1.僕は死んだ
僕はいま、鬱蒼と草が生い茂る山の中を当ても無く彷徨っている。なにせ、いきなり知らない山の中に飛ばされたんだ。当てがある方がおかしい。当ても無く彷徨っているけど、出来れば沢を見つけてそれを下れば、何かしら人の痕跡が見つかるだろうと思っている。
本当は迷った時に沢を下るのは駄目だってのは分かっている。ただ、この『魔王の体』なら滑落しようが野生の獣や魔物に襲われようが、全くの無傷だからかなりの無茶をしても大丈夫なはず。
『ちなみに魔王って溺死とかってするの?』
取り敢えずさっきから頭の中で、僕に罵詈雑言並べている魔王に聞いてみた。
『ああ?するわけねえだろ!魔王が溺死とかふざけた死に方できるかよ!水中での呼吸は俺の家来なら習得必須よ!』
そういう事らしい。足を踏み外して滝壺や川に落ちてもこれで死ぬ事はなさそうだ。
『そんな事よりもさっさと俺の体返せ!そんで死ね!てめえのせいで計画が台無しだ!その命で償え!ボケ!』
魔王が再び文句を言ってくる。最初と違い取り繕う事もしていないので、この乱暴な話し方が魔王本来の話し方なんだろう。
そして魔王にさっきから死ね、死ね言われても僕は困る事しか出来ない。
だって、
僕もう死んでいるんだ。
あの時、小角犬の群れに襲われて、生きたまま食われた記憶はしっかり持っている。そして意識を失い、目を覚ましたら何故か魔王の体を乗っ取ってた。
・・・・・・・何で?
それは僕が一番聞きたい。
取り敢えず、もう一度魔王の体を乗っ取った原因について思い返してみる。
■
「ハハハハ!今日が俺達英雄パーティの始まりの日だ!」
村長の息子のスグシが先頭を歩きながら上機嫌に笑う。その言葉に村の幼馴染の男達がのって騒ぎ立てる。
「そうだ!スグシ。俺達はここからでっかくなるぜ!」
「魔族なんて俺達で滅ぼしてやろうぜ!」
「魔王とかいう雑魚は俺達の手にかかれば余裕だぜ!」
今日は15才の成人の日の翌日。成人になれば村への出入りは自由となり、森への狩りも色々な制限が解除され個人の責任・・・要するに好きにやれって事だ。今までは大人の引率付きだったのが、今日から自分達の判断で好きにしていいとなる。そうすると、当然すぐに大人抜きで狩りに行きたいと思うんだろう。全員気持ちが昂っている。
そんな4人の後をついていく僕は・・・・一人だけ気持ちが昂っていない。威勢のいい言葉に呆れる事も出来ず、ただ、4人の後をついていくのに精一杯だ。何故か・・・それは4人の荷物を背負い運ばされているからだ。成人になっても僕の地位は相変わらずも村の奴隷だ。けれどそれは仕方がないと僕は諦めている。何故なら『半魔』だから・・・。
半魔・・・・人と魔族のハーフのことだ。そして長い事、魔族と人族は戦争中。半魔の僕は魔族の特徴である角が、短いながらも生えている為、村では忌み嫌われている。
ちなみに僕の親は誰で、どこにいるか知らない。小さい時に村長に奴隷として買われ、連れてこられた頃の記憶が一番古い記憶だからだ。村長が言うには僕は奴隷として安く売られていたらしい。それこそこんな片田舎の村長でも買えるぐらいの値段で・・・。
そうして村での雑用や汚れ仕事を一手に引き受けてきた僕だけど、スグシが旅に出るという事で、僕はその荷物持ち兼雑用係として村長から預けられた。まあ、今日は旅に出る前の練習という事で、僕達だけで2~3日森で狩りをして戻る予定となっていた。
そうして村を出て僕の前を歩く4人の荷物はそれぞれ手に持つ武器だけ。武器・・・といってもまともなのはスグシのもつ剣だけで、他は短剣、ナイフを木の棒の先に縛り付けた槍?、木の棒という貧弱装備。当然荷物持ちの僕は武器なんか持っていない。
「・・・で?ケラまで一緒に連れてきて意味あるのかよ?」
「ケラはこれから荷物持ち兼雑用として使うからな。俺達の旅の足手まといにならないように今から鍛えておくんだ」
「確かに、今の時点で息苦しそうだもんな」
「おい、ケラ!遅れたら森に置いていくからな!」
前を歩く4人が好き勝手言っている。遅れたらとか言うなら自分達の荷物は自分で持ってよ・・・なんてことは言えない。言えば、殴る蹴るの暴力で返ってくることは分かっている。反論や言い訳はせず、ただ、黙って言われた事に従うのが、一番無難に事が治まるというのは、村で15歳まで暮らしてきて学んだ事だ。
