第三十六話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て!⑨
「死人が出る?」
「発狂までで済むけど、結果死ぬんじゃないかな。というか、個人へのダメージというより、止めないと波及する範囲がまずい」
「えええ」
「あの、薔薇と栄地くんと、夕映くんは大丈夫なんですか?」
具体的な話(なお惨劇)になったので、薔薇と幸広は冷静さを取り戻す。
「薔薇は、きみたちの予想通り、日野くんの遺体とスマホが処理されるまで、毎日動画が届くだけ。栄地と姫川くんにも日野くんか小松さんから届き続けるようになる。あと動画を「見た」生徒にも届く」
「うざ」
「栄地くんはともかく、夕映くんは…」
「まあ、彼のように霊感が高くなくても、おかしくなるだろうね」
幸広的には、ゲームの長年のフレンドだった夕映や、更に長い年月仲良くしてくれている栄地だけが心配だが、鶺鴒としては犠牲者数と、そこから広がるであろう混乱と惨劇の方もまた問題だ。これは、「この世の理」を壊す。
「オレの方からも再三頼んでいるけど、そもそも向こうの待鳥家が動けないのは別件のせいだからね……彼ら、今は関東近辺の火山が噴火しないように宥めてるから」
「そっ、それは強くは言えない」
「複数の火山なんですか?!」
とんでもない情報がさらりと開示されて、しかもそのまま流されていく。
「夢殿一族は、関わりたくない、と。他のクラス、白夜くんと緋水ちゃんのクラスにそれぞれ一族の子がいるんだけど、その子達はこの事件を知らないんだよ」
「やっぱり! 白夜がカチコミにこないの、絶対におかしいもん!」
「うん。刀塚の当主に聞いた限り、白夜くんもまた事件を認識していない。保護者説明会なんてものがあったことすら、他クラスは知らないよ。いつもの流れなら、白夜くんの性格上、まずは薔薇を叱りに来て、薔薇がシワシワになるまで説教した後、当主に直談判して、大人のパワーゲームにブチキレて今頃旧飛綿離病院で暴れてるはず」
「たしかに」
「栄地くんは実は真面目に話聞かないから、薔薇だけ疲れきってるよね」
「ちゃんと聞いてないの、バレるんだもん…そうするともっと長くなるから…」
実際叱られてもいないのに想像だけて若干萎び始める薔薇。
「つまり、動画や薔薇のクラスと強い繋がりや関わりのある者以外は、認識していないんだ。でも、この動画は「みられたがっている」。もう既に、クラスメイトの家族や親しい友人が動画を見てしまったかもしれない。そうすると、「見たもの」と「認識しないもの」が増殖する。相反する超常現象だ。数日のうちに破綻する」
「見ろ」と詰め寄りながら、「認識させない」など、矛盾も甚だしい。まさしく狂っている。
「家族は見ちゃってる人いそう……保護者説明会あったし、スマホチェックしたときに動画消してなかったら…」
「もう既に、オレが病院へ行くべきなのかもしれないけれど……でもやっぱり、川の向こうはオレの管轄外だ。待鳥と夢殿に筋を通さないと、それもまた、歪みを産むことになる」
顔をひきつらせる薔薇に、鶺鴒は申し訳なさそうに表情を歪める。とたんに薔薇が慌てる。
「危ないよ! 廃墟は物理的に危険なんだから、鶺鴒だけじゃダメだよ!」
「だから、どちらも対処可能な流火さんクラスなんですね…」
「話が一周回って戻ってきたけど、ほんとにどうすんの? あたしや栄地は死人から連絡来てもうざいだけだけど、他の子達は普通だから絶対におかしくなるよ。あ! それに、姫川くん、無理して、なにか「みて」くれて、変なこと言ってたんだった! これ以上なんかあったら姫川くん良い人だから、また「みよう」とするんじゃ」
今日一番薔薇が慌てふためく。
「変なことって?」
「Yog-Sothothさんだよ」
第四の声が降って湧いたように、家族の会話にすべりこんだ。
薔薇も幸広も、鶺鴒すらも仰天して振り向けば、そこには帰宅した浮草がランドセルを背負ってごく普通に立っていた。
まるで鶺鴒のごとき神出鬼没ぶり。本当に、浮草は嫌なところばかり鶺鴒に似ている。
「Yog-sothothさんが「みてる」んだよ」
「浮草、浮草、あのひとの名前を正確な発音で連呼しないで!」
珍しく大きな声を出す鶺鴒。
