第71話、忘れ物、取りに行ったらなにか出た。6
――瞼を開くと眩しい。
日が昇り、日光が燦々と降り注いでいた。
どうやら再び、気を失った模様。慌てて小さな猫ちゃんの全身を確認したところ、怪我は残っているものの、出血は止まっている。
急いで対処する問題はなくなった。できる限りのことはしたゆえ、後はこの子次第。
「生きるのよ」
そう言って優しく撫でた後、王都へ戻るべく、立ち上がる。
正直な気持ち、ここに留まり、見守りたい。しかし立場上、そうもいかなかった。領主の娘であるがゆえ、所在不明となれば間違いなく大問題。足取りを追えば、ここにきていることは分かるため、必ず捜索しに来るであろう。
とはいえ、ここは魔物の生息する大森林である。心配をかけるだけならばまだしも、私のせいで他の人たちを命の危険にさらすなど、あってはならない事態。名残惜しい気持ちを抱えつつ、この場を去る決断を下したのであった。
すぐに太陽の位置から王都の方角を確認し、足を進める。
「急がなくちゃ……」
気持ちははやるものの一歩一歩が重い。
この感じでは、普段依頼をこなしている付近にいたとしても、女性警備員に告げた帰寮時間には間に合わないであろう。
ましてやここは、現在地すら分からぬ辺境の地。騒ぎになる前に、最悪でも外壁までは辿り着きたい。その気持ちを知ってか知らずか、猫ちゃんは私の前を塞ぐようにしゃがみ込んだ。
「アーッ」
頭を抱える。どうやら帰らせてくれそうにない。言葉が通じぬ以上、小さな猫ちゃんの状態を説明する術は私には無く――ひとまず迂回して先へ進む。
すると、猫ちゃんは再び同じ行動を取った。ため息をつき告げる。
「ごめんね、急いでるの」
避けた途端、ローブのフードを勢いよく引っ張られた。高く飛ばされ、身体が宙に舞う。
ブーツの魔石を使うことができたならば、いかようにもなったものの、魔力は限界。すでに声を上げる気力すらない。成り行きに身を任せたところ、程なくぽよんとした感触に襲われる。
――どうやら、落ちた場所は猫ちゃんの背中らしい。
「アーッ」
直後、鳴き声を上げた猫ちゃんは立ち上がり、すぐに駆け出した。
抗う術はない。どうにでもなれという心境に陥った私は、諦めて身をゆだねる。落ちぬようにしっかり毛を掴み、疲れを取るべく横になった。
「アーッ」
――不意に聞こえた鳴き声で身体を起こし、辺りを見回す。
「ここは……草原?」
振り返り、後方に目を向ける。すると、木々が生い茂っていた。
「えっ、もしかして」
背中より首元に移動して、前方に視線を送ったところ、王都の城壁が目に留まる。狐につままれたような気分。試しに頬をつねってみた。
「いたっ、現実……」
魔法を使いすぎた影響で疲労困憊になり、幻でも目にしているのかと思ったものの、そうではないらしい。ふと、あの時、猫ちゃんがとった行動を思い浮かべてみる。
「送るから、背中に乗れってことだったのか……」
遅まきながら意味を理解すると、勘違いした恥ずかしさのあまり、そっと顔をうずめた。
言葉が通じぬゆえ、猫ちゃんの考えていることは分からないものの、本来であれば、容体が心配な小さな猫ちゃんの傍を離れたくないはずである。治療する場所まで運んだからとはいえ、それを押してまで私を送ってくれた。感謝の念に尽きない。
「義理堅いな……」
ぽつり呟き、空を仰ぐ。日はまだ高い。これなら帰寮時間に間に合うであろう。
しかし、安心したのも束の間。大森林と城壁の中間に差しかかった時、異変に気づく。王都の門が閉まり始めた。
「えっ?」
なにが起こっているのか分からず、困惑する。続いて、外壁上部に設置されている巨大弩砲の穂先がこちらを向いた。
「まさか……」
どうやら、王国騎士団員たちに魔物の襲撃と勘違いされたらしい。このままでは、私ともども攻撃されてしまう。
「猫ちゃん、ちょっと止まって」
大声で叫ぶとともに、毛を引っ張り、合図を送る。とはいえ、走るのに夢中になっているのか、聞く耳を持ってくれない。
そして、あちら側に伝えようにも、手段がなかった。
「こうなったら、えーい」
共倒れするよりはマシであろうと、猫ちゃんの眼前に飛び降りる。
元気な時ならいざ知らず、今は限界に近い。失敗すれば無事では済まないものの、もはやこの方法しか思いつかなかった。
「とまりなさーい」
大声で叫んだ次の瞬間、猫ちゃんはびくっとなり、すぐさま地面を削りつつ、急停止する。
「よし」
あとはブーツの魔石を制御して着地するのみ――しかし、魔力を込めた途端、意識がぶれた。ちっとも回復していなかったらしい。ともあれ、これで猫ちゃんは無事。諦めた私は目をつむり、衝撃に備える。
「ん?」
落ちたわりにはさほど痛くない。
訝しみながら、瞼を開く。すると目の前に、猫ちゃんの顔があった。足元を見たところ、うまいこと私を両手で受け止めている。思わず、笑みがこぼれた。
「ふふ、器用ね」
ゆっくり立ち上がった私は、猫ちゃんに語りかける。
「ここからは危ないから、もうお帰り」
「アーッ」
猫ちゃんは一鳴きした後、大森林の方へ駆けていった。
「気をつけてねー」
手を振りつつ、姿が見えなくなるまで見送ると、踵を返し王都へ足を進める。
外壁に到着した際、周囲は騒がしかったものの、我関せずとばかり、いつもの如く無言でやり過ごす。
そして、無事であると伝えるため、冒険者組合に立ち寄り、寮へ戻るのであった。
ご拝読ありがとうございます。
次話更新は十二月十四日となっております。
12月8日、先週投稿した短編小説の種明かし創作論エッセイを https://ncode.syosetu.com/n6150ll/ 小説家になろうに投稿しました。よろしければみてね。
カクヨムでも同一名義で連載中。




