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哭き裂く天使  作者: Norn
第三章:観測者の選択
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第0話・後編:外宇宙

 「いっくよー!! 変身!!」


 少年は、オレンジ型のアイテムを玩具のベルトに装填する。

 手順は正確だった。

 何度も繰り返した動作は、迷いなく完了する。


 両手に握った双剣を構えたとき、その目は、異様なほどに輝いていた。


 「私も行くよ! 変身!!」

 少女は石の嵌め込まれたベルトに触れ、少しだけ遅れて、変身の動作をなぞる。


 二人は、そこにいない敵を見る。

 少年は剣を振るう。

 軌道は乱れているが、どこか整っていた。


 少女は拳を突き出す。

 力の流れは未熟だが、確かに戦いの形をしていた。


 何も起きない。

 敵もいない。

 変身もしていない。


 それでも――


 このとき、二人は確かにヒーローだった。


――――――――――――――――――――――


 何かが、へばりついている。

 内宇宙ではない。

 定義できる存在でもない。


 ただ、「触れている」という事実だけがある。

 ネヴ=ソスは、それを理解した。


 外宇宙を最も感じ取る個体。

 ゆえに、それが異物であることも理解できる。

 ネヴ=ソスは、目を開いた。


 「目覚めたね。次期皇帝」

 それは、声ではなかった。

 意味の塊が、直接流れ込む。


 純粋すぎる混沌。

 かつて一度、思考の縁に現れた存在。


 それが今、完全な形で纏わりついている。

 ネヴ=ソスは、わずかに姿勢を落とした。


 跪く、という行為に近い。

 外宇宙では成立しないはずの動作。

 だが今は、それが最も適切だった。


 「力を抜きな。殺すつもりはない」

 混沌は、愉快そうに揺らぐ。

 「お前とは対等に話したい」

 「……了解した」

 思考が整列する。


 「要件は」

 「簡単さ。お前が眠っている間に起きたことと――

これから、お前がやるべきことだ」

 混沌は形状を変え、ネヴ=ソスを撫で回すように這った。


 「お前の妹――その内宇宙に落ちた」

 ネヴ=ソスの位相が、わずかに乱れる。

 それは外宇宙において、極めて稀な動揺だった。


 「……生存は」

 問いは短い。

 だが、その内部には明確な偏りがあった。


 「断定はできない」

 混沌は、即答した。


 「だが、完全に消滅したとも言えない。

あの個体は――優秀だからね」

 言葉の終端が歪む。

 評価なのか、嘲りなのか、区別はつかない。


 「現在、我々は一つの内宇宙と交戦状態にある」

 空間が、わずかに軋む。


 それは戦闘の余波ではない。

 戦闘という事実そのものが、外宇宙の均衡に干渉している。


 「対象は、人間」

 それにネヴ=ソスは反応しなかった。

 だが内部で、何かが引っかかる。


 「お前も観測しただろう? あの種族は面白い」

 混沌が、笑う。


 「内宇宙に属しながら、外宇宙に干渉しようとする。

そんな星だけど、救出計画がある」

 混沌は続ける。

 「だが、問題がある」


 「……破壊できない、か」

 ネヴ=ソスは言った。

 「その通り」


 即答。


 「地球ごと消せば、妹も消える。

だが、あの星は既に単なる惑星ではない」

 わずかな間。


 「人間が、変質させている」

 理解はできない。

 だが否定もできない。


 「何体か送り込んだが、戻ってきていない」

 その言葉に、温度はなかった。


 「その中には――お前の残滓も含まれている」

 ネヴ=ソスの思考が、一瞬停止する。


 「……残滓」

 「そう。 お前が皇帝として最適ではなかった場合に備え、生成されるはずだった可能性」

 混沌が、わずかに形を歪める。


 「選ばれなかった未来、とでも言うべきかな」

 それはすでに、地球に到達している。


 「そしてその残滓は――別の存在と融合した」

 ネヴ=ソスは理解しない。

 だが、融合という概念だけが、内部で反響する。


 「地球は未知数だ」

 混沌は、初めてわずかに真面目な揺らぎを見せた。

 「だからこそ、お前が必要になる。

一族は、お前を送り込むつもりだ」

 ネヴ=ソスは、動かない。


 「拒否は?」

 「可能だよ」

 混沌は即答した。


 「だが、その場合――別の存在が動く」

 その瞬間。

 外宇宙の深層が、わずかに歪む。


 それは圧力ですらない。

 存在の前提が変質しかける感覚。


 「……観測されている」

 ネヴ=ソスが呟く。


 「そうだね」

 混沌は楽しげに応じた。


 「あれは門であり、全てだ」

 それ以上の説明は不要だった。


 干渉が始まれば、外宇宙そのものが書き換わる。


 「あれと私が戦えば、何が起きるかは明白。

