大いなる、黄の残滓①
スガナダ大森林のエリア内でも中々の賑わいを誇る町【シルクル】では、瑠璃湖畔とを結ぶ間のエリアである【白糸の路】の【妖蚕】から採れる、【妖蚕の白糸】素材により絹製品が盛んに造られている。
町中は豪奢な装飾が施されたシルクのローブや、治療用の包帯まで様々な絹製品の商店が入り乱れており、ここの観光のためだけに訪れる他地域のプレイヤー達も多く、ホームタウンさながらの賑わいだ。
数多くの店舗や露店が立ち並ぶ中、一際目立つ『ええっ⁉︎た、食べられる妖蚕⁉︎』なんておちゃらけた登りを出す露店。俺じゃなきゃ、見逃しちゃうね。
シルクルでの用事は特に無く、装備やアイテムを整えたら直ぐに隣の白糸の路に向かうつもりだったが、例の露店で物珍しい食べられる妖蚕なるものを購入する事にした。
「……本当に買ったんですね」
「あぁ、どうかな」
「見た目は……すっごい虹色の……揚げ物?」
そう、まぁ妖が付いてるからとは言え、蚕、カイコだからね。食べようと思えば揚げるなり焼くなりは必至なのだろう。
現実でも虫食文化は多々あれど、基本的に虫が超絶苦手な俺は一生縁がないと思っていた。いたのだが!
この露店に群がる人だかりを見て、気にならない奴がいるのだろうか、いや居ない‼︎ゲーム内なら触れる!食える⁉︎
「…………」
「…………」
いや、でもっ、箸が重い‼︎あ、一応簡易的な木製のお椀に、例の虹色の揚げ物がインされており、お箸とお手拭きはお店から頂いた。ゲーム内と言えどお手手もお口もしっかり汚れますからね。
案の定、自分でも予想は出来ていたが初めの一口を齧る勇気がでない。よく観察しだすと虹色で分かりづらいが、しっかり小さなお目目も見えて来て余計プレッシャーが増す。
「……二人とも要らないんなら、いっただきまーすっす‼︎」
突如、背後から何者かが俺の腕の隙間を縫って腕が差し込まれ、お箸を分捕り、虹色の揚げ物を幾つか掻っ攫って行く。
驚いて背後を振り返れば、そこにはつい最近まで一緒にいた、赤い瞳の快活ガール。
「柴鴨th⁉︎何でここに……ってかびっくりするから普通に来てくれよ」
「いやぁ、ウマっ!やっぱり揚げ物は正義っすね……あ、はなださんこないだ大丈夫だったんすか?」
イマイチ会話が噛み合わないな……こないだ?……ってかサラッと蚕食べたな。
「急にログアウトした時のですよ、はなださん」
「ああ、あれな、あれか……まぁ、急に用事を思い出したんだよ。心配かけて悪かったよ」
御薬袋さんに補足されて漸く思い出したが、そう言えば柴鴨thとはあのぶっ倒れた一件以来だったな。
それにしても、本当トリス皇女と一緒にアタノールで活動してる筈の柴鴨thが何でここに。
「柴鴨thさん、何かあったんですか?」
「あぁ、そうそう……お知らせが幾つかあって来ちゃいました。とりあえず別にトリスや子供達に何かあったわけではないので安心して下さい」
「そうか……まぁなら良かった」
「……それ、残り食べないんすか?」
「……食べる?」
あげちゃう。
◆
「要するに、警告っす」
要されると、こうだ。アタノールでセブン・マトンズに頼んでいたフライング・ヒューマン(お手製)の号外が出来上がったので、ばら撒こうかと手っ取り早くアタノールの主要な広場に行ったらば。
号外を売り渡そうと宣伝する子供達にまで、紫電の魔の手が伸びていて、無理にでも聞き出そうとする切羽詰まった向こうの様子を見かけて慌てて逃げて来たと。
「何故そんな必死に探しているのか、本人には聞いてないの?」
「聞けないっすよあんなの‼︎紫電とは何度か会ったこともあるっすけど、アイツ多分私の事も認識してなかったっすよ……隣にいた猫トォイが終始ニヤニヤしてやがったのも気になるけど」
猫トォイは知っているな、アタノールの胡散臭い情報屋だ。しかし……そんなに鬼気迫ってるのか……えぇー?心臓に手を当てても明確な答えは出ないんだな、これが。
柴鴨thの様子を見るに、相当な事なのだろう。それでわざわざ忙しいだろうに、スガナダまで紫電の目を掻い潜りながら渡って来てくれたという事だそうだ。
「多分、今アイツに見つかったらはなださん瞬コロっす」
「瞬コロ……」
「瞬殺、だよ。まっ白さん」
文字通りだろうな、恐らくレベルだけでも10倍以上は差もあるだろうし、動きに反応する事さえ出来ないかもしれない。
逆に言えば、一瞬キルされる事を我慢すればそれでよかろうな気もする。ゲームだしね、PKされた所で予測出来てるなら良い装備やアイテムは御薬袋さんに預けておくから、ドロップしてしまう事もない。
