大いなる、黄の残滓②
______レベルアップ、現在レベルは15。ステータスポイントを【5】獲得。新たに習得したスキル・魔法は【パリィ+】【防御術(小盾・弱』】【フレイムボール】
お、おぉぉぉぉおおおおおお⁉︎
「お、おわっ、柴っ‼︎……っ、ええぃ‼︎」
無事習得した事を柴鴨thに伝えて、この地獄の修行をさっさと終了させてもらおうかと試みたが、遠くの方で欠伸を漏らしながらぼーっとしてるのが見て取れて諦めた。
恐らくだが、先程から俺か御薬袋さんにしか妖蚕が向かっていかない事を鑑みるに、何かしら【隠密】に似たスキルを使っているのかもしれない。【パパラッチ】内包のスキルではあるが、他にも習得方法はあるだろうしね。
……そういや、柴鴨thのジョブとか聞いてなかったな。聞いたら教えてくれるだろうか。
さておき、修行を自力で終了すべく一角兎の短剣を取り出し、残りの2匹に斬りかかる。今まで散々パリィする為に動きを見切って来たので、2匹倒すのにも労はない。
直上の妖蚕に向かって【レールスライド】し、瞬時に移動した俺を捉えきれていない背後から【ナイトスマッシュ】で一撃。パリィ3.4発で倒せる相手なので、きちんとした装備とスキルを使ったのだから当然だ。
落下しつつ、右側でこれまた唐突に消えた俺を探すようにバタバタと体をあっちこっちに揺らしているもう1匹に向けて、覚えたての【フレイムボール】を発射!
【ファイアボール】より3回りほど巨大な火球が命中し、勿論威力もそれくらいには増しているので、そのまま虹色のエフェクトと共に消滅した……ふぅ、終わったぁ‼︎かいっほぉーう‼︎
「あっ⁉︎こら、はなださんっ‼︎何魔法使ってるっすか、剣も!」
「遅いよ、柴鴨th。終わったんだよ、レベル上がってちゃんとパリィ+覚えたよ」
えー……とジト目で見られるも、事実は事実だ。というか何がおかしいというのだ。褒められる事は有っても怒られることはあるまい。
「ほんとっすかぁ?早くないですか、まだ……こっちで3時間ちょっとっすよ?」
「は?……あー、ホントだな。いやでも知らないって、ホラ!」
証拠としてパリィっぽい動きをするが、当然パリィした時だけ自動で発動するスキルなので、見た目ではわからない。所謂ボケである。ツッコミが欲しいのだが、柴鴨thはおかしいなぁと首をひねるばかりで見てくれていなかった。
そうこうしてるうちに、指示が無くなったからか御薬袋さんも自分から合流して来たようだ。俺達が戦闘体制じゃないのを確認すると、緊張が解けたのかその場に座り込んでしまった。
「もう……はなださん移動するの早過ぎますよ。おこぼれが来るこっちの身にもなってください」
「あぁ、いやごめんごめん。ちょっと夢中になっちゃってさ」
アイツらの縄張りが狭いのが悪い!【レールスライド】や【ダッシュ】は禁止されてなかったから、自由に使っていたし、そうなると直ぐに他の群れに突っ込むことになっていたからな。
確かに、群れに突っ込むたびにパーティーメンバーで、特に隠密系のスキルを使用していない御薬袋さんには、周ってきた数匹を処理するペースよりも早くおこぼれが向かっていたのかもしれないな。
「それっすよ、おこぼれっす!」
「お?どうした?」
「おこぼれが【少ない】気がするっす」
……そうか?
思い返してみても、戦闘中だったからかしっかりとした数は思い出せない。大体1つの群れが4.5匹で……全員向かって来たり、おこぼれが出たりもするが……んー?
