第五十三話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て! 終
『く わ し く』
言った途端に、十円玉がその四文字の上を高速移動し始める。目玉そのものも、睫毛が薔薇の頭にふぁさ…と触れる距離まで迫ってくる。圧がスゴイ。
だが、薔薇はひとつひとつ問題を脳内で確認しつつ、外さんにプレゼンを始めた。
「まず、あたしという「まど」で、なんかをみるとき、あたしの視界を取らないでほしい。アレは困る」
『で き ま す』
『い ま や っ て る』
「おおお……オッケー、一個クリア」
視界が、先程のような「二つの視点」にならず、なんにも変わらない。ならば問題なし。
「もうひとつ、「みる」もの全てに、一切の影響を与えない」
『で き ま す』
「できるんかい…」
じゃあ今日までの大惨事は一体なんだったのか……いや、「かみさま」のような大きなものになると、人間のごとき小さなものには細やかに対応しないとならない。たぶん、外さんは、深く考えていなかったのだろう。人間が、道で蟻を知らず踏み殺すように、下水に流した洗剤が川で小魚を殺すように、適当に捨てたビニール袋がウミガメを殺し、細かくなったそれが更にたくさんの生き物を殺してるのを気付いていないのと一緒。
外さんは、気付き、配慮を今後してくれるだけ、マシな存在だ。
『や れ ま す』
『じ ぶ ん や れ ま す』
『ず っ と ま も れ ま す』
『や ら せ て く だ さ い』
「くれぐれも、あたしの目を介して、こっちの人間を含めた万物に影響を与えないでね? そうじゃなきゃ、あたしが死ぬまでの24時間365日ライブカメラになってあげないよ」
しっかりと念を押すと、『はい』の上で回転する十円玉に加え、鉛筆も立ち上がるとグルグル輪を描き始めた。
「じゃあ、「穴」を閉じて、みるのやめてくれる?」
『はい』はもはや破ける寸前、円も真っ黒な光沢を帯びつつある。
「よし。じゃあ交渉成立。はいどうぞ」
そういって、薔薇は目玉のふぁさっとした睫毛に、シャークトパスのぬいぐるみをおき、その手を放した。
『ま っ て』
「えっ?」
『た り な い』
『ぬ い ぐ る み あ な と じ る』
『め か り る ぶ ん』
「あ」
『こ れ あ げ る』
「そうか、やべ…」
外さんがことばをつづるのと、薔薇が失敗に気付くのはほぼ同時。だから、もう遅かった。
さっきまで、シャークトパスのぬいぐるみがあった手の中に、金属の感触が生まれていた。
この手の超常存在とのやりとりには、当たり前だが細心の注意がいる。いまの外さんのように、条件を積み重ねる場合は特に。
完璧に具体的にする、もしくはお互いに逃げ道を作れるようゆるく。
その匙加減は非常に難しい。よく民話で、安易に妖怪などと約束してしまい人間が暴力で解決する話があるが、現実では妖怪たちの方が上手いことやってしまうわけだがーー外さんは、本当に「人間観察」がしたかっただけらしいことが、天文学的な幸運であった。
薔薇は今回、シャークトパスのぬいぐるみを、それを欲しがる外さんへの交渉材料として利用しようとした。しかも、「「穴」を閉じて、「みるな」」と、ひとつの約束に二つも組み込んでいる。「穴」を閉じれば、みることはできないので、そんなにアンフェアではないが。
しかし、外さんの目的は「みる」ことだった。そこで、地球環境や人類に安全な条件をつけて、薔薇は我が身を言葉通りのライブカメラとして貸し出すことで、「穴」を閉じるという条件を飲ませた。
外さんからすると、
「「穴」を閉じる」
「薔薇の目を借りて、人間を好きなときにみる」
と、二つももらうことになっている。
薔薇はうっかりして、“対価”であるシャークトパスのぬいぐるみを「手放した」。
交渉が、成立した。
なので、外さんはバランスを保つために薔薇にナニカをくれたのだ。
運が悪ければ、世界が滅びるところだったのだが、外さんの熱量に救われたといえる。
薔薇は、ここ数日で最大の恐怖に息を呑みつつ、手の中のものをみた。
銀いろの鍵。
アラベスク模様、というのか。きれいなアンティークの銀いろをした金属の鍵だった。薔薇へのプレゼントだからか、アラベスク模様に調和した小さなバラの花と茨が巻き付くような、とても美しい装飾が施されている。こういったものが好きな人なら、ちょっと大きいがネックレスにでもしたくなるような美品である。
そして、薔薇的にはそれだけの物体でもあった。特に体に異常はない。
なにしろ、相手は全知全能だろう異邦の「かみさま」。あげる、といって、なんらかの呪いを贈られる場合だって充分にあり得る。
『ま た あ そ ぼ』
「え…あ、ありがとう」
