5話〜猫帰る〜
「グルルル……」
「お、お前が噂の獣か……来いよ。お前を倒して、手柄をあげ」
勇んで叫ぶ勇者。
ですが獣は既に彼の眼前に迫っていました。
「っ、雷よ!!」
慌てて雷撃魔法を放つ勇者。
ですがその魔法は、獣の鬣から放たれる対魔力物質によって無力化される。
「な、なに!?」
「ぐがぁぁぁぁ!!」
次はこちらの番だと言うように振われる獣の前足。
とっさにそれを防ごうと腕でガードする勇者。
次の瞬間、勇者の左腕は肩からなくなっていた。
獣の一撃で千切れ飛んだのだ。
「ぎ、ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!?」
肩を押さえて叫ぶ勇者。
その勇者にトドメを刺そうと迫る獣。
「ひぃぃぃぃっ!?」
「グルァァァァァッ!!」
ですが……
「ガッ……」
その牙は届きませんでした。
「獣さん……いえ、クロミツさん。もう、やめてください」
「ガ、ガルルッ……」
自らの名前を言われて獣は、クロミツは後退りました。
「やっぱり……もしかしてと思いましたが、貴方だったのですね」
そっとその顔に触れ、撫でるモリメ。
「少し、待っていてくれますか?」
「グル……」
その時でした。
「勇者様!! ご無事ですか!!」
衛兵達が部屋になだれ込んで来ました。
「これが噂の獣……取り囲め!!」
槍を持った衛兵達が獣を取り囲もうとします。
「おやめなさい!! 聖女の権限において命令します!! 彼から離れなさい!!」
「で、ですが」
「今からここで勇者様、貴方の罪を問います。真相を語らないのでしたら、この獣に貴方を殺させます」
「そんな!?」
「ご安心なさい。貴方を食い殺させた後、私も後を追いますから。それが嫌ならば全て話しなさい!!」
「で、でも……」
「聖女様?」
「衛兵達!! 貴方達は証人になってもらいます。ここで見聞きした事は全て、偽りなく王に私と共に伝えてもらいます。よろしいですね?」
そのまま、精一杯の鋭い目で衛兵達を見ると、モリメは勇者を見てこう言った。
「正直に言えば貴方を命に変えて守ります。さぁ、どうしますか!! 今ここで決めなさい、勇者グーラット!!」
迫られた勇者は、真相を話し始めたのだった。
勇者が真相とやらを話した後、私はモリメという聖女に説得された。
「真実を明らかにする事を約束する。だから、どうか牙を納めてほしい」
と。
その目が真っ直ぐで、アーリアに似ていたから、私は猫に戻った。
その光景を見た衛兵達が驚いていたのを覚えている。
私は、その直後に眠りについた。
これで、あの人の所に逝ける。
そう思ったのに……
「あ、起きましたか?」
起きた時には馬車に乗っていて、モリメの膝の上に私はいた。
私の頭を撫でながら、彼女は話した。
勇者がアーリア殺害を認めた事。
他にも悪事を働いていた事が判明した事。
その事から彼は裁判にかけられる事となったと。
そして私の事は他言無用となったそうだ。
獣の事は、悪事を働いた勇者に天罰を下すべく、女神が放った使いという事にするそうだ。
(……聞いてもいないのによく話す女だ)
そんな事を思う私の頭を撫でる手は、アーリアほどではないが優しかった。
どこに向かっているのか、と思い頭を動かして外を見ようとする。
けれど、ボヤけててよく見えません。
ですが私が外を見たいのを知ったのでしょう。
モリメが教えてくれました。
「貴方がいるべき所に向かっているんです。大丈夫です。心配しないで」
顔を上げ、彼女の顔を見ます。
やはり、ボヤけてよく見えません。
ですが、彼女が微笑んでいるような気がします。
そんな気がしました。
しばらくして馬車は止まりました。
彼女に抱き抱えられたまま、馬車を降りて私は分かりました。
村に帰って来たのです。
アルスと共に過ごした、アーリアが眠る村に。
よく見えません。
ですが、匂いで分かります。
「あ、危ないですよ」
彼女の腕から抜け出し、走り出します。
