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期日指定郵便  作者: 遊星族
第2章 のようなもの
24/35

訳ありロンダリング

 ずずうっ、と音がした。

「ぷはぁっ。やっぱり地球に戻って飲むお茶は格別ですね。生き返りますよ」

 そう言うとまた、ずずうっと音を立てながら上様はお茶を啜った。

「僕の記憶に間違いがなければ、巨大プレッツェルの中でも、散々お茶を飲んでたと思うけど。宇宙で飲むお茶は格別だとか言って」  

「そんな事ありました? 私はいちいち過去を振返らず、前だけ向いて生きていく女なんで。だから全然記憶に残ってませんでしたよ、そんな昔のエピソード」

「ふーん、……ところでさ、上様。こんな暑い日によくそんな熱いお茶飲めるよね」

「由宇作! それを早く言ってくださいよ! ゲルの冷房の効いた宇宙船にいたノリで、また熱いお茶飲んじゃったじゃないですか!」

 上様が汗をダラダラ流しながら僕に抗議した。

 僕らが地球に帰還した時、流し冷やし中華大会は終了していた。

 水だけがちょろちょろと流れる流しそうめん用の竹筒を、暫く一人で眺めていた僕の頭を、なんとなく松尾芭蕉の俳句がよぎり、これがわびさびなんだと実感した。

 どこからか蝉の声が聞こえていた。



「ピンポーン」

 玄関のチャイムが鳴った。

「誰だろ?」

 僕は上様と目を合わせながらそう言い、玄関へ向かった。

「佐藤由宇作さんですね? こちらの管理人補助をなさっている」

 玄関のドアを開けると、目の前に見知らぬ中年男性が立っていて、僕にこう尋ねた。

「そう……ですが」

 僕は相手の様子をうかがいながら答えた。

 中年男性はドアから玄関に入り、僕の耳元で囁くように

「あなたに取って置きのお話があります。あなたにとって悪い話ではありませんよ。それにここの大家さんにとっても。……噂で伺ってますよ。あなた愛人なんでしょ? ここの大家さんの。それなら話が早い。ひとついい話があります。あなたにも大家さんにも損の無い話です。勿論、話を聞いた上で断っても結構です。私なら断りませんが。何しろこんないい話そう滅多にありませんからね。あなたは実に幸運だ。いや、実直なあなただからこそ、この幸運を手に出来たんでしょう。見れば分かりますよ、あなたが実直な方だって。私こう見えても心理学を習ってまして、分かるんですよ、実直かどうかぐらい、見れば。あなたのような実直な方は損ばかりしておられる。本当の実力より不当に低い評価をされがちです。世の中はあなたを見る目がない。しかし私ならそんなあなたに正当な評価をして差し上げられる。勿論辛口の意見は述べさせて頂く。甘言ばかり言う者など到底信頼出来ません。あなたの悪いところ、それは慎重過ぎるところです。ほら、言うでしょ? 宝くじも買わなければ当たらないって。何事も行動しなければチャンスは得られません。そこがあなたの悪いところです。慎重過ぎてチャンスを棒に振っている。人生一にも二にも決断です。決断出来ない事、それが今の政治の混迷を生み出している。人生も同じです。決断こそが幸運の女神を呼び寄せます。勿論他力本願ではいけません。それ相応の努力は必要です。しかしあなたは十分過ぎる程の努力をしてこられた。いえね、ここに伺う前に興信所で調べて貰いました、あなたの事。思わず涙が出てしまいましたよ、人前にもかかわらず。あなたが今まで散々苦労してきた事を聞かされて。費用は大分掛かりましたが、調べて貰って本当に良かった。こんないい人に我々のパートナーになって頂けるのですから。正直申しまして我が社は今、大変な危機に直面しております。それを救えるのはあなたです。あなただけです。あなたしかいないんです。是非あなたのお力をお貸し頂きたい。実は我々、訳あり物件のロンダリングをやっております。ロンダリングと申しましても、マネーロンダリングのような違法なものではありません。数多のオーナー様からのご要望に基づいて、訳あり物件を正常物件に戻す業務です、はい。つまり訳あり物件の経歴の洗浄です。告知義務がありますからね、訳あり物件には。我々は法を駆使してこれを正常な物件に変えるのです。斬新でしょ? これからどんどん伸びて行きますよ、この業界は。はい、人気はうなぎのぼりです、正直申しまして。ただ、中には悪質な業者もおりまして。お客様に不当な料金をふっかけるんですよ。勿論我が社に限ってはそのような事はありません、決して。我が社のモットーは薄利多売ですから。ほんの少しだけ儲かれば良いのです。お客様に幸せになって頂く事が我々にとって最大の使命ですから。特にお客様のようなお若いのにご苦労なさってきた方には是非とも、是非とも幸せになって貰いたい。……さて、そこで一つ提案です。我々に任せて頂けないでしょうか? こちらのアパートのロンダリングを。いえ、難しい事は一切ありません。お客様の手を煩わせるような事は致しません。全て我々の方で対処致します。いえ、決して手荒な真似をするわけではございません。専門の弁護士先生方が大勢ついております、我が社には。中には法を無視して手荒な真似をする悪質業者もおりますが、我々は決してそのような事は致しません! 全ては法の枠内で解決致します。我々にはその実績があります。宜しければご覧になりますか? 我が社が今まで携わってきた案件を」

