第37話 仲直り
俺のヘイトスキルを受けた者達は、俺から視線を離せない事に困惑の表情を浮かべていた。
「どうなっていやがる!? この爺さんから目を離せねぇ。チッまたスキルか!? どうやら爺さんは早死にしたいみたいだな。お前ら速く爺さんをやってしまえ」
巨漢の男の発破を受けて、冒険者達が一斉に俺を襲ってくる。
(リディア…… 俺が悪かった)
冒険者達の攻撃を避けながら俺は心で叫んでいた。
(ダンジョンを攻略して天狗になっていた。お前の気持ちも考えていなかったようだ。本当にごめん)
十人程の冒険者に囲まれた俺は思いっきり地面を蹴りつけ、どの冒険者よりも速く剣を振りぬいた。
一人の冒険者は胸を切られ、鮮血を散し地面へと倒れている。
(まだ俺はリディアに謝れていない。リディアは俺が絶対に守るんだぁぁ!)
相手から見れば年老いた爺さんは弱々しく見えるだろう。
そんな爺さんが見たことも無いスピードで動いている姿を男達は驚愕な表情を浮かべてみていた。
一瞬の内に数名の者が倒された事も相まって、男達は更に恐怖感を露わにした表情へと変えていく。
「何をやっている。動きが速いなら、数で囲んで捕まえればどうにでもなるだろう。囲め! 一気に畳みかけろ」
激を受けビビりながらも残りの男達は俺の周囲を取り囲んだ。
しかし、殆どの者は恐怖で腰が引けていた。
「おい、爺さん。剣を捨てな! さもないとこの女を殺すぞ!!」
巨漢の男はそう言ってリディアを自分の胸板付近で抱きかかえ、首元に剣を押し当てた。
「チッ」
とにかく、今は男の指示に従う他ない。
俺は舌打ちをし、動きを止める。
「分かったよ。だがこの剣は大事な剣でな。捨てる事は出来ない。だからこうさせて貰おう」
俺は剣を地面に突き刺し。
剣から数歩後方へと下がっていく。
「これでいいか?」
「あぁ、それでいい。後は死んでくれたら終わりだ。やれ!!」
丸腰の俺を見て、全員がニヤリと笑みを浮かべた。
そして周囲の冒険者が一斉に襲い掛かってきた。
俺は地面の土を手でつかみ思いっきり正面に投げつける。
土を受けた男は衝撃で後方へと弾き飛ばされた。
他の者たちの攻撃は余裕で見切れるほど遅く、順番に殴り飛ばすと、どいつも一発で意識を失っていった。
「後はお前だけだ。覚悟はいいか?」
「おい。動くなと言っただろがぁぁぁ。このガキを本当に殺すぞぉぉ!!」
男は大声で叫んだが、俺は突き刺した剣に目掛けて走り出した。
(俺のスキルは強力だ。一度、掛かればどんな状況になったとしても、俺しか狙えなくなる。スキル能力の検証は既に終わらせているので、間違いはない!!)
「糞がぁぁぁぁ。お前のような爺さんが俺に勝てると思っているのか?」
「勝つさ、必ずな!!」
「生意気な爺さんだ! 食らえ大地の槍」
男は見た目によらず遠距離攻撃が使える様だった。
地面に手を当て叫ぶと地面から三角錐の槍が何本も出現しながら襲い掛かってきた。
「まさか魔法? それともスキル? 何にせよ図体に似合わない攻撃だな!」
その攻撃を転がりながら避ける。
隙はチラチラあるのだが、リディアを盾にされている状態では迂闊な攻撃ができない。
男自体はリディアに手を出さないとしても、俺の攻撃を避ける時に怪我をさせてしまうかも知れないからだ。
だからここは慎重に行かなければならない。
「爺さん何避けてんだ。次避けたら、このガキを殺すからな!!」
男は苛立っていた。
抱きかかえる腕に力が入り、リディアの表情が苦痛に歪む。
そして男が再び地面に手を付こうとした瞬間、男の胸元に抱かれていたリディアが叫んだ。
「おじ様ぁぁ!!」
リディアは目覚めたのか? 矢筒の中から一本の矢を取り出すと、巨漢の男の肩に両手で力いっぱいに突き刺した。
「ギャー! 何をしやがるクソガキがぁ~!!」
そう叫ぶと痛みでリディアを振り飛ばす。
俺は瞬時にリディアが飛ばされた方へ走り込み、空中でその身体を受け止めた。
「リディア大丈夫か?」
俺の腕の中でリディアは弱々しくつぶやく。
「……おじ様の言った通り。私足手まといになっちゃったね」
「いや違う! 悪いのは俺だ。二度とお前を疑ったりしない。許してくれ!」
「……おじ様」
リディアをゆっくりと降し地面にたたせると。
