カルテットシンドローム④
眠い……怠い、帰りたい。外はもう夏も近づいてきていて、気温は既にエアコンを付けるか付けないかの瀬戸際位までは上がっている。自宅から会社まで、自転車圏内だラッキーとか思っていたのが運の尽き、暑さで既に汗ばんで下着が身体に張り付くのが気持ち悪い。
仕方がないので、会社近くのコンビニで一番冷えてそうなアイスティーを買って、一気に飲み干す。女子的にどうなのって突っ込まれそうだが、汗ばんだ姿を見られるよりはマシ。
「……はぁ、昼間はダメかな」
中途採用、家近、好待遇。で釣られてみれば、フレキシブル制で出社は自己管理、更には歩合制で給料が決まる(最低ラインはあるけど)と来たもんだ。騙されたにも程がある。
特に出社するのが難しい……お布団から起きれない。まだ入社して10日かそこらだけど、既に3日遅刻どころか欠勤してしまっている。別に会社的には問題無いんだろうけども。
2人1組でチーム分けされたのも面倒くさい。特に同じチームにされた砂塚とかいう柄の悪い不良みたいな人、怖いしこの時代にあんなのがまだ残っているとは思ってなかった。
ずっと機嫌悪いし、そのくせ何かにつけて私の面倒を見ようというか、凄い、俺がいなきゃ感を前面に押し出してくるのが笑える。別に私は一人でもやっていける。
はぁ……その点も毎日憂鬱だ。まだあの……爽やかスマイルな歳上の人なら楽だったのになぁ。
憂鬱さと暑さで自分でもわかるくらいどよんとした空気を纏いながら、自転車を停め、ビルのドアをくぐる。あぁ、涼しい!この、この瞬間だけは大好き!
この涼しさを満喫したいのと、まだ仕事場に行きたくないという細やかな足枷から、私はかなりスピードダウンする。帰り道は勿論とても軽やか。
あぁ、それでも。それでももうすぐで特務課のプレートが見えて来る。やだやだ働きたくないー。
一応、鏡で身嗜みを整える。今日も昨日も勿論明日も、同じ髪型。髪はボサついているが、上手く手入れするコツや良いシャンプーなんかの話を他人から聞くのも耐え難い。まだ、まだ若さがあるから大丈夫、大丈夫。
ドアを開く前に少し精神統一、そして念の為耳を室内に傾ける。願わくば誰も休憩室に居ませんように……本当、なんでロッカー行くのにも仮眠室入るのも、ましてや仕事場であるダイブルームに入るにも必ず、休憩室を通らないと行けない構造にしたのか、問い詰めたい、社長を。
ただ残念ながら私の願いは届かず、中からは賑やかな声が沢山聴こえてくる。……はぁ、最悪。よりによって苦手な奴らが固まってるし。
でもそろそろ仕事しないわけにはいかない、よね。ここまで来て帰るのも勿体ない気がするし、よし、よし、行くぞ、愛美!
「あら、愛美ちゃんじゃない!久しぶりね」
「……お、お。……おはよぅございます、笹部さん」
出たー、妖怪仕切りババア!苦手なこのグループのまとめ役よ、と言わんばかりのこの余裕ぶった態度と、距離感バグってる名前呼び!無理!
「あ!オハヨー愛美ちゃん‼︎ねぇねぇ、愛美ちゃんはどうするの?」
は?何が?相変わらずこの子もヤバめだな……顔が良くて若いから周囲にチヤホヤされて上手く回ってるけど、その幼稚さでこの歳なのは考えものじゃないのか。
「道山さんどうどう。ほら、下野さん怖がっちゃうから……ごめんね、こないだ束内さん達から伝えられてた遠足の事話してたんだ」
この男も苦手だ、というかかなりキツい。よくわからん経歴をしてる癖に、優男面して初日からヤバ女を侍らせていたっけか。そんなに歳も離れてないのに兄貴ムーブしてくるし、ホント腹立つ!
