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白銀の祭典 2

「やはり祭りに顔を出していたか、アスタにヨルン! 久しぶりだな!」


 大きな声をかけられて振り返ると、辺境の街の祭りには不釣り合いな、きらびやかで豪華な外套をまとった青年と目が合った。


「ディックさん、お久しぶりです」

「……また来たのか」


 ヨルンの辟易とした顔には構わず、ディックは雪の精霊の雪像を見上げて満足そうに頷いた。


「なかなか面白い催しではないか。もっと早くに知っていれば、腕を見込んだ工匠を向かわせて、我らの先祖の英雄の雪像を作らせて横に並べたものを!」

「ああ、なにかの戦で武勲を上げたとかいう……」

「そちらではなく、家宝にまつわる逸話、大昔に化け物を封じたほうだ! さぞや見栄えがしただろうに、勿体ない!」

「見栄えですか……」


 アスタの頭の中で、ディックと同じ顔をしたローゼンブラド家の先祖が金や銀に光り輝く鎧とマントに身を包み、装飾性の高い剣と盾を手にしている様子が浮かんだ。先祖がどうだったかは知らないが、ディックはそうした格好が大層似合いそうだ。


「ところでディックさん、英雄に憧れるのはやめるんじゃなかったんですか」

「物語に出てくるような世界を救う英雄にはなれないと気づいた。だが、身近にいる者や領地を守るため鋭意努力することのなにが悪い?」

「わ、悪くないです。いいことです」


 手を左右に振って取り成していると、「アスタ」と声をかけられた。振り返ると呆れた顔をしたラミがいて、その後ろにファニーの姿があった。


 二人ともドレスの上にポンチョ状のファーがついた毛皮のマントを羽織っていて、ラミは青いドレスに白いマント、ファニーはサーモンピンクのドレスに焦げ茶のマント。そしてマントと同色の耳当てをつけ襟巻を巻いていた。


「災難だったね。わざわざ庶民向けの祭りにやって来た貴族に絡まれるなんて……」


 ラミの言葉に、ディックがぴくりと身じろぎした。


「あ、いえ、そちらのディックさんは知り合いなんです。絡まれていたわけじゃ……」

「ディック・ローゼンブラドだ。王都から来た。アスタから直々に友達になろうと言われた者だが?」

「友達?」


 ラミが眉をしかめた。


「それにそちらも格好からして貴族だろう。わざわざ平民が開催した祭りにやって来たのは、そちらとて同じではないか?」

「ぼくはラミ・ハイメリン。アスタやヨルンとはともに窮地を潜り抜けた仲だけど?」


 露骨に挑発するように言うラミに、ディックは動揺を見せた。


「なんと……! 俺もその場に同席したかった!」


 いまいち二人の主張はすれ違っている気がするが、ラミはさらに続ける。


「ぼくたちはクーユオの街の男爵家の子供だ。街で開催されている祭りに足を運んでなにが悪い」

「悪いなどとは言っておらぬ。だが、アスタやヨルンとの再会を喜んでいるところを邪魔するようなら容赦はせん!」


「これだから家の権威を笠に着た貴族は。下位の爵位の者なら自分に媚びへつらうと信じている言動だね」

「家の問題ではなく、貴様の態度が気に食わんな!」


 ディックとラミが火花を散らす中、アスタは声をかけた。


「二人とも、そう喧嘩腰にならずに……あ、そうだ、あれで決着をつけたらどうですか?」


 アスタが指さす先には、子供向けのゲームがあった。離れたところにある台の上に木材で作った的がいくつもあり、雪玉を投げて見事倒せたら、屋台の食べ物と交換できる券をもらえる。雪玉を使う射的のようなものだ。


