超、ちょう?①
「おう、マジか」
時刻は10時過ぎ、場所は会社のダイブルーム。待ち合わせの時間前にはとっくに到着してる御薬袋さんが、珍しく来てないと思ったらメッセージが。
【ウチの母が昨日私の家に来てまして、朝一緒に出るはずだったんですが、ちょっと食事も一緒に摂りたいとのことで……すみません、昼間には行きます】とのこと。
自己紹介の時もチラッと言ってたけど、御薬袋さん良いとこのお嬢様なんだよな……お母様も厳しいというか、そう言う方なのだろうか。まぁ一緒に食事に行く位なんだから仲は大丈夫でしょうが。
幸い、このダイブルームには俺達特務課用にと、色々ダイブ機以外にも設備を整えてくれている。その中に家庭用の冷蔵庫も有ったので、そこに昨日作ったお手製のガトーショコラは入れておいた。
さて、じゃあお昼まではお一人さんかなー。ダイブルームには先に笹部さんと御方君が出勤していて、二人共既にWAO内だ。話す事も出来ないし、俺もとりあえずダイブしてみることにする。
荷物を自分用のロッカーに仕舞い、御薬袋さんに先にダイブするとメッセージを送って、準備完了!いざWAO……とか思っていると。
「あ、識守くん。入社ぶりだねぇ、おはようございます」
特務課のクマさんこと、植原さんがドアからヒョコっと顔を覗かせた。やはり大きい。俺も一般的な成人男性位は身長あるつもりだがら、植原さん2メートル近いのでは?
顔だけひょっこりしたのには理由が有ったようで、後から現れた両手には盛り沢山の袋がぶら下がっていた。
「あ、植原さん。おはようございます、持ちますよ!」
「ありがとう、じゃあ半分こで。これ皆さんに差し入れです、冷蔵庫あるけどすっからかんだったでしょう」
渡された袋には各種飲料からアイスだったり、冷凍のワンプレート食品だったりが詰められていた。確かに、ダイブ中は脳が活性化して極度の集中状態に入りやすい。帰ってくるとお腹ぺこぺこな時も多い。
「や、此方こそありがとうございます!すごい助かります」
「皆さん色んな世代から選ばせてもらったから、逆に好みがよく分からなくて……こんな量になっちゃいました」
てへっと顔、というか体格の割に可愛らしい仕草をしなさるもんで、キュンですよ。これは、これはマダムにキラーなんじゃないでしょうか。
「あれ?」
「はい?」
「チョコレートケーキがある……」
あぁ、ガトーショコラ……ん?すごい含みある言い方だったけどもしかして……。
「あー、ガトーショコラなんですけど、食べます?」
「……いいの?」
「勿論、俺が作ったので良ければ」
量的には昨日大きめのワンホール作って、自分用に1/4カット確保したから、まだまだ有る。それよりこんなキラキラした目で見られたら嬉しいしね。
「え、識守くんお菓子作れるの?」
「お店程では無いですが、たまに」
「識守くん……お菓子作れる人はね、神だよ」
私が神だ……神か。いや、よっぽど好きなんですね、分かりますけれど。俺も行きつけの美味いケーキ屋のパティシエさんは神だと思っている。ちょっと真剣に言ってそうな雰囲気もあるし、早く食べたそうだったので取り出して、持参したケーキ用ナイフで1/8くらいに切り取る。ガトーショコラはまだまだある。
「どうぞ」
「ありがとう、そう言えば、引き止めちゃったかい?ダイブするところだったんじゃない?」
頂きますと、ご丁寧に手を合わせてから頬張る植原さん。ウチの会社色んな意味で可愛い人多すぎないか。
「まぁ、今日は相方の御薬袋さんも午前中は用事みたいなんで。ゆっくりで大丈夫なんです」
「そっか、それにしても……本当に美味しいね!すごいよ識守くん!」
手を取ってブンブン振られる。そこまで上げられると照れる、というかプレッシャーが……。でも喜んでもらえるのは、とても嬉しい。
「ありがとうございます、趣味の延長みたいなもんですけどね。また気が向いたら作って来ますね」
「その時は是非呼んでね、あれなら材料費とか出すから!」
そ、そこまでしなくても。そこまでするならプロから買ってもらってくださいと、程々にして頂くよう念を推し、植原さんはご馳走様〜と手を振りながら去っていった。きっとこんなとこで時間潰してる場合では無い御方なんだろうなぁ。
さって!では、思わぬ事もありましたが、久々にソロプレイと洒落込みますか。
◆
ダイブ後の真っ白な視界から、段々と最近見慣れて来た天井が浮かび上がってくる。アタノールのいつもの宿だ。一緒にログアウトしたので、隣では御薬袋さんが静かに横たわっている。これいつも死んでるみたいで怖いんだよなぁ。
しばらく一人だろうし、とりあえず受付で延泊することを伝えて表に出る。何をしようか、悶々と考えるより街をぶらつく方が良いだろうと思ったからだ。
ぶーらぶーら歩く。そう言えばスキルやアイテム以外には【パパラッチ】のバフは判定あるのだろうか……例えば珍しい建物・場所なんかも?
