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賭けと遺跡 1

 夜も更けた頃に、ディックは屋敷に帰って来た。疲れているようなら話は明日のほうがいいだろうかと思ったが、ディックはアスタを見つけると目を輝かせた。


「アスタ、出先からの土産だ」

「ありがとうございます」


 差し出してきた小さな包みを思わず受け取る。大きさからして装飾品だろうか。


「うむ。あの街の名産品である鉱石を使ったブローチを渡した相手とは、想いが通じ合うそうだ。アスタが俺のものになってくれるのに一役買ってくれるはずだ」

「それ、恋愛成就の効用なんじゃ……」


 俺のものになれという言葉も、端から見たら告白のようにも聞こえるが。ディックがアスタに対して恋慕などないことは、これまでの言動からよくわかっていた。

 彼が欲しているのは、意思があるホムンクルスだ。それ以上でも以下でもない。


「ディックさん、これから夕食ですか?」

「いや、食べてきた。帰りが遅くなるからと断ったのだがな」

「なら、いまからお時間ありますか? お話があるんですが」


「話ならいましているが……はっ、他の者には聞かせられないような重要な秘密を打ち明ける気になったのか? 実は世界の真実に直結した存在だとか、実はこの世界の者ではないとか、そういった類の!」


 実は前世は異世界の病弱な少女でした。――なんて打ち明けたところで、ディックが望むような運命的な物語など特にないのだが。


「よし、ならば行こうではないか! こうした話をするなら、月の下だな」


 ランプを手にしてディックがアスタを連れて行ったのは、午前中にカティヤと過ごしていたバルコニーだった。


 月明りとランプの光が周囲を照らし出し、陽が出ているときとは違う印象を作り出す。春や秋だと夜の屋外では寒いだろうが、初夏の夜風は心地よかった。


「風が人外少女の長い髪を揺らし、月の光が色素の薄い姿を浮かび上がらせる。まさに物語の一場面かのようだな」

「それ全部言ったら台無しですけどね……。でも月に照らされたバルコニーはいい雰囲気ですね」


 日本家屋のベランダなど比較にならないくらい広くて、くつろぐためのテーブルと椅子もある。


「そうか、アスタからしたらこの屋敷も新鮮か。他には?」

「貴族の方の暮らしはすごいですね。まさに贅を尽くした、という感じで」

「うむ。だが、そうした家に生まれただけ、俺自身の力ではないな。俺からしたら、アスタやヨルンのほうがすごいと思うが?」


「そうですか?」

「ヨルンは意思を持つホムンクルスを作ったのだろう? 俺はホムンクルスについて熟知しているわけではないが、滅多にない存在なのはわかるぞ」


 アスタに視線をやり、ディックは息を吐き出した。いつもの居丈高さが薄れた先程の言葉といい、夜空の下のランプの明かりが作り出す陰影も相まって、普段のディックとは違う雰囲気だった。


「貴族は金に困ったことはない。地位も名誉もある。次に求めるものはなんだと思う?」

「え……綺麗なお嫁さんとかですか?」

「婚姻など、家と家のつながり重視で個人の自由になるものではなかろう」


 侯爵家の長子として生まれた者は、そうした思考になるらしい。好きになった人と結婚できるわけではない身の上についてアスタは思いを巡らせつつあったが、ディックの次の言葉で断ち切られた。


「求めているのは、他にはない特別な力、特異な存在だ」


 月光にスポットライトのように照らされる中、腕を大きく広げ、ディックはそう述べた。


 秘密を開示しているような中で悪いが、貴族というかディックが求めてやまないものとしては、予想できた答えだった。


「先祖が集めた逸話ある武器や宝石は、いわば過去のものだ。しかしアスタは現在生きている特殊な存在ではないか! 意思があるホムンクルスという変わった事象を目にしたのははじめてのことだ。このような存在は世界でただ一人かもしれん」


 こぶしを握り締めてディックは力説する。しかしアスタはそのテンションについて行けなかった。


「め、珍しいかもしれませんが、ただ一人と決まったわけでは」


 本来、意思が宿らないはずの人の形をしたものに人と同じ感情が宿るのは、前世で接した物語では定番だった。


 人は人間を模して土偶や人形やロボットを作った。そうした人型のものに、人と同じ感情が宿ることを空想した。そうした思考は世界が変わっても同じなのではないか。


 そして精霊や魔物が存在する世界なら、人型のものに実際に感情が宿る事態も、珍しい事態であってもアスタしかいないとは思えなかった。


「……俺はアスタのような存在になりたいのかもしれんな」


 ディックの伏せた顔に影が落ちる。なんでも持っているように見える貴族にも、渇望するものがあるのだろう。


「ホムンクルスになってしまったら、活動年数は十年ですよ」


 侯爵家の当主になる予定の人がそれでは困るでしょう、と続けようとしたが、ディックはがばっと顔を上げた。


「そうだ、その問題があったな。これからの予定は確認した。絶対に参加せねばならぬ予定は今日くらいだった。遠出しても大丈夫だろう。明日支度をして、明後日にでも行けるか」

