第51話:束の間の静寂
白昼の戦いから一転。
澄羽が燈朝市へ戻ってきた頃には、夕日が街を赤く染め始めていた。
もう少しで家に着く。
早く、この体を休めたい。
そんなことを考えながら、坂道を上ろうとした。
その時だった。
「……あれ、白鷺だよね」
後ろ側から、声がした。
「今朝、A.E.O.I.の人たちに連れて行かれたよね……?」
「なんで戻ってきてるの……?」
「やっぱり、本当に危険なんじゃない?」
足が止まる。
胸が締めつけられる。
息が、うまくできない。
……そうだよね。
怖いよね。
私だって、私が怖い。
だから。
みんなと一緒にいていいなんて、思っちゃいけなかったんだ。
――戻ってくるべきでは、なかった。
その時。
「澄羽!」
聞き慣れた声だった。
その一言だけで、澄羽の肩が震える。
ゆっくりと振り返る。
美空がこちらへ駆けてきていた。
「良かった……! 無事だったんだね!」
その笑顔を見た瞬間、胸が締めつけられる。
どうして。
どうして美空だけは、そんな顔ができるのだろう。
「澄羽、大丈夫……? 朝からずっと――」
言葉は最後まで届かなかった。
澄羽は小さく首を振る。
「……ごめん」
掠れるような声だった。
次の瞬間、踵を返して駆け出す。
「えっ……!?」
美空も慌てて後を追う。
「待って! 澄羽!」
何度呼ばれても、澄羽は振り返らない。
振り返ってしまえば。
足を止めてしまえば。
きっと、自分は泣いてしまう。
「お願い! 待って!」
美空の声が、夕暮れの坂道に響く。
それでも澄羽は走り続けた。
耳を塞ぎたかった。
聞こえないふりをしたかった。
それでも、美空の声だけは何度も胸に刺さる。
――巻き込みたくない。
ただ、それだけだった。
息が切れ、視界が滲む。
坂を駆け上がり、家の敷地に入ると同時に、美空の姿は見えなくなった。
扉を開き、家に上がり、すぐに扉を閉じる。
澄羽は閉じた扉にもたれかかる。
肩を震わせ、小さく目を閉じた。
「……ごめん、美空」
誰にも届かない謝罪だけが、暗い家の中に溶けていく。
その後、廊下の奥から小さな足音が聞こえた。
「おかえり、澄羽」
夜美だった。
煙草の匂いが微かに残っている。
「ただいま……」
張り詰めていた糸が、ふっと切れた。
堪えていた涙が溢れ、視界が滲む。
「どうしたの!? 大丈夫!?」
駆け寄ってきた夜美を、まともに見ることができない。
声にならない嗚咽だけが漏れる。
その場にしゃがみ込み、肩を震わせる澄羽の隣へ、夜美は静かに腰を下ろした。
何も言わず、ただ傍にいる。
どれほど時間が経ったのか。
澄羽がようやく呼吸を整えた頃、夜美は穏やかな声で口を開いた。
「いったい、何が澄羽を苦しめてるの……? 話してほしい。 私も力になりたい」
――嘘だ。
そんな気持ちじゃないことくらい。
前から、知っている。
それでも。
澄羽はゆっくりと口を開いた。
自分が宇宙外生命体と融合していること。
人の命を、その手で奪ってしまったこと。
そして、この体が、本来の人間のものではないこと。
夜美は黙って最後まで聞いていた。
やがて、小さく息をつく。
「……そう、だったのね」
静かに呟く。
そして、そっと澄羽を抱きしめた。
「夜美……?」
「融合していても、関係無い。 澄羽は澄羽だよ」
その温もりは、昔と何一つ変わらないはずだった。
なのに。
澄羽はその腕の中で、胸の奥が締めつけられる。
「どんな姿になっても、どんな力を持っていても……私にとっては、大切な妹」
優しく頭を撫でる手。
その仕草だけは、昔の夜美そのものだった。
――違う。
そう思ってしまう自分がいる。
「だから、一人で全部抱え込まないで」
「……うん」
小さく頷く。
その返事が、本心ではないことくらい、わかっていた。
しばらく沈黙が続く。
やがて夜美は、どこか迷うように口を開いた。
「ねえ、澄羽」
「……?」
「もし、私も変わってしまったら」
その言葉に、澄羽の肩がぴくりと震える。
「例えば……今までの私じゃなくなったとしても」
夜美は寂しそうに微笑んだ。
「それでも、澄羽は私をお姉ちゃんだって思ってくれる?」
澄羽は目を伏せる。
胸の奥で、何かが痛んだ。
「……急に、どうしたの? 変なこと聞くね」
夜美は一瞬だけ目を細めると、小さく首を横に振った。
「ううん。 なんでもない」
それ以上、その話題が続くことはなかった。
「輸送車を襲撃した融合体と天使が交戦しました」
「勝敗は」
「決着はつきませんでした」
玲司は司令官室で、今回の一件を報告していた。
「白鷺澄羽はどうした」
司令官の問いは重く、静かな部屋に響く。
失敗を責める声ではない。
ただ、事実だけを求めるような声音だった。
玲司は一瞬だけ燈莉へ視線を送る。
そして、小さく息を吸った。
「輸送車が破壊され、その隙に逃走されました」