「……え、あれで少ないんですか?」
「いや、よくわからない、覚えてない」
「少ない、と思うっす。正直体感なんでアテにはならないかもしれないですけど、普通幾ら前衛後衛で別れても半々か、良くて7:3くらいにヘイトが分かれます」
だろうな。どんなに上手いタンクが居たとしても無限のスキルや耐久、精神力がある訳ではない。この数の連戦ならその位の割合かと、俺も思う。
あれ……そうか、よくよく考えてみたら確かに少なかったかもしれない。御薬袋さんに向かっていくのは決まって1.2匹だ。それも群れと会うたびに毎回ではなかった、筈。
となると……やはり呪胎の影響だろうな。余り劇的ではないけれど、しかし確実にヘイトが俺の方に向いていたという事か。
どちらにせよ、まだ呪胎についてしっかり説明するわけにもいかないし、適当に流しておく。
「まぁー、おかげさまで素早く終われたから俺は大満足だけどね!」
「えぇー……なんか面白くなかったっすねぇ。正直一回くらいデスるかと思ってました」
んなっ⁉︎やだわこの子ったら!人の不幸が美味しいタイプなのかしらっ⁉︎
柴鴨thは退屈そうに欠伸をしながら、森の奥へと歩みを向ける。
「柴鴨thさん、どこ行くんですか?」
「どこって……そりゃあ【瑠璃湖畔】行くんじゃないんすか?」
まぁそうだよね。
◆
「あれがここのエリアボス、【ヴェズル】っす」
柴鴨thが示す先、ドーム状に木の枝や森の何某かの素材を組みあげた空間が広がっている。器用というか、どこがどう噛み合っているのかもよくわからないくらい緻密に組み上げられていて一つの芸術にも思える。
と、いうか。こう、大量に商品が並んだ量販店とかに行くと毎度思うのだが……よく燃えそう。
そしてその空間の上部。天井に近い位置に同じ様に組まれた鳥の巣が一つ。しかし大きさは鳥の巣というには桁外れでトラック一つ位なら難なく入るだろう。
勿論、その中には気持ち良さそうに木々の木漏れ日を浴びながらお昼寝されている青緑色の巨大な鳥さんが一匹。妖蚕が掌二つ位だとしたら、平均的な男性が二人分位か。兎に角大きい。
「寝てますね。また奇襲出来そうですね」
「お、まっ白さんもどんどん思考が戦闘モードになって来てるねー」
「んぇっ⁉︎そ、そんな事ないですよー……ないですよね?」
いやわからん。とりあえず奇襲は採用なので役割を振り分ける。いつも通り、切込隊長は俺で、後ろからバックアップ兼遠距離攻撃役に御薬袋さん。そして今回は柴鴨thもいるし何なら前衛二人で……。
「あ、私は見学でお願いしまっす!」
「は?なんで?」
「そりゃあ、ここでお二人には空中に居る敵に慣れておいてほしいからっすよ」
そうでしょ?とあくまでも俺の事も初心者だと思っている柴鴨th。どうやら本気で手出しする気はないらしく、どの辺に居ようかと上手く気配を隠せる場所を下見していらっしゃる。
すっかり三人で挑む気でいたので出鼻を挫かれた気分だ。なんなら確実に俺達より強い柴鴨thにおんぶに抱っこ……言い方は悪いが寄生さしてもらって手早く瑠璃湖畔に向かうつもりでいた。
「それは……困るぞ柴鴨th。俺達あんまり時間無いしさー」
「時間の事はわかりますけど、これからお二人だけの時もあるっす。そん時に手も足も出ないとなればダメっすから……あ、妖蚕は飛んでますけどノーカウントで。あれは弱すぎっすからね」
まぁあいつらは数でゴリ押すタイプの敵で単体の強さは最弱の部類だし、なんなら数がいてもある程度のレベルからは話にもならない奴らだ。
が、それは置いといて!