口角が吊り上がりそうになるのをグッと我慢して、なんとか相槌を打つ。遠足とか勝手にしてくれ私は行かない。何が楽しくて仕事の無い時に仕事場の人間に会わないといけないのか。
「それでね、皆が今まで行った遠足とか旅行とかの話で、色々盛り上がってたんです」
お、まだ、まだこの中ではマトモな御薬袋さんじゃないか。彼女は比較的、この中ではマシに見える、まぁでも、お家自慢のお嬢様ごっこも程々にな。今日も良い服着てるなぁ。そのつやっつやの髪、ぷるぷるのお肌、流石です。
「わ、わ、私は……皆さんの行きたいとこ、で、だぃじょうぶれす」
「…………噛んだな、大丈夫か?」
くっそ、こっち見ないでよガリ勉‼︎初日の挨拶から大概学歴厨だった癖に!痛い子痛い子飛んでけー‼︎
ダメだ、みるみる体温が高くなる、何汗なのかもわからない液が色んなところから滲み出ているのがわかる。絶対顔も真っ赤だ、あーもーやだやだやだ。
「あ……ちが!あ、の、その…」
「何がだ?だ、大丈夫か?真っ赤だぞ、顔」
五月蝿い!自分が一番わかってるんだってば!いつもこう、自分達のペースで物事進めやがって、ちょっとこっちが失敗したら笑いものだ。
ぐっ……悔しい。頭の中はこんなに回転してるのに、舌は全く言うことを聞かない。それどころか嗚咽をあげそうになって、身体に力を込めると今度は目頭まで熱くなってきた。
もうダメかなぁとか、あーまた勝手にどん引かれてネタにされるなぁとか走馬灯みたいに思っていたら、ガチャ!っと勢い良く仮眠室のドアが開く。
「……お前らがやがやがやがやうっせえんだよ」
休憩室の皆に、いつもの吊り上がった目付きからの睨みを利かすと、眠そうな欠伸一つ溢してズンズン肩で風を切りながらこっちに向かってくる……ひぃぃ、こ、怖い。
「おら‼︎行くぞ」
「ひ、ひゃい」
「あ、砂塚くん‼︎待って。下野さんが嫌がってるじゃないか!」
もうダイブルームに入る手前、砂塚は超怖いけどあの場の危機はお陰様で脱出できたかなーとか、引きずられながらぼんやり考えていたら、TO大卒こと御方くんが後ろから追いかけて来た。い、要らぬお節介だ、帰ってよー。
「あ、あの、あ、えと……ぇう」
「ほら、な、無理矢理は可哀想じゃないか」
「……可哀想なのはお前らの頭だよ、ちったぁ他人の事も考えやがれ!ほら、お前も早く入れよ」
ドアを開け、顎で先を促される。なんだこれ、レディーファーストか?そんな顔してエスコート気取りって。……くそ、砂塚顔だけは良いからな、顔だけは。
多分色んな理由で真っ赤になって硬直している私を他所に、涼しげというか気怠げな顔の砂塚はさっさと自分のダイブ機の方に行ってしまう。
私のは隣なので側を通り越し、隣のダイブ機に入る。チラッと見たけどもう既にダイブ用の端末被ってたな。本当、よく分からないな、この不良。
「……なぁ」
「うぴ!は、はぃ?」
なんだ、まだダイブしてなかったのか紛らわしいな。思わず変な声出ちゃったじゃないか。
「ちょっと向こうでアイテムとか整理してるからよ、落ち着いてから来いよ。それ被ってたら誰も話しかけてこないだろ」
「……ぅん」
「じゃあな、お先」
そう言って彼は静かになった、恐らく本当にダイブしたのだろう。……あー、もう。
言う通りちょっとこの頭の熱を冷ましていかないと不味い。なんだってんだ、私チョロすぎか?いや、私は耐性がないだけ。だけだから。
だけだ、よね?