・・・・・
翌日、僕は昨日の疲れが残る体を我慢して、4人について歩いていると、スグシが川の向こうに行こうと言い出した。森を流れる川の向こうは強い魔物が出るので、3人は当然スグシの言葉に驚く。
「おい、スグシ。マジで言ってんのか?」
「川の向こうには今回は行かないって話だっただろ?」
「川向うにはヤバい魔物がいるから、大人じゃないと・・・」
「バーカ何ビビってんだ。俺達はもう大人だ。それに今から村を出て旅するっていうのに、魔物如きにビビッてどうすんだ?」
驚く3人の反応は当然。一応成人前の子供でも大人の引率付きで森に狩りに行く事はある。・・僕は村の仕事があるから連れて行ってもらった事はないけどね。
ただ、狩場は必ず川からこちら側と聞いている。こちら側に出る魔物はスライムやミミズ、強くてもネズミやウサギ系の魔物・・・子供だけでも十分倒せるレベル。これが川の向こうになると、犬や猪等の獣系、強いのだと熊の魔物も出ると聞いた。だから川の向こうに行く時は、大人でも5人以上で組んで狩りにいくと聞いた。
それなのに何故かスグシは自信があるようだ。その理由はすぐに分かった。
「今だから言えるけどよ。親父に頼んで俺も何回か川向うの狩りに参加させてもらった事があるんだ」
「は?マジで?嘘だろ」
「スグシだけずりい!」
「村長はスグシに甘えな」
それを聞いた3人はそれぞれ反応する。そしてそれを見てスグシはニヤリと笑う。
「正直『黒手熊』はヤベエけど、『小角犬』や『赤猪』なら俺達でも倒せると思うぜ」
「本当かよ!」
「けど、今回は川向こうには行かないって村長と約束したぞ」
「だよなあ。怒られるのはごめんだぜ」
「なら、俺一人で行ってくる。お前らはそこで留守番してろ」
「ちょ、ちょっと待て、誰も行かねえとは言ってねえだろ」
「そ、そうだ、俺もついていくけど、帰る時間だけは決めておこうぜ」
「最初だから、日が暮れる前にここに戻ってくるって事にしねえ?」
4人の話し合いを僕はただ、黙って聞いている。僕が止めた所で、返事は拳でしか返ってこないからね。
「まあ、最初だからそうしておくか」
3人の説得にスグシも納得したみたいで、全員装備を外したり服を脱いだりして川を渡る準備を始める。それを横目に僕は荷物を降ろし、野宿の準備を始めようとするとスグシから声が掛かった。
「おい、ケラ!お前何してんだ!さっさと準備しろ!」
「??今から火起こし用の枝を集めに行こうと思ってるんだけど?」
流石にこの荷物を持って川を渡れないから、僕は、ここで荷物の見張りをしながら野宿の準備だと思っていた。それに村で悪だくみや、秘密の遊びをする時は、僕は毎回仲間外れか見張り役だから、今回もここに置いて行かれるものだと思っていた。
「誰がそんな命令した!ケラも俺達と一緒についてくるんだよ!!」
そんな言葉が拳と一緒に飛んできて、僕は殴り飛ばされた。けど、ここで反抗的な態度を見せると更に酷い目に遭うから、何事も無かったように落ち着いて言葉を返す。
「荷物はどうするの?流石に持って川を渡るのは無理だよ」
川幅は100メートルぐらい、川原や浅瀬があると言っても、深い所もあるから、どうしても泳がないといけないところもある。流石にこの荷物を持って泳いで渡るのは無理だ。最悪、先に対岸に渡った誰かがロープを投げて荷物を引っ張り上げる方法が出来そうだけど、荷物が濡れるのはスグシ達は嫌らしい。何を持ってきているのかは知らないけど。
「ケラには倒した魔物を運ばせる役目があるから・・・仕方ねえ、どうせ日暮れ前にここに戻ってくるんだ。荷物はここに置いていくぞ」
スグシの言葉に僕はただ黙って従い、荷物を置いて川を渡る準備をする。
この時の僕はスグシの言葉に何一つ疑問を持たなかった。
狩りに一度も行った事が無いのは今更言った所でだ。スグシが自分達だけでも倒せるという言葉を鵜呑みにしなければ良かった・・・そう思った時は全てが手遅れだった。
■
「おい!どうすんだ!スグシ!囲まれたぞ!」
