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哭き裂く天使  作者: Norn
第五章:旅する怪物たち
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第45話:託された言葉

 『右』

 シュウの声が通信機から響く。

 天使は反射的に身を翻した。


 その直後、薙刀が宇宙を裂く。

 先ほどまで天使がいた空間が切り裂かれていた。

 トゥ=レイヴは勢いを殺すことなく、そのまま迫る。


 『宇宙の流れに乗って急上昇。 トゥ=レイヴが追ってきたところで右へ一歩ずれるように降下。

そして斜めに斬ってください』


 (えっ、と……?)

 困惑する天使へ、ネヴ=ソスが語りかける。

 『こうだ』


 次の瞬間、身体が勝手に動いた。

 ネヴ=ソスが補助しているのだろう。


 天使はシュウの指示通り急上昇する。

 トゥ=レイヴを眼下に捉え、そのまま急降下。

 交差する瞬間、双剣が斜めに振るわれた。


 巨躯に浅い裂傷が走る。

 トゥ=レイヴは即座に薙刀を振るう。

 だが、天使は既にそこにはいなかった。


 右へ一歩ずれる。

 たったそれだけの動き。

 その指示がなければ今の反撃は確実に命中していた。


 「昨日より地力は上がっているな」

 トゥ=レイヴは薙刀を構え直す。


 「それでも届かないはずだが……昨日とは何かが違う」

 トゥ=レイヴは宇宙の流れに乗り、加速。

 そして薙刀を素早く投擲した。

 薙刀は光速を超えて迫る。


 到底、反応などできない速度。

 それでも、トゥ=レイヴが投擲を行う直前。


 『体が横になるようにジャンプ。 そのまま体を回転させながら、剣を二度に分けて投げてください』

 指示通り天使が身を投げ出した直後、真下を薙刀が通過した。

 光速を超える一撃も、元から見透かされているようだった。


 直後、天使は双剣を投げる。

 剣は車輪のように回転しながら、トゥ=レイヴに突き刺さる。

 それをもう一本の剣が押し込む。

 硬いトゥ=レイヴの外殻が砕けた。


 『今です』

 天使はよろめくトゥ=レイヴに、矢のように飛翔。

 そのまま片足を突き出し、突き立った剣の柄を蹴り抜く。


 貫通はしない。

 だが、今までの数十倍の威力を与えることに成功した。


 「……面白い」

 トゥ=レイヴは、どこか楽しそうに笑う。

 天使は素早く距離を取った。


 「本当に、昨日とは違う。 こちらの攻撃が筒抜けのように、どれも通用しない」

 トゥ=レイヴは薙刀を生成し、肩に担ぐ。


 「……それとも、誰かが見ているのか?」

 天使は答えない。

 再び双剣を生成する。


 「多少、手加減をしなくても良いようだ」

 直後。

 薙刀が飛んでいった天使の背後。

 遥か彼方に見えていた銀河群の一部が、音もなく消滅した。


 『なるほど。 これほど差があるとは』

 (冷静すぎない?)

 『貴重な戦闘記録だ』

 (そういう問題じゃないんだけど……!)


