宇宙蛭
太陽系を含む、銀河系周辺部に棲息する「宇宙蛭」は、体長十五センチから二十五センチ程で、それ自体の知能はさほどのものではない。
宿主の脳を使い、宿主次第で高脳な思考力を持つようになる。
子孫繁栄と勢力拡大の本能と野望は、人間様と何ら変わりはないのだ。
パンプキン・クイ~ンの店内は大騒ぎになっていた。
「うわ! 誰だ!」
「ひい! あわわわ」
「何だ! ありゃりゃ」
「うひゃあよせよ」
「変な事やめろ!」
「ゲゲ! オカマ掘られた!」
ズボンの裾から入り込んだ、恐ろしい宇宙蛭のあるものは、脚を這い上がり、肛門から無理矢理入り込む。
姿を隠す事を第一に考える生存本能の強い蛭だ。
また別の宇宙蛭は背中へ張り付き、脊椎を目指し、皮膚から肉へ微細な穴を開ける。
少しでも早く脳に触手を伸ばしたい、支配欲が強くてせっかちな蛭だ。
或いは、大便が嫌いな蛭なのかもしれない。
いずれにしても、頭や顔までは登ってこない。
危険が大き過ぎる行動は、本能が抑制するのだ。
女性客も騒ぐ。
「きゃあー! 何なの?」
「ああん、嫌、何? 何?」
「イヤン! そんなトコ」
「うふん、やめて、やめて」
むしろ女性の方が、理想的な宿主の肉体だと言えるだろう。
排泄用ではない隠れ場所があるからだ。
脳を支配するまでには、背中の首筋近くに張り付いた蛭で約2時間、肛門や女性器に入り込んだ蛭で、約4時間を要する。
肉体の他の場所に張り付いた蛭も、宿主を支配するまでには、それなりの時間がかかる。
緩慢ではあるが確実に、免疫とのトラブルを避けて、体質を同化させつつ、ジワジワと触手を延ばしてゆく。
脊椎や血管を通り脳に達した触手は、微細な太さからどんどん太さを増して行くのだ。
さて、寄生するという事は、栄養を取り、分裂して子孫繁栄をする為である。
宇宙蛭は宿主に取り付くと、すぐに栄養を取り始め、成長を続けて、ある程度の大きさになると分裂を始める。
だから、ほとんどの場合、脳を支配する頃には、すでに分裂して増えているのだ。
そしてこの蛭共は、知性を保つ為に、脳だけは食わずに最後まで使い続ける。
モータウン田村はすでに、無数の宇宙蛭の巣と化していた。
もはやその肉体は蜂の巣状に穴だらけとなり、脳に達した触手も、蛭同士の物が幾重にも交錯して絡み合っている。
だからこの宿主は、余命いくばくも無かった。
すぐに新しい宿主に取り付くと同時に、前途有望な宿主にも取り付かねばならない。
そこで蛭共は、この宿主、銀河連合諜報員である高脳なデネブ星系人、モータウン田村の脳を使って考えたのだ。
──このところ活発な活動を始めている、特異点江守友和の調査を開始していた宿主の、予備知識を生かして。
──友和に近づき、寄生して、時空を越えて、種族をばらまき繁栄してやろうと。
伸恵はドアから少しでも離れて、遠くへ逃げ出したかったのだが、ナミちゃんは事態がちっとも解っていないどころか、中では何か馬鹿げた、楽しい遊びが進行中だと思い込んでいた。
そんな時に友和の携帯が鳴った。
店のカンバン脇の側溝へ、酔っ払ってへたり込んだまま電話に出ると、久々にaタイプからであった。
「もしもし、友和さん? 私。aタイプよ。地球時間で1年間の休暇が取れたの。コロニーに帰ってもつまんないから、遊びに来ちゃった。すぐに会いたいわ」
「あれれ? 飲みすぎちゃったなあ。携帯から空耳が聞こえる。空耳アワーだな。え~空耳のaタイプさん、聞いてくださいね。俺は寂しいんだ。昔の時代に戻って、桔梗と祝言を挙げたいんだ。オジサンのこの気持ち、ワッカルッカナー?」
「なんですって? 桔梗ですって! ばかあっ! どうして桔梗なの? せっかくきたのに! ……そこにいてね! すぐそこ行くから!」
「お? 空耳が怒ったよ。やっぱ飲みすぎだな」
ところで、ナミちゃんは店内に戻りたくてしょうがない。
「ねえ伸恵ちゃん、もういいでしょ? 中に戻りましょ。ナミちゃん寒いわ」
伸恵は震える声でたしなめる。
「馬鹿な事言わないで! 中の人達の悲鳴、聞こえなかったの?」