先日4人で集まって撮った写真では、ミューゼスの街中やムルテン雲海は反応しなかった。珍しい場所とかなら反応あるかなー……そういや一つだけ、この近くで心当たりがある。
俺達が兎狩りをした【ミアンの森】。その中央エリアからややアタノール寄りの場所に、隠しマップである【迷いの森】が存在する。攻略組の一人が偶然迷い込み、調査の末に公表されたので、BBSとか各種情報ツールを持っているなら大概皆知っているレアだけど、レアじゃない場所。
なんなら公表されたのを逆手に、公式が【このように、特別な場所やアイテム、モンスター等様々な場所が隠されています】なんて、良いように宣伝に使ったので沢山の人が知っている秘密の場所とか言う、身も蓋もない場所だ。
そこなら或いは……。バフが場所にも反応するのか見る良いチャンスだな。行き先決定!この前御薬袋さんと通った門からまた出発と行きますか。
その前にと、門の近くにある屋台からアタノールの名物【ダークマター揚げ】を3個購入。なんでも、アタノールのお抱え研究者達が【錬金術】の習得に向けて実験しまくって出た、よく分からない物体、の揚げ物らしい。
味や食感なんかはランダムで、素材も毎回違う。そう素材だ。食材とは限らない。ささくれ立った木の塊に蜘蛛の巣を絡めて揚げたものや、明らかにハンガーの形状をした、揚がった真っ黒な何か等、簡易闇鍋みたいなもんである……簡易か?
一応これも撮ってみるがやはりレア物でも無いし、反応無し。分かってはいたし、直ぐには食べず取っておく。これは【迷いの森】で使用するものだ。
そしていざ、門番に別れを告げて出発。一人旅だし、複数体のモンスターに囲まれないようにだけ気をつけて、サクサクと進んで行く。御薬袋さんと兎狩りをした所よりもやや奥にあるので、モンスターや風景も多少様変わりする。
猿型モンスター【レイチョウタン】、備長炭ではない。小型の猿よりやや大きいが、オランウータンなんかよりは小さい、体毛が赤茶色のでクリクリ大きいお目目、まんま猿だ。だがしかし、そこはモンスター、猿との違いもある。それは……
「おで、おで、おでおで?おでか、か、おでかけです?ですかー‼︎」
「う、うわぁぁあ‼︎」
拙い人語を話す事、しかも唐突に暗闇から来るから怖い。怖すぎて反射的に片手剣を横凪に振るうと、レイチョウタンは虹のエフェクトになり消えていった。
そう、レイチョウタンはとても弱い。何だったら初期ステータスの素手で殴っても、2.3発で倒せるはずだ。なんなら兎より攻撃力も低い分、更に初心者向けな気はするが、何せ登場の仕方も怖いし、群れてるから沢山来て尚怖い。
分かってて足を踏み入れた俺も、やはり挙げちゃうね、悲鳴。なんて言うかな……和製ホラーは我慢出来ても、欧米なんかの勢いで押してくるびっくりホラーは苦手なんだよなぁ。
これがあるので森のこちら側には御薬袋さんを連れて来るのは不可能だと思っているし、無理に連れて来て怖がらせなくても良いでしょう。ゲームは楽しまないとな。
ということでソロプレイ時に来れて良かった良かった。その後も時折悲鳴を挙げながら猿を屠りつつ、ズンズン森を進んで行く。方角は合っているからもうじきに……あ、あった。目印の小さな湧水だ。
この湧水の溜まる岩場の真裏から、直進すると【迷いの森】に入場出来る。中では良くあるループマップになっていて、敵も出現しない。攻略されまくっててループも直ぐ解けるだろうから、ご褒美のアイテムを回収するのと写真撮影したらパパっと帰ろう。
ぱっと見では絶対分からない、境界線である三つ連なった鬼灯の様な植物の前を通り、いざ入森。一歩足を踏み入れた途端に急に今まで鳥の鳴き声の様に聞こえていた、レイチョウタンの鳴き声や、風の音等がピタリと止まる。
自分の呼吸がこんなにも大きな音だったかと思っていたその時、頭上から確かに聞こえた足音……頭上?頭上って木じゃ……は?
見上げた先には2.3メートル位の木。その内の太い枝の一本の先の虚空に、此方を睨みつける様な目つきで見下ろす藍色の鳥人間が浮かんでいる。背格好や装備こそ人間のようだが、装備の隙間から覗く体毛、というか羽や、鷹の頭頂部が尖った様な頭の形をした顔。暗闇に光る金色の瞳は人間でない事を隠そうともしているようではなかった。
「ど、どちら様ですか⁉︎も、もしかして先にここ入ってた方?」
「…………」
慌てて話しかけてみるが、相変わらず睨みつけるだけで応答なし。なんだこいつ、プレイヤーなのか?いやでも、流石に話しかけられたら返事くらいしそう、だよな。
「あぁ、じゃあまぁ、先行きますね。どもっす」
「……ちっ」
え、舌打ち?今舌打ちされた?てか鳥って舌打ちできんのか、知らんけど。明らかに苛立った様な表情のそいつは、立っていた虚空から跳び、俺の目の前に着地する。どういった仕組みなのかは分からないが、確かにあの空中で足場から跳んだような跳躍の仕方だった。
そして相対すると実感したが、思ったよりデカい。嘴は眼光と同じくらい鋭く、咥えられたら最後、ねじ切られてしまいそうだ。その凶器にもなろう嘴から、低めの、気怠そうな声が漏れる。
「おめぇが……はなだ、だな」
「あ、えーと……どっかでお会いしましたっけ?あはは……は」
いやまぁ、はなだなんですけど。




