地下迷宮と呪われた子供たち 6
少し休んでから通路を進んで行くと道の脇に階段があり、そこから足音が聞こえてきた。階段を見下ろすと、見知った顔と目が合った。
「お、人の声がすると思ったら」
「丁度よく合流できたようね」
「カティヤさん、ヒスキさん! 無事だったようでよかったです」
二人の傍に駆け寄る。離れていたのはわずかな時間のはずなのに、合流できたことに心底安堵した。
「おう。アスタたちも――無事みたいだけど、なんか土埃にまみれてんな」
「ああっ、借り物の服が!」
指摘されて自分の格好を見下ろすと、フリル満載のメイド服は埃だらけだった。
「そんなこと気にしなくていいわよ。大変だったようね、お疲れ様。ファニーも大丈夫だったの?」
「はい、アスタさんのおかげで事なきを得ましたわ。アスタさんを連れて来てくださったカティヤさんは素晴らしい方だと再認識しました」
各々が再会を喜ぶ中、ヒスキがいま上って来た階段のほうを指さした。
「なあ、この道に合流する手前に、立派な扉があったぞ。鍵がかかってるようだったけど、ラミが持っている鍵で開いたりしねえか?」
「扉……すぐ手前なら、見に行ってみよう」
ヒスキたちが来た道を戻ると、その通路から分岐した先に確かに重厚な扉があった。この迷宮の扉に似た、模様や飾りがついた扉だ。
ラミはまじまじと観察していたが、やがて結論を言った。
「開かないし、それに――鍵穴がないね」
「あ、本当ですね」
地下に続く扉や迷宮の扉にはあった鍵穴がない。ディックと行った遺跡にあった扉に似ている、と思った。
「これまでのような石板の指示もないし、仕掛けを解いて開くような扉でもなさそうだね」
「そっか、ならどうにもならんな。悪かったな、回り道させて」
「いや、なにか意味ありげな扉だし、知らせてくれて助かったよ。今回は家宝入手という目的があるから手が回らないけど、また後日調べてみるから」
「お、おう」
迷宮に入ったときは挑発的なことを言われたラミに礼を言われ、ヒスキはどこか決まり悪そうに目を逸らした。
曲がり角を曲がると、視線の先の扉の手前に人影があった。壁にもたれるように座っているように見える。
「えっ、誰でしょう……」
カティヤたちとは合流した。鍵がないと入れない迷宮内に、他に挑戦者がいるとは思えなかった。
「多分、あの扉が最奥の家宝を安置する場所に通じるものだろうけれど。その手前にいる何者か、か」
「人と同じ体格のゴーレムか?」
「さあ、どうだろうね。さっきのゴーレムは壁と一体化していて不意をつく形で登場したし、あんなわかりやすいところに配置するとも思えないけど」
ヨルンとラミが推測を交わすのを聞きながら、アスタたちは警戒しつつ人影に近づいた。
「……あ」
気づいてしまった。確かにあれは、ゴーレムなどではない。
人の気配を察知してか、たかっていた虫が飛び立って行く。独特のにおいが漂ってくる。カティヤが眉をひそめて口元に手をやった。
壁にもたれているというよりも、倒れて壁に上半身が引っかかったといったほうが正しそうな状態。
この地は夏でもそれほど暑くなく、それほど腐敗している様子ではないが――死後何日か経過していそうな死体が、そこにあった。
「やはりここにいたんだね、おじい様」
立派な服を身にまとった白髪の老人の死体を前に、ラミはそう口にした。その青紫の瞳には、喜びも哀しみも浮かんでいないかのようだった。
「最期に呪いの宝石の力でもあてにしようと思ったのかな。そんな力に頼ったところで、扉の鍵が開くわけがないのに。それに――あなたは呪いを疎んじていたはずなのに」
「ラミさんのおじいさんは、もうお葬式を済ませたって聞いていましたが、なんでこんな場所に……」
「少し前に迷宮の扉の鍵を父が持って行ったことがあった。そのときに複製を作ったのだろう。祖父を扉の向こうに放置して鍵をかけ、自分の手を汚さずに殺すために。そして祖父を死んだことにして、葬式を挙げた。棺に死体はなかったのかな」
存在していないことになっていた呪われた子供は、出席していないだろうに最近あった祖父の葬式について、見てきたように語った。
「それとも父だけでなく――きみも共犯なのかな、ファニー」
振り返ったラミの視線の先には、双子の片割れがいた。
ファニーは追及の視線を受け止めつつ、問いかけた。
「なぜそう思うのです?」
「ファニーがわざわざ迷宮まで一緒に来たからさ。令嬢としての作法を叩き込まれているような者が、だよ。これだけ協力者がいるのだから、アスタたちに任せて報告を待っているという選択のほうが、きみらしい選択じゃないか」
「カティヤさんがやる気を見せていらっしゃるのに、わたくしだけ待っているわけにはいきませんわ」
「ぼくに迷宮に一緒に行こうと言ったのはきみだ。きみが行くと言ったから、カティヤも後に引けなくなったんじゃないのかい?」
カティヤが不本意そうな顔になったが、ラミは続ける。
「迷宮に来た理由は、おじい様が生き延びていやしないか確認するため。違うかい?」
しばしの沈黙の後、ファニーは頷いた。
「正解ですわ、ラミ」