 そう言うとこの中年男性は、僕に分厚いファイルを差し出した。中にはアパートを背景に笑顔を見せる、老夫婦と思しき人達の写真が何枚もあり、各々の写真の下にはこの人達のコメントらしきものが載っていた。

「皆様感謝されています。ほら、こんないい笑顔で。でもね、この方々も大変苦労なさっていたのです、訳あり物件を抱えて。この方々の笑顔を見た時、我々は皆、この仕事をして本当に良かったと、しみじみ思うものです。……どうです? お客様もこちらを、きれいな物件に甦らせたいとお考えなのでは? 聞くところによるとここの家賃は月1万5千円とか。しかし相場は月3万円です。30室で一気に45万円の収入アップです、ひと月あたり。どうです? ここは我々に任せて頂けませんか? 我々ならすぐにでも今入居されている方々に退去して頂き、経歴をきれいさっぱり洗浄してから、月3万円で新たな入居者をお世話する事が出来ます。勿論それ相応の手数料は頂きますが、それを差し引いても十二分に元が取れますよ、このアパートなら」

 この中年男性は、この訳ありアパートをロンダリングしたいらしい。訳あり住民を追い出して。

「生憎僕は今、例の愛人とお取り込み中でして。彼女凄く怒るんですよ、お取り込み中を邪魔されると。僕も折角の金づるを失うと路頭に迷ってしまいますし。というわけで今日のところはお引き取りください」

 そう言って、先程手渡されたファイルをこの男につき返し

「あ、それと、彼女変な性癖がありましてね、なぜかこの薄気味悪い物件の方が、燃えるって言うんですよ。なんで、そっとしておいて下さい。彼女の機嫌損ねたくないんで」

 こう付け加えた。



 パチパチパチと手を叩く音が聞こえたかと思うと、目の前の中年男性が急に姿を消した。

「本物そっくりホログラム?」

 僕は思わず叫んだ。

「上出来だよ、由宇作君」

 ゲルさんが僕の前に姿を現して言った。ゲルさんは上様の宇宙船に乗り込んで、僕達と共に地球へ来ていた。例の巨大プレッツェルを自動で修復するモードにし、月の裏側の宇宙空間に放置して。

「ちょっといいかい?」

 ゲルさんが僕に尋ねた。

「何? ゲルさん」

 夕飯にはまだ早かった為、僕はゲルさんに誘われるまま表に出た。

 僕らはテントまでやって来ると、椅子に腰をおろした。すぐ手前の竹筒には、相変わらず水がちょろちょろ流れていた。

「ツングースカはあんなだから詳しくは聞いてないと思うが、我々の今回の任務について、君に詳しく話しておこうと思う。まずは、そうだな……地球で動物園仮説と呼ばれる仮説がある事は知っているかい?」

「宇宙人が地球に現れない理由を示す仮説ですよね? オーバーテクノロジーによる干渉が、地球の文明の自立を妨げる事のないよう、宇宙人はその存在を悟られないようにしながら、地球を見守っているって仮説でしょ?」

「御名答! そして実際、動物園仮説に述べられている通り、我々は地球を観察している。そう、観察しているだけだ。……我々はカルチャーショックを恐れている。予期せぬコンタクトによるカルチャーショックを」

 ゲルさんは飄々とした雰囲気を一変させ、真剣な顔をした。

「それは最悪、その星を破滅に至らせるからな。長きに渡る超銀河郵便連盟の歴史において、予期せぬコンタクトによるカルチャーショックが原因で、星が滅びた例は数知れない。故に我々はコンタクトに慎重でなければならない。それはこの2ヶ月間、ツングースカと共に居た君になら十分理解して貰えると思うが……大事な事だから二度言うが、君になら十分理解して貰えると思うが」

「うーん……大事な事は二度言う事が大切だって事は、よく理解出来るんですが」

「なるほど、そこまで言えれば十分だ。よし! とりあえず合格だ! 先程の本物そっくりホログラムに対する受け答えも、なかなかのものだったしな」

「えーと? ゲルさん? 何か意味があるんですか? とりあえず合格だとか、さっきの本物そっくりホログラムだとか」

「だからストレステストだよ、カルチャーショックに対する。君もこの2ヶ月間、ツングースカの元で散々修行して来たからな。おかげで随分耐性がついたようだ」

「あ! なるほど! そういう事!」

 僕はこの時、上様のハッタリに意味があった事を初めて理解した。

「但しひとつだけ注意しておくが、ツングースカのハッタリが、全部修行の為だったなんて思ってたら、痛い目に合うぞ。むしろ8割は、個人的な趣味だと思っておけば正解だ」

「解説は終わりましたか? ミスターうんちく、ゲル・ビーツ!」

 上様が突然姿を現し、ゲルさんに向かって言い放った。ゲルさんは思わず椅子から飛び上がった。

「そ、それにしても久しぶりだな、地球。調査任務以来だったかな?」

「じゃないですか?」

 上様が冷たく言い放った。

 するとそこへ由美ちゃんがやって来て

「え? もしかして大家さんの前のひも?」

 と尋ねた。

「のようなものです」

 上様はそう答えた。

「わあ!」

 大声で叫んだ由美ちゃんは

「禁断の三角関係だ! 禁断の三角関係だ! 禁断の三角関係だ!」

 そう呪文のように唱えると、アパートの方へ走って行った。

 僕のカルチャーショックはまだまだ続くわけで……

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