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魔法を否定した天才物理学者、異世界で魔法の神になる  作者: 月城宮 雅仁
第六章 封じられた研究

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第53話 母が残したもの(ユリーカ視点)

朝の工房は、学院とはまるで違う。


鐘が鳴って授業が始まるわけでもなければ、決められた席に座って誰かの説明を聞くわけでもない。


扉を開けた瞬間から、金属を叩く音、削る音、魔道具へ魔素を流したときの低い駆動音が混ざり合い、誰かが大声で工具の場所を聞けば、別の誰かがもっと大きな声で返事をする。


最初は騒がしいと思ったが、今は少し落ち着く。


「ユリーカ!」


奥から親方の声が飛んできた。


「はーい!」


「昨日預かった加熱器、見たか!」


「今から!」


「昨日のうちに見とけ!」


「昨日は別の直してたでしょ!」


「おめー、口だけ一人前になってきたなぁ!」


褒められた。


……多分。


私は作業台の上へ、小型の加熱器を置いた。


料理屋で使われている魔道具らしい。


魔素を流すと内部の術式板が発熱し、その熱を金属板へ伝える単純な構造だが、数日前から温度が安定しなくなったという。


私は分解を始める。


まず、外装を外す。


そして固定金具、導魔線、術式板、熱交換板の順番で外していく。


「…また分解してる」


横から声がした。


先輩職人の一人だ。


「壊れてるんだから開けないと分からないでしょ」


「お前の場合、壊れてなくても開けるだろ」


……否定できない。


中がどうなっているのか気になる。


動いているものを見ると、どうして動くのか知りたくなるし、壊れているものを見ると、どこがおかしいのか確かめたくなる。


そういうところは多分父さんより、母さんに似た。


術式板を外す。


一見すると問題はない、焦げもないし、割れてもいない。でも、魔素を少し流してみると反応が遅い。


「ここかな」


導魔線との接続部。


ほんの僅かに摩耗している。


完全に切れてはいないが、流れる魔素量が一定になっていない。


「交換するか?」


先輩職人が覗き込む。


「線だけなら交換で直ると思う。でも術式板も少し癖がついてるみたい」


「癖?」


「流れが偏ってる」


「分かるのか?」


「何となくね」


これは昔から得意だった。


私は魔素そのものを大量に扱えるわけではない。


アルみたいに周囲の魔素を取り込んだり、外の魔素を直接動かしたりなんて、もちろんできない。


でも、流したあとの動き、どこで引っ掛かっているのか、どこに余計な力が掛かっているのか。


そういうのは何となく分かる。


「じゃあそのまま直してみるか」


「任せて」


導魔線を交換して、接続部を少し調整する。


術式板そのものは交換しない。


新しいものへ替えるのは簡単だけど、それでは原因が分からないまま終わる。


少しずつ魔素を流し、止める、また流す、偏った流れを確認して、一か所だけ接続位置を変える。


「これでどうかな」


加熱器を組み直す。


魔素を流す。


金属板がゆっくり温まり始めた。


温度の上がり方も安定している。


「直った?」


「多分ね」


「多分って言うな」


「じゃあ直った!」


「…急に雑になったな」


笑われた。


でもこういうのが好きだ。


学院で魔法を研究するアルとは、やっていることが違う。


私は論文を書きたいわけでもないし、魔法そのものの正体を知りたいわけでもない。


ただ目の前にあるものを、もう少し使いやすくしたい。


壊れたなら直したい、不安定なら安定させたい。


……それだけ。



昼休み、工房の裏でパンを食べていると親方が隣へ座った。


「最近、どうだ?」


「ん? 何が?」


「王都」


「楽しいよ!」


「即答か…」


「うん」


「村には帰りたくならんか?」


少しだけ考える。


「帰りたいよ。でも戻りたいとは思わないかな」


親方が笑った。


「ややこしいな」


「家には帰りたい。でも今は、ここで覚えたいことがあるってこと」


「なるほどな」


父さんは村へ戻った。


アルは学院。


私は工房。


家族三人が同じ場所にいない生活にも、少しずつ慣れてきた。


寂しくないと言えば嘘になる、でも嫌ではない。


それぞれが自分で選んだ場所にいる、そんな感じがする。


「お前、魔道具好きだったのか?」


親方が聞いた。


「昔から」


「誰かに教わった?」


「んー、少しだけね」


答えながら、思い出した。


家の棚の古い本。


薄茶色の表紙、何度も開かれた跡、端の擦れた頁。


『魔法基礎理論』


母さんが残した本。


小さい頃の私は、内容なんてほとんど分からなかった。


文字を覚え始めた頃に開いて、難しい言葉ばかりですぐ閉じた、でも何度も見た。


父さん、それだけは捨てなかった。


母さんの服も、道具も、ほとんど残っていなかったのに、あの本だけはずっと家にあった。