 ネヴ=ソスに少し呆れながらも、天使は複数の紅い瞳でトゥ=レイヴを捉える。


 その直後、トゥ=レイヴが視界から消えた。

 否、消えたのではない。

 光速で迫っていたのだ。


 天使も即座に加速する。

 星々の狭間を駆け抜け、幾度となく衝突を繰り返す。


 その度に宇宙は震え、惑星の欠片が散っていく。

 しかし、そのどれもが天使にとって優勢な結果となっていた。


 シュウの指示通りに動くだけでよかった。



 シュウは旅館のロビーで、静かにコーヒーを飲んでいた。

 通信機器へ指示を送り続けているにもかかわらず、その姿はどこか優雅ですらある。


 周囲から見れば、一人で休憩している青年にしか見えないだろう。

 そんな彼のもとへ、一人の少女が歩み寄った。

 ローゼだった。


 「久しぶりね」

 シュウは通信機器を少し口元から離し、淡々と返す。

 「取り込み中です。席を外してもらえますか」


 その一言に、ローゼは柔らかく微笑んだ。


 「もしかして、Armaged(ハルマゲイド)討伐のお手伝い?」

 「……」


 シュウは返答しない。

 それでも通信機器へ指示を送り続けていた。


 「端末に反応が出たの。Malcut(マルクト)Armaged(ハルマゲイド)が」

 ローゼはそう言いながら、シュウの隣へ腰を下ろす。


 「しかも、Armaged(ハルマゲイド)の方が押されている」

 シュウの指先が、一瞬だけ止まった。


 ローゼはシュウのコーヒーへ砂糖を一つ落とし、そのまま一口飲む。

 そして視線も合わせぬまま、呟いた。


 「全知って便利ね」

 シュウはそこで初めてローゼの方を見る。


 「貴女はどうなると思いますか?」

 シュウの問いに、少しだけ間を置く。


 「ラプラスの悪魔なら、未来がわかるはずです」

 シュウの言葉に、ローゼは楽しそうに笑った。

 そのまま顔を近づける。

 今にも触れそうな距離だった。


 「二体とも死ぬわ」

 そして小さく首を傾げる。

 「……当たってる?」


 シュウは表情一つ変えなかった。


 「あり得ませんね。Malcut(マルクト)の方は生き残ります」

 直後、ローゼは顔を離す。

 「果たして、本当にそうかしら?」


 ローゼは立ち上がり、出入り口へ向かって歩き出した。

 腕に付けられたA.E.O.I.の腕章が光を受けて輝く。

 数歩進んだところで足を止め、振り返る。


 「少しでも減るなら、それでいいわ」

 そのままローゼは歩き去る。

 その背を見つめ、シュウは一言。


 「それでも、結果に至るまでの過程は見えています」




 『それでも、結果に至るまでの過程は見えています』

 その言葉が、戦闘中の天使の耳にも届いた。


 (……?)

 『いえ。こちら側の話です』

 シュウは何事もなかったかのように告げる。


 天使とトゥ=レイヴは、既に地球から遥か彼方の銀河で戦っていた。

 無数の恒星が砕かれ、その残骸が小惑星群のように漂っている。


 『それよりも、全速力で地球へ戻ってください』

 シュウの声が続く。


 『通仙中央には戻らないでください』

 (どうして?)

 『それは後々わかります。 では、県境のあたりへ』

 天使は言葉の意図を理解できなかった。

 だが、胸の奥に説明のつかない不安が広がっていく。


 (……わかった)

 『ただし、移動の余波は地球に近づくほど抑えてください』


 少し間を置き、

 『地球が壊れてしまいますので』

 シュウは当然のように言った。


 天使は地球へ向けて離脱を開始する。

 その背を追うように、トゥ=レイヴも飛翔した。


 恒星の残骸の合間を縫うように、天使は光の速さで地球へ向かう。


 やがて、青い星が視界に映った。

 天使は大気圏を一瞬で通り抜ける。


 だが、そのまま降下はしない。

 一度だけ上空へ飛翔し、風に身を委ねるように減速する。


 そして静かに地上へ降り立った。

 どうやら、指定された県境へ辿り着けたらしい。


 数秒後。

 トゥ=レイヴもまた、ゆっくりと地表へ降りてくる。


 「戦闘を放棄するのか?」


 天使は答えない。

 その代わり、ネヴ=ソスが語りかけた。


 『変身を解除しろ』

 ほぼ同時に、通信機からもシュウの声が届く。

 『人間に戻ってください』


 理由はわからない。

 だが、二人とも迷いなくそう告げていた。


 天使の肉体が崩れ始める。

 黒い塵となって風に溶け、その内側から澄羽が姿を現した。


 その肉体が地面に立った瞬間。

 澄羽の全身を、言葉にできない悪寒が駆け抜ける。

 何かが危険だと、本能が叫んでいた。


 「……なるほど」

 トゥ=レイヴが小さく呟く。

 「そういうことか」


 澄羽が顔を上げる。

 その瞬間だった。


 「えぇ。そういうことよ」

 聞き覚えのある女性の声。

 澄羽の肩が跳ねる。


 トゥ=レイヴの後ろ。

 数メートル先に、ローゼが立っていた。


 「白鷺さん。 貴女のことは守りますから、少し待っていてくださいね」

 ローゼは微笑んで語りかけるが、その笑みは安心感を与えない。


 次の瞬間、ローゼから放たれた紫の瘴気が周囲へ広がる。

 瘴気に触れた空気すら腐り落ちるかのようだった。

 トゥ=レイヴの外殻が崩れ始める。


 「これは……猛毒、とでも言ったところか」

 毒に侵食された外殻が崩れ始める。

 トゥ=レイヴの巨体は、徐々に歪な形へと変貌していった。


 それでも、トゥ=レイヴは薙刀を構え、ローゼに飛びかかる。

 間合いの差を活かし、一方的に攻撃を浴びせる。


 突き、薙ぎ、切断。

 可能な攻撃を連撃で繰り出す。

 しかし次の瞬間、攻撃が弾かれた。

 そして薙刀の刃が、半ばから消滅する。


 「魔神顕装(キスキル・リラ)

 ローゼの腕が黒く変貌を遂げている。

 その腕の外側には、鋭利な刃が生成されていた。


 ドーム上の膜に囲まれた澄羽はその様子を見ていた。

 人間に戻っていなければ、きっと一瞬で死んでいた。


 (ネヴ=ソス、トゥ=レイヴは攻撃していたよね……?)

