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地下迷宮と呪われた子供たち 5

「そういえば、迷宮の定番にまだ遭遇していませんね。床の一部が落とし穴になっているとか――」


 青の突起を押して扉を開け、しばらく行ったところでそんな話題を出した直後、


「きゃあっ」


 カティヤとヒスキがいた辺りの床が抜け、二人の姿が消えた。


「噂をすれば影ですか!?」

「あ、そこに石板があるね。『下に落ちたら回り道』だそうだ。今回は資格を失うわけではないようだね」


 足元のわかりずらい部分の壁に石板があり、ラミは屈んで読み上げた。


「アスタはこういう迷宮に詳しそうだけど。一見そうとわからない落とし穴の対処法はなんだい?」

「落ちて上がってを繰り返して、覚えるか記録するしかないかと思います……」

「いや、待て。床の模様に違和感がある部分があるな。じっくり見れば見分けがつくかもしれない」


 ヨルンが床をまじまじと見つめる。が、ファニーが穴の底を心配そうに見下ろしているのを見て、対処法よりも気にすべきことがあるとアスタは思い至り、穴に駆け寄った。




 浮遊感からの落下。カティヤは衝撃を覚悟したが、思っていたほどの強烈な痛みはなかった。


「いってて……お嬢様、大丈夫か?」


 声をかけられ、すぐ近くで視線が合う。


「え、ええ……って」


 うつ伏せに倒れた状態でヒスキを下敷きにしていることに気づき、カティヤは赤くなってヒスキの上からどいた。触れていた手の下で鼓動の音を聞いた気がするが、早急に頭から追い出そうとする。


「ご、ごめんなさい……」

「謝んなよ。いまはお嬢様の護衛なんだからさ、こういうときに身体張らんと」


 動揺と混乱が薄れてきて、カティヤは微笑んだ。


「じゃあ、ありがとう。助かったわ」

「おう」

「怪我は? 結構な高さだったと思うけど」

「この迷宮を作ったハイメリン家のご先祖は、奥を目指す者をそれなりに思いやってくれてたようだな」


 立ち上がって足元を指さすヒスキ。言わんとすることはわかった。穴の底には緩衝材のようなものが敷かれていて、落ちても頭を打って死ぬことはなさそうだった。


「カティヤお姉様、ご無事でしょうか?」

「二人とも、怪我はありませんか?」


 ファニーとアスタの声が穴の上から降って来た。上を見上げると、穴の下を見下ろしている四人と目が合った。


「ええ、大丈夫よ」

「けど穴の近くに梯子や縄の類もないし、岩壁のような取っ掛かりも皆無で、上がれそうにねえな」

「その先にも道があるだろう。進んで行けば正解の道につながっているはずだよ」


 そう発言するラミが書庫でやっていたことを、カティヤは思い出した。


「ラミの能力で浮かせられないの?」

「ぼくの力は不安定でね。本くらいの重さなら楽に浮かせられるが、人くらいの重さをここまで上げられるかと言われると自信がない。途中で落ちてもいいならやってみるかい?」