匂いがするのです。
彼の匂いが。
匂いが道を教えてくれます。
あの温もりへの道が見えます。
あの人と過ごした家への道が見えます。
(行かなきゃ……)
魔獣化しても無くさなかった思い出。
魔獣化しても消えなかった温もり。
私を助けてくれた家の人達が守ってくれた記憶が私を導いてくれる。
匂いがした。
「に、にゃぁぁぁぁっ!!」
「その声……クロミツ!?」
彼の声が聞こえました。
彼の匂いに向かって走ります。
走って、走って、飛びつきます。
「お前……どこ行ってたんだよ」
「んにゃぁ……にゃうにゃ〜う」
ごめんなさい。
心配をかけてごめんなさい。
ただいま、帰りました。
「心配したんだぞ……このバカ」
彼は怒りなが、泣きながら抱きしめてくれました。
「本当にお前ってやつは……おかえり、クロミツ」
私はやっと、家に帰って来たのです。
それから私は村で平穏に過ごしました。
あの祠に行って力を返そうとしました。
声の主さんはもう良いならと言って、私から力を回収していきました。
それから私はほとんど一日中寝るか食べるかだけになりました。
多分、魔獣化の反動です。
目は霞んでしまい、明るいか暗いかを除いてほとんど見えません。
今では鼻と耳が目代わりです。
アルスもそれを理解してくれていて、今では私が過ごしやすいように段差を減らしたりと、私のために部屋の中を変えてくれました。
他にもあります。
「クロミツさ〜ん。こんにちは」
「お、珍しい。起きているな、クロミツ」
「……んにゃ〜ご」
モリメがよく訪ねてくるようになりました。
時々お土産を持って来てくれたりします。
最近ではアルスとモリメは良い仲に思います。
このまま行けばゴールも近いと思いますが、どうやらアルスはまだアーリアの事を想っているみたいです。
そうそうあの勇者ですが、裁判の結果重罪認定されたようで市中引き回しの後に斬首という、重い刑になったらしいです。
私自身の手でトドメをさせなかったのだけが残念に思えます。
他にも魔王軍との戦いですが、魔王に侵略とかそういった意思はなく、今では停戦協議をしているそうです。
魔王はそもそも戦うよりも人と魔族で手を取り合って暮らそうという考え方の人らしく、どうにかして話し合いの場を設けたかったようです。
おかげでこのまま行けば魔王軍との戦争は回避できるそうです。
「ではアルスさん、また来ますね。クロミツさん、またね」
「……なぁう」
それからもモリメは度々家に来ました。
そして……
あれから一年。
私はまだ生きていました。
目はもう明暗しか分かりません。
耳も遠くなりました。
そんな私は今、教会に来ています。
今日はアルスとモリメの結婚式なのです。
村人総出でお祝いするのです。
私は最前列で村長さんの隣に座ってアルス達をお祝いします。
彼等が喜んでいる姿は見えませんが、声がまだ聞こえます。
匂いで喜んでいる事が分かります。
(あぁ、良かった……)
最後に流した涙が、祝福の涙で。
本当に……
(良かった……)
「あれ、村長。クロミツは?」
「クロミツ? ワシの隣に……あり、おらんのぉ」
式の終え、村長の隣にいるはずのクロミツを迎えに行ったアルス。
ですがクロミツの姿はそこにありませんでした。
「クロミツ……またどこかに行っちまったのかな。めでたい日なのに。ごめんモリメ、ちょっと探しに」
「……多分、あそこにいると思います」
「え?」
探しに行こうとするアルスを引き止め、手を引くモリメ。
その行き先は……
「……クロミ、ツ?」
モリメに連れられ、向かった先でアルスは眠るクロミツを見つけました。
「クロミツ……」
日当たりのいいそこで気持ち良さそうに眠るクロミツ。
「クロミツ!!」
そこはお墓でした。
アーリアが眠るお墓で、クロミツは眠っていました。
「どうしたクロミツ!! まさかどこか怪我でも」
「アルスさん……」
思わず起こそうとするアルス。
それをモリメは止めました。
「起こしちゃダメです」
