白銀の祭典 1
寒さが日に日に強くなってきた頃、錬金術師の館にやって来たのは大通りで店を構える壮年の男三人だった。
「実は折り入って相談がある。領主にも話を通したから、そちらからも話があるかもしれないが」
応接間でヨルンと男たちが向き合う中、お茶を出したアスタが退室しようとすると、来客に呼び止められた。
「ああ、アスタちゃんも聞いてくれ」
「わたしもですか?」
「うむ。……正直錬金術師だけと向き合っているより、話し慣れた者がいてくれたほうがいい」
客の物言いにヨルンが眉をしかめる中、アスタを引き留めた大通りの店主たちは相談の内容を話し出した。
去年大雪が降りやまなかったのは、かつてあった精霊信仰をやめたせいではないか。いつからか、街のあちこちからそんな声が上がるようになった。
その意見を受けて、その昔は毎年開催されていたと伝わる雪の精霊を奉る冬の祭りを復活させよう、という動きが出て来た。雪はあったほうがいいが大雪で道が閉ざされる時期になる前に祭りを開催したい、とのことだ。
「そこでだ。雪の精霊を模した出し物に白い髪に白い肌のホムンクルスが出てくれたら、ぴったりではないかと思ってな」
「……出し物」
「聞いたところによると、領主の家の令嬢とともに劇をやったこともあるのだろう? 人前に出ることに慣れているなら申し分ないな!」
盛り上がる店主たちを余所に、アスタは首を傾げた。
「どうせなら本物を呼んだほうが……」
「アスタ」
主の短い一言で、余計なことは言うなと言われた気がした。
「では、錬金術師への依頼ではなくアスタへの依頼だな。なら、本人の判断に任せたいところだが」
ヨルンがアスタのほうを向き、視線がかち合った。その顔には、心配だ、厄介事に巻き込まれるんじゃないか、と書いてあるかのようだった。
ヨルンから出ている断れオーラを無視し、アスタはひとまず詳しい話を聞いてみることにした。
「ええと、出し物って具体的になにをするんですか?」
「雪の精霊の衣装を着て、祭りの舞台で舞を踊ってもらえたらと」
演劇の次は踊り。前世では身体が弱くてできなかったことが、いまではできる。そして親しくなった大通りの店の店主たちに必要とされている。アスタの心が沸き立った。
「わかりました。踊りは初挑戦ですが頑張って練習します」
アスタの返事に、ヨルンのほうを窺いつつ不安そうにしていた店主たちが安堵の息を吐き出した。
「では、練習と祭りの当日に来てもらえるということでよろしいかな」
「はい!」
目的を達成したことに顔をほころばせる店主たちは、上機嫌のままヨルンのほうを向いた。
「ああ、あとついでに、祭りの装飾にこれまでになかったような仕掛けを作ってもらえたらと」
「もののついでのように頼むな。別件だ」
店主たちが帰ってから、まだ雪の気配はないが冬の気配が近づいて来ている窓の外にアスタは目をやった。去年の冬は白く染まっていた庭を思い出しつつ、高揚してきた気分をそのまま口に出す。
「雪が積もる頃にお祭り……いいですね、わくわくしますね」
「そうか?」
「そんな面倒そうな顔しないでくださいよ。雪の精霊を奉る名目ですよ。ユッカさんにまた会えるでしょうか」
「ユッカは雪の精霊から分離した存在だ。雪の精霊そのものではない」
「でも、自分の本体の精霊を街の住人が思い出してくれたら、きっと嬉しいですよ」
「……そうかもしれないな」
ヨルンのほうを振り向くと、彼は目を細めて穏やかな顔をしていた。
それからアスタとヨルンは祭りの準備の話し合いに参加した。
催し物の話し合いのために使われている公共の建物は古い館だった。領主の屋敷をはじめとしたこれまで見てきた貴族の屋敷には及ばないが、しっかりした造りでいくつも部屋があり、錬金術師の館を広くしたような雰囲気だ。
アスタは衣装制作のために寸法を測られ、舞の説明を受け練習をし始めた。
練習の合間にヨルンがいる部屋に顔を出すと、ヨルンは街の住人とどんな仕掛けが必要なのかと議論を交わし合っていた。
去年は街外れの館に住む錬金術師のことを悪しざまに言う住人もいた。そしてそもそもヨルンが他者とかかわろうとしなかった。それを思うと双方随分変化した、とアスタは感じた。
やがて空気が冷たくなり雪が降った。日程は一ヶ月後に決まった。
当日に舞台が作られる広場へ赴き、この範囲で踊ることになるという確認をして実際に踊ってみた。本番は高さがある舞台になるから見える景色も変わってくるはずだ。そう思っていたら、拍手が聞こえた。
「うまいわ、アスタ。来年は歌劇ができそうね」
「カティヤさん! それにヒスキさんも」
祭りの準備にかかわっているらしい領主の娘と行き会い、その後ろに荷物を運んでいるヒスキがいた。
「アスタは踊りで報酬がっぽりかー。お嬢様、俺にも依頼しねえ?」
「今回は雪の精霊を模した出し物だから、ちょっとね……」
「はいはい、どうせ俺は雪って感じじゃねえよ。白い髪の娘がいたら、そりゃそれっぽいよな」