「それならそれでいいけど、パーティーは一旦離脱してもらうぞ?ボスのHP増えるし」
「……っあ〜。それは、考えて無かったっすねぇ」
手出し無しで三人分のHPは正直きつい。体感というか、概算で元のボスのHPから2倍ほどにはなる筈だ。二人で1.5倍、三人で2倍。そこから先は更に飛躍的に上昇していく。
これはレイドボス以外でのエリアやダンジョンボスの集団攻略回避の為の運営側の策だ。三人程のパーティーだとそこまで脅威では無いが、四人を越えてくると話は別だ。
二人タンク、一人遠距離攻撃が出来るやつ、もう一人はヒーラーに徹する。それだけで大抵の敵は攻略可能だったりする。
勿論敵毎に特殊な魔法やスキル、行動があったりとそう上手くいかない場合もあるが、大半に通用する以上最適解でも有る。そこを崩すための実質的な人数制限である。
「とは言え、私一人で後から行ったら待機時間とかもめんどくさいですし……仕方ないっすねぇ」
「お!流石!」
「ありがとうございます。私達も頑張りますね!」
確かに待機時間面倒くさいな。このまま三人で続行の様で、作戦を組み直す。
「まぁ大方さっきので大丈夫っす。私は二人の補助に回るので、極力攻撃は避けるっす」
「了解、まぁ柴鴨thが本気で攻撃したら一撃だろうしね」
「まぁ、そうっすかね……あれくらいはねぇ」
各々武器や装備を整えて、再度ヴェズルに向き直る。俺は今回柴鴨thのフォローも有るし、【一角兎の短剣】と【化朽木の小盾】のお手軽セット。御薬袋さんは柴鴨thからのアドバイスで、飛行タイプに当たり難いメイスではなく、テイム用の【三叉の月杖】を装備。こちらの方がINTに補正が入るし、少しの回復の術にもなる。
現状、柴鴨thがどうかは不明だが、俺達二人にはポーション類以外の回復ソースはない。咄嗟にポーションが使用出来ない状況もあるかもしれないし、用心に越した事は無いはずだ。
かく言う柴鴨thは最早ステータスの暴力と言える位にはレベル差がありすぎるので、素手。攻撃はしないが、反射的に手を出してしまった時に大ダメージにならない心配りだ。
「さぁ、じゃあ準備はオッケー?」
「「オッケー!」」
「では一番手、はなだ行ってきまーす」
いってらっしゃーい、と二人からの黄色い声援を受けながらドーム状の巣に侵入する。とりあえず【隠密】を起動。低レベル故、何処まで誤魔化せるかはわからないが、あわよくば寝てる間に一太刀入れておきたい。
別に睡眠状態ではダメージ何倍、のような補正は無いが、無償で【ナイトスマッシュ】が入るのは美味しすぎる。
「うぉぉぉお……おっとと……ぅぉぉぉ」
思わず力を入れながら走っていたが、起こさないように声を潜める。距離は後2.30メートル。走ればもう2.3秒でたどり着くだろう。
ヴェズルに動きはなく、未だスヤスヤ夢の中。そのままお休みよー。
足は緩めず、そろそろ軸足を踏み出す。巣が大体2.3メートルは上部にある為、普通にジャンプした位ではまだ届かない。では如何するか、まぁお得意のヤツですよ。
【レールスライド】を発動し、斜め前方に一瞬で移動する。これでヴェズルを見下ろす体制になった、我ながら良い位置である。間髪入れる間もなく、落下しだすのでこのままでは巣に着地して餌になるのみだ。
「【ナイトスマッシュゥ】‼︎からの、【ダブルスラッシュ】」
スマッシュヒットゥ‼︎ついでにダブルスラッシュを打っといたが、これは正直判定が分からない。ダブルスラッシュの説明文には【直前の斬撃攻撃を、補正値等もそのままもう一撃発生させる】となっている。
が、補正値がそのまま、というか要はナイトスマッシュが二発出たとして、果たして二発目はスニーク下によるものなのか。……普通の携帯端末のゲームなら二発目は不発っぽいけど、このWAOに至ってはシビアだからなぁ。
補正が乗れば儲けもん、くらいかな。打った手ごたえも微妙。そもそも初撃のナイトスマッシュで取り乱していたので、二発目を喰らって怯んだのかどうかも分かりづらい。
兎に角、レールスライド余韻の落下も終わり完全に巣の中に着地した。が、ヴェズルさんはそれどころじゃないくらい、巣の中で大暴れしてらっしゃる。多分、急な攻撃にびっくりしたんだろうな。
