蒼穹の審判 -後編-
―ニュージョージア諸島―
一〇〇〇
出撃時に零戦を引き抜かれ、護衛なしで出撃したブインの第二次攻撃隊を待ち受けていたのは、自編隊を上回るほどの迎撃機であった。
---戦果ゼロ。
レンドバの米艦隊へ辿り着くことすら許されず、ブイン第二次攻撃隊はソロモンの青い海へと一方的に引き裂かれた。直衛を欠いた双発の大型機は、太陽を背に降下してくる米戦闘機群にとって、格好の標的に過ぎなかった。次々と束となった十二・七ミリ重機関銃の弾幕が攻撃隊を包み、空中四散させた。
―ショートランド周辺海域―
一〇一〇
ショートランド海域から撤退する第一航空戦隊は、先の攻撃で翔鶴の飛行甲板が損壊し離着陸は不能となっていた。一方の瑞鶴は無傷で、次の攻撃に備え、可能な限り直衛機を出せるよう整備を続けた。
やがて、第二次攻撃隊から引き抜かれた零戦隊は艦隊の上空へと到達した。ほぼ同時刻に米攻撃隊が第一航空戦隊を捉えた。興味深いことに米軍機の中には対潜用の爆雷を積んだ機体まで混じっていた。攻撃に投入できる武装を総動員しているのが見て取れる。
幸いこの時艦隊上空にスコールが現れた。瑞鶴は護衛艦の弾幕とスコールに身を隠すことに成功した。しかし攻撃回避のため翔鶴は逆方向に航路を進めた。隠れられず黒煙を上げる翔鶴は格好の狙いとなった。護衛機の数で勝る日本機は優勢に迎撃を進めたが、この攻撃で翔鶴がさらに甲板に一発、至近弾一発を受けた。
続けてもう一波が来たが直衛隊が早期の索敵に成功したため、効率的な迎撃を実施でき損害を受けなかった。米軍機の追撃はここで終わった。
―ブイン基地 ―
一二〇〇
状況報告を聞けば、航空機による戦艦攻撃は中止せざるを得なかった。正確には、もはや攻撃する牙を失っていた。草鹿中将は執念で残存機を集め、攻撃隊を再編成し、再度攻撃を進言した。だが、中止を呼びかけたのは他でもなく発案者の山本大将であった。
『航空隊の大出血、誠に痛惜に堪えず。本職は総力以て敵の艦隊を破砕す。陸攻・零戦の残存兵力は、迎撃艦隊の防空任務に備えよ。』
―トラック島 長官室―
そのころトラック島にはムンダ基地の佐々木少将より「見殺しにするのか」と怒りの電文が届いていた。懸念や焦りがブイン基地とトラック島の長官室に満ちていた。米軍はレンドバ島の砲台構築を諦めて、ムンダに対し戦艦で砲撃する方針に切り替える可能性があるためだ。現にレンドバ島からは敵が撤退作戦を開始していると報告が来ている。このまま艦隊ごと引き下がるのであれば一旦ことは落ち着く。しかし懸念通りのことが起きれば、海からニュージョージア諸島は攻撃にさらされることとなる。
―当初の作戦計画では、一航戦の攻撃隊で敵輸送船を叩き、翔鶴・瑞鶴の防空下で艦隊を滑り込ませるはずだった。輸送船は沈めた。だが、その代償として一四八名の搭乗員を失い、今日のコロラド型出現によって焦った草鹿は残存航空隊を出撃させ、待ち構えていた米航空隊にすり潰され、挙句には翔鶴の甲板まで叩かれた。
机の上に残された「反攻作戦計画書」は、すでに過去の遺物と化していた。
「計画は破綻した。……だが、指をくわえて見ているわけにはいかん」
山本は計画書を脇へ押しやり、冷徹な眼差しを宇垣参謀に向けた。
「宇垣君、軍令部は慎重論を唱えるかもしれんが、もはや猶予はない…。構わん――船団が戦艦に変わっただけだ。近藤長官へ打電せよ。
『本職は、貴艦隊を以て敵水上打撃部隊を破砕せんとす。当該艦隊は直ちに出撃準備をなせ』。」宇垣はその声が拒絶を許さないことを悟り、筆を走らせた。
迎撃にあたる近藤艦隊の編成は以下のとおりである。
連合艦隊直属 司令長官:近藤信竹(武蔵)
参謀長官:宇垣纏
第一戦隊 戦艦:大和 - 武蔵
第一艦隊 司令長官:清水光美(青葉)
第六戦隊 重巡洋艦:青葉 - 古鷹 - 加古
第三水雷戦隊 軽巡洋艦:川内
第一一駆逐隊 駆逐艦:吹雪 - 白雪 - 初雪
第一九駆逐隊 駆逐艦:磯波 - 浦波 - 敷波 - 綾波
第二〇駆逐隊 駆逐艦:天霧 - 朝霧 - 夕霧 - 白雲
一四三〇
艦隊は僅か二時間程度で準備を済ませ出港した。
一方米海軍はハルゼー指揮のもと以下の艦隊を擁していた。
