の到着を心待ちにしております故」
恭しく、かつ、無駄と思えるほど爽やかな笑顔の宇宙執事、古豆腐屋エクスカリバー氏は、僕らをロズウェル様なる、彼の主の元へ案内した。
「なあ、ツングースカ、今思い出したんだが、古豆腐屋エクスカリバーって言や、宇宙執事選手権で3回連続優勝してる奴だぜ。あいつ、こんな凄い執事雇ってやがったんだ」
「そうなんですか。でも庶民の私には全く関係の無い話ですけどね。それよりゲル、私この人に、昔どこかで会った事があるような気がするんですけど」
「そりゃまあ、郵便配達で色んな人に会うからな、どこかで会ってても不思議じゃないだろ?」
ゲルさんはさして興味なさそうに答えた。
「そうじゃなくて……確か私が、まだ超銀河郵便連盟で働いてない頃ですよ。私あの頃、とある怪しげな組織にいましてね。そこで見たような気がするんですよね、この人」
「それは他人の空似というものでしょう、山田ツングースカ様」
古豆腐屋エクスカリバー氏が、この上なく爽やかに言い切った。
しかし上様は必死に何かを思い出そうとしている様子で、挙句の果てに朝から何も食べていない事を思い出し、へろへろになっていた。
やがて僕らが、異様に重々しい雰囲気の部屋の前まで辿り着くと、古豆腐屋エクスカリバー氏がドアの手前に立ち、仰々しく僕らに部屋へ入るよう促した。僕は本能的に危険を察知し立ちすくんだが、食べ物の気配を察知した上様は、本能が目覚めたかの如く俄然元気になった。
「待ちくたびれたぞ」
不適な笑みを浮べながら言い放った人物は、僕よりやや若い感じの、眼鏡を掛けたゴスロリ姿の女性だった。年齢不詳ながら、地球人の年齢に換算するとおそらく20代後半と思われる上様に比べて、5歳くらい若く見えた。身長は上様と同じくらいで、腰の辺りまで伸びた長い髪は、一本の三つ編みに束ねられていた。そして頭には工事用の物とそっくりの黄色いヘルメット。ヘルメットの正面には黒い文字で大きく『革命』と書いてあった。
「貴様が佐藤由宇作か。噂はかねがね聞いている」
それから視線を僕の隣に移すと
「おやおや、これはこれはゲル・ビーツではないか! こんな所で会うとは奇遇だな。ところで一つ素朴な質問なんだが、まさかゲル・ビーツともあろう宇宙セレブが、超銀河郵便連盟なんぞの犬に、成り下がったというわけではあるまい?」
皮肉っぽく述べた。しかしゲルさんはそれには答えず
「まさか登録済みの自分の宇宙船を出港停止にさせておきながら、超銀河郵便連盟の裏をかき、本物そっくりホログラム製の宇宙船を仕立てて、超光速航法使ってここまでやって来るとはな。恐れ入ったよ全く!」
肩を竦めながら嫌味っぽく言い返した。
「ふん! 金とはケチケチせずこのように使うものだ! 貴様も宇宙セレブの端くれなら覚えておくが良い」
そう言い放った後、ゆっくりと視線を移し、上様と目が合った瞬間、キッと睨んだかと思うと、一転、不敵な笑みを浮べながら
「久しぶりだな! 山田ツングースカ!」
と、異様な迫力で言い放った。