同時に、ポカンとしていた薔薇は、己の耳から滴り落ちるドロリとした感触に、体を強張らせる。彼女が耳に手をやるのと同時に、幸広が声にならない呻き声をあげて、耳を押さえた。
そして、二人とも耳に触れた手を確認して、真っ赤に染まる自らの指に驚愕する。薔薇も幸広も、耳からボダボダと血がこぼれ落ちているのだ。
「あ! ごめんなさい! だいじょうぶ?!」
「たぶん」
「あー…鼓膜がどうにかなったわけじゃなさそう」
薔薇はボックスティッシュから数枚ティッシュペーパーを抜き取って幸広に渡し、自身も血を拭い始める。幸い、二人とも出血は一瞬のことだったようだ。
「浮草、気を付けなさい」
「はい、ごめんなさい」
いつになく厳しい鶺鴒の口調に、しょんぼりする浮草。だが、実際問題、聞いたのが薔薇と幸広でなければ大惨事であった。頭が物理的に爆発するか、完全に発狂するか。色々と慣れている二人だからこそ、この程度で済んだのだ。
「浮草のうっかりさんめ。んで、あ、そう、それ。そんなこと言ってた! 「みられてるのは、オレたちの方」って。それが、そのー、えー、名前を言ってはいけないさん…?」
「もう盛大に言っちゃったからな……そうか、あのひとが……なるほど、だからこんなにこんがらがったのか……ああ、ええと、とりあえず、その人は今後「外さん」と呼んで。なんともないだろ?」
「ないね」
「びっくりしたぁ…」
「ごめんね……」
「いいよいいよ。ありがとう浮草。教えてくれて」
しょんぼり萎れる浮草の頭を撫でる薔薇。もっと酷い「事故」が起きたこともあるので、耳から血ぐらいどうということもない。
「えーと、それで、その「外さん」が「みてる」から、みんなおかしくなるの? そういえば吉村さんたちは「みるな」って言いながら、自分や他人の目玉を攻撃してたけど」
浮草はランドセルを置きに、二階の自分の部屋へ向かい、薔薇は自分でホットホワイトチョコレートを作り始める。
「幸ちゃんも飲む? 鶺鴒は?」
「チョコ、俺も飲みたいな」
「オレは、なんか心穏やかになれるハーブティーを…」
「カモミールでも淹れましょうか…」
「ありがとう」
色々してるうちに、浮草が降りてきて自分で冷蔵庫から麦茶を出して、今この家に住む防人家の家族全員が揃った。それぞれに飲み物の入ったカップを持ち、まるで、普通の家族の団らんのようだ。
「外さんが……あー、待鳥と夢殿にはあとで一回連絡するとして、ここからは、疲れた大人の悲しい独り言だからね」
「オッケー」
「はい」
「はーい!」
ティーカップを両手でくるむようにして香りを吸い込み、鶺鴒は顔を明後日の方向に向ける。子ども三人は、「独り言」に無邪気に返事をする。
「大きくは二つ。ひとつは、日野凱斗と小松梨杏の葬儀を済ませて、遺体と動画ファイルをこの世から消す」
薔薇たちは黙って自分の飲み物を味わう。なにしろ独り言だ。
「もうひとつは、旧飛綿離病院の「穴」を可及的速やかに閉じること」
これが一番いまヤバイ、と鶺鴒は片手で顔を覆う。
「「穴」だけならまだしも、外さんが覗きに来てるとなると……命がけかなあ」
ははは、と乾いた笑いがリビングに響いた。独り言なので、最初のおふざけ以後は反応しないようにしようとしていた薔薇と幸広が、ぴくりと肩を震わせる。
「前者に関しては、小松梨杏は明日、家に戻されるよ。所持品のスマホと一緒にね。だから近日中に葬儀も行われる。問題は日野凱斗」
あっちの人たちに、早急にやってほしいんだけど…と鶺鴒はため息をつく。
「だけど、二つ目の問題、「穴」に外さんが来てるから、中途半端な能力者や妖怪じゃ、無駄死にするだけだ。それこそ、流火さんやオレも行って「穴」を閉じる前に「外さん」を説得する必要がある。で。いまできる応急措置がひとつだけある」
独り言にたいして、薔薇がニンマリ笑った。
「その、ヤベエ心霊スポットから日野くんの体とスマホ拾ってきて、お葬式すればいいってことか。あたしなら、霊障効かないからイケるね!」
鶺鴒はカモミールティーを飲み干して、はぁーっと全身で溜め息をつき、頷いた。
子どもって、言ってはいけないことを大きめの声で言ってしまうこと、ありますよね
浮草ったら、やはり小学三年生ですねえ