「え、ええと、ディックさん……?」

「準備が終わり次第、出かけるぞ。ローゼンブラド家に受け継がれた言い伝えで、奇蹟を起こしてみせよう!」


 自信満々に宣言するディックを前に、アスタは焦った。


「待ってください。わたしはディックさんのものにはなれないと、はっきり断らせてもらうお話をしに来たんです!」

「いまはそうでも、活動年数を延ばせたら俺のものになるんだろう?」

「錬金術師が無理と言ったことですよ?」


「ああ。だが、俺は可能だと思っている」

「そう言われましても……」

「要は賭けだと思えばいい。実際にその場に赴き、願いが叶うか否か。わかりやすいではないか」


 ディックは自信があるらしい。だが、そう簡単に奇蹟なんて起こせるのだろうか。


「その賭けに負けたら、意思があるホムンクルスのことを諦めてくれますか?」

「無論だ」


「じゃあ、活動年数を延ばせなかったら、一ヶ月の予定だった滞在を打ち切って、街に帰らせてもらいます」

「そして見事本来なら不可能な奇蹟を起こした暁には、アスタは買い取らせてもらう。なに、アスタにもヨルンにも悪いようにはしない。――それでいいな?」


 分の悪い賭けではないはずだ。アスタはしっかりと頷いた。




 翌日。ヨルンの客室を訪ねたアスタが昨日ディックと話したことを伝えると、準備のために屋敷内を行き来している足音や物音がどこからか聞こえる中で、ヨルンは嘆息した。


「それで、明日どこぞへ出かけることになったのか。断るとは言っていたが――そんな賭けをして大丈夫なのか?」


 独断で動いたことを責められたようで、アスタは縮こまった。


「ホムンクルスの活動年数を延ばすなんて、錬金術師が頑張っても無理なんでしょう?」

「それが現在の技術の限界ではあるが。……そもそも活動年数が延びたとして、どうやってそれを確認するんだ?」

「えっ、わからないんですか?」


「知らないホムンクルスを連れて来られて、残りの活動年数を当てろと言われても、見た目の印象で答えるしかないな」

「診察や採血をしたら……」

「作られたばかりか活動年数が残りわずかかくらいはわかるだろうが、それ以外はなんとも」


「そうなんですか。錬金術師にかかれば残りの活動年数くらい、正確にわかると思っていました」

「なら逆に訊くが、年齢がわかっている人間の余命を当てられるか? 僕はあと何年で死ぬと思う?」


 最近ではヨルンはそこまで昼夜逆転の生活はしていないようだから、アスタが目覚めた当初よりは、不規則で寿命を縮めそうな生活態度ではないようだ。


 館にこもりきりではなく、街に出掛けたり現在こうして王都にいたりと、外に出るようになった。以前より体力もついたのではないだろうか。

 ――なんて考えてしまってから、アスタは思う。そういうことを訊かないで欲しい、と。


「……病気で余命何年の人の寿命なら、お医者さんならわかるかもしれませんが」

「ホムンクルスは活動年数が決まっていても、病人とは違う。むしろ常人よりも体力が有り余っているくらいだ」

「そうですね」

「活動年数は、約十年。だがもっと早く尽きることもあれば、一、二年延びることもある。珍しい事例ではもっとか」


 生物というよりも、数年ごとに買い替え必須のパソコンや携帯電話のようなものだと思ったほうがいいのだろうか。

 それらもいつ調子が悪くなるかは、使っている者にも作成者にもはっきりとはわからない。元々の性能の他は、使用頻度やどう扱ったかによって変わってくる。


 さすがにホムンクルスに対して、OSのサポートが終了するから買い替えろというお達しはないだろうが。


「ディックが活動年数を延ばせたと主張して、結果がわかるのはいまから十何年か経った後だな」

「わたしは意思があるホムンクルスは珍しいから十年もたないかもしれないんですよね」

「……そうだったな」


 ヨルンは視線を落とした。


「ええと、まあとにかく。明日、ディックさんが望むような奇蹟が起きるとは限りません。決着がつくならそれでいいじゃないですか」

「うまくいけばいいんだがな」


 先行きがいいとは言えない顔で、ヨルンはそう結んだ。


「それで目的地は?」

「ローゼンブラド家に伝承が伝わる遺跡だそうです」


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