冗談交じりの軽口を叩くヒスキに、アスタは別の話題を振った。
「わたしが雪なら、カティヤさんはなんだと思いますか?」
「え、赤味がかった金髪だから……花?」
「だそうですよ、カティヤさん」
「はいはい、無駄話はそれくらいにして、行きましょうか。アスタ、頑張ってね」
踵を返して歩き出したカティヤの頬は、朱に染まっているように見えた。
祭りが近づいてきた日の夜、館の居間のテーブルで振り付けと段取りの確認をしていたら、眠ってしまったらしい。アスタが目を開けると、向かいの席にヨルンがいた。
「ヨルンさん……」
夢うつつだった頭が急速に覚醒し、アスタは顔を上げた。
「な、なんでここにいるんですか!?」
「休憩に一息入れようと」
「そうでしょうね!」
ヨルンの前には湯気が立つカップが置かれている。中身があまり減っていないようなので、ヨルンがこの部屋に来てそれほど時間が経過したわけではないと思いたかった。
「お、起こしてくださいよ……」
テーブルに突っ伏して寝ていて、顔に変な跡でもついていたらどうしようと、頬や口元を確認しつつアスタは抗議した。
「声をかけようと思ったんだが」
「思っただけで実行に移していませんよね」
「……君の寝顔を見るのは久しぶりだな、と」
反応に困ることを言われてしまった。
これまでヨルンの前で眠ったことなんてあっただろうか。そこまで考えて、そもそもこのホムンクルスの身体を作ったのは目の前にいる錬金術師だったことを思い出した。
目覚める前の目を閉じた状態なら、見たことがあって当然だ。それから去年の秋、意識を失い手当てを受けた。ヨルンからしたら見慣れた姿なのだろう。
しかしアスタとしては、ホムンクルスとしてこの世界に生まれて来年の春で二年経つとわかっていても、寝ている姿を見られるのは恥ずかしいものがあった。非常時なら仕方がないが、いまは違う。
「だからってそんな、寝顔なんて見ていて面白いものじゃ……」
「和ませてもらった」
そう言い、ヨルンはカップを持ったまま居間から出て行こうとした。
「なご……あ、ヨルンさん、根を詰め過ぎないでくださいね。祭りの当日に昼夜逆転していたら勿体ないですよ」
「ああ。アスタも、頑張るのはいいが無理するな」
扉が閉まる音を残して、ヨルンは居間をあとにした。
寝顔を見られたのは失態だったが、些細な言葉のやり取りが心地よかった。
やがて冬の寒さが増してきて、街を白い雪が覆い隠し、祭りの当日になった。
「この雰囲気、いかにもお祭りって感じですね!」
飾り付けられた広場を見渡し、アスタは感嘆の声を上げた。
見慣れた広場は雪で真っ白になったのみならず、雪像や氷像が立ち並んでいる。木々にはヨルンが作っていた飾りや夜になったら灯される明かりが取り付けられていた。屋台からはおいしそうなにおいが漂ってきて、多くの人が目を輝かせて行き交っていた。
アスタは去年買ったパステルカラーのコートを着てブーツを履き、毛糸でできた帽子を被って白い髪を押し込んでいる。
しかし祭りの準備中に知り合った住人も増え、頭を覆わない衣装で出し物に出ることも決定していて、もはや隠す意味があるのかという状態だ。
その後ろを、相変わらずの黒い外套姿で雪景色から浮いているヨルンが歩いていた。
「祭りを満喫するのはいいが……」
「去年のように足が埋まるほど積もっているわけじゃないんですし、大丈夫ですよ」
舞を披露するのは夕方で、現在は昼前。祭りを見て回る時間は十分にあった。
冬になってから降った雪は、街中から綺麗な部分が集められて雪像に使われた。その雪像の中でも一際目立つものが、広場の中心に立っていた。眺めている住人たちの人垣に、アスタたちも加わる。
雪の精霊を象った雪像で、祭りのメインがこれだった。直方体の雪の台の上に、十頭身くらいありそうな立派な姿が立っている。足元まであるマントを羽織っているのは、円錐状にしたほうが安定するからだろうか。
「なんかユッカさんとは違う印象ですね」
「作成者が思い描いた雪の精霊がこうだったのだろう」
「でもこれが雪の精霊なら、わたしが今日着る予定の衣装はなんなんでしょうか」
「出し物を企画した者が思い描いた精霊が、そうした姿なんじゃないか」
雪の精霊の印象すら統一されていない適当加減。突発的に企画された辺境の街の祭りらしい。もっとも一つの伝承に様々な解釈や姿を与えるのは、よくあることなのかもしれない。
「そういえば、カティヤさんが衣装に口を出したとか言っていましたね……」
話を引き受けたときはてっきりユッカが着ていたコートのような衣装だと思っていたが、本番用の衣装はファーがついた白いドレスだった。
ファーがついているといっても装飾用で防寒の役に立ちそうなものではなく、冬の屋外で人間が着ていたら凍えそうな服だ。
白い髪だから雪の精霊のイメージにぴったりというよりも、ホムンクルスは人間よりも暑さ寒さに強いからこの出し物に選ばれたのだと言われたら信じそうだった。




