蒼穹の審判 -前編-
前日、日本軍の猛烈な空爆により壊滅的打撃を被ったレンドバ島の米揚陸部隊。しかし、南太平洋方面軍司令官ハルゼイ中将と、真珠湾から急行したスプルーアンス少将の反撃の決断は冷徹かつ電撃的だった
-レンドバ島-
〇五四〇
水平線の向こうで火球が爆ぜた。それは太陽の昇る速度を遥かに凌駕する、人為的な閃光だった。
数秒後、遅れてやってきた衝撃波がレンドバのジャングルを物理的な圧力となって叩きつける。それは雷鳴よりも轟き、暴風よりも空気を強く押し出した。一六インチの鋼鉄の砲弾は周囲を真空に変えながら島の頭上へと襲い掛かった。発砲の主は戦艦『コロラド』と『メリーランド』だ。
直後、島の基を揺るがすような震えが島内全域に伝わり、その中心地点は火柱をあげた。着弾箇所周辺の樹木は根こそぎ粉砕され、土砂とともに空へと舞い上がる。爆風は島の南東支隊の隠れ場所を飲み込んだ。
―南東支隊司令部―
「レンドバ防衛部隊より打電!敵艦の艦砲射撃です。恐らく戦艦」
「味方上陸部隊がいるのに戦艦の砲撃とは……。そして夜明けと同時。」佐々木少将が机を軽く小突いた。
一見すれば味方をも巻き込みかねない狂気の沙汰に見えたが、その裏に敷かれた米軍の計算は冷徹極まるものだった。
空母『レキシントン』『ワスプ』『レンジャー』の艦載機は、ただ島の防空任務にあたっていたわけではない。防空とは別に多くの艦偵を発艦させ、島内の日本軍陣地や分布を事前に徹底して分析していたのだ。米軍にとって、この一六インチ砲撃は行き当たりばったりの面制圧ではなく、綿密な計画の遂行であった七
水上打撃部隊は戦艦『コロラド』と『メリーランド』を核として百海里手前に陣取っていた。夜間にハルゼイより地上攻撃命令が出された打撃部隊は、一七ノットでレンドバ島に駆けつけ、先日の航空隊の偵察情報、もとい上陸部隊の分布を慎重に吟味していた。
日本軍の反撃によって泥濘の中で敵味方が入り乱れた後も、彼らは随時更新される味方の位置を正確に「計上」し、その座標を厳密に除外した上で、砲撃対象となる日本軍陣地のみを的確に撃破している状況である。
―レンドバ地下壕拠点―
「第二、第三陣地沈黙!……通信途絶! 斥候からの報告、拠点は跡形もありません!」
泥と爆煙にまみれた南東支隊の地下壕には、絶望的な報告だけが衝撃波とともに滑り込んでくる。一発でジャングルの巨木を更地へと変える鉄槌が、寸分の狂いもなく自分たちの退路を、隠れ場所を、命の拠点をすり潰していく。米軍の戦艦『コロラド』と『メリーランド』は、ただ機械的に、正確に、ハルゼイの命じた「耕作」の火力を吐き出し続けていた。
この一六インチ砲弾が降る中、海の表層を切り裂くように滑り込んでくる影があった。揚陸部隊直属の快速駆逐艦たちである。
ハルゼイの電令は苛烈極まるものだった。前日日本軍の空爆により後方に下がっていた駆逐艦群に対し、最大戦速での浅瀬突入を命じたのだ。
今回の彼らの任務は戦闘ではない。泥濘の中で孤立した味方の『強行救済』だった。
一六インチの巨弾が日本軍の重砲陣地をピンポイントで更地へ変えていく隙を突き、駆逐艦は艦首を波打ち際へ突っ込ませる勢いで急停止。即座に自艦が積載していたブローニング重機関銃の木箱と弾薬箱を波打ち際へ放り出した。駆逐艦の艦底にある弾薬庫には、機銃用の弾薬がそれこそ数万発積載されている。それらを米軍は救命艇に乗せ次々と海面へおろした。
「急げ! ジャップが立ち直る前に一人でも多く回収しろ! 追いすがってくる奴らは、手当たり次第にハチの巣にしろ!」
-空母レキシントン-
島から八〇海里後方の米空母群の艦内に試験的に新設されたばかりの戦闘情報センターでは、ハルゼイ中将の電令を受けた戦闘管制官たちが、すでに次の論理の引き金を引いていた。
