直往邁進①
「どう思いますか、識守くんは」
「うーん……俺は、賛成。参加かな」
俺と御薬袋さんは現在、休憩室にて先程束内さん達から渡されたお手製のパンフレットを見つめている。というか、この電子の時代に紙のお手製って、逆に気合を感じる。
【特務課新歓遠足】と書かれているが、そもそもするかどうか、行くならどこがいいか、みたいな要はアンケートである。最近、というか一昔前から会社での飲み会や、こういうイベント毎は遠慮する若者が多くなってきたので、その配慮なんだろう。
個人的には、全然このメンバーでなら苦痛じゃないし、むしろこんな機会でもないと行かない場所に行ってみたい。御薬袋さんも悩んではいるが、概ね賛成のようだ。
「でもまだ、特務課だけで良かったです。これが会社で、って事なら私は不参加でしたね」
「わかる、知らない部署の人とかの顔色伺いながら行く遊びとか何も楽しくないし」
知らない部署の誰々さんだよー、とか挨拶周りとかホント、悪しき文化だと思うよ。しかもプライベートな時間なわけだしね、休日だから。
という事で二人共参加になったわけだが、参加不参加の有無を選ぶ隣に、行きたい場所・したい事を記入する欄もある。どうしたものか……。
「御薬袋さんは、ここどうする?」
「えーと……旅行、とかは、無難ですねぇ」
「だよね、まぁ温泉とかでも最近行ってないからいいんだけどさ」
流石に実家も出て、一人暮らしのこの身で単身旅行に行く気にもなれなかった。ましてやこの間までは塞ぎ込んでいたのだから尚更だ。
最後に旅行に行った記憶は確か中学生くらいだったかなぁ……家族で三重県の鳥羽まで行って、鳥羽ザウルスとか名付けられた首長竜の化石を見たのが記憶に残っている。確かあの化石に見入って動かなくなっちゃった俺は怒られながら、引っ張られていったっけな。
「個人的には旅行というよりは、色々してみたい事はあります」
「例えば?」
「スキューバとか、山登りとか」
「アクティブゥ、泳げるの?」
「いえ、先ずはそこからかと」
気が長いな!今から練習ではちょっと間に合わない気がするなぁ。でもそういう事なら俺も……。
「どこか、有名な動物園に行きたいなぁ」
「動物園なら、今は行かなくてもライブ中継とか、AR空間で再現したり、ありますよ?」
「それを言い出したらスキューバとかもVRであるから……あの、動物園独特の匂いが好きなんだよ。動物の生活臭というか、牧草の匂いというか」
「えぇー……それは私も分かりますけど、なんか言い方的にちょっと抵抗ありますね」
俺の生活臭大好き発言にちょっと身構えた御薬袋さん。のんびり二人で話し込んでいるが、ただ今休憩室には他に誰もいない。次の面談は鳥野内・道山さんのペアで面談中だし、他数名はダイブ中だ。
時刻は昼の2時過ぎた頃。もう直に俺達もダイブして、少し働いてから帰る予定だ。今日は面談が昼に有ったからそこから出勤という、我ながら何という贅沢な出勤だろうか。
「まぁ、とりあえず色々考えておこう、お互いにさ。他の皆はどれくらい来るかなー」
「愉子ちゃんは確定で来ますよ。で、多分鳥野内くんも来ますね、連れられて」
わかる、なんか最初は嫌がってそうだけどあの道山さんの勢いに引き摺られて来そうだ。
「多分、御方くんも来るな。寂しがりだからな、彼」
「じゃあ、一緒に笹部さんも来ますかねぇ」
「どうだろう、何するかにもよるかもね」
それもそうかと、取り止めの無い話も終わりにしてダイブルームに向かう。御薬袋さんは最近ダイブ中に冷える、との事で仮眠室からブランケットを一枚拝借して来ていた。
ダイブ中、尿意やらのアラームもそうだが、体温やその他呼吸数等の異常があった場合も視界に警告の表示が出る。異常がない場合でも、バイタルの項目をイメージすればどんなダイブをしていたとしても確認可能だ。
空百合のダイブルームは冷暖房完備だが、いかんせんダイブ機が何台も並んでいる為、室温は上がりやすい。だから比較的冷房強めで稼働しているのだ。脳以外目立った動きをしなくなるダイブ中は、体温も下がりやすいのだろう。
ブランケットも装着し終わり、お互いアイコンタクトでダイブする。俺は今度から首固定するやつ持って来ておこうかな、最近ダイブ時間が長いからか首こりが酷い。
視界が真っ白に染まり、ゲームスタート。
◆
「でりゃあああ!」
ばちこーん!と派手な音が鳴り、兎さんは砕け散る。はい、今日も今日とて兎狩りです。まぁ道中であってメインの目的では無いんだけど、レベリングがてらね。
束内さん達が言う【何かこの世界に進展を】という仕事内容に対して、全く当てがない俺達は、当面の間は真っ当にプレイしてグランドクエスト関連で進めて行く事に決定した。
そんなわけで、いつまでもアタノールの周りで初心者マップを彷徨くのも忍びない。一旦隣町まで出向く事にする。町や村、国なんかまでたどり着ければ、費用は掛かるがファストトラベルの対象となり、移動がし易くなるのだ。
だがこのゲーム、マップ毎にもそうだがマップとマップの境目にも、要所要所にボス級モンスターが配置されていて、そのモンスターを倒す事で次のマップに行く事が出来る。因みに、脇道とかボスが出現してからダッシュで通り抜けようとしても、見えない壁に阻まれるぞ(勿論、初回通過時のみ)。
