第二十八話 心霊スポット突撃動画撮ったから見て!①
「もうさあ、ちょいちょい二人が盛り上がるからインストールしちゃったけどさあ、マジで戦闘シビアじゃん!」
「だいじょうぶだよ、新人マジシャン! ここに歴戦の先輩マジシャンがついてる!」
めちゃくちゃ楽しそうな同級生二人を、姫川夕映は苦味と不慣れを滲ませつつも、楽しさを隠しきれずに微笑んだ。
隠す必要もない。
もう一人の新人マジシャン月宮栄地は「ソーサラーのオススメ装備って、初期だと何かな」とマイペースを崩さない。絶世、と形容すべき美少年に、夕映は画面を見ながら説明する。
スマホゲーム「リバースシティーマジシャンズ」。夕映と、高校で知り合うことになり、現実世界では学校のクラスもバイト先も同じ防人薔薇は、夕映と同じくゲームリリース時からのプレイヤーであり、更にほぼリリース時からゲーム内でフレンドだったことが分かったのは、高校入学数日後のこと。
その間、色々あって……本っ当に色々あって、現実世界でも夕映と薔薇は気のおけない友達となった。夕映にとっては、人間付き合いそのものが三年ぶりだ。
そしてゲームの話を現実でするようになったら、現実の友達が更に二人増えて、ゲーム内にも入ってきた。
突然の過剰供給である。
「だいじょぶ、プリーストが支えてくれたら、ホーリーナイトは倒れないから。つまりラストスタンドの出番もないから」
「名前がカッコイイからこれにしちゃったけど、ラススタが活躍する時って、一番ヤバいときだよね?! どう見ても?!」
「ラススタが後詰めにいるから、ナイト系は心置きなく前に出られるんだよ。そして安心して散ることが出来る」
「散るな! キャラロスト制、心にくるからあ!」
謎に諦観したイケボで微笑む薔薇に、友人の紅玉が楽しそうな悲鳴を上げる。
「“拡散”と“誘導”は、ソロ出撃かパーティ出撃かで変えたら良い?」
「ああ、オレはそうしてた。アセット枠三つあるから、そこで組んでおけば切り替えすぐできるよ」
真面目に魔法を組む栄地に、丁寧に教える夕映。
「あー、すごい。魔法特性もアセットできるんだね。ほんとに、けっこうシビアというか、複雑だなあ」
「アセット枠ちゃんと使ってるのエライ」
「ラススタは?!」
「ファイター職とナイト職は、そんな細々やらんでもいいって説がある」
「自分がやってないだけ説を提唱!!」
「ケケケ」
確かに、魔法職よりも感覚的にやれるがもうちょっとちゃんと教えてあげなよと思いつつ、前衛職の経験がないのこともあって夕映は何も言えない。
そもそも、中学の丸三年間、引きこもってヤングケアラーをしていた夕映は「口出し」のタイミングがわからない。
それに現状、「楽しいな」の飽和攻撃に埋もれかけていて、飛んでくる「楽しい」に反応するだけでいっぱいいっぱいといっていい。今夜も、紅玉と栄地の新人二人を、薔薇と夕映でサポートしつつ討伐にいく予定をゲーム内にしてある。バイト後、帰宅して家事を終えてからの、眠る前のひとときが楽しみでしかたがない。
そんな穏やかで暖かい空気のなかにいた夕映は、突如冷気の塊に全身を鷲掴みにされた。
夕映がびくっと竦み上がるのと同時、ほんわかしていた薔薇と栄地が銃撃でもされたかのように真顔で振り向き、数コンマ遅れて、けたたましい笑い声が教室に響いた。
夕映の感じた悪寒も、薔薇と栄地の反応も、笑い声より僅かに早かったが、それに気付ける者は常人にはいない。すぐ隣に立っていた紅玉ですら、目の前の三人の異常な反応速度に気付くことなく、単純に大きな笑い声に驚いてスマホから顔を上げた。
昼休みの教室。各々自由に過ごす平和な日常。だが、今日はすこしばかり、騒々しさが大きい。
理由は、クラス内でも中々に破天荒なメンバーの集まり。教科書に載せたいようなパリピ集団なのだが、単に騒がしいだけで、厭なイジリを他者にすることなどない平和な高校生だ。
ふだんは、ひたすら内輪で騒々しいのだが、それが、今日は周りを巻き込みつつ広がっている。
「昨日、心霊スポット突撃動画撮ったから見て!」
朝からずっと、そうやってクラスメイトにスマホで撮った動画を見せてまわっている。間違いなく不法侵入をやらかしているわけだが、元気でやんちゃな高校生なら、まあ、その、やむを得ない。
普通なら。
だが、問題がある。