これまでと変わらない、令嬢らしい微笑を浮かべて。
双子の片割れに比べたら模範的な貴族の令嬢というアスタの認識が、覆った瞬間だった。
「おじい様はラミを呪われた子供だと決めつけて幽閉しただけでなく、お母様を殺そうとしました。現在病に伏せっているのは、微量の毒を盛られ続けて症状が表に出たからです。呪われた子供を産んだ女など価値はないからだ、と」
表面上は感情に波風など立っていないような調子で、ファニーは説明し出した。
「ぼくの力は先祖返りによるもの、先祖に奇妙な力を使う者がいて一族から追放したのだ、と豪語していたのはおじい様だったのに――妄執に取り憑かれたせいで、お母様は」
ラミは苦渋に顔をしかめた。
「怪我をして辞めることになった使用人が毒を盛った実行犯かい?」
「ええ。骨折程度で済んでよかったですわね」
おじい様と一緒に迷宮に放置してもよかったですけど、とファニーはさらりと付け足した。
「家同士が決めた結婚ですが、父は母のことを大切に想っていました。ラミに対する扱いにも憤っていましたわ」
「それで、なぜいまになって決行したんだい?」
「ラミをわたくしだと偽って、傲慢で暴力的だと有名な貴族に差し出そうとしていました。その貴族に呪いをかけてやるのだと。偽者だと露見して殺されるようなら、こちらで処分する手間が省けると笑いながらおっしゃいました」
ラミはその話を皮肉げな表情で聞いていた。
「わたくしのことも常々疑念の目で見ていましたわ。呪われた子供の片割れだから、同じように邪悪な力が目覚めるのではないかと――魔女になるのではないかと疑っていたようですわ。ですから、不安を的中させて差し上げたのです」
優雅に微笑んだまま丁寧な口調を崩さずに、ファニーは語る。
祖父への皮肉と自分への嘲りを口にしつつ、双子の片割れと母親を守りたかったのだと。そのためにファニーと父親は罪を犯したのだと。
ハイメリン家の者はみな、不幸の原因は呪われた宝石などではないことを知っていた。そして祖父が信じ続けていた呪われた宝石など、なくなればいいと思っていた。だからカティヤに相談をしたのだ。
「ラミはなぜその罪を暴いたのです?」
「そこに隠された出来事があったようだから」
「罪を明るみに出すつもりですか?」
「出したところで、ハイメリン家が破滅するだけだろうね」
そう結論付けたラミは、来客たちを見渡した。二対の青紫の瞳からの視線が、この場における異分子たちを射る。
目は口ほどに物を言う。相手の出方如何によってはなにをするかわからない、と暗に言っているかのようだった。
来客を代表するように、カティヤが口を開いた。
「誰にも言わないと誓うわ。なんなら証文でも書けばいいのかしら」
その言葉に、双子は目を見張った。
「横暴な独裁者に抗おうとしてやったことに文句を言ったら、こちらが悪者みたいじゃない」
「カティヤお姉様……」
「宝石をきみたちが持って行くのなら、その弱味をぼくたちが握っていることになる。こちらの罪を露見されたら、宝石が盗まれたと告発する。――で、いいかい?」
「いいでしょう」
結論が出て、緊迫していた空気が緩んで行く。
「じゃあ、その家宝を拝みに行こうか」
指さした先には扉があった。扉には赤と青の鍵穴があり、近くに石板はなかった。
鍵を開けて入った先の部屋は、がらんとしていて薄暗かった。どこか拍子抜けした様子でヒスキが周囲を見渡す。
「もっと金銀財宝が部屋中にあふれてんのかと思った……」
「そうした財産なら、こんな迷宮の奥深くに保管しておく必要はないでしょ」
カティヤの論にヒスキは「そりゃそうか」と納得したようだ。
部屋の中央に机ほどの高さの台があり、そこにハイメリン家の家宝である大粒の青い宝石が安置されていた。宝石は大柄の人間より一回り大きな立方体の透明の覆いで囲まれていた。
その手前に、最後の指令があった。
『ハイメリン家の男の生き血が家宝を取り出す鍵となる』
宝石の手前に台座があり、見下ろせる場所に文章が刻まれた石板が埋め込まれ、その横に複雑な色合いの鉱石が埋め込まれていた。
やれやれとヒスキは肩をすくめた。
「ここまで来て最後の鍵がそれかよ。どうするんだ、あのじいさんから搾り取るか?」
「生き血とあるだろう」
そう言ったヨルンがハイメリン家の双子に視線を向けたので、つられてアスタもラミたちのほうを見る。
「この仕掛けを作った先祖は、賊が宝石を奪いに来たところでどうやっても最後の守りは開かないようにしておいたんだね。まったく、実に性格が悪い」
「ハイメリン家の先祖なだけありますわ」
ファニーがラミの意見に同意する。こうしてみると、双子は言動がよく似ているように思えた。
「さて、血の判別か。鍵が入っていた箱にナイフも入っていて、仕掛けに使うのかと思って持ってきてみれば」
幅広の袖の内側に収納できる部分があるのか、袖に手を入れたラミは小さなナイフを取り出した。
「先祖のどこかで血が絶たれていて、養子を直系の子孫ということにしていた、なんて事実をこんな場面で知りたくはないわけだけど――どうなることやら」
ラミは自分の指先をナイフで切り、鉱石に押し付けた。