目の前で必死に矢を抜こうとしている男に向かって叫ぶ。
「これでお前は終わりだ! 手を出す相手を間違えたな」
「うるせぇ」
肩で息をしながら殺気を取り戻した男は再び遠距離攻撃を放ってきた。
俺はその直線的な攻撃をすり抜け、男に目掛けて突っ込んでいく。
リディアも【先読み】の力で男の攻撃は見えている。
既に俺から離れて、弓を構えていた。
これなら、もう大丈夫だ。
俺は斧を振りかぶった男の懐に飛び込むと横一文字に剣を振りぬいた。
胸を切られ血が周囲に飛び散る。
斧は振り下ろされる事無く地面に落ちる。
そのまま男は背中から地面へと倒れ込む。
「おじ様!」
俺の元へ走りこんでくるリディアを腰を下ろし受け止める。
リディアは俺の首に両手を回し力いっぱい抱き着いてきた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
頬を流れる涙はいつまでも枯れる事が無く、俺もリディアを宥める様に頭を撫でていた。
★ ★ ★
「よーし。治療終了っと、これで死んでも俺の責任じゃないからな!」
俺はまだ人を殺した事が無い。
今まで二回、人に襲われたが、俺自身は人を殺す事に怯えている。
自分でもいつかきっと痛い目を見るだろうとは予想していた。
け
だが何とかなる間は殺さないで事を収めたいと思っている。
今は重傷っぽい男から順番にポーションを振りかけて応急処置を終わらせた処だ。
軽傷の者達は服を脱がせ、それを紐替わりにして縛り上げている。
かなり力をいれて縛った為、一部の肌が紫色に変色している。
これなら簡単には抜け出せないだろう。
「さてこれから尋問を始めようか? 覚悟はいいか?」
「とんだ甘ちゃんの爺さんだな。殺そうとした俺達の治療までしやがって、俺達が話す訳ないだろ?」
ボスの男は唾を吐いてきた。
「俺は治療はしたが、お前たちを許した訳じゃない。正直に言わないなら痛い目を見るだけだ。言っておくが嘘を言ってもバレるからな! さて依頼内容と誰に依頼されたかを喋れ!」
しかし、俺は余裕の笑みを浮かべる。
それは俺達には秘策があるからだ。
「言わねぇって言っただろうが!!」
俺は躊躇すること無くグサリと強気な言葉を発する巨漢の男の太ももにナイフを突き刺した。
さらにナイフをグリグリと動かす。
「ぎゃぁぁ。やめろ」
止めろと言って止める訳がない。
男が吐くまで無言でそれを続けた。
数分ほど巨漢の男も耐えていたが遂に心が折れ喋りだす。
「言う。言うから…… 止めてくれ」
「早く言え」
「実はギルド会館で会った女に……」
そこまで言った時、俺の背中でバツ印が書かれた。
これは事前にリディアと打ち合わせしていた事だ。
リディアの先読みの力には使い方によっては別の事でも使える事が分かっていた。
今回はパターンの違う未来が見えた場合は発言が嘘。
同じ未来しか見えなければ本当の事と2人で決めた。
リディアに嘘を付いている事を教えて貰った俺は再びグリグリを再開する。
「はい。お前が言った事は嘘だろ? 俺達には解るんだよ。早く本当の事を言え!!」
「ぎゃぁぁぁー」
再びナイフを突き刺す。
悲痛な叫びをあげていた男も根性を見せて、何度か嘘を言っていたが最後には本当の事を語りだした。
目的はやはりリディアの誘拐。
依頼主も予想通り寺院の神主だ。
どんな理由でリディアを手に入れたかったのかは知らないらしい。
これ以上は知らないようなのでポーションを振りかけて血を止めてやった。
「次、俺達に手を出したら。殺すからな!」
それだけ告げると一本のナイフだけを残し、全員の武器を各々違う方向へと思いっきり投げ飛ばす。
冒険者達はナイフで自由になった後も、飛んで行った武器を探し出さねば森から出ていけない。
レベルが高くても素手で魔物を倒せる訳がないからだ。
さらに下手をすれば魔物に襲われて死んでしまうだろう。
それは俺達を殺そうとしたこいつ達の自業自得で、俺が気にする事では無い。
冒険者達を放置した俺達は再び寺院に行く事を決める。
リディアに手を出した神主を俺はこのままにはしない。
「リディアさぁ戻ろうか?」
俺はそう言ってリディアに手を差し伸べる。
「……うんっ!」
そしてリディアも嬉しそうにその手を握り返し、俺達はフラルジークへと帰って行った。