薔薇が答えると、紙と十円玉と鉛筆が浮かび上がり、十円玉はすっと鳥居へ移動。
おかえりになるのだ。
デケエ目玉は、「ニコッ」とばかりに目蓋を閉じ、ふぁさっとした睫毛を瞬時に無数の触手に変じさせると、シャークトパスのぬいぐるみを優しくもおぞましく身の内へ呑み込んでいき、同時に後方へフェードアウトしていく。ついでに紙と十円玉と鉛筆も。
遠近感が、おかしい。
霊安室は広いが、それどころではない異様な「奥行き」に蠢く触手の塊は去っていく。
遠いところよりも、はるか遠くへ。
同時。
そよ風が、薔薇の頬を撫でた。わずかに髪も揺れた気がする。
「?」
静かに。
とても静かに、窮極なる空虚は去った。薔薇の目に見える世界では。
◆ ◇ ◆
防人鶺鴒は、今みたものに対して、いろんな感情に揺さぶられ、手からマグカップを取り落とした。
寸でのところで幸広がキャッチする。
浮草は、次はもっとスゴイものを作って薔薇にプレゼントすると決意した。型紙から自分で描こう。銀の鍵に負けないものを作るのだと、拳をグッと握りしめる。
◆ ◇ ◆
精神と魂が、突風にあおられたように揺さぶられ、病院前にいた律火と真名火の待鳥兄弟は、思わず膝をついた。
ーーまい
微かに、ほんの微かにそんな声が聞こえた気がして、そして旧飛綿離病院を管理する術者一族として、「悟った」。
消えていく。
生者の魂すら引き剥がして連れ去りそうな勢いで、廃病院に蔓延る無数の霊と、それを縛り付ける怨霊の親玉・飛綿離英喜までもが、「穴」に吸い込まれて消えていく。
正確には閉じゆく「穴」の「風圧」とでもいえばいいのか。あくまで「穴」が閉じる余剰の威力だけで、犇めく無数の霊と大怨霊が「ここ」ではない「どこか」へ消えていく。
「どこか」は「あちら」ではない。ゆえに、浄化や成仏といった、この世の理とは全く異なる「外」へいってしまった。あまりにも荒々しく、無慈悲にーー台風や竜巻が、人の営みのみならずなにもかもを吹き飛ばすようにーー「穴」の消失と共に、なにもかもが消えて、失せた。
たぶん、誰も行けないほど遠くへ。
ついでに、人や妖のかけた何重もの人払いの術も消えたので、廃墟のあらゆる開口部から爆発するように腐敗臭が溢れだした。
数秒後、その凶悪な悪臭に嗅覚を総攻撃された薔薇が半べそで走り出てきた。
◆ ◇ ◆
旧飛綿離病院は、キレイサッパリ祓われた。
祓われたというか、「この世界」の理の向こうへ、巣食っていた凶悪かつ大量の霊たちが消えて、蘇生儀式の失敗による「穴」も跡形もなく消えた。
飛綿離英喜を筆頭とした怨霊や、院内で死んで忘れられ取り込まれた霊たちがどうなったのかは、もう誰にも分からない。
しかし「穴」は閉じた。
霊もいない、異界へ通じることもないーーつまり、単なる廃墟。
そこからは速かった。
土地の所有者である夢殿が、異臭騒ぎが大きくなる前に、ソッコーで土地を更地にした。たぶん大量の遺体があるはずだが……誰も覚えてはいない遺体だ。
一応、待鳥家主体で地鎮祭などを執り行った後、土地は売りに出され、ケツァールカンパニーがやはりソッコーで買ってもうビルの建築が始まりかけている。
半月くらいで、八大心霊スポットは七大に減ることとなった。
薔薇はというと、帰宅後、バチクソに叱られた。
地球外の神格とひとりで交渉した上に、肉体の一部を貸すという窮極の暴挙をやらかしたからだ。しかもしくじって、エグい贈り物を貰って帰ってきた。さすがに鶺鴒も怒る。隼が詳細を知ったら憤死するかもしれない。そして甦り、薔薇を叱るだろう。
「外さんが、ひたすら「人間の日常を眺めてたい」って想いがあったから、これで済んだんだからな? 普通、あの御方はそんな存在じゃないからな?」
「ハイ。ゴメンナサイ」
仁王立ちの鶺鴒の前で、正座してひたすら低頭している薔薇。
「まあ、結果良ければ全てよしとは言うけど。相当薔薇がストレス溜めてたのも分かってはいたけど。もう二度と、せめて地球外の神格と関わる場合は、電話するか、保留にして持ち帰るか、ひたすら断りながら逃げなさい」
「鶺鴒、あのひとたちのお願いを保留とか、逃げたりするのは、けっこう難しいと思うよ?」
そっと浮草が助け船を出すが、
「薔薇の逃げ足ならできる。わかった?」
「ハイ。ゴメンナサイ」
更に萎れていく薔薇。
結果的には、ぬいぐるみと、無害な肉体の貸与のみで、今まで誰も手を出せなかった最凶クラスの「忌み地」を消し去ったのだから、英雄的行為なのだが、本当にどう転ぶかわからないのが「かみさま」である。外さんが、薔薇にあげたのが銀の鍵でなければ、なにが起きていたか、全く予想がつかない。
「と、ところでさ、もう三時間も叱られてるし、鶺鴒が言ってることも同じことの繰り返しになってきてるし、ね、もう、よくない?」