「お見事、大分戦いなれたかな?」
「そうですね……ちょっと可哀想な気はしますが、頑張って割り切ってはいます。でもまだホーンラビットしか倒してませんからなんとも……」
「だねぇ、ボスも控えてるしもうちょっと闘い慣れしたいところだね。まっ白さん戦闘用スキルはどんな感じ?」
「えっと……【メイスLv1】【溜め殴りLv1】後は【兜割りLv1】です」
メイスだったり、俺の片手剣スキルもそうだが、武器名称のスキルは熟練度みたいなもので、使用の際に少しATKやクリティカル率にプラスされるのと武器そのものが扱い易くなる。軽くなったり、妙に手に馴染んだりね。
溜め系は隙が大きいが、殴る直前のモーションで一時停止し、力を溜めて大ダメージを与えるスキル。兜割りは使用して、頭部付近にヒットした場合に敵のDEXを下げる効果がある。
どれもオードソックスだが、逆に言えば必須ともいえるスキルだ。戦闘初心者であれば上出来とも取れる。スキルの取得はハクトちゃんみたいなNPCに教わったり、スキルブックを読んで会得するような特殊な条件でもない限りは、基本的にはレベルが上がった際にその間で培ったスキルを取得する。
要はどれだけメイスを振って練習しても、レベルを上げない限りはスキルを取得したり、スキルのレベルが上がることはないのだ。
「よっし、じゃあ兎は卒業してちょっと先進もうか」
「え、まぁいいですけど……結局どこに向かうんですか?」
「さっき話した、ファストトラベルの地点を広げるために、隣町の【ニャート】に向かうよ。初心者用マップで、大したものはないんだけれど、とりあえず初ボスも経験しておこうかとね」
「可愛い響きですね、ニャート、にゃあ」
そんな貴方が可愛いんですってば。破壊力に負けないように顔を振りつつ、足取りをニャートの方に向ける。今日も今日とてミアンの森は薄暗く、色んなモンスターの鳴き声が響き渡って不気味だ。
ニャートに向かう、つまりは森の奥に進む事になるが、多少小慣れたのか今のところは御薬袋さんも大丈夫そうだった。足取りも普通で、取り止めのない事を話しながら歩けている。
「ニャートに着くまでに一つ、セーフゾーンがあるんだ。結構大きめの泉なんだけどね、そこで休憩がてら集まった素材を錬金しちゃおう」
「了解です、モンスターは兎ちゃん以外にどんなのが出てくるんですか?」
「確か……木に化けるモンスターの【トレントス】、中型犬位の凶暴な狼【ミニウルフ】、一応ボスも教えとくけど、ボスは【ハイゴブリン】の群れだよ」
「なんか……凄そうなラインナップですね」
「まさか、今日ボスまで行くわけじゃないから安心してよ。少しレベルを上げてからじゃないとね……今日はミニウルフを狩れれば上出来かな」
そう、急にラインナップが変わるのだ。そしてこの初期のスポーンする拠点から出発して、初めて遭遇するボスモンスターは、どの拠点、どの方向を選んでも必ず同じ【人型】となる。今回俺達はゴブリンがそれに当たるわけだが。
人型モンスターというのは、今まで相手にした獣型とは訳が違う。攻撃や防御、回避の仕方も理性的であり、且つこちらは人型のものに対して攻撃する躊躇いがある。初心者はこの人型に攻撃するという躊躇いを乗り越えるのが、初めの第一歩となる。
勿論俺も別に慣れた訳ではない。まだ人型を相手にした後はなんとも言えない気持ちになる。それに、勝てればの話をしがちだが、もし向こうの方が強ければ人型のものに襲われる事になるのだ。普通にトラウマになるプレイヤーも少なくはない。
「おっと、ほらまっ白さん、わかるかい?奥の右手の木」
「右手の木……あれ、ですか?」
「そう、あの木。あの木の上、わかる?」
「上……リンゴ?みたいな、果物が見えます」
「そう、あれがトレントスを見分ける方法。トレントスはその体の上部に、他の動植物やモンスターを誘き寄せる擬似餌を付けるんだ」
そして、その擬似餌を食べに来た奴らをパクリ。文字通り飲み込むのだ。飲み込んだ奴らは養分にでもされるのかなぁ……あの実って……考えるのはよそうか。
御薬袋さんはそこまでは考え無かったようで、とりあえずいつでも戦闘出来る様にメイスを取り出している。俺も同じように白雲を腰の鞘から取り出しておく。
「ちょっと待ってね、周りだけ見るよ」
飛び出す前に周囲のチェックチェック。幸い便利な魔眼がありますので、周りをぐるっと一周見渡すが近くに反応は無し。酔ってしまう前に眼帯を付け直し、いよいよトレントスに向き直る。
「1.2.3で行こう。とりあえず二人で全力の一撃をお見舞いする。後は多分両脇の枝を伸ばしたり振ったりして攻撃するか、どっちか近いプレイヤーに噛みつきに来るから、頑張って避ける練習もしよう」
「は、はい……ち、ちょっと怖くなって来ました」
「大丈夫さ、まっ白さんは既にホーンラビットも乗り越えたし、なんならこのマップもこんなに奥まで来れたんだから!俺も側にいるしね」
「ま、まぁ、モノは言いよう、ですね……仕事ですから、頑張らないと!」
自分でも喝を入れ直したようで、先程より更に真剣な顔つきになる。もう雑談は終わりにして、そろそろ行こうか。ハンドサインで指を立ててカウントする。距離は走って10歩くらい、飛び出せば気づかれる前に一撃入るだろう。……1.2.3!