「そんな甘く行くもんっすかねぇ……で、私的には少しでもはなださんの生存率を上げとこうかと思って助けに来たわけっすよ」
「おぉ、それはありがと。でも俺たちこの後予定通り瑠璃湖畔を目指すよ?皇女様との約束までこっちの時間でも丸一日はあるだろ」
一日ほどあれば瑠璃湖畔も大方を回れるはず。そこからは少し値は張るが、お使いクエストや素材などを売ったドンでファストトラベルを使い、アタノールに帰還する予定だ。
ここまでの道中である程度素材は貯まったし、出店までの少しの進歩はあった風に感じる。更に言えば、泥しぃから貰ったスクロールやトゥルーのテイムは思わぬ飛躍とも言える。
「それは構わないっすよ、出来ることをするだけっすからね。今から劇的にはなださんが強くなるとは思えないっすから」
「では、どうするんですか?」
「これっす」
そう言って手渡されたのは片手用の小盾、所謂バックラーだ。小さな鉱石も散りばめられていて、初心者用の木製や革製の適当な物よりは上等に見える。
今まで時折使っていた【化朽木の小盾】もそれなりに使いやすい性能だったが、いかんせん。俺自身が片手空けときたいタイプで、両手が塞がってると落ち着かないんだよね。
「【無頼】と言います。幽鬼ってモンスターの素材とまぁ色々鉱石を足して作ったバックラーなんで、装備して慣れて下さいっす。」
「なんでまた?貴重なんじゃないのか?」
ジャコウモスの素材から作ったナイフを持っていたりと、柴鴨thはもしかしてだけど凄く上位のプレイヤーなんじゃないか?幽鬼というモンスターは知らなかったが、わざわざこれを使えと指定してくるくらいだから、決してその辺にありふれた物ではないのだろう。
早速柴鴨thからアイテムが贈られた、と脳内にアナウンスが入る。開封して良く説明を読めば、成る程。【一度だけ、即死、または致命ダメージを肩代わりする。その際耐久値は0となる】と効果説明が。
「一回死ねるのか」
「そうっす。正確には一度で壊れてしまいますが、致命傷のダメージを肩代わりしてくれる、っすかね。これで不意に襲われて反応出来なくても、一旦凌げる……筈っす」
「……あのー、そんなに勝ち目なさそうに話すくらい、その、紫電さんって方はお強いんですか?」
やや沈黙。
「そらぁ、もう」
「ねぇ、っす。筆舌尽くしがたいっすね……本当に通り名の如くっていうか」
「あっ、紫電って本名ではないんですね」
あっ、そこ?本当天然ちゃんだなー。何処までも初心者な御薬袋さんに、とりあえず事情を説明する。WAO内の各種ランキングやその他諸々。
紫電、もといプレイヤー【ヴィオ】のこれまでの戦闘面や目立った活動などもついでに話しておいた。
「それはまぁ……はなださんに勝ち目は無さそうですね」
「100パーね……で、こんなレアな装備貰っちゃっていいのか?」
初心者に毛が生えた程度でも装備出来るよう、ステータス制限が無いにしても上位帯の素材だし、加工料だってそれなりにするはずだ。幾らこれから共に皇女のボランティアを手伝っていくとはいえ、流石に貰いすぎな気がする。過度な献身は互いの関係性を歪めるから良くないんだよ。
それに多分、一度死を免れても即座に放たれる二撃目で死ぬ。
「……無償が嫌なら、何でもいいんでまた何か欲しいものが手に入ったらくださいっす。単純に、私が紫電を嫌いなだけっすから」
「そうなの?狙われてる俺が言うのもなんだが、紳士的なプレイヤーとして有名じゃないか……個人的な事情ってやつ?」
ファンクラブや紫電に対して献身的なプレイヤーは居れど、アンチは少なかったと記憶している。その数少ないアンチが柴鴨thなのかもしれないのだが。
先程から微妙な顔つきをする柴鴨thからも、まぁ何かしらあるんだろうとは想像がつくが。本人が言いあぐねているようだし、わかったとその場は流し、先を進める。
「じゃあ兎に角、ちょっとでも生存率を上げる為にこれを慣らしながら、瑠璃湖畔を目指すか!」
「ですね!……柴鴨thさんはこのまま帰るんですか?」
「いやいや!まさか、めんどくさいんでこのまま一緒に行きますよ。二人のボス攻略の邪魔はしないんで、付き添いで。ついでにちょっと特訓してあげます」
「了解、まぁ賑やかなのも悪くないね」
虹色の揚げ物?ちゃんと柴鴨thが全部平らげたよ。
◆
バサバサと、重たい布団でも揺らしているかのような低音が頭上から聞こえてくる。まさか本当に布団が吹っ飛んで来たわけでもなく、もっと気味の悪いものだ。