「あんまり長々叱ると、薔薇は聞き流し始めて、結局反省しないので、どうかその辺で…」
「たしかに」
浮草と幸広がとりなし、鶺鴒もふっと肩から力を抜く。実際薔薇はいまのところちゃんと反省中である。
そうっと顔を上げ、鶺鴒の顔色を伺うと、三時間の正座で痺れた足を引きずり、ソファに座った幸広の後を追ってソファによじ登り、ついには幸広の両腿に倒れ込む。膝枕などというものではなく、上半身を預け、顔はフカフカのクッションに埋めて、足をジタバタさせている。幸広は子犬かなにかを宥めるように、その背を撫でながら「晩ごはんはロールキャベツだよ」と、優しく慰めはじめる。
一方、浮草は興味深げに、テーブルの上にわりと無造作に置かれた銀の鍵を「みる」。ちなみに、薔薇以外誰一人触れていない。
「スゴイね、コレ」
「ああ、そうだな。まあでも、薔薇が「所有者」であるかぎり、コレはただの綺麗なアンティークの鍵だよ」
防人家に超弩級の神具がまたひとつ増えたが、まあそれは、わりとよくある。特に今回は、直々に薔薇が贈られた“対価”であり、バラの花と茨の装飾からいって、薔薇専用。彼女の存在そのものと強く結び付いている。外さんは、薔薇との「おしゃべり」もまたとても楽しかったのだろう。
そして、あらゆる神秘の恩恵を無効化する薔薇の「所有物」である以上、これは本当にただの美しいアンティークになってしまっているのだ。
鶺鴒と浮草は、今度は薔薇を「みる」。幸広に、「ハンバーグのせたカレーが食べたい。カツでもいいし、ゆで卵も乗せたい」とか、ほざきはじめた。幸広が、「じゃあカレー作る係と、ハンバーグ作る係決めるジャンケンするか」と雨雲のように慈悲深い灰色の眼差しを向けている。見上げる薔薇の焦げ茶色の瞳も、いつもの色。
だが、「みている」。
「外さん、たぶんめっちゃ料理見ることになるね」
「動物がなにか食べてる動画って人気あるから、喜ぶんじゃないか? じゃれあってるとことか」
「たしかに! 今度会ったら感想聞こうっと」
「行かないで……地球にいなさい」
ヴヴッとマナーモードにしてあったスマホが震えた。ソファの前のローテーブルの上の、ビタミンカラーの薔薇のスマホ。薔薇は手を伸ばして手に取ると、画面を確認する。
最初のポップアップはゲームのメンテナンス日の告知。
その下に、待鳥真名火からのメッセージ。めっちゃ世間話送ってくる。内容は本気でどうでもいいもので、スタンプ一個返すだけでめちゃくちゃ返信来る。
更にその下には、学校のクラスメイトで作ってあるグループ宛メッセージ。亡くなったクラスメイトの、葬儀代わりの追悼集会みたいなものをやろうという、一柳からの提案があり、みんなで粛々と準備を進めている。おそらくその関連だろう。
他に、知らないひとからの連絡はない。
薔薇はスマホをテーブルに戻すと、買い物メモをまとめる幸広を一瞥してからグニャリと全身を弛緩させて、久しぶりにリラックスした気分で目を閉じた。
心霊スポット突撃動画撮ったから見て!編 終わり
シーズン3、やっと完結!
何故か、何故か想定の倍のボリュームになりました!
実質的に、過去の公開分と同等の分量。どうしてこうなった。やはり暴力。さっさと暴力で解決していれば、すぐに終わったのに!
というわけで、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
そして、続くシーズン4こと幸広主役のお話は、すでに書き始めています。最終回公開時にどれだけ進んでいるか、全知全能の外さんに聞くしかありませんが、私ごとき、遭遇の瞬間に全身全霊が消し飛ぶから無理でしょう!
タイトルは決定済みなので、執筆の決意のためにも発表しておきます。
「犬喰い屋敷と消えた人喰い」
です!
幸広の過去を大公開いたしますので、もしも幸広のファンがいらっしゃったら楽しみにお待ちくださいませ!
重ね重ね、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
蛇足・薔薇の目について
薔薇は、ほぼあらゆる霊的なものや神秘的な干渉を無効化する特異体質の持ち主です
超弩級の存在であれば、さすがに影響できますが(今回は、外さんの「みつめる」による眼球破裂)
また、薔薇はいわゆる魔道具や神具も使用できずに無効化してしまいます
それも踏まえて、薔薇を通して、いまも外さんは私たちをみていますが、特に影響はありません
あの約定があったとしても、薔薇以外の人間が「目玉を貸して」しまった場合、「みたものを狂わせる魔眼」みたいなものになるか、貸した本人がそのうち狂い死にます
怖いですね!
それでは、またお会いできますように。
健康第一!(挨拶)