「よかろう。日頃の鍛えた成果を見るがいい」

「しょうがない、受けて立とうか。アスタ、なにが食べたい?」

「甘いものか温かいものですね」

「屋敷の料理人に出店させたら、王都で流行りの菓子を食わせてやれたものを」

「庶民の祭りに貴族の屋敷の料理人を連れて来てどうするのさ。無粋だね」


 なんてことを言いながら、ディックとラミは雪玉投げのほうへ足を速めた。

 それを見送ったファニーは、くすくすと微笑んだ。


「来てよかったですわ。ラミに知り合いが増えましたから」

「知り合いというか、犬猿の仲と互いに認定したといいますか……」

「最近一緒に知り合いの家を回ったときなどは、お父様の顔を立てるためか猫を被っていましたから。家同士のつながりがない相手には好きなように接すればいいですわ」


 ディックはラミの家より高位の貴族のはずだがいいのだろうか。


 ふと、以前ディックがクーユオの街を訪れたときのことを思い出した。平民のヒスキに護衛が怪我をさせたことに対し、ディックは誠実な態度を示して見舞金を出したという。


 ラミはああ言ったが、ディックから権威を笠に着た態度はなりをひそめたように思えた。




「よう、アスタ」


 そんな声が聞こえて振り返ると、ヒスキが防寒着をしっかり着込んだネアを連れて近づいて来るのが見えた。


「にしても、なんか豪華な顔ぶれが揃ってんな」


 ヒスキはアスタの近くにいるドレス姿の令嬢に目を留めてから、人だかりの中心で雪玉の射的に興じるディックとラミを一瞥して、驚き混じりの声で感想を述べた。


「ヒスキさん。それにネアさんも!」


 アスタはネアに駆け寄った。


「最近、ネアは昼の間は起きていられたし、少しの間だけなら見て回れるかと思ってな」

「よかったですね、ネアさん」

「うん! お祭りに来たのは子供の頃ぶりだし、それに」


 周囲の雪像を見回し、ネアは感嘆の声を上げた。


「こんなお祭りははじめて」

「街のみなさんが協力して準備したんですよ。ヒスキさんも頑張っていました」

「俺みてえな下っ端はお嬢様や大人の指示で動いてただけだっての」

「お兄ちゃんだってお祭りにかかわって頑張っていたんだから、謙遜しなくていいのに」

「謙遜っつーか、あーもう……」


 ヒスキは照れくさそうに、防寒用の帽子を被った頭をかいた。


「ヒスキさんのところは兄妹仲がいいようで羨ましいですわ。うちはラミの手綱を握っておくだけで精一杯です」


 ファニーに声をかけられ、ヒスキはたじろいだ。


「え、いや……羨ましがられるようなもんかね」

「それはそれとして、カティヤお姉様と一緒に祭りの準備をしたのですね? そんな楽しそうなことをなさっているのなら、わたくしも呼んでくださればよかったのに。羨ましいを通り越して妬ましいですわ」


 手袋をした手を頬に当て、笑顔を浮かべて優雅な口調でファニーはそう告げた。

 告げられたヒスキは青くなって固まった。


「待って、怖い、ハイメリン家のお嬢様怖い」

「大丈夫ですよ、ヒスキさん。ファニーさんはいきなり斬り捨てたりしませんから」

「それ、斬り捨てられそうになったことがあるやつに言っても慰めにならねえよ!?」

「あ、カティヤお姉様!」


 アスタたちの一団に近づいてくるドレスの上に赤いコートを羽織った令嬢をいち早く見つけ、ファニーは駆け寄って行った。

 それを見送り、ヒスキは安堵の息を吐き出した。




 ファニーと入れ替わるように、ディックとラミが戦利品である券を手にして戻って来た。


「我が雄姿を見てくれたか、アスタ!」

「成果は上々だったよ」


 どちらが勝ったのかは知らないが、気は済んだようだ。


「あ、はい。白熱していてすごかったですね」

「うむ、そうであろう! ではどこの屋台から回ろうか。……と」


 ディックの瞳がヒスキを捉えた。


「貴様もいたのか、ヒスキ。いつぞやの詫びだ。一枚進呈して進ぜよう!」

「そりゃどうも……」


 両手を出して、ヒスキは屋台の券を受け取った。

 ディックの勢いに押されたのか、ネアがヒスキの影に隠れる。それにラミは気づいた様子で視線を向けた。


「ということは、その子が話に聞いていたヒスキの妹かい?」

「は、はい。ネア・ストラングです。お兄ちゃ……兄がお世話になっています」

「これはこれは、礼儀正しいね。どこぞの貴族と違って」


 ラミの言葉にディックが再び噛みつきかけたとき、広場の隅で雪玉を投げ合っていた子供の流れ弾が、ネアのほうに飛んで来た。


「ネアさん!」


 アスタの声に、ネアたちも気づいて目を見張る。アスタが手を伸ばして止めようとするが、わずかに届かない。

 しかし雪玉は、ネアに当たる直前に空中で唐突に止まり、地面に落ちた。


「こら、小童ども! 雪玉を当てていいのは的にだけ、そもそも雪像があるような場所で投げるな!」

「はーい、ごめんなさい!」


 ディックの叱咤に、雪玉を投げていた子供たちが走って逃げて行った。


「ディックさんが正論を……いえそれより、ネアさん、大丈夫ですか?」

「う、うん……でも、なんで……」

「ネアがいい子だから、雪玉が避けたんだよ」


 力を使って雪玉を落としたラミは、平然と嘯いた。

 不思議そうな顔をしているネアに、ディックが叫んだ。


「ま、まさかヒスキの妹に隠された神秘の力が目覚めたのか!? 羨ましい、俺にも伝授してくれ!」

「えっ、そんな、さっきのはわたしがやったわけじゃ……」


 たじろぐネアの目の前でディックの頭上に雪が飛んできて、ばさりとかかった。


「おお、やはり誰もいないのに雪が浮いていたな! どういう仕組みだ?」

「お、お兄ちゃんー!」


 瞳を輝かせたディックは、高揚したままネアに疑問をぶつける。

 不思議現象のもとであるラミは、顔を伏せて肩を震わせていた。ラミのことを知らない者が見たら青いドレスの令嬢が泣いているのかと誤解しそうだが、実際は笑いを堪えているのだろう。