しっかり俺を狙っての攻撃じゃないので、逆に避け辛い。思ったより硬そうな翼で巣の端を壊しているかと思ったら、唐突に同じく当たれば大ダメージ必須そうな巨大な尾が眼前に迫る。
咄嗟にしゃがみ、何とか尾は頭上を通過したがそのまま巣の半分ほどを叩き潰した。当然、謎の建築力によって不自然に出来上がっていたベッドスペースは半分形を失う事で崩壊していく。
ええぇ……どうする俺、前か後ろか⁉︎レールスライドは使えない、このまま後ろなら落下ダメージは喰らうだろう。かと言って前……とか言ってる間に足が浮遊感を感じ始める。
のぉぉぉおっ!考えるより行動っ‼︎
咄嗟にヴェズルに飛びつく。なんとか翼や尾には当たらずに背中側の胴体にしがみつく。漸く事態を察したヴェズルが執拗に俺を狙い、つついてこようとするが、自身の身体に近いからか遠慮がちなのでつつく度に片手を離し、ぶら下がる事で回避する。
しかし、決め手にかけるのはこちらも同じ。両手がしがみ付いたり、避けたりするのに必死で結局追加で攻撃出来てはいない……ま、まぁ?しがみついている事で御薬袋さん達へのヘイトは向き辛いだろうし、さ、最低限の仕事はこなせてるさっ‼︎
「だぁぁあ〜……お、まっ白さーん!打ってくださいーぃ」
ヴェズルは器用にも時々俺に啄みを繰り出しながら、ドーム上空を円を描く様に荒々しく飛び回っている。攻撃された苛立ちと焦りで、見た目の優雅さはカケラも感じられない飛び方だ。かくゆう俺も奴の背中で無様なターザンごっこだ。
しかしまぁ、慣性や遠心力やらで引っ張られる引っ張られる。ぐいんぐいん体がゴムの様に延ばされる感覚だ。HPに影響は無いものの、視覚的にキツい。三半規管への補正がある筈なのに酔いそうだ。
とりあえず御薬袋さんに攻撃するように促してみたものの聞こえていないのか、それともこんな有様の俺を見て打ちあぐねているのか……柴鴨thはしっかり気づいて隣で【気配遮断】(隠密ではないらしい)もせずに、ゲラゲラと笑っていやがる。
「くっそ……セルフサービスってね!」
兎に角攻撃しなくては始まらない。短剣を取り出す。最初に飛びついた際に手元から落ちそうなので、一旦しまったのだ。タイミングを見計らい、ターンする際の一番慣性がかかるタイミングで短剣を持つ右手を振りかぶり、そのまま勢いに任せて叩きつける。
短剣は正にぶすり、とヴェズルのザラついた被毛を掻き分け、奥の肉に突き刺さる。ヒットさせる場所を選ぶ余裕は無かったが、左翼の根本に小さいが深い傷を負わせた。
当然ですが、痛いようです。恐らく反射的に左翼を身体に纏わせて身を捩ったヴェズルは、左翼を畳んだことで地上へと向かって行く。with、me。
この場合どうなるんだ。落下ダメージ喰らうの?それともヴェズルからのダメージ扱い?はたまた、俺の攻撃による落下だからノーダメージ?……いいや、わからん!わからんが落ちてる!
「【ウィンド】!」
仕方ないので短剣を引き抜き、ヴェズルの背中から飛び降りる。ヴェズルが先に着地(胴体着陸)し、次いで俺の番だが、ウィンドを真下に放ちワンクッション。
「お、まっ白さん!降りてきましたよ、攻撃攻撃!」
「は、はい‼︎」
ヴェズルは早速体制を整えかけているが、俺は尻餅を着いたような姿勢で情け無くヴェズルと向かい合っている。そんな隣を御薬袋さんの放った【フレイムボール】が通過して、ヴェズルの顔面に直撃した。
俺が妖蚕狩りで【フレイムボール】を習得したのならば、【ファイアボール】主体で妖蚕と戦っていた御薬袋さんも、勿論習得済みだ。決して小さくは無い火球がヴェズルの嘴辺りで弾け、大きな破裂音を撒き散らす。
キエェとかピエェみたいな、甲高い鳥類特有の声で埋めき、ギロリと御薬袋さんを一瞥。漸く、俺以外の存在も認識し、改めて戦闘開始といったところである。
「やった!顔面直撃ですよ!」
「オッケーオッケー、直撃だけど、狙われるから逃げて逃げて!」
ヘイトの事は余り考えていない御薬袋さんは、アワワと目に見えて取り乱しながら俺とヴェズルから距離を取る。まぁお陰で、しっかり立ち直し、姿勢を低くして此方を威嚇するヴェズルと向き合う隙が戴けた。
「ほぅらヴェズルちゃん〜、こっちこっち〜」
