スーパーストリング
「それでさあ、上様。僕が切手を売ったら、その代金でシュヴァルツシールド買える?」
「お、恐ろしい事思い付きますね、由宇作。本気で世界征服でもする気ですか?」
「別に世界征服をするつもりは無いけどさ、ちょっと気になって」
「売った代金を預金しちゃっても、その利息の一部で十分買えますけどね。とは言えそれは私が阻止しますが」
「えっ?」
「えっ? って、私が何の為にここにいると思ってるんですか?」
「え? ご飯食べてお茶飲んで風呂に入る為じゃないの?」
「由宇作、私の事何だと思ってるんですか!」
「宇宙からやって来た仕事をサボる名人」
唖然とした顔をした彼女を尻目に、僕はしてやったりと思った。
フルーツ牛乳を飲み干した彼女は、突然姿を消したかと思うと、暫くして姿を現した。例の如くメイド服を着た姿で。彼女の真正面には『冷やし中華始めました』の文字がはっきり見えた。
風呂上りの所為か少しいい匂いのする彼女は、そこにいるだけで、今の僕にとってはまるで最終兵器と言える。そんな彼女に先制攻撃を与える事で、可能な限り優位な立場を確保しようと試みたのだった。
「由宇作がそんな風に私を見てたんなら……本当に仕事サボっちゃいますからね」
いや、今までサボって無かったのかよ!
「それじゃあ、今からスーパーに行きますよ!」
彼女は僕の手を引くと、ただひたすら玄関へ向かおうとした。
「え? 何? 何でスーパー行くの? 夕飯の材料なら冷蔵庫にまだあるよ」
「夕飯はもう決めました! 今夜は誰がなんと言おうが手巻き寿司ですから!」
そう言い放つと、有無を言わせぬ勢いで僕の手を引き、玄関から外に出た。
時刻は午後5時少し前。スーパーが一番混雑する時間帯だ。しかも日曜日である。猫耳メイドの格好をした大家さんと買い物に行くには、一番最悪のタイミングである事は想像に難くない。勿論、遅かれ早かれ噂が広まる事は覚悟していた。僕は時計の針を先に進める決断をした……と自分に言い聞かせた。
さよなら僕の日常。さよなら寂しくも愛しき日々よ。スーパーに向かう道すがら、僕の頭をそんな思いがよぎった。
「でもさ、上様。何で手巻き寿司なの?」
「別に。ただ急に食べたくなっただけですよ」
「急に食べたくなったからって、そんな衝動買いは如何なものかと」
「いいじゃないですか! 私は仕事をサボっちゃうような女なんですから。どうせ衝動買いだって、しちゃうような女なんですぅ」
少し膨れっ面で彼女は答えた。
女が根に持つと何か怖いなと、僕は思った。
案の定スーパーは混んでいた。僕らはコンビニの時と同様に腕を組んでいた。しかもあの時以上に密着していた。彼女の身体の柔らかさは、今日一日を通してなんとなく理解していたものの、今は圧倒的にその事実を突き付けられていた。周囲の視線と彼女の圧倒的な柔らかさの板挟みになった僕の心は、折れようにもゴムのようにふにゃふにゃと曲がるしか術を持たなかった。
「超ひも理論って知ってます?」
彼女が突然聞いてきた。
「名前ぐらいはね。宇宙がひもで出来てるとか言うやつでしょ」
何で今ここで超ひも理論の話題が出て来るんだろう?
「そう、ひもなんですよ結局。宇宙の根源は結局のところひもに行き着くわけです、ひもに。お分かり? 由宇作。ひもですよ、ひも」
なんかやたらひもを強調するなと思いながら、彼女の話を聞いていると、周囲からひそひそ話が聞こえてきた。周りの人達は僕等の方をちらちら見ながら、ひもがどうとか言っていた。
超ひも理論って意外にブームになってるのかな、と僕は思った。




