2-9.脳筋班
第9の魔法陣。
そこには、むせ返るような熱気が充満していた。
物理的な室温が2度は上がっている。
「シュッ! シュッ! ……ふぅ」
上半身裸にパーカーを腰巻きしたボウズ頭の少年が、鋭いシャドーボクシングを終えて汗を拭った。
No.037 拳闘 ガッツ。
彼は爽やかな笑顔で、周囲の4人を見渡した。
「俺はガッツ。ボクシングやってる。……いきなり殺し合いとか言われたが、俺はパスだ。リングの上ならともかく、無抵抗な相手や仲間を殴るなんて、スポーツマンシップに反するからな」
その言葉に、どっかと胡座をかいていた巨漢が頷いた。
No.072 力石 ニシキ。
体重150キロの肉の壁。その手には小さな「いちごミルク飴」が握られている。
「……同感だ。俺はニシキ。相撲は神事だ。無益な殺生のために力は使わん。……俺の後ろにいれば、守ってやる」
その飴を、食い入るような視線で見つめていた少女が、ハッとして居住まいを正した。
No.008 御子柴 凛。
黒髪ポニーテールの武人少女は、拳と掌を合わせる抱拳礼を行った。
「……御子柴凛。古武術の使い手だ。武とは戈を止めるもの。私も、己の正義に反する戦いはしない。……あの、その飴、どこで売ってますか?」
「(無言で飴を差し出す)」
「か、かたじけない……!(素早く受け取る)」
和やかな空気が流れる中、床を削るような金属音が響いた。
ガリガリガリ……。
No.030 紅 ベル。
全身包帯の赤髪少女が、巨大な『棘付き鉄球』を引きずりながら一歩前に出た。
「俺はベル。……馴れ合いに興味はねぇが、卑怯な真似も嫌いだ。俺が欲しいのは『最強』の座だけ。自分より弱い奴を殺しても、経験値にならねぇだろ?」
彼女の目はギラギラと燃えていた。
痛みも苦しみも全て飲み込んで強くなる。純粋な向上心の塊。
ボクサー、力士、武闘家、リベンジャー。
ジャンルは違えど、全員が「己の肉体」を信じる武人たちだった。
ここで一つの合意が形成される。
「よし、決まりだな! 俺たちは誰も殺さない! 協力してこのふざけたゲームの主催者(魔王)をぶっ飛ばす!」
「異議なし」
「承知した」
「ケッ、ついて行ってやるよ」
美しいスポーツマンシップ。
だが、彼らには一つだけ、致命的な共通点があった。
それは――とてつもなく「燃費が悪い」ということだ。
グゥゥゥゥゥゥゥ……。
地鳴りのような音が響く。全員の腹の虫だ。
そこへ、強烈なスパイスの香りを纏った少女が、ドン! と巨大な中華鍋を置いた。
「話はまとまったみたいだな。……私は轟 雷華。料理人だ」
No.020 轟雷華。
彼女はニヤリと笑い、腰の包丁を煌めかせた。
「お前ら、いい体してるな。維持するのにカロリー要るだろ? ……私の言うことを聞くなら、死ぬほど美味い飯(バフ飯)、腹いっぱい食わせてやるぜ?」
その瞬間。
カッ!!!!
ガッツ、ニシキ、凛、ベル。
4人の目の色が、一斉に変わった。
獲物を狙う猛獣の如く、瞳孔が開き、ハイライトが消える。
「「「「飯!!!!!!」」」」
「おうよ。戦場は厨房だ。食材確保に協力しろ。……三食きっちり、特盛で食わせてやる!」
「一生ついて行きます姐さん!」(ガッツ)
「……ごっつぁんです」(ニシキ)
「武士に二言はないが、おかわりは要求する!」(凛)
「食って強くなれるなら何でもいいぜェ!!」(ベル)
食欲という最強の鎖で、第9班は鋼鉄の結束を果たした。
その時、システム音が鳴り響く。
『班分け完了。第9班を転送します』
視界が白く染まる。
彼らが飛ばされた先は――。
わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
鼓膜を揺らすような、数万人の大歓声。
石造りの巨大な円形闘技場、『王都コロッセオ』だった。
「なんだぁ!? すげぇ人の数だ!」
ガッツが周囲を見渡す。
客席を埋め尽くすのは、異世界の住人たち。貴族、兵士、市民。
そして貴賓席には、この国の『国王』が冷ややかな目で見下ろしていた。
「……ほう。これが召喚された勇者か。まずは見世物になってもらおうか」
国王が手を振ると、重厚な鉄格子が上がり、巨大な影が現れた。
身長5メートル、鋼鉄の筋肉と巨大な斧を持つ魔獣。
『獄卒牛頭』。
「グルルァアアア!!」
観客が湧く。
「殺せ! 殺せ!」「勇者の血を見せろ!」
完全なるアウェイ。処刑ショーの始まりだ。
「……ケッ。見世物扱いかよ。気に食わねぇな」
ベルが鉄球をブンブンと振り回し、一歩前に出た。
「だが、丁度いいサンドバッグだ! 叩きのめして、俺の経験値にしてやるよォ!!」
ベルが真正面から突っ込む。
ミノタウロスの豪腕が、彼女を叩き潰そうと振り下ろされた。
ドゴォッ!!