元からヘイトを引きやすい【呪胎】の効果と、余程今の変顔おいでおいでが効いたのか、御薬袋さんに睨みを効かしていた視線は此方に向き直り、先程の低い姿勢から唐突に両の脚を俺の眼前に向けて繰り出してきた。
鳥類なので、三本の前側の爪と後ろの一本の爪を持つわけだが、その辺の雀や鳩なんかとスケールが違う。爪一本に至っても長さだけで言っても我々人間の背丈の半分程はある。
「のぅあ⁉︎せ、セーフ‼︎」
ギリギリ、腰を落として回避。【回避】スキル無かったら怪しい判定だったが、勿論一度回避したとて戦いは終わらない。ドロップキックさながらな姿勢の両足蹴りだったというのに、器用に着地したヴェズルは勢いそのままに、助走を付けて飛翔した。
「あ!飛ばれちゃいましたよ‼︎【フレイムボール】!【フレイムボール】!」
ボカンボカンと連続して破裂音が響く。不思議なことに壁や天井に当たったフレイムボールから周囲に引火したりする様な事は無かった。どうなっているのやら。
御薬袋さんが半ばヤケクソというか、慌てて放ったフレイムボールをひょいひょい避けて、すっかり上空で旋回しながら様子見を決め込むヴェズルに、御薬袋さんは悔しそうに唸っていた。
「うぅぅ……ノーコンなんですかね」
「いやノーコンというか、あのスピードで飛ばれるとね」
「そうっすよ。でも飛ばれたらまた落とせばいいんす」
言うが易しっすよ、ってね。
「じゃあ、まっ白さん。俺がヘイト引きつけて攻撃を誘うから、俺に攻撃して来たところを狙ってくれる?」
「わ、わかりましたけど……はなださんに当たっちゃわないですか?」
「……まぁ、当たったとしてもなんとかなるっしょ!あ、ほら、小盾あるからこれで防ぐよ」
ええーと隠す気もないジト目で抗議をしつつも、他に方法も思いつかないのも理解しているのか、ノーコンですからねと念を推して、割とあっさり持ち場についてくれた。
いつの間にか使ったらしい柴鴨thの【気配遮断】もパーティーメンバーには効果が薄いのか、普通に見えるのが、安心してもらえた要素の一つかもしれないけどね。
さて、当のヴェズルさんはというと……おー。何やら上空でホバリングしながら、緑色の球をこさえてらっしゃる。あれは魔法だなー。
「魔法、来るよ!宜しくね」
「り、了解です!」
巻き添えにしない為に二人から距離を取る。まぁ柴鴨thは圧倒的な数値があるし、恐らく直撃したからと言ってもダメージすら喰らわないかもしれないけどね。
ヴェズルの両翼の前に二つの緑色の球体が出来上がる。左翼がダメージを負っているからか、ややそちら側の物が小さな気もするが、誤差だな。
球体は恐らく【ウィンドボール】。まぁ【フレイムボール】とどっこいのランクの風属性版だな。威力はまぁまぁの魔法だが、ヴェズルさんのINTがあれば即死はなくとも大ダメージにはなるかもしれない。そして容易く回避出来そうな【レールスライド】はもう少し使えない。
さぁどうする。
出来上がったのだから、当然待ってはくれない。両翼からウィンドボールが解き放たれ、両方共に俺に向かってそこそこの速さで飛来する。だが一直線だ。これは俺達プレイヤーが放っても同じだが、軌道はそれぞれスキルや魔法毎に固定されている。
【〇〇ボール】などは大方真っ直ぐにしか放てないものだ。二個飛んではきているが、真ん中がガラ空きだから避けるのは容易いだろう。真ん中で立ってりゃいい。
「でも、そうは問屋がおろさないってね」
死語です、いやむしろ古語か。勿論ヴェズルもわざとこんな間隔で放ったのだ。真ん中のど本命のルート、俺の胴体真っしぐらに向かってヴェズルが今日一番のスピードで弾丸の様に突っ込んできている。
あれは多分、不味い。ただの突進ではなく、ヴェズル全体が緑に発光している。恐らく何かしらの強化スキルだ。加えて先に放ったウィンドボールを追い越す勢いでヴェズルが迫って来ている。
タイミングの合わせ方神だな、マジでUIどうなってるんだこのゲーム。このままだとヴェズルを無理に横向きに回避すれば【ウィンドボール】が直撃。【ウィンドボール】を避ける為に更に外側に行く方法は、距離的に難しい。【ダッシュ】では距離が足らず、【アジリティ補助】もあるが速さが足りない。
となると、残された選択肢はこれしか無いわけだな。カモン!ヴェズルちゃん!