 『能力が通用するのは同等の存在までだ』

 ネヴ=ソスはそれだけ呟く。

 それは、ローゼがトゥ=レイヴよりも強いことを意味していた。


 魔神顕装(キスキル・リラ)で生成された刃が幾度も振るわれる。

 その度に、トゥ=レイヴの肉体が削り取られていく。


 再生も追いつかない。

 巨大だったはずの肉体は、目に見えて小さくなり始めていた。


 「もはや、これまでか」

 片膝を地についたトゥ=レイヴは、生命を繋ぎ止めるだけで精一杯だった。


 「ええ。 どうやらそのようね」

 トゥ=レイヴを見下ろすローゼ。

 その瞳は、氷のような冷たさを宿している。


 「でも残念ね。 貴方一人が消えたところで、この戦いは何も変わらない」

 ローゼは背を向けて歩く。

 「私の目的はネヴ=ソスだけだもの」


 澄羽は思わず身を震わせた。

 あの存在に狙われている、という事実に。


 その時、トゥ=レイヴがゆっくりと顔を上げる。

 崩れゆく外殻の奥。

 その視線が、真っ直ぐ澄羽へ向けられた。


 「……」

 言葉は無い。

 口も動いていない。

 だが次の瞬間、何かが流れ込んできた。


 ――人間と我々は相容れない。


 低く、静かな声。


 ――だが、それでも構わない。


 脳ではなく、魂へ直接刻み込まれるような感覚。


 ――あの悪魔を、生かしておいてはならない。


 澄羽の背筋を冷たいものが走る。

 トゥ=レイヴの視線はローゼへ向いていた。


 そこに怒りは無い。

 憎しみも無い。

 ただ、確信だけがあった。


 ――あれは滅びを招く。


 ――いずれ、人も、我々も。


 ――全てを。


 崩壊していく身体は、もう長くは持たない。

 それでもトゥ=レイヴは最後まで澄羽を見ていた。


 ――頼む。


 その一言だけが届く。


 ――白鷺澄羽。


 直後、意識が切り離されたように、声は消えた。

 トゥ=レイヴは何も語らない。

 ただ静かに、膝をついたまま。

 トゥ=レイヴは薙刀を神速で投擲した。


 薙刀がローゼへ届く直前。

 赤黒い水と青黒い炎が彼女の周囲を渦巻く。

 深淵灼流(リヴエ・スルト)だった。


 薙刀は凍結し、次の瞬間には蒸発した。

 まるで鎧のように展開され、最後の一撃を完全に受け止めたのだ。


 直後、トゥ=レイヴの肉体が完全に崩壊する。

 風に溶けるように消え、残骸すら残らない。

 やがて紫の瘴気が薄れ、雲間から陽の光が差し込んだ。


 ローゼはゆっくりと振り返る。

 そして澄羽と目を合わせ、柔らかく微笑んだ。


 「帰りましょう、ね?」

 ローゼに促され、澄羽は小さく頷いた。

 周囲は既に空の色に染まり始めている。

 何事も無かったかのような景色。


 だが、この旅行学習だけで失われた命は決して少なくない。

 トゥ=レイヴもまた、その一つだった。


 ――あの悪魔を、生かしておいてはならない。


 最後に聞こえた言葉が頭から離れない。

 だが、それ以上に。


 ――私は知っています。貴女が勝つ方法を。


 シュウの言葉もまた、胸の奥に残っていた。

 全てを知っているかのような青年。

 圧倒的な力を持つ少女。

 そして、自分。


 何が正しくて何が間違っているのか、まだわからない。


 それでも、澄羽は静かに拳を握る。

 守りたいものだけは、変わらない。


 (私は――)


 ――私は、ヒーローはいると思うよ。


 (諦めない)

 その声は誰にも届かない。

 けれど、澄羽自身には届いていた。 

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