「母さんがね」


私は言った。


親方がこちらを見る。


「魔法のこと、好きだったみたい」


「みたい?」


「私がちゃんと覚える前に、いなくなったから」


それ以上は言わなかった。


親方も聞かなかった。


母さんの記憶は多くない、顔は覚えているし声も、少し。


髪を結んでもらったこと。


熱を出したときに、隣で寝てくれたこと。


それから、何かをよく書いていた。


机の上で紙を広げて、本を開いて、魔法陣みたいなものを。何度も描いていた。


子供の頃は、それが何なのか分からなかった。


ただ母さんが、楽しそうだったことだけは覚えている。



昼休みが終わり工房へ戻る。


午後は大型の送風器。


また中身を見る。


「ユリーカ」


親方が呼ぶ。


「何?」


「倉庫の奥に古い術式板がある。使えそうなのを選んどけ」


「全部見ていい?」


「ああ!でも壊すなよ!」

 

「見るだけだよ!」


「信用ならん!」


……失礼な。


倉庫、埃っぽい。


古い魔道具、壊れた術式板、導魔線、部品、山ほどある。


私は楽しくなった。


こういう場所、好きだ。


一枚ずつ術式板を見る。


古いな。


今とは少し構造が違い、無駄が多い、でも面白い。


その中に、見覚えのある線があった。


三重の補助線、中心から外側へ魔素を逃がす構造。


「……あれ?」


どこかで見たっけ?


ここじゃない。


家。


本。


『魔法基礎理論』


同じではない、でも似ている。


母さんの本の余白にこんな線があった、印刷されたものじゃない。


手書き。


母さんが自分で書いた。


「ユリーカ?」


先輩職人が倉庫の入口から顔を出す。


「どうしたのー?」


「誰がいるのかと思ってなー 何でもないー!」


私は術式板をもう一度見る。


…相当古い。


でも普通の昔の魔道具だ。


母さんの本に、これと似たものがあった。


……何で?


少し気になった、でも今日はそれ以上分からない。


仕事が終わり、借りている部屋へ帰る。


工房から歩いて十分くらい。


小さい部屋にベッド、机、棚、それだけ。


今は、ここが私の部屋。


扉を閉めて作業着を脱ぐ。


手を洗い夕食を食べる。


静かになると、昼間考えなかったことを考える。


……母さん。


私は、棚の奥へ置いている小さな布袋を取った。


中に一枚の紙が入っている。


村を出るとき、父さんから渡されたもの。


母さんの字。


本の間に挟まっていたらしい、文章ではない、簡単な魔法陣、その横に短い言葉。


『安定しないなら、力を足す前に流れを見る』


私はその言葉が好きだった。


子供の頃は意味なんて分からなかったが今なら少し分かる。


今日直した加熱器も同じだった、魔素をたくさん流せば、一時的には動いたかもしれない、でも問題は量じゃなかった。


流れ、偏り、接続。


……母さんも同じように考えていたのかな。


「直接聞きたかったな」


声に出た。


母さんはどんな魔法が好きだったんだろう。


どんなものを作りたかったんだろう。


どうして、あの本にあんなに書き込みを残したんだろう?


父さんに聞けば、もう少し分かるかもしれない。


でも、今まであまり聞かなかった。


父さんは、母さんの話をするときだけ少し顔が変わる。


悲しそうというより懐かしそうで、でもその後必ず寂しそうになる。


だから聞かなくなった。


でも、私も知りたくないわけじゃない。


聞けば、何かが変わる気がしていた。


母さんが思い出じゃなく本当にいなくなった人になる、そんな変な怖さがあった。


でも私はもう王都にいる、工房で働いて、自分で部屋を借りて、父さんとも離れて暮らしている。


アルだって、学院で好き勝手に研究している。


ならそろそろいいのかもしれない、母さんがどんな人だったのか、ちゃんと知っても。


私は紙を机へ置く。


その隣に、今日倉庫で見つけた術式板を思い出しながら、簡単に図を描いた。


やっぱり少しだけ似ている。


偶然かもしれない。


母さんがどこかで見た普通の術式かもしれない、でも気になる。


こういうところ、私もアルに似てきたのかな。


「それは嫌だな…笑」


一人で笑った。



その夜。


父さんへ手紙を書くことにした。


王都のこと、工房のこと、親方に毎日怒られていること、アルがまた変な研究をしているらしいこと。


そして、最後に少し迷ってから一行追加した。


『今度帰ったら、母さんのことを教えて』


書いて止まる。


消そうかと少し思った。


でも消さなかった。


手紙を折る。


明日、出そう。


母さんが残した本。


昔はアルが読んでいるのを横から見ているだけだった。


今度村へ帰ったら、私がもう一度読んでみよう。


昔は分からなかったあの本、今なら少し違って見えるかもしれない。


母さんが何を見ていたのか、何を考えていたのか。


今の私は昔より、少しだけ近づける気がした。

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