「あっら~、悲鳴じゃないわよ。なんかきっと、楽しいゲームが始まったのよ~。ね~。帰ろうよ~」
とナミちゃん。
その時ドアが開き、大男のモータウン田村が、ぬっと姿を現した。
田村は、どら声になった。
「さあ特異点友和さん、契約を済ませましょう!」
大きな田村のズボンの裾から、何十匹もの宇宙蛭がざざっと地面にぶちまけられた。
「ぎゃあ~何これ? 気持ち悪い~」
驚愕のナミちゃんだ。
伸恵は店の玄関先にあったほうきをふり回し、ナミちゃんの脚に付いた宇宙蛭を叩き落とす。
電話を終え、立ち上がった友和の脚にも、一匹跳びついた。
伸恵の太ももにも跳びつき、よじ登って行く。
伸恵が叫ぶ。
「あー多過ぎるわー! 友和さん助けてー!」
友和は伸恵のスカートをめくり上げ、宇宙蛭をつかんで地面に叩きつけた。
「うわあ気持ち悪い! こいつ、ぬるぬるだ!」
モータウン田村が不自然に身をよじって叫んだ。
「はっはっはっ無駄な抵抗はやめなさい。すぐ済みます。大人しく受け入れるのです。そうすれば最高の悦楽を味わう事が出来るのです」
そして、目をむいてぐわっと大口を開けると、口の中から次々と新たな蛭が飛び出して来るではないか。
もはや腰までびっしりと蛭にたかられたナミちゃんは、パンツに手をつっこみ尻の穴を押さえながら叫ぶ。
「あ! あなた宇宙人ね! ナミちゃんがテレビで悪口言ったから、仕返しにきたのね!」
(資料編纂室長、江守友和 参照)
伸恵は悲痛な叫び声をあげる。
「あああ、パンツに一匹、入っちゃったわー! あー! 嫌! 助けてー」
その時であった。天の助けか。
「これを使って! 触れるだけでいいわ」
ロリ山田に場所を聞いてかけつけて来たaタイプが、走ってきて伸恵に電撃ムチを手渡した。
かつて『二十分間の世界』で、友和がぶっ飛んだ事がある、乗馬ムチのような形状の、あのムチである。
そして熱線銃を抜き、地面を這う蛭共を掃射する。
──パッパッパッパッと青白い炎と共に、宇宙蛭は焼ける。
「ピュ~」「ピュ~」と断末魔の悲鳴をあげた。
怒りに顔を歪めたモータウン田村が、レイ・ガンを抜き撃ちにしようとした刹那、ジュボボボボボッと燃え上がった。
aタイプがブラスターを撃ったのだ
「さあ・契約を済ませましょう・ぐわっ・契約を・ぐぐわっ・けいやく・ぐぐぐぐわ・・・」
火だるまになって、なおも叫び続けるモータウン田村なのだが、やがて真っ黒く炭化して地面にうずくまった。
伸恵が電撃ムチで地面に叩き落とした蛭を、aタイプはしらみつぶしに焼いて行く。
嫌な臭いが立ち込める。
モータウン田村の、真っ黒な炭になった残骸から、生命力の強い宇宙蛭が5、6匹、長い触手を引きずりながら這い出してくるではないか。
「ピュ~」「ピュ~」「ピュ~」
ああ、気持ちが悪い。実に不気味な光景だ。
すぐさまaタイプはこれを焼き払う。
残骸も焼く。
更に焼く。
モータウン田村だった残骸は崩れ落ち、完全な灰となった。
そしてaタイプは携帯を取り出して、フェロモン号に連絡する。
「緊急連絡、コトミ艦長aタイプです。時空座標SENDAYAMA・6KA地球に、宇宙蛭が発生しました。詳しくは友和さんから聞いて下さい」
携帯型通信機を渡され、友和が喋る。
「えーあのね、銀河連合のモータウン田村って名乗ったよ。連合は、特異点に美女と巨万の富をプレゼントするってね。むにゃむにゃ。俺に解るのは、それだけだよ」
「馬鹿ね」
とコトミ艦長が言った。
「桔梗じゃなくって残念でした!」
とふくれっつらのaタイプが言った。
フェロモン号のメインコンピューター、ママが言う。
《先に連合に連絡入れとくわね。──
……モータウン田村はデネブ星系人ね。
連合の諜報員で、これまではずっと、基本的に単独行動ね。
連合も(極秘)扱いだから、データが少ないわ。
……何処で宇宙蛭が寄生したのかは不明よ。
それから、モータウン田村の時空機は、子ノ渡文化会館に陳列されてるわ。
あ、……コトミ艦長、連合から消滅依頼が来たわ》
「了解。OKしといて。aタイプ、休暇中悪いんだけど、宇宙蛭の抹殺、お願いするわ」
それはコトミ艦長からaタイプへの命令であった。