司令官は黙って頷く。
玲司が一通り報告を終えると、今度は燈莉が前へ出た。
「その後、天使と融合体の戦闘中に、ヴァル=ゼリクスと名乗る存在が現れました」
司令官の瞳が、ほんの僅かに揺らぐ。
「……ヴァル=ゼリクスだと?」
「はい」
短い沈黙が流れる。
司令官は机に肘をつき、しばらく考え込むように目を閉じた。
「それで、ゼリクスは何をした」
「天使と交戦しました」
「融合体側には付かなかったのか」
「はい。 目的は討伐というより……」
燈莉の言葉に、玲司は戦闘を思い返す。
黒い車体。
圧倒的な速度。
「天使の力を測っているように見えました」
燈莉も頷く。
「私も同じ印象です。 倒そうとする意思は感じましたが、それ以上に……試しているような戦い方でした」
「そうか」
それだけだった。
しかし、その短い返答とは裏腹に、部屋の空気はわずかに張り詰める。
「今後も現れる可能性は高い」
「はい」
「現時点では、融合体とも天使とも異なる第三の脅威として扱う」
玲司と燈莉は小さく頷いた。
「引き続き警戒を怠るな」
「了解」
崩れかけた廃墟へ、静寂が戻る。
グラ=ゼルはリクスを静かに床へ寝かせた。
リクスは目を閉じたまま、小さく息を吐く。
アルク=ディアがゆっくりと近づいた。
「傷は」
「問題ない」
グラ=ゼルは短く答える。
「肉体よりも……心の方だ」
その言葉に、誰も返事をしなかった。
リクスはゆっくりと目を開く。
「……ごめん」
掠れた声だった。
「僕、みんなに迷惑かけた」
グラ=ゼルは首を横に振る。
「違う。 だが、一人で抱え込み過ぎた」
リクスは黙り込む。
その拳だけが、小さく震えていた。
「トゥ=レイヴが死んでから……ずっと、怖かった。
僕だけ弱いままなんじゃないかって。 また誰かがいなくなるんじゃないかって」
その言葉を聞き、アルクは静かに目を閉じる。
「私たちは、誰一人としてお前を責めてはいない。 だが、焦りは判断を鈍らせる。 今日、それを証明した」
リクスは悔しそうに唇を噛んだ。
「……うん」
短い返事だけが返る。
その時だった。
壁際に立っていたイシュが、小さく口を開く。
「……天使」
三人の視線が集まる。
「強くなった」
それだけだった。
しかし、その一言には十分な重みがあった。
アルクも頷く。
「あの成長速度は予想を超えている。 あと数か月もすれば、更に力を付けるだろう」
グラ=ゼルは静かに立ち上がる。
「だからこそ、我々も急ぐ必要はない。 今は動かず、力を蓄える。 天使も、人類も、いずれ必ず動き出す」
「……次は。 次は、一人じゃない」
リクスはゆっくりと顔を上げた。
グラ=ゼルは穏やかに微笑む。
「私たちは五人で戦ってきた」
一瞬だけ、その表情が曇る。
「……いや。 これからは、四人だ」
その場に再び静寂が落ちた。
誰もトゥ=レイヴの名を口にしない。
それでも、その不在だけは、全員が痛いほど感じていた。
それから、三か月の月日が流れた。
宇宙外生命体の出現件数は、目に見えて減少していた。
燈朝市に響いていた警報も、いつしか鳴らなくなっていた。
だが、それは平和が訪れたという意味ではない。
嵐の前の静けさ。
誰もが、その沈黙をどこか不気味に感じていた。
A.E.O.I.では戦闘員たちへの特殊訓練が本格化し、玲司と燈莉もまた、来るべき戦いに備えて己を鍛え続けていた。
一方で、澄羽の日常は。
部屋に閉じこもり、時の流れを感じる。
時々、ネヴ=ソスと会話をする。
ただ、それだけの日々。
誰も近寄らない。
誰にも近づけない。
それでも、時だけは残酷なほど平等に流れていく。
季節は移り変わり、夏の面影は少しずつ薄れ始めていた。
――そして。
止まっていた運命が、再び動き始める。
ゼリクス「作者」
作者「はい」
ゼリクス「いつになったらWikiに俺たちが追加されるんだ?」
作者「……」
アルク=ディア「我々五人衆も未だ掲載されていない」
イシュ=ノクス「……遅い」
グラ=ゼル「説明くらいはあると思っていたのだが」
作者「ご、ごめんなさい……」
トゥ=レイヴ「本編で退場したのに、まだWikiにすら存在していない……」
作者「あぁぁぁぁごめん!!」
リクス=ヴァイア「トゥ=レイヴまで載ってないのはさすがに可哀想でしょ」
作者「画像は生成AIで作ってるんですけど、理想のビジュにならなくて……!」
ゼリクス「つまり」
アルク=ディア「画像が完成しないから更新も止まっている、と」
作者「はい……」
グラ=ゼル「作者」
作者「は、はい」
グラ=ゼル「手書きしている絵師様に比べたら負担は非常に少ないはずだ」
作者「はい……」
グラ=ゼル「必ず完成させろ」
作者「はいっ……」
アルク=ディアとグラ=ゼルの画像は生成してありますが、他はまだ無いです……。




