涙
「でも、いいんですか? その」と僕は口を開いた。「冬也さんのことは」
「いいのよ。それは私にはどうしようもできないこと。どこかで、今の私みたいに別の幸せを見つけて暮らしているんじゃないかな。そう思うわ」
夢ちゃん先生はそう言いながら右手で左手の薬指の指輪を触った。
「私が謎を解けなかったから、彼の気持ちはわからなかった。謎が解けないと伝えられない気持ちなんて、言わなかったのと同じことだから。彼もあの頃は意気地がなかったのね」
「余計なことかもしれないんですが」
僕はこの際、思い切っていうことにした。
「もしかしたら僕の想像が過ぎているかもしれないのですが」
そう前置きをおいた。
「冬也さんはあの新聞のコラムだけで気持ちを伝えていたと思います」
夢ちゃん先生が驚いた顔をし、部員の皆も「なんで」と言った。
「コラムのペンネームは、『十夜』でした」
「そうね」
夢ちゃん先生が頷いた。
「夏目漱石に、短編小説集があるんです。その一話目が恋の話なんです。小説集の名前は、『夢十夜』、先生と冬也さんのペンネームをあわせると、夢十夜、です」
夢ちゃん先生が目を見開いた。
「当て字には意味があったと思います。ちゃんと気持ちを伝えようとしていたんだと、僕は思います」
(完)