「でも、モリメ」
「だって……こんなに」
モリメに言われてアルスはクロミツの寝顔を見ます。
「こんなに幸せそうなの、邪魔しちゃ、ダメ……ですよ」
モリメに言われてもう一度クロミツの顔を見て、アルスは頷きます。
「そう、だね……」
二人の前で眠るクロミツ。
その姿はまるで、飼い主の腕の中で眠っているように、穏やかな物でした。
気が付いたら私は雲の上にいました。
ここはどうやら死後の世界みたいです。
(んにゃぁ……あれだけの事をしましたし、どんな罰を与えられるやら)
心配しながらも私は歩きます。
後悔はしていませんから。
そんな私を待っていたのは
「クロミツ!!」
「……にゃっ?」
聞き慣れた声。
もう聞けないと思った声。
そして、ずっと聞きたかった声。
(あぁ……貴女は)
彼女は私のそばまで来ると抱き上げてくれました。
それから
「この大バカ者!! あんな事して!!」
「に、にゃぁ……」
私を怒りました。
「あれだけの事をした人はね、いくら勇者でも死後は神様に裁かれるの!! 貴方がする必要はなかったのよ」
「んにゃぁ……」
「本当なら貴方だって……でも、神様がね、事情が事情だし、バカ息子が力を貸したからって特別にって」
「……にゃ?」
「貴方への罰は私からのお説教になりました」
それを聞いて私は目を見開きました。
(あぁ……あぁ……はい。いっぱい。いっぱい叱ってください)
「ふふっ……猫も」
私は気付けば笑っていました。
そんな私を見て、彼女は笑いながら言いました。
「猫も泣くのね」
数年後。
アルスはアーリア達の墓参りに来ていました。
「そっちで、仲良くやっているか? こっちはみんな元気だよ。だから、そっちで仲良くするんだぞ? また、来るね」
そう言って立ち上がるアルスの耳に声が届きます。
「パパ〜」
「こらこら、走っちゃ危ないぞ」
「えへへ〜」
走って来たのは男の子でした。
その後ろから来るのはモリメ。
あれからしばらくして二人の間には男の子が生まれたのです。
「パパ〜、これ誰のお墓なの? パパのお父さん?」
お墓を見て子が尋ねます。
そんな我が子にアルスは教えてあげました。
「ここにはな、パパの大切な家族だった子と、その子の大切な人が眠っているんだ」
「パパの家族? 僕のお兄ちゃん?」
「うーん、ちょっと違うかな。でも近いな」
「うーん、よく分かんない」
「そうだな。今のお前にはまだ難しいな」
「そうね。もう少ししたら、話してあげるわ」
「やったー!! 約束だよ?」
「分かった分かった」
賑やかで温かい家庭。
モリメと共に息子と手を繋ぎ、家路に着くアルス。
その時、そよ風が吹き抜けました。
「……ん?」
「どうかしましたか?」
「……いや、気のせいかな」
かつてその腕に抱いた小さな家族のように、温かくて柔らかい風は、空へと駆け抜けて行きました。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
何度か泣きながら書きました。
書きながら、1話と最終話以外いらなくね? と思いながら書いていましたが、やっぱいるよね……
本編では書きませんでしたが、魔族と人類の戦争は回避されます。
魔王は元々争いを好んでおらず、人が攻めてきたから防衛のために戦う感じの人でした。
今回、勇者が死亡し、切り札を失った王様は魔王に停戦を申し込み、魔王もそれに応じます。
この世界の未来は人類と魔族が手を取り合い、平和に末長く暮らす、勇者がいらない世界になります。
本当はね、クロミツは復讐を終えたら一人静かにアーリアの墓に帰ってきて、次の日に墓参りに来たアルスがその亡骸を見つけるエンドだったんです。
でもそれ書きながら大号泣しちゃいまして……
ちょっとハッピーエンドよりに変更いたしました。
たった5話の短編でしたが、最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。