第六四任務部隊
戦艦:インディアナ - マサチューセッツ
航空母艦:レキシントン - ワスプ - レンジャー
重巡洋艦:ノーザンプトン
軽巡洋艦:アトランタ
駆逐艦:バートン - メード - ダンカン - モンセン - ヒューズ - ムースブラグラー - オバノン - ニコラス
現在空母三隻の周囲には巡洋艦ノーザンプトンとアトランタ。及びそれに率いられるバートン - メード - ダンカン - モンセンの六隻だ。
上記艦隊に以下の北方部隊を臨時編入。
北方部隊
重巡 ニューオリンズ - ミネアポリス
駆逐艦:ヘルム - ウィルソン
前衛及びレンドバ島砲撃に参加している艦隊は以下の通り。
第六五任務部隊
戦艦:コロラド - メリーランド
駆逐艦:モンセン - ブキャナン - ヘルム - ウィルソン
撤退作戦に従事しているのは以下である。
第三一任務部隊
駆逐艦:マッコーリー - ラルフ・タルボット - マッカラ - グウィン - ファレンホルト - ブキャナン
駆逐艦(輸送艦改造):ウォーターズ - デント
※但しマッコーリーとデントは第一次攻撃隊で損傷を受け撤退中
またガダルカナル周辺を警護している艦隊が次の通りだ。
第六二任務部隊
濠国海軍
重巡:オーストラリア
米国海軍
軽巡:マーブルヘッド - メンフィス
駆逐艦:バッグレイ
東方部隊
濠国海軍
軽巡:ホバート
米国海軍
軽巡:サン・ファン - トレントン
---近藤艦隊がソロモン海域北方へ進出しショートランド群島北東の洋上に到達したのは出港してから三日目のことであった。
レンドバ島では既に米軍の撤退が完了しており、島への航空攻撃はますます激しさを増した。さらに海上では浮き砲台として遂にムンダ基地への砲撃を開始した。砲齢限界まで砲撃を続けるらしい。
一八〇〇
第三水雷戦隊がショートランド泊地に停泊してから既に五時間が経過した。大和二隻は巨体故に港外待機。駆逐隊が交代しながらその周囲を警戒している。湾内では油槽船からの急速補給が行われ、概ね完了していた。最終索敵情報・敵艦隊位置をブイン基地から受け取り、単縦陣へ編成して出港したのはそれから一時間半後であった。
近藤艦隊は強速力、之字運動を続けながら南下した。
出港してから僅か二十分ほど経った時だった。加古の右舷に水柱が立て続けに三つ立ち、乗組員は突き飛ばされるような衝撃を受け、一瞬の静寂の後、呻きと驚きの声が艦内に溢れた。加古の速力は急速に落ち、右へと傾斜しはじめた。これを受け艦内の声は怒声にも近い指示・伝達へと変わった。そして一分後、今度は駆逐艦朝霧に一本が命中した。艦首に魚雷を受け進行方向からの海水が大量に入り込んだ。
一方の加古の艦内の単底付近で「缶室・機械室の中央隔壁に通行路は無いのか」と声が響いていた。というのも中央縦壁で左舷・右舷は隔てられ、缶室・機械室の乗組員は交通が出来ない為だ。右舷を破壊された今、右舷機関部の乗員達が海水から逃れるのは非常に困難であった。
弾薬庫に近い場所で既に火災が発生している。副長は弾火薬庫注水、及び傾斜を止めるため左舷の機械室、缶室の非常注水を命じた。火薬庫の爆発こそは防いだが火災は激しく、下方から舞い上がってきた黒煙が艦橋の左から舞い込んだ。この時艦橋の傾斜計の針は二十四度を指した。
駆逐艦朝霧は既に艦首から沈没を開始していた。
注排水による復元作業むなしく傾斜は増していく。この状況にあって艦長は「総員上にあがれ」「軍艦旗落とせ」と命じられた。
傾いていく艦腹の周囲に、海に飛び込んだ乗員が黒く泳いでいた。雷撃を受け十分ほどで加古は沈没した。
残った駆逐艦が爆雷を投下するが、混乱もあり、攻撃した潜水艦は既に遠くへ離れていた。そしてその沈没時の火炎を、遠方から見つめる影が一機、空にあった。
一八四〇
「ブラック・キャッツの偵察隊が艦影を捉えました」
ハルゼイが海図を見る。「予定より早いな」
「第六四任務部隊と第六五任務部隊の入れ替わりまで、あと一時間ほどです」スプルーアンスは告げた。
ハルゼイは吐き捨てた。「餌はもう不要だ。餌になるのはジャップ、貴様らだ」
裁断の時は、間近に迫っていた。
次回「蒼穹の裁断者」




