4本目
亜音は学校が休みの日はアルバイトをしている。
少しでも母の助けになりたいと思って、高校生になってから始めた。
接客は苦手なので、飲食店のフロアとかは向かない。と自分でも思う。
あまりお客さんと対応しなくていい職種を探したが意外と難しかった。
人手が足りないのは、飲食店や大型小売店の店舗、建設業の現場などで、人との接触の少ない仕事というのは存外なかった。
建設現場は黙々と仕事をすればよさそうだったが、体力的についていけない気がした。それに建設業は土日が休みなのだ。
亜音が働けるのは土日と祝日だけ。
そんなこんなで、結局見つかった仕事は大手スーパーの在庫管理など裏方のお手伝いだった。
「いや、土日は商品のハケも早いので助かります」
採用担当者はそんなふうに言ったが、一緒に仕事をする30代くらいの男性社員はなんだかいつも不満そうな顔をしている人だった。
カゴ車をたたむのも在庫の箱を積み替えるのも、けっこう体力が要った。
あっちこっちぶつけて歪んでいるので、掛け金がうまく外れてくれない時もあったりする。
押したり引いたり指で引っかけてみたり四苦八苦していたら、あの男性社員が怒ったような顔でツカツカと近づいてきて何も言わずに足でその部分を蹴った。
がちゃん!
という大きな音と共に掛け金が外れて、側のフレームがふわりと外に開く。
男性社員はそのまま何も言わず、カートラという台車をたたんだものを4台まとめて引っ張ってスロープをヤードの方へ下ろしていった。
そんな感じでバイトの6時間は過ぎてゆき、家に帰る頃は自転車に乗るのも億劫になるほどへとへとになっている。
「意外と体力いるんだなぁ、大型量販店の裏方って……」
だいぶ慣れてはきたものの、やっぱり帰る時間頃にはけっこう疲れている。
在庫の荷物というのもけっこう重い箱もあるのだ。
「普段運動してないもんなぁ」
部活をやっていない亜音は、運動といえば学校の体育くらいしかしていない。
ひとつ息をついて空を見上げる。
午後3時を過ぎた空は、もう夕方の匂いが漂っていた。
大きな竜の腹のような雲がライトブルーの空の中に東から西まで続いている。
「なんだろう、あの雲?」
飛行機雲が広がったにしては幅が広すぎる。
空には他に雲はない。
大きな何かが通っていった跡のような雲。
亜音は自転車を停めて、ぽかんと口を開けたまま空をしばらく見ていた。
あ、そうだ。
今日は何にも火を移さずに、マッチだけを燃やそう。
家に帰ると自転車を駐輪場に停めて、階段をのぼる。カバンから鍵を取り出して玄関ドアの鍵穴に差し込んで回す。
「ただいま」
と言ってみても、返事があるわけではない。
母とは時間がすれ違い続けている。
なんだか今日は母の顔がうまく思い出せない。
ふと……
母は本当にいるのだろうか? と思う。
「いるに決まってるじゃない」
と口に出して言う。
お弁当も、晩ごはんもちゃんと用意してあるんだもの。
亜音はカーテンを開けて窓から空をのぞいてみたが、あの不思議な雲はそこからは見えなかった。
マッチを1本、箱から取り出して擦る。
それはシュッという発火音のあと、静かに軸を燃やしていった。
指に火が近づくギリギリまでマッチを持ち続ける。
指先には今日カゴ車で挟んだ時にできた爪の中の紫色の内出血があった。
熱いと感じるまで持っていて、指を離すと、マッチは火のついたままお皿の上に落ちた。
少しだけお皿の上で小さな火が燃えていたが、それもすぐ消えて黒く曲がった燃えかすになった。
4本目。




