第五十一話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て!24
すっかり陽の落ちた、旧飛綿離病院前。
「霊感のある人的に、どうなの?」
「私たちは、ここを封じている術者でもありますから、「よくみえて」ますけどね…まあ、入る方が愚かというか…例えるなら、へそ天してるからってライオンの檻に入るようなモノですね」
「あー…」
まれにどこかの世界で起こる、いろんな意味で痛ましい事故である。ここはそういう、なんでもないように見えて危険な場所であり、足を踏み入れた時点で安全を放棄する、ということに他ならないのだ。
「じゃあ、おふたりさんは、ここまでで。危ないんでしょ?」
「そうだけど…アンタ、本当に行くのか?」
コンビニでみんなの分もまとめ買いしてくるねみたいな軽さの薔薇に、律火の暗く沈む冥色の両目が向けられる。闇に沈んだ中ですら、目の下の隈がくっきり黒い。
「まあ、チョクで呼び出されちゃったしなあ……それに一応、作戦あるから。ダメそうなダッシュで逃げてくるよ」
その場で、男子二人の頭上まで垂直に跳び跳ねてみせる。たしかに、逃げるための身体能力は完全に信頼できそうだ。昨夜も普通に入って出てきたというし、小松家での振る舞いも落ち着き払っていて慣れていたーー暴力と超常現象に。
「おふたりさんて、中に入ったあたしが生きてるかとか分かる?」
「たぶん」
「じゃあ、死んだら各所に連絡よろしく」
律火と真名火も、幼い頃からそれなりの“実戦経験者”だ。そろそろ話すべきことも、引き留めるのも無意味という現実を理解し、薔薇の背を見送った。
「なんとなくなのですが」
廃病院の闇に、たったひとり堂々と入っていく薔薇の背中が消えると、真名火は呟いた。
いつもの調子を取り戻し、トラブルの気配に笑みを深めながら。
「どのような結果になるにしろ、彼女は生きて出てくると思います」
「……そうだな」
なぜか律火もそう感じる。超常なる者もモノも、物心つくまえから山ほど身近にあったし、未知なるものなど早々出会えるとは思ってなかったのだが、「あんなの」は産まれて始めて見た。
「防人って、もちろん全く血の繋がりのない防人姓もたくさんいるけど、「あの防人さん」は「超人」家系ではないよな」
「正確ではありませんね。我が家が基本的に炎を操るパイロキネシストの血筋ですが、テレキネシスやサイコキネシスが強く出る方もいます。とはいえ、似た系統の異能です。防人家は基本的には「みえるひと」の家柄ですが、時々出るそうですよ、彼女のような方。かなり特異な“血筋”といえるでしょうね……とはいえ、私の調べた限りでは二百年ぶりぐらいらしいですが」
「……調べたんだ」
「そりゃそうでしょう! これから二年間、アナタに至っては三年間も同じ学舎で、家族よりも長く過ごすんですよ! 絶対に面白いことばかり起きますよ! ああ、楽しみです! ほんっとーに、アナタが羨ましい! 更に同学年に刀塚最強と誉れ高き超人、月宮の直系と夢殿の直系が揃ってて、羽々のご令嬢まで!! フルコンしてるんですよ!? なんて楽しそうで、死と隣り合わせのスクールライフ!!」
「最悪だよ…しかも今年はまだ、あの“悪鬼”がいるんだぜ」
「月宮炎緒先輩ねえ……まあ、目をつけられないように。見つかったら諦めなさい」
「マジで正気じゃねえ。そこまで分かってて、副生徒会長になるとか」
ケタケタと笑う兄と、精神的疲労の沼に沈みゆく弟は、禁断の「忌み地」の前で呑気に語らう。
◆ ◇ ◆
薔薇の聴力は、待鳥兄弟の仲睦まじい会話を、その辺まで捉えていたが、階下に向かうに至って全てを全周囲警戒に回す。
とはいえ、昨夜来たときと変わらない。危険信号はビリビリ本能を揺さぶるが、五感は何も捉えられず、腐敗臭はすれどひとつも死体が見当たらない。目に見えないライオンがへそ天している檻の中。
地下一階へ降りた。
「おっ。ありがとうございます」
目玉が破裂しない。他のところにもなんにも悪影響がない。
「みられている」
のは、凄く分かるのだが。
今回は、訪問の約束があり、向こうから薔薇を呼びつけたようなもの。お招きしたお客様という「感覚」が外さんにもある上に、電話で話したことも通じていたのだろう。「存在感」を「調整」してくれている。家に遊びに来る「かみさま」たちと同じで、とんでもなくおおきいだけだ。
それで、昨日と異なる点に気がついた。
あたしと幸ちゃんの匂いも、血もない。
昨日と違い、匂いを探らず真っ直ぐに地下へ来たから気付くのが遅れたが、病院内に残されているはずの昨夜の自分達の臭跡がない。たった一日で消えるなら、昨夜の薔薇たちは吉村たちの体臭を嗅ぎとることはできなかったはず。更に地下は、薔薇も幸広も流血している。
なのに、無臭だ。
心なしか、腐敗臭や日野の遺体の匂いもごく薄まっている。
外さんよりも、旧飛綿離病院の呪いの力の方が強まってるってことなんだろうな。
薔薇は幽霊筆頭に「あっち」系のことは、ほぼなんにも感知できない。おかげで、悪影響も受けないが恩恵も受けない特殊体質の持ち主だ。そのように、生まれついた。
だから、これは推理であり、昨日の眼球破裂はごく珍しい「ほぼ」に類する。薔薇の無効化のある種の「異能」を突破して物理的に影響した、凄まじい超常現象だったのだ。
薔薇の推理通りなら、同じく旧飛綿離病院の「忘れさせる力」もまた、超弩級の怪奇現象といえる。
昨日、あの六人の匂いを嗅ぎとれたのは、外さんと旧飛綿離病院の「異常現象」が拮抗していたがための、ほんのちょっとの僥倖だったのかもしれない。
薔薇は霊安室に何事もなくたどり着きーー昨日幸広が、正気を保つために殴り付けた跡はあれど、血痕も匂いもないーー扉を開けた。
デケエ目玉が一個、長い睫毛をふぁさ……まばたきさせて、部屋のど真ん中に浮いていた。
「忘れる」超常現象について
旧飛綿離病院を管理する、待鳥や夢殿がかける“人払い”の魔術や呪術は、この廃墟に「外部の人間」が興味や意識を持たないようにするための壁のようなもの
対して、中に入った人間を殺し、家族や世界から「忘れさせる」のは旧飛綿離病院の「呪いの力」です
本来ならそこらじゅうに死体があるはずなのに見つけられないのも、匂いが薄まったのも、呪いのせいです