少し離れたところから轟音が聞こえる。ヴェズルはもう少しこちら側なのにな、音が遅れてるのか?そんな馬鹿な。
音だけではなく、ヴェズルの巨体が激しく動く事によって起こる空気の乱れも感じる。顔下から胴体にかけて小盾を構える。【無頼】じゃないから、失敗すれば恐らく一撃なのは変わらない。
小盾を構えたところで、ヴェズルは軌道を変えやしない。小盾毎貫いてやろうってか……いいだろう、来い来い、来いよっ‼︎
小盾を装備した腕が少し上下する。これは俺の緊張だ、悪くない、寧ろ思考がクリアになる。
そして小盾がカタカタ鳴る、ヴェズルの瞳が見えた……違うっ!まだっ!
腕に力の感触、ここだっ‼︎
小盾を握る力を一層込めて、更に力の限り腕を振り上げる。
腕かどうかもわからない、全身に激しい衝撃が走って幾らか吹き飛ばされる。結果は如何あれ、まだ最低限の仕事が残っている。
「今だっ‼︎」
吹き飛ばされているので視界は定まらない。力の限り叫んで御薬袋さんに発破をかける。
狙ったのはパリィ。【パリィ+】が成功すればノーダメージで生き残れる。今はこの衝撃がパリィに失敗したからなのか、攻撃の後から来る圧的なものなのかの判別はつかないが、失敗したらもう何秒かすれば虹色エフェクトだ。
そしてヴェズルは恐らく俺の真後ろ位で一旦停止する筈。あの勢いで上空からほぼ45度程の角度で突っ込んできたんだ、幾らボスモンスターとは言えそのまま即上昇出来るとは思えない。
「【フレイムランス】!【フレイムランス】!【フレイムランス】!」
直後【フレイムボール】より大きな、轟音と熱波が背後から襲い掛かり、漸く俺の体も転がり続けるのをやめた。これは、恐らくパリィは成功だ。【フレイムランス】は結局遠距離が必要そうな御薬袋さんに譲った、泥しぃからのあれ一人分だったのよね。
キョロキョロと見渡すと、ヴェズルに直撃した【フレイムランス】のおかげか、その場所に黒煙が立ち込めていた。そうか、地面や土じゃないから砂埃とかではないんだな……じゃない!今だろ!
慌てて立ち上がって足に力を込める。避けただけじゃ終わらない。恐らく御薬袋さん全力の【フレイムランス】×3ではINTや回数が足らず倒しきれない。なら追加で叩く最大のチャンス!
クールダウンし終えた【レールスライド】を使い、斜め前方上空に移動する。コイツはほんと、便利な野郎だぜ。
腹筋に思い切り力を込め、姿勢を下向きに無理矢理向き直す。現実でやれば絶対に背筋とか傷めそうだな、ゲームってすげえ。
勿論ぶつけるは必勝の型。
「【溜め切り】か〜ら〜、【ナイトスマッシュ】っ、ダ、【ダブルスラッシュ】!」
一撃では不安を感じ、急遽【ダブルスラッシュ】も追加する。黒煙で姿は見えないので、どうにか当たる様にど真ん中には放ったものの、当たっていなかったら大惨事だな。ほぼ全ての、攻撃に使えるスキルを使ったので、また短いようで長いクールタイムに入った。
次の此方の攻撃タイミングまで耐え切れる自信がない。元より【フレイムボール】や【フレイムランス】では逃げ回る敵には、中々直撃は難しいだろうし、何より【フレイムランス】は俺達の身の丈に合っていない魔法。御薬袋さんのMPは恐らく先の三発と、それまでのでスッカラカン。
これで倒し切れなければ大分マズい……。【レールスライド】からも着地し、次第に黒煙が晴れる。
「やったか?……あっ⁉︎」
「あっ、はなださん……あちゃー」
おっと、ついうっかり口が滑ってしまった。柴鴨thの静止も間に合わず、口から出た言葉は無事に回収される。
黒煙が晴れ、姿を現したのは多少ボロボロにはなってはいるが、しっかり生きているヴェズル。その鮮やかな緑は如何に消え、全身を煙の煤や血のエフェクトに覆われてはいるが、眼光は更に鋭さを増している。
「マズイ」
慌ててその場から飛び退く。一瞬遅れてそこを派手な風切り音を出しながら、右の翼を傾け此方に迫り来るヴェズルが通過した。恐らく攻撃は威嚇程度だろうが、当たれば痛い。思わず避けた事で俺と御薬袋さんに囲まれていた陣形から抜け出し、またもや空中に離脱していった。
ぎょえ、ぎょえと、余裕等無い鳴き声を漏らしつつ器用に傷めた左翼も動かしている。くそ、どうやって引き摺り下ろす?