余り変わり映えの無い、見慣れて来た森エリアの一つである【白糸の路】、そこに蔓延るモンスター【妖蚕】。シルクルでは散々みた妖蚕の白糸の生産者だ。大きさは掌二つ分くらいだろうか。羽には眼のような、レンガ色が斑らに色づいた模様を持ち、羽ばたくたびに鱗粉が舞う。
攻撃性が高いのか、白糸の路に入ってからは耐えず襲撃されている。大体4.5匹の集団で襲来し、今回も5匹の群れである。
「ごめんなさい、そっち2匹行ったっすよー」
「ひ、ひぃぃい‼︎【ファイアーボール】【ファイアボール】‼︎」
いいなー、俺ファイアボール禁止されてるからな……おっと左ぃ‼︎
左上、俺より遥か上空から急降下してきた妖蚕は、体当たりがしたいのか、噛みつきたいのかわからないが頭部から身体をぶつけてくる。
ぶつかる寸前、左手に装備している【無頼】で払いのける。腕に衝撃は感じないが、妖蚕の1匹はそのまま後方へ錐揉みしながら墜落していった。よっし。
所謂、パリィだ。
モンスターやNPC、はたまたプレイヤー等のどのような攻撃もタイミング良く弾くことが出来れば……微細なダメージのみ。パリィした装備の耐久値減らない。相手に少しダメージが入る。と3拍子揃ったお得効果が得られる。
そう、このエリアに入ってから俺はずっとこのパリィの訓練を柴鴨thから、強いられているんだっ!
もう何匹目なのかもわからない妖蚕の攻撃をいなしては走り、距離を置いてはパリィを狙う。走って距離を置くと、違う妖蚕の縄張りに入り……のエンドレスコンボだ。
因みに、パリィの訓練中はあくまでもダメージソースはパリィ効果のみ。ファイアボールのみならず、他の魔法や普通に剣で切ってしまう可能性もあるので、剣でのパリィも禁止されている。ので、小盾のパリィでは1匹仕留めるのにも3.4回パリィを成功する必要がある。
「くっそ……きっつ」
「はぁい!ガタガタ言わないっすよー。これが一番効率的なんですから」
あれこれ文句を言う間にもまた新たな群れに突っ込んでしまう。1.2匹倒したら3.4匹増える現象がずっと続いている。
しかもこの妖蚕達、鳴く。けたたましい訳ではないが、その口元についた鋭い牙を歯軋りするように鳴らし、大合唱が始まるのだ。蝉の鳴き声を風流と捉えるならあれだが、その不快感マシマシバージョンだな。
「後ろでカウントしてますけどー、今で25体っす。残り3/4っすよー」
「はぁぁぁあ⁉︎いや絶対50体はいってたろぉ、らぁ‼︎」
口を開いてもマトモに返事をする暇も無く攻撃が飛んでくる……というか口を開くと鱗粉が入りそうでマジ無理。ありえない。
目標100匹だそうだ。パリィで合計100匹のモンスターを倒すことで、次のレベルアップ時に【パリィ+】を習得出来る、のは知っている。
知ってはいたが、一気に取得しようとするのがこれ程厳しいものだとは。普通にプレイしていれば、ちまちまと積み重ねてある程度高レベルになってから取得するであろうスキルなのだ。
「そんなに行ってるわけないっすよ。このスキルあったらワンチャンもう一発耐えれるんですから、頑張ってくださいっすー」
「おまっ、他人事だと思って、さぁっ‼︎」
腹部目掛けて右側から噛みつきに来ていた妖蚕にパリィを入れる。そう、【パリィ+】のスキルが有ればパリィした際のスリップダメージが無くなる。現時点ではパリィしても若干のダメージが入るから、それが紫電のようなプレイヤーからの一撃なら、そのスリップダメージでお陀仏であろう。
それが実質ワンチャンもツーチャンも可能性を生み出すってんだから成る程、確かに魅力的なスキルだ。現時点での取得出来るもので言えば勝るものは無いかもしれない。
「あ、まっ白さん、そっちも行ったっす」
「りょっ、了解です、ファイアボール!」
御薬袋さんは単純に俺から離れた妖蚕を狩る事でレベルアップを計っている。彼女は狙われている様子も無いので、一応次のエリアに向かう準備だけでもしている感じだ。勿論、倒し方は問わない、単純に気持ち悪いから非接触の魔法で倒しているようだった。
「ぐぁぁぁ、いーなーいーなー‼︎」
「つべこべ言わないっす、おかわり来たっすよー」
言葉の通り、今度は斜め右前方からギシギシバサバサと不快な音が木霊する。嫌なお代わりだこと……もうっ、柴鴨thっ、鬼教官‼︎
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