まずひとつ。姫川夕映は、強い霊感がある。
もうひとつは、動画が、つまり突撃先の心霊スポットがかなりヤバイということ。
朝イチで、だれかに見せていたとき、漏れ聞こえてきた動画の「おと」から、夕映は嫌な気配を察知していた。
その後、授業の間の十五分休憩中に、教室のどこかで再生されている動画から感じる気配が、どんどん「こわくなってきていた」。
そして今、心霊スポット突撃動画はクライマックスを迎えたらしい。見ているクラスメイトは大盛り上がりだ。
やばい。
これは本当にダメなやつだ。
夕映は、恐怖のあまり頭が真っ白になった。小刻みに、鍛えられた大きな体が震える。
指先が冷たい。
怖い。
スマホを取り落としかねないほど震える夕映の大きな手に、そっと暖かいものが触れた。
防人薔薇の、小さな手。
夕映のものより、遥かに小さいが、自分よりも遥かに強い手だ。
恐る恐る顔を上げると、薔薇と目が合う。大きな焦げ茶色の両目は、今、濃い蜂蜜のような金色にも見えて、そこに青ざめて怯えきった情けない自分の顔が映り込んでいるのを夕映は見た。
「ちょっと見てくるね」
薔薇は、聞こえるか否かという小声で囁き、夕映の手を放して、笑い声の方へ、怖い音のする方へ向かう。
「薔薇ちゃんって、心霊動画とか好きなんだっけか」
「ちゃんと許可とって行ってるエンタメは好きみたいだよ」
高校からの友人である紅玉が小首をかしげると、四歳ぐらいからの付き合いだという栄地が答える。颯爽と、盛り上がる集団へ向かう薔薇の背を眺めながら「で、ウチのみえるひとが「ここに映ってるのに!」って騒ぐのを見るのが楽しい」という特殊すぎる楽しみ方をする防人家のエピソードを、夕映は恐怖を紛らわすために思い起こす。
「ねえねえ、それ最後のとこ、もっかい見してー」
「もちろん、いいよ。動画ファイルあげよっか?」
「いらなーい。呪われたらやだもん」
「アッハ、そうかもなー、呪われちゃうかもなー。じゃあこの呪われた手遅れのスマホで見てってくれよお」
明るく言いながら、石川大聖が、並んで立つ薔薇にスマホ画面を見えやすいようにして動画を再生し始めた。
夕映の全身に重力が百倍になったかのような圧がかかる。思わず耳を塞ぎたくなるが、そばに紅玉と栄地が立っている。夕映が「みえるひと」だと知らない二人に奇行を見られたくない。せっかくできた友達なのだ。
かわりに目をぎゅっと閉じると、ふしぎなくらい楽になった。
なぜだろうと疑問が鎌首をもたげるが、薔薇が戻ってきたので、意識がそちらに動く。石川たち、動画を撮ってきた陽キャ五人は、他のクラスメイトに再度動画を見せ始める。
「明らかに不法侵入ですねー」
苦笑いの薔薇。だが、なんとなく目付きがいつもより鋭い。
「ヤバー、そういうの好きじゃない。関わらんとこ。それより初期装備をどうするか」
紅玉は露骨に嫌そうな顔をする。そもそも心霊とかが、信じる信じないというより苦手らしいから尚更だ。ゲームの世界に戻っていく。
うつむきがちの夕映の視界の端ーーこの四人の中で一番背が高いので、それでも全員が見えるーーで、薔薇と栄地が見たことのない真剣かつ深刻そうな、鋭い眼差しの目配せをかわすのが見えた。だが、ほんの一瞬のことで、すぐに薔薇はいつもの調子で、しかし小声で、夕映を急角度で見上げてくる。
「みなければ、たぶんだいじょぶ」
そっと、安心させるように優しく言う。
紅玉はスマホ画面をいじりながら「あれ?! ポイントが1足りない!」とか言ってるので、完全に聞いてなさそうだ。栄地も、スマホを触っている。
「まあ、すぐに冷めると思うけど」
チラッと騒ぎを見やる薔薇の瞳は、光の加減で金色だ。
そういえば、薔薇は「みえるひと」ではないのに、一体なにを確認してきたのだろう?
疑問が顔に出たようで、薔薇は普段通りのなんともない涼しげな顔でいう。
「場所どこか見てきた」
「……ちなみにどこ?」
「えーっと、なんだっけ。ナントカ病院。駅横にポツンて残ってる、謎の廃墟」
「あああ…」
そこは、本当に本物だ。
大きな両手で顔を覆う夕映に、薔薇のげんなりした声。
「あ、やっぱりガチですかあ」
諦めきったような彼女の囁きと同時に予鈴が鳴った。
シーズン3スタートです!
そして、すでに不穏ですが、平和パートはここで終わりです!




