新しい朝
日曜の朝っぱらだというのに、玄関のチャイムがけたたましく鳴っていた。まあ、誰が犯人かは容易に想像がついたが。
僕は眠い目を擦りながら玄関のドアを開け
「上様、朝食だったら、フルーツグラノーラがあるから勝手に食べててよ。冷蔵庫に牛乳も入ってるし、なんだったらヨーグルトもあるし」
と、目の前の猫耳メイドに懇願した。
「由宇作! そんな事言ってる場合じゃないですよ! 一大事です! 天下の一大事です!」
仮にも上様を名乗ってるんだから、天下の一大事にそんなに慌てちゃまずいでしょと、眠気まなこで思う僕をよそに、彼女は突然僕の手を引くと中庭へ駆け出した。
中庭ではゲルさんと由美ちゃんが、眠そうな目を擦りながら待っていた。
「えーと、とりあえず聞くけど、どんな呪いをかけたの? あの二人に」
しかし僕の質問をスルーした上様は、興奮気味にこう述べた。
「すっかり忘れてましたよ! 地球には夏の朝に欠かせない儀式がある事を!」
なんとなく想像はついたが、一応聞いてみた。
「で、何? その儀式って?」
「じゃん! これです!」
明らかにジャンク品と思われる大きなラジカセを、目を輝かせながら僕らに披露した。
「まあ、苦労しましたが、何とか使えるようになりました。という事で、早速始めましょうか」
「とりあえず聞くけど……何やるの?」
何をやるかはほぼ確定していたが、とりあえず聞いてみた。
「ふっふっふ、地球にはラジオがインストラクターになって、体操をするという習慣があるんですよ!」
その途端、ジャンク品のラジカセから手足が伸びて、人型ロボットのような姿になり、彼女のスマートフォンから流れる音楽に合わせて体操を始めた。
僕は速攻で上様とラジカセロボの手を引き、とりあえず人気のない場所まで一目散に駆け抜けた。
「まずいでしょっ! 由美ちゃんがいる前でオーバーテクノロジー使っちゃ! それに、他の誰かにも見られるかも知れないし!」
しかし上様は
「えー? オーバーテクノロジーなんて、いつ使いました?」
と、しらばっくれた。
「このロボ! ラジカセから変形した! どう見たってオーバーテクノロジーじゃん!」
「ああ、その事ですか。このロボットならオーバーテクノロジー製じゃありませんよ。れっきとした地球のテクノロジーで作ったものです。今の地球のテクノロジーでも、最先端のものをうまく組み合わせれば、何とかギリギリこのようなロボットも作れるんですよ」
「…………なるほど。言われてみれば確かに作れるかも知れない。地球の最先端のテクノロジーを目一杯使えば……だけど……止めてよ、心臓に悪いから!」
戻って来た僕らに向かって由美ちゃんが
「夏休みまだなのに~」
目を擦りながら呟き、その横でゲルさんが大きなあくびをした。
ゲルさんは上からの指示で暫く地球に滞在し、上様のサポートをする事になったそうだ。
宇宙セレブといっても、地球のお金を持っているわけではないので、当面、今は亡き小松さんが住んでいた部屋で暮らす事になった。
「サポートと言えば聞こえはいいが、ようはツングースカの監視役だよ、あいつが暴走しないように」
昨日ゲルさんが、上様には聞こえないような小さな声で説明してくれた。
再びスマートフォンから音楽が流れると、それに合わせてラジカセロボが体操を始めた。僕らはロボに合わせてラジオ体操を行った。
「ファイアーウォール条項ってのがあるんだよ」
体操をしながら、僕は昨日のゲルさんの説明を思い出していた。
「超銀河郵便連盟規約第3条第35項。通称、ファイアーウォール条項と呼ばれている、限定的かつ強制的なファーストコンタクトを規定した条項だ」
「限定的かつ強制的なファーストコンタクト?」
「そう。予期せぬコンタクトによる星の破滅を防ぐ為の、我々の最終手段。言わば最後の砦だ。本来観測者である我々が、観測対象である星を強制的に管理し、非常に限定された条件でその星の文明と交流を行う。オーバーテクノロジーの予期せぬ拡散を防ぎながら。これによって、その星の文明が独自に超光速航法のテクノロジーを手に入れることを促す。もっとも、気休めに過ぎないって学説もあるが」
「気休め?」
「むしろその学説の方が主流だな。地球では何と言ったかな……そう、アカルチュレーションだ! 本来であれば独自に発展するはずの文明に、我々のオーバーテクノロジーが影響を与えてしまうんだ。そうならないよう、どれだけ注意を払ったとしても。どんなに干渉を最小限に抑えたところで、バタフライ効果が起きてしまうからだ。そう、つまり、ほんの僅かなオーバーテクノロジーの干渉が、バタフライ効果によってアカルチュレーションを引き起こしてしまうんだよ」
「……つまり最後の砦は諸刃の剣って事?」
「そうなるな。…… これだけは覚えておいて欲しい。我々は傍観者であり続けなければならない。超銀河郵便連盟に加盟していない星々に対して」
「でも加盟してるんでしょ、地球は」
「そこが非常にやっかいなんだ。加盟の水準を満たしてないからな、今の地球は。ところが、超銀河郵便連盟の規約では、一旦加盟した星は、脱退届が出されなければ加盟はいつまでも有効だし、加盟している星には郵便物を配達する義務もある」
「でも超光速航法を開発した文明が途中で滅亡する事って、十分有り得るんじゃないの?」
「確かにそれは十分有り得る。しかしそんな場合は、事前に脱退届を出す義務があるんだよ。不可抗力の場合を除いて」
「不可抗力?」
「そう、例えば、脱退届を出す間もなく文明が滅亡してしまう場合が、これに該当する。この場合、事前に脱退届を出す義務は免除されるが、その代わり、文明が滅んでも加盟が有効になり続けてしまう。もっともそんなケース、想定していなかったというのが正直なところだが」
「どういう事?」
「超光速航法を開発した程の文明が、脱退届を出す間もなく、いきなり滅亡するなんて間抜けな事をするはずがないと、皆思い込んでいたからな」
「つまり想定してなかったの? 地球の12000年前の文明が滅亡したような、滅亡の仕方は」
「その通りだ。ついでに言えば、12000年以上の時を超えて、期日指定郵便が配達される事も想定外だった」
「えー? 第二もやるのー?」
由美ちゃんが不平を呟く声で我に返った。スマートフォンからはラジオ体操第二の音楽が流れていた。大人3人に子供1人、それにロボ1体によるラジオ体操は更に続いた。
ラジオ体操に参加した子供は由美ちゃんだけだ。今日現在、この訳ありアパートには、管理人補助の僕と大家さんである上様、そしてゲルさんを含めて、総勢39人が暮らしている。しかし、その中で未成年者は由美ちゃんだけだった。だからこのアパートでラジオ体操に参加できる子供は、当然、由美ちゃんしかいなかった。
少子化は大きな社会問題になっているが、この訳ありアパートの少子化率は、そんな世間の平均を遥かに上回っている。しかもそれは、この訳ありアパートの住民に限らない。僕の知る限り、訳ありの暮らしをしている人々に、その傾向は顕著だった。
以前、上様にその事について意見を求めたら
「貧乏人の子沢山なんてのは、過去のユートピア幻想に過ぎないって事じゃないですかね」
と、のたまった。