「ラミさん……いいんですか、これ」

「なんのことやら」


 顔を上げたラミはそうのたまう。どうやらしらばっくれる気らしい。


「あら、すっかりみんな集まっているようね」


 少し離れた場所で話をしていたカティヤとファニーが、アスタたちのほうにやって来た。


「そういえば、先程からちらちらと視界に入っていたそちらの令嬢はラミの姉か、妹か?」

「双子の片割れだよ」

「ファニー・ハイメリンと申します」

「双子……自分そっくりの半身、鏡写し、以心伝心、もとは一つだった存在……素晴らしい! 俺もどうせなら双子の兄弟が欲しかったものだ!」


 感極まった様子のディックに、当の双子は呆れた視線を向けた。


「いや、ぼくたちそこまでそっくりな外見じゃないし」

「そうですわ。ラミの考えていることがわかったこともありませんし」

「その言葉、そっくり返すよ。――とにかく、双子だからって他の兄弟に比べて特殊なことなんてそんなにないからさ」

「互いに素っ気ない正反対な双子もいいものだな!」


 つい先程までラミと張り合っていたのもどこへやら、ディックはハイメリン家の双子を面白がる対象として見定めたようだった。


 ファニーはというと、ディックがラミやネアに絡んでいたときは微笑ましそうに見守っていたが、自分に矛先が向かうと若干身を引いてカティヤにささやいた。


「カティヤお姉様……なんなんですの、この方」

「あまり気にしないほうがいいわ。後先考えずに心の赴くままの言動を取っているだけの人だから」

「そうですね。あれこれ言われたところで、本人の興味の対象は日々移り変わっているようですし」


 アスタも付け足す。ディックに振り回された者同士、色々と思うところがあった。


「そうだわアスタ、昨日はよく眠れた? 本番、しっかりやれそう?」

「ばっちりです!」

「頼もしいわね」


 カティヤの言葉にアスタは笑顔を返した。




 屋台を巡り、食べ物を買い込んでヨルンとともにベンチに腰掛けると、ヒスキが近づいて来た。ネアは少し離れたところにあるベンチでカティヤやファニーと話をしているようだ。


「なあ、アスタ。ネアなんだけど、どう思う?」

「祭りの日に体調がいいようでよかったですね。外で会えるとは思いませんでした」

「そうじゃなくてさ。なんつーか……いや、いつもと変わらんように見えるなら、それでいいんだけどさ」


 言われて思わずネアのほうを窺った。ディックに質問攻めにされていたときは困った顔になっていたが、いまは屋台の軽食を食べて目を細めている。


「喧嘩でもしたんですか?」

「や、秋の誘拐騒ぎの後、ちっと様子がおかしかったみてえだから。そろそろ難しい年頃突入なんかね」


「思春期だからとか枠組みに押し込んで決めつけるの、よくないですよ。ネアさんはネアさんです」

「お、おう」

「それでなにがあったんですか? 着替えているところに鉢合わせして、勝手に部屋に入って来ないで、とか言われたんですか?」


 ヒスキは苦笑いしてアスタから視線を逸らした。


「ああ、うん、もういいや。アスタに相談するのが馬鹿らしくなってきた」

「酷っ!」

「この辺の雪像は大体見たし、精霊の雪像は拝んだし、食い終わったらネアを家に送ってくか。午後はここで雑用してるけど、夕方の舞は見に行くからとちるなよ」

「言われるまでもありません!」


 いまいち一言多いヒスキに言い返していると、ヨルンがぼんやりとアスタのほうを見ているのに気づいた。


「どうかしましたか、ヨルンさん」

「いや、アスタが目覚めてからの二年で、随分知り合いが増えたものだと思ってな」

「そういえばそうですね」


 親しくなった友人たちが祭りの会場に集まっていて、声をかけてくれる。前世での自分からしたら、なんて贅沢な日なのだろう。


「よかったな、アスタ。人とかかわりたかったんだろう?」

「はい。……でも、みなさんはヨルンさんの知り合いでもあるんですからね」


 否定されるかもしれないと思った。ディックとは知り合いたくなんてなかった、というような返事をされるかとも思った。だがヨルンは屋台で買ったスープを飲んでから、


「そうか。そうだな」


 静かに肯定の返事をしたのだった。


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