「はぁ〜……まぁこれは二人だけなら終わってたでしょうし、サービスっす」
「うひぃ」
ふと、呼吸を感じる程側から柴鴨thの声がした。【気配遮断】を使っていたからか、戦闘に集中すると俺達も姿を見失っていたというか、存在が意識から外れていたのでちょっと驚いて変な声が出た。
柴鴨thが腰に巻いてるベルトに手を当て、滑らかな動作で何かを抜き、ヴェズルに向かって恐ろしく速い速度で投げつけた。
当初より雑な飛行になっていたヴェズルの右翼の根本に見事的中したのは……小さな銀色のナイフ、か?正直遠くてよくわからない。
が、効果は覿面だったようでそのままヴェズルは雄叫びを上げ、地面に激突する。
「ほれ、今っす」
「お、おう」
なんだかなぁ……やはりレベルの差を感じずにはいられないな。しかし折角頂いたチャンスはモノにしないと!
だがしかし、現状打つ手は限られている。落ちたヴェズルはどうやら右翼も上手く動かせなくなったのか、両翼をもがいては苦しそうに呻き、どうしようも無いからか、生物としての緊急事態への対処なのか、滅茶苦茶に暴れ散らかしている。
足を蹴り上げ、身体を倒し、嘴で虚空を噛んだかと思えば【ウィンドボール】を身体の周りに時折出現させて適当な方向に吹っ飛ばしている。
近づいて、普通に攻撃するのは無しだな。一撃は入るだろうが反撃で大ダメージを喰らうのは此方だ。しかし遠距離魔法では……どうだろう。
御薬袋さんが遠距離魔法を使えないのでやるなら直殴りしか無いわけだが、この暴れっぷりを見て恐れをなしたらしく、いつの間にかすっかり姿を顕にした柴鴨thの隣で心配そうにこちらを見つめている。
どうしよっかなー……おぉ……こんな状況じゃないと中々使えないスキルが、一個あるな。失敗したら柴鴨thに泣きつくとして、これにしよう。
距離は10メートル程、ギリギリ適当に放つ【ウィンドボール】が急に飛んできても避けられる距離。真っ直ぐヴェズルを見定めて、短剣をしっかり握る。
使ったのは習得した時に試した一度きり。イメージではなく、しっかり口にして発動させる。
「いくぞっ!【閃光刃】!」
【一角兎の短剣】が鈍色に発光し、刀身から凡そ身の丈ほどはあるであろう大きな衝撃波がこれまた大きな衝撃音を立て、周りの材木等を蹴散らしながらヴェズルへと飛来していく。
正真正銘ありったけだ。【閃光刃】の効果でMPは0に、大方のスキルはまだクールタイム。【レールスライド】や【ダッシュ】なんかの移動系のスキルはMP消費も極小だが、何発か【フレイムボール】は撃った。加えて【ナイトスマッシュ】、【ダブルスラッシュ】は攻撃系のスキルだ。一度使った【ウィンド】などの魔法よりはマシだが、まぁまぁMPを使っていただろうさ。
だがそれでもこれが最善策。衝撃波は見事ヴェズルに直撃し、爆散霧散。
「……勝ったな」
「ええ」
______【妖蚕の路・主 風鷲ヴェズル】の討伐を確認しました。
______ボスエリア攻略報酬として
【魔技能書lv.1】【風鷲の柔羽】【風鷲の鉤爪】【風鷲の翼】【妖蚕団子】、更に次のエリアへのアクセス権を取得。クリアボーナス経験値も付与します。
______ボスエリアの解除を5分後に行います。素材等の回収等、推奨致します。
消費MPは
【魔法】〉【攻撃・防御スキル】〉【移動・補助スキル】のようになっております