「……遠慮しておくわ」


 そう答えるしかなかった。

 期せずしてカティヤとヒスキは、アスタたちやハイメリン家の双子と別行動することになった。落ちた先の通路を進んで行くと、ヒスキが話しかけてきた。


「にしても、怪盗が華麗に獲物を盗むなんて展開にはならなさそうだな」

「元々こっそり盗んでいくつもりだったじゃない」


 いつもと変わらない軽口に、少し安心した。


「それに、ヒスキが一緒で私は心強いわ」

「そう言ってくれるならいいけどさ」


 通路を歩く二人の足音が響く。アスタたちも入れて四人で集まっているのもいいけれど、こうした時間も悪くないと感じた。




 カティヤたちと別れてから、アスタたちは落とし穴がある通路を穴に落ちないように床を凝視しながら進み、さらに曲がり角から先の通路に差し掛かった。


「カティヤさんたち、大丈夫でしょうか」

「怪我はないようだし、ヒスキもいるんだからなんとかなるだろう」

「おお、ヨルンさんがヒスキさんを信頼するような発言を……」

「令嬢の護衛という名目を気に入っていたようだから、先程のようになにか飛んで来たら、盾くらいにはなるんじゃないか」


 素っ気ないのかヒスキのことを理解しているのかよくわからない返事があった。


「ところでこの迷宮、あとどれくらいなんでしょうか」

「疲れたかい?」


 ラミに問いかけられた。


「わたしはホムンクルスなので体力はあります。ファニーさんは大丈夫ですか?」

「お気遣いありがとうございます。まだそれほど消耗していません。みなさんについて行くくらいはできますわ」


 迷宮を歩くのに不向きそうな格好のファニーは、気丈にそう答えた。


「ヨルンさんは……」

「心外だな。アスタと一緒に街中のみならずあちこちに行ったから、少しは体力がついたつもりだったのだが」

「す、すみませんヨルンさん、そんなつもりじゃ」


 だがそれはマイナスがゼロになった状態なのではないか、と思ったが言わずにおいた。


「アスタとヨルンは色んなところに行ったことがあるのか。屋敷に帰ったら、ぜひ詳しく聞かせてもらいたいものだね」


 ラミの言葉には羨望がこもっているように思えた。


「ラミさん……」

「ああ、それで迷宮の残りだけれど。屋敷の地下にある迷宮なのだから、多少入り組んでいても、とてつもなく広大で踏破に何日もかかるほどの規模ではないはずだよ」


「丸一日かかる可能性は?」

「……ものすごく運が悪くて先に進めない事態になったら、あるいは」

「みなさんがお腹が空いて動けなくなる前に、家宝のもとへ辿り着けたらいいですね……」


 溜息とともにそう言うしかなかった。


「遅くなるようならハイメリン家に泊まって、明日帰ればいいのではないかい?」


 泊めてもらえるのはありがたいが、その提案に乗れない者がいた。


「わたしたちやカティヤさんはそれでもいいんですが、ヒスキさんは家に病気の妹がいるんですよ」

「へえ。妹想いなんだ」


「そうですよ。妹のネアさんのために身を粉にして治療費や薬代を稼ごうとしています」

「それはすごい。感動必至の物語のようだ。この無味乾燥な現実世界において、自分の身内に対してそこまで無償の愛を捧げられる者がいるなんて思わなかったよ」


 ラミの言いようには、多分に皮肉が含まれていた。祖父からされた仕打ちを思い出したのか、双子の片割れは一般的な貴族の令嬢として申し分なく育ったのに、それと比べて自分はどうだ、という想いがあるのか。


 ちらりと後ろに目をやると、ついて来ていたファニーが顔を伏せたのが見えた。


「おやおや、白けさせてしまったようだね。すまない、忘れてくれ。別にヒスキに対して思うところがあるとかじゃないんだ。平民が領主の家の令嬢につき合ってまで日銭を稼ぐなんて見上げた根性だと言わせてもらおう」


 その言葉に、ファニーが顔を上げた。


「そういえばヒスキさんは平民なのでしたわね。協力者と聞いてはいましたが、なぜカティヤお姉様と平民が……」


 カティヤとヒスキがいないからか、双子は言いたい放題だった。


「あの、ファニーさん、さっき気落ちしていた様子だったのは……」

「ああ、すみません。カティヤお姉様はどうしていらっしゃるでしょうかと思いを巡らせていました」


 別にラミの言葉が突き刺さっていたわけではないようだ。なにはともあれ、ファニーが元気ならそれでよかった。




 しばらく進んだ先で、広い空間に出た。四人がその部屋に入ると、入って来た通路と部屋を分断する扉が閉まった。


「なっ……」


 驚くアスタたちだが、さらに異変が起きた。部屋が震え出す。


「じ、地震ですか!?」

「いや、違う。あれだ!」


 ヨルンが指さした先の壁が剥がれ落ちていく。壁と一体化し、模様に覆い隠されていた何者かが、部屋の広い空間に出て来たところだった。


「あれは……」


 土で作られた巨大な身体が姿を現した。ずんぐりとした単純なフォルムで、頭の位置は天井につくほどの高さ。


「ゴーレムだね」


 ラミがその名を口にした直後、ゴーレムの顔についた目が侵入者を捉えて光った。アスタは思わず肩を跳ねさせた。


 驚いている暇もあらばこそ、地響きを鳴らしながらゴーレムが追いかけて来た。地下迷宮でこれほどの重量のものが暴れて大丈夫なのだろうかと心配になるほどに、通路が揺れる。