だから反対できない」

 混沌は言う。

 「これは選択じゃない。 既に決定している流れだ」


 短い沈黙。


 「……一つ、確認する」

 ネヴ=ソスの思考が、わずかに鋭くなる。


 「お前は、何だ」

 混沌は笑った。

 その瞬間、意味が崩壊する。


 「今さらかい? 私は――」

 それは名乗りではなかった。


 概念そのものが流れ込む。


 「ナイアルラトホテップ」

 理解した瞬間、理解したという事実が歪む。


 「さて」

 混沌は、離れる。


 「行け、とは言わない」

 前と同じ言葉。


 「だが、お前はもう見ている」

 ネヴ=ソスは、動く。


 外宇宙の流れに逆らい、一つの内宇宙へと位相を合わせる。

 境界を越え、円環構造が織り成す塔の一つを目掛けて一直線に。


 目標座標の内宇宙の、いくつか隣の多元宇宙に侵入する。

 その過程で――


 迎撃が始まった。


 光、衝撃、因果の逆流。

 無数の宇宙で、人間が待ち構えている。

 ネヴ=ソスの外殻が削られる。

 それでも、進む。


 そのとき。

 剣の軌道が、脳裏を過る。


 理由はない。


 だが――


 それが最も効率的だった。

 剣を生成し、振るう。


 ただ切断し、突破する。

 その動作は、外宇宙の戦闘様式とは明らかに異なっていた。


 「……なぜだ」

 理解はできない。

 だが、身体は知っている。


 やがて彼はいくつもの多元宇宙を越え、一つの内宇宙へと入り込む。

 そして銀河団の一つ、惑星群の一つ、その内の一つの惑星へと彼は落ちた。


 青い星。

 大気。

 重力。

 すべてが、過剰だった。

 その直後、地表が近づく。

 衝突はまもなく起こった。





 ネヴ=ソスの熱により、周囲は一瞬にして焼き尽くされた。

 惑星の大気が、ネヴ=ソスの熱を一気に奪う。


 ネヴ=ソスの外殻は崩れ、存在の消失が近づく。

 内宇宙の惑星は、外宇宙の存在にとって害を及ぼすものだった。

 ネヴ=ソスは残された力で、蟲のように地を這い回る。


 そこに、一人の少女がいた。

 体の半身が焼失し、既に生命活動は停止していた。


 やがてはネヴ=ソスも同じ運命を辿るはずだ。

 この環境では、維持できない。

 終わりは既に、確定したようなものだ。


 その瞬間、何かが、強く引き寄せられた。

 少女の存在に。

 理由はないが、確かに知っている。


 「――」

 言葉にならない、懐かしい、失いたくない。

 それだけが、残る。


 ネヴ=ソスは、選択した。

 生存のためではなく、理解できない衝動に従って。


 位相を重ね、境界が崩れる。

 二つの存在が、混ざる。


 侵食か、

 共存か。

 その定義は、成立しない。


 ただ一つになる。


 鼓動が、鳴る。

 それは本来、不要なはずのもの。


 だが。

 切り離せなかった。





 ――私は、私という境界を持たない。


 私は流れであり、構造であり、是正の方向だ。


 だが、この身体は違う。


 この心臓の鼓動は、必要ない。


 この恐怖は、不要だ。


 ——それでも、切り離せない。


 この少女が死ねば、私も終わる。


 それは任務上の問題ではない。


 理由を、私は理解している。


 理解してしまったこと自体が、致命的だ。


――――――――――――――――――――――


 何かが起こった気がする。

 夢を見ていたような、そんな感覚だけが残っている。


 痛みも、恐怖も、確かにあったはずなのに、

 思い出そうとすると、指の隙間から零れていくみたいに、うまく掴めない。


 ……でも、一つだけ。


 あのとき、何かを「選ばなかった」ことだけは、覚えている。

 何を選べたのかも、どうすればよかったのかも、わからない。


 ただ――

 後悔だけが、形もないまま残っている。


 目を覚ましたとき、私は、普通に生きていた。


 病院でもなくて、自分の部屋でもなくて、焼け焦げた瓦礫の中で。


 何もなかったみたいに、朝が来ていた。

 助かったんだ、と思った。

 理由はわからないけど、もう全部終わったんだって、そう思った。


 ……でも。


 胸の奥に、何かがいる。

 心臓とは違う、でも確かに脈打っている「何か」。


 それは、痛みじゃない。

 苦しさでもない。

 ただ、そこにある。

 消えてくれない。


 あのとき、終わったはずなのに。

 私は、まだ生きている。


 それが、少しだけ――嫌だった。


 ……でも、もういいや。


 どうせ、何も変わらない。


 ……帰ろうか。


 歩くだけで、足が重い。


 夕方の帰り道は、誰もいない。


 私もいないほうが、たぶん正解なんだろうなって、そんなことをぼんやり考えていた。

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