誰かがスグシを怒鳴りつけるが、今は目の前の状況に集中して、誰が怒鳴ったかなんて考えられない。
僕達は今、『小角犬』の群れに囲まれて絶体絶命のピンチに陥っているからだ。『小角犬』・・・ 頭に角が生えた小さい犬の魔物だ。小さいといっても、角に刺し殺された人もいるし、噛みつかれて肉を齧り取られた人もいるので、油断は出来ない。
「全員背中合わせで集まれ。後は飛び掛かってきた奴を武器で攻撃しろ。大人はそれで倒してた」
「・・・・ねえ!僕武器なんて持ってないんだけど!!」
スグシの指示に僕は大声をあげて抗議する。どれだけ理不尽な目に遭っても何も言い返さず、長い事色んな事を我慢してきたから、本当に久しぶりの抗議だった。流石に死ぬかもしれないこの状況なら、スグシも何か他の武器を僕に渡してくれたり、別の手を考えてくれると思ったんだ。
けど違った。
いや、スグシはすぐに別の手を考えはしたんだ。ただ、それが僕にとっては最悪の手だったってだけだ。
「ならケラは邪魔だ!」
スグシのその声とともに僕は背中を押されて、輪から押し出された。
「・・・・ふぇ??」
思わず情けない声が出た。慌てて振り返ればスグシが手を伸ばしているのが見えた。それを見て僕はスグシに押し出されたって事は分かった。
そして押された勢いが無くなった所で、慌ててスグシ達の輪に入り込もうと戻る。流石に一人だけ突出していると、魔物に集中的に狙われるのは僕でも分かる。だから必死だった。生き残る為に必死でスグシ達の輪に入ろうとしたんだ。
「ちょっと!待って!僕も輪に入れて!」
「お前ら!来るぞ!絶対に抜かれるなよ!」
そんな僕をスグシは、もう見ていなかった。見つめる先は僕の後ろ。慌てて僕も振り返ると、すぐ目の前には小角犬が角を前に出して、僕に飛び掛かってくる所だった。
「うわああああ・・・・ッ!!!痛い!!!!」
小角犬の突進を防ぐために慌てて前に出した左手に角が突き刺さり、強烈な痛みが走った。ただ、痛がる前に手に突き刺さった小角犬が今度は噛みつこうと暴れるので、手を振って小角犬を振り解く。
けど、次の瞬間には背中に衝撃が加わった。村を歩いていると、半魔だという理由だけで色んな人から背中を蹴られる事があるから、今回も蹴られた事はすぐに分かった。いつもなら蹴り飛ばされても黙って立ち上がり、作業に戻るだけだ。ただ、今の状況は違う。蹴られた事で僕一人更に突出してしまった。更に左手は血塗れで、どこからどう見ても僕が一番狙い易い。・・・とでも小角犬は思ったんだろう。数匹が僕に襲い掛かって来た。
顔に向かって飛び掛かって来た小角犬は運よく右手で叩き落せたけど、他はもうどうしようもなかった。左太ももに激痛が走る。
「あああああ!い、痛い!!!」
痛みがある方に目を向ければ、左太ももに小角犬が突き刺さっていた。更に一瞬だけ遅れて右わき腹に激痛が・・・見れば服ごとお腹の肉が齧り取られたみたいで、肉が無くなった箇所から血が大量に流れている。
「ああ、痛い!助けて!スグシ!みんな!!!」
堪らずスグシ達に助けを求めるが・・・。
「よし!後ろの一匹は倒したぞスグシ!」
「他のもケラに向かっているから、今がチャンスだ!」
「スグシ!逃げるぞ!」
「チッ!仕方ねえ!ケラが囮になっている間に逃げるぞ!倒した小角犬は誰か持ってこい!」
・・・そんな非情な声が聞こえてきた。
「い、嫌だ!待って!置いていかないで!うわあああ!痛い!助けて!!!誰か!!」
みんなの足音が遠ざかっていくので、慌てて追いかけようとしたけど、太腿が痛くて上手く立ち上がれず倒れ込む。そこに小角犬が襲い掛かって来た。痛みに耐えながら手足だけじゃなくて体全てを無我夢中に動かして、必死に抵抗する・・・・。
「うわああああ!やめて!嫌だ!助けて!!こんな!!!死にたくない!誰か!!!スグシ!!!村長!誰か!助け・・・ゴフッ!!」
小角犬に首を嚙みちぎられたんだろう。首に物凄い激痛が走った。その瞬間、今まで必死に抵抗していた体に力が入らなくなった。残った感覚は噛みちぎられた首回りが妙に暖かいなって事だけ。
最後に目に見えたのは、大勢の小角犬が僕のお腹に群がっている光景だった。
そうして僕は死んだ。
・・・・・はずだった。