 ゴーレムから逃げるために走りながら、アスタは叫んだ。


「魔物はいないって言ったじゃないですか!」


 並走するヨルンが説明する。


「魔物は自然発生する魔の力を持つ生物だ。あれは人に作られた、事前に組み込まれた命令の通りに動く人工物。ホムンクルスと似たようなものだな」

「もうその辺は魔物扱いでよくないですか!?」


 転生前にプレイしたRPGでは、ゴーレムもロボットのようなものも魔物やモンスターの範疇だった。

 魔物の物が生物の物ならそういうくくりになるのかもしれないが、わたしが知っている分類と違う! と叫びたかった。


「ああ、でも人に作られたものも魔物扱いにするなら、ホムンクルスも魔物ということに……」

「走りながらしゃべってると舌を噛むぞ」


 ホムンクルスも敵として登場する魔物扱いのゲームもあるだろう。だが自分が含まれるとなると、元々人間ではないと定義されていても、なんだか嫌だった。


「アスタからしたらあれは魔物なのかい? 宝石の警備をしていて人の役に立っているんだから、邪悪じゃないだろう?」


 ラミが不思議そうに口を挟んできた。


「邪悪かそうじゃないかが問題なんですか!?」

「そうだよ。他になにがあるんだい?」


 分類した人の差別意識が、若干垣間見えた。それではまるで――。


 ゴーレムが拳を振り下ろしてきて、横に飛んで避ける。攻撃を避けることを何度か繰り返しているうちに、浮かびかけた思考はどこかへ行ってしまった。


 魔物相手なら任せてくださいと言ったものの、質量がまるで違うものが相手だと、ホムンクルスに多少人より強い力があったところで、敵う気がしなかった。


「ラミさん、ハイメリン家の一族なら、ゴーレムを倒す方法はわかってるんですよね?」

「倒したら警備がいなくなってしまうよ」

「そんなこと言っている場合ですか!」

「倒さなくても、あそこまで辿り着けばいい」


 ラミが指さす先に、人間が通れる大きさの長方形の穴が開いていた。ゴーレムがいる領域の出口だろうか。


「そうですか、よかっ……」

「きゃあっ」


 ファニーが足を取られて地面に倒れる。身体を起こしたときには、頭上にゴーレムが迫りつつあった。


「ファニー!」


 ラミが足を止め、手を伸ばす。本来届くはずのない距離。

 だが、ファニーの身体が見えないなにかにつかまれるようにわずかに浮き、床のすぐ上の低空を滑るように移動した。


 さっきまでファニーがいた場所に、ゴーレムが拳を振り下ろす。硬いものが砕ける音が響き、床の破片が飛んできた。


 そのまま投げ出されるようになったファニーを、彼女のほうへ駆けたアスタが受け止めて、抱えたまま走り出した。


「す、すみません……」

「いえ、この格好で走るのは無理がありますよね!」


 迷宮の床を鳴らすゴーレムの足音を聞きつつ、必死に駆ける。先を行くラミとヨルンが穴の向こうへ到達し、アスタたちを振り返ったのが見えた。


 ゴーレムが迫って来て腕が伸びて来る中、勢いに任せて穴の向こうに滑り込んだ。背後で轟音が響き、衝撃で揺れ、ぱらぱらと上から埃が落ちて来た。ゴーレムが壁に激突したのだろうか。


 鼓動の音がうるさい。思考が追いついて来ない。だけど多分、危機は脱したはずだ。

 息を整えて、ファニーを抱えたまま地面にへたり込んでいたアスタは顔を上げた。


「よかった、みんな無事ですね……」


 生きているって素晴らしい。例え活動年数が十年だとしても、こんなところで死ぬつもりはなかった。


「アスタさん、ありがとうございました。あなたは命の恩人です」


 ファニーはアスタの膝の上からどいて、手を取って謝礼を口にした。


「そんな、大げさですよ」

「それから、ラミも」


 近づいてきた双子の片割れに、ファニーはふわりと微笑んだ。

 対するラミは、どこか気まずそうな顔をしていた。先程ファニーのほうへ向けていた右手は、たっぷりとした袖の下で震えているようだった。


「いや、ぼくは……」

「ラミの力のおかげでわたくしは助かりました」

「そうですよ、ラミさん。不安定なんて言っていたけど、ファニーさんを救えたんです。邪悪な力なんかじゃないですよ」


 ラミは泣きそうな顔をして、顔を伏せた。そのラミを、立ち上がったファニーは抱きしめる。


「もう、ラミを呪われた子供なんて呼ばせません。間違っていたのはおじい様のほうですわ」


 ラミの耳元で、ファニーは囁いた。


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