正面にトレントスを見据えた俺達は左右に分かれて飛び出していく。左目を隠している分、左が死角になるので、俺が左担当。御薬袋さんは右側からだ。
トレントスまで2.3歩、という所で踏みとどまり更に足を踏み込む。気づかれてるかどうかわからないけども、一撃は入れておきましょう。頭の中で【ナイトスマッシュ】をイメージ。
発動、白雲の刀身が炭が水に溶け出すように、流動的に正反対の黒に染まる。そして一撃。トレントスの腕代わりである左側の太い枝が、やや体側まで抉って切り落とされる。
一拍遅れて御薬袋さんが右手側に飛びかかる。2歩手前位で飛び上がり、大きく振り上げたメイスが鈍色に煌めく。先程まで戦闘していた兎達はある意味、的が小さく狙いづらかったが、トレントスは最悪目をつぶっていても当たるだろう。今回もクリーンヒット、右側の枝はあらぬ方向にひしゃげ、トレントス自体にも【兜割り】のデバフがかかる。
「はなださん!この後は?」
「んー?適当に、攻撃かなー?」
まだ戦闘態勢でいつでも飛びかかって行けるぜ!な御薬袋さんを裏腹に、俺はすっかり態勢を解き、取り敢えずのんびりトレントスを眺めている。
それもその筈、実はこのトレントスというモンスター、根っこは固定されていて動けない。更に枝は再生したりしない、つまり両枝を失った奴は手も足も、失ったも同義。今目の前にいるトレントスは最早正面に噛み付く以外、なんの攻撃手段も保たないのだ。正直初撃で両腕持っていけるとは思ってなかった。
「まっ白さん、こいつもう攻撃手段殆どないからそんなに構えなくて大丈夫だよ。最後の2.3発で技の練習をしたらいいよ」
「え、そうなんですか?」
現にトレントスは睨みこそすれ、動く事は殆どなく、たまにモゾモゾと幹の部分をくねらすだけだ。元々の攻撃手段も両枝でぶん殴る、噛み付くしか無い。よくあるバトル漫画とかの木のモンスターや敵のように、一点集中した枝の先端を、敵に突き刺しはしない。
もうその時点で元から大した事はないのだが、そこは初心者マップなんで仕方ないよ。トレントス君には申し訳ないが、御薬袋さんの練習台になってもらおう。
「では……失礼しまっす!!」
力の入ったメイスのぶん殴りがトレントスの横っ腹にヒットする。木のモンスターなので出血のエフェクトなんかはないが、幹にはヒビが入る。唸るような声は上げるが、特にモーションはない。
続け様に2発ぶん殴るとトレントスは虹のエフェクトを撒き散らし、消えて行った。ふぅ、これで一体目。
「や、やりましたね、はなださん……意外といけるのでは」
「そうだね、大分慣れて来てると思うし、次は最初の攻撃から一人でやってみようか」
「一人……ということはどう頑張っても片腕は残るって事ですね」
「そう、兎達より範囲の広い攻撃が来るから、避ける練習だね。スピードは遅めだから目を瞑らなければ大丈夫だよ」
「ドキドキしてきますね」
おっふ……なんちゅう天使力。そんなん可愛いすぎますよ。あまり直視しないように心がけて、リンゴ探すのは面倒臭いので、またも左目を解放。辺りを見渡して……いたいた。都合良くまた一体で佇んでいる。
御薬袋さんを連れてささっと移動する。ちょっと分かってきたのだが、目的地が分かっていて、ちょっとずつ奥に進む分にはあまり怖がらず着いてきてくれる。これがざっくりあっちの方行こう!とかだと怖くなってしまうようだ、難しい。
「じゃあ、何かあったら飛び出していくから、頑張ってみて」
「は、はい!……では、行ってきます!」
「いってらっしゃいー」
そうして、しばらくの間真っ暗な森の中からバキバキと木材が破損するような轟音と、時折黄色い悲鳴が木霊していたという……。