回避しない。ベルはあえてその一撃を身体で受け止めた。
骨がきしむ音が響く。
観客が「死んだか!?」と息を呑んだ、その瞬間。
「……ぐぅっ、いっってぇなぁ!! でも、もらいすぎだ。……3分の2、お前に返すぜ!」
スキル『痛みは力』。
ベルの体が赤く発光した直後。
ズガンッ!!
殴ったはずのミノタウロスが、突如として見えない巨人に殴られたかのように吹き飛び、地面に転がった。
ベルが受けたダメージの大半が、因果をねじ曲げて相手に移されたのだ。
「残った痛みは……俺の糧にするッ!! もっと強くなるために!!」
ベルの筋肉が膨張し、速度が跳ね上がる。
彼女は痛みで覚醒し、さらに強くなった。
「グルァアア!!」
起き上がったミノタウロスが、怒り狂って手近にいたニシキへ突進する。
重戦車のようなタックル。直撃すればただでは済まない。
「どすこい!!」
ニシキは逃げずに腰を落とし、正面から受け止めた。
ズドォォォン!!
150キロの巨体が揺らぐ。凄まじい衝撃がニシキの体を襲う――はずだった。
「ニシキ、その衝撃……私がもらう!」
凛がニシキの背中に手を添えた。
スキル『衝撃蓄積』。
ニシキが受けるはずだったダメージを、凛が瞬時に「肩代わり」して吸い取った。
「ぬんッ……! (これが150キロを受け止める重み……!)」
凛の体がきしむが、彼女は不敵に笑う。
ニシキは無傷。ダメージは凛の中でエネルギーに変換され、倍増していく。
「倍にして返すよ!!」
凛が飛び出し、無防備になったミノタウロスの懐へ潜り込む。
掌底一閃。
ズドォォォォォン!!!!
大砲のような衝撃音が響き渡る。
ミノタウロスの巨体はボールのように吹き飛び、コロッセオの石壁に深々とめり込んだ。
激突の瞬間、魔獣の体は光の粒子となって弾け飛んだ。
サラサラサラ……。
消滅したミノタウロスの跡には、巨大な骨付き肉がゴロリと転がっていた。
ゲームで言うところの『ドロップアイテム』だ。
「よっしゃあ! 勝利!!」
ガッツが拳を突き上げる。
だが、彼らの戦いは終わっていない。
「よし! 食材確保だ! 野郎ども、準備はいいか!?」
静寂を破ったのは、雷華の嬉々とした声だった。
彼女は巨大な中華鍋を地面に置き、ドロップしたばかりの『上質な牛頭肉』を拾い上げた。
「いい肉質だ……! 鮮度がいいうちに調理するぞ!」
「火力が足りねぇ! ベル、怒りを燃やせ!」
「うおおお! 腹減ったァァ!! 早く食わせろォォ!!(体温上昇)」
「いい火力だ! スパイス投入!」
炎の包丁が踊り、香ばしい匂いが観客席まで漂い始めた。
それは、異世界人が嗅いだことのない、暴力的なまでに食欲をそそる飯テロの香り。
「スキル『食材解体』・闘技場風・特盛スタミナ牛鍋!」
ジュワァアアアア!!
王の御前で、堂々と食事を始める5人。
「うめぇえええ! 力が湧いてくるぜ!」
「……(モグモグ)……幸せ……(モグモグ)」
「……足りねぇ! おかわりだ! もっと食って強くなるんだよォ!!」
国王は顔を青ざめさせ、言葉を失った。
彼らは見世物ではない。
この世界を食らい尽くす捕食者が解き放たれてしまったのだと、本能で理解したからだ。
食って、鍛えて、また食う。
最強のフィジカルと、底なしの胃袋を持つ第9班。
異世界グルメツアー(侵略)の幕開けである。