利用可能な艦載機はヘンダーソンの陸上基地を含めて総数約四〇〇機。うち戦闘機は一五〇機。
「第一波として、まずは六〇機を同時投入する。各空母、時間差なしで全力を吐き出せ」
それは日本軍の防空システムを物理的に窒息させるための、冷徹な数の暴力だった。
狙いは明白だ。未だソロモンの霧の向こうに潜み、位置の掴めない日本軍の空母部隊をあぶり出すため、まずは目に見えているレンドバ島周辺の防空網に対して、大編隊を同時投入したのだ。高高度・中高度・低空の各高度、そしてあらゆる方角へと配置されていった。
「地上基地のジャップを釘付けにしろ。防空網をパンクさせるんだ」
米軍の戦闘管制官の冷徹な指揮のもと、第一波のグラマン隊はソロモンの空を制圧すべく突入を開始した。
これとは別に米軍は半時間前にショートランド周辺へも偵察機を送っていた。
―ラバウル航空基地 ―
〇六二〇
「レンドバの部隊を救うのだ。我々が今回狙うのは輸送船ではない。戦艦である。」
草鹿参謀の前には搭乗員が規則正しく整列していた。後方の滑走路や駐機場では慌ただしく航空機の出撃準備が行われている。
-ショートランド南東部-
空母瑞鶴と翔鶴は第一一戦隊の戦艦二隻と第一七駆逐隊の四隻の駆逐艦を引き連れレンドバ島から百海里離れた場所にいた。その上空の雲の切れ間に一機の機影があることに気づく者はいなかった。その機体は航跡を確認すると雲の中に隠れて反転・遁走した。
「間違いないジャップの空母だ。」
報告を受けた米空母から攻撃隊が出撃するのは二〇分後であった。
ーーー
〇七三〇
「索敵機が敵編隊と接触!」
「いつ探知された、対空戦闘用意急げ。」対応が後手にまわった山口多門率いる二隻の空母は慌てて迎撃態勢に入った。
迎撃隊は緊張の連続であった。自機の零戦では無線電話は雑音が多く、ほとんど通じなかったので、いったん飛び上がってしまえば母艦とまったく連絡がとれない機がほとんどだ。空母や航空機を作れる国がどうしてまともな無線電話をつくれなかったかは甚だ疑問である。唯一モールス信号は問題なく使える場合が多かったが、二音の組み合わせ音など通信経験のない者には理解できるわけがない。
恐らく六〇機はいるであろう敵編隊は導かれるように艦隊に近づき、雲を貫いて、凄まじい殺気を放ちながら艦隊に突っ込んできた。
迎撃にあがった零戦隊もそれに対しフルスロットルで加速して牙をむいた。三機一編隊になって早めに機首の七.七mm機銃を撃ちこむ。弾幕が広がる。撃墜する必要はない。攻撃を諦めさせれば防衛任務としては十分だからだ。
しかし敵の別編隊が他の角度から襲撃してくる。正面のはデコイだ。翼の前面から猛烈な閃光と発砲音。同時に銃弾が曳光弾を伴い、光の束の線となって零戦隊に襲い掛かる。
零戦搭乗員は咄嗟に操縦桿を倒してフットペダルを蹴るように踏み込む。左へと流れるように機体は滑った。その右をかすめるように銃弾の束が流れる。
グラマンがすこしでも敵機が照準をずらせば被弾は避けられないが、照準器に敵機がいるのだからそのまま合わせて撃つのは自然なことだ。命中しないことの困惑からか少し敵の動きに乱れが生じると、機体を捻りすかさず反撃へとうつり敵へと絡みつく。一撃離脱を狙ったグラマン隊はまだ上昇して高度を上げ切れていない。敵味方絡みつくように混戦となった。
味方も敵も一機、また一機と炎上しながら、空から海へと追い出される。
格闘戦に引きずり込めば、未だ零戦に分がある。先ほどひねり込みで背後を捉えたグラマンは、二〇〇〇馬力の怪力に任せて強引に上昇しようとしたが、高度を稼ぎ切る前に二〇ミリ機銃の直撃を受け、白煙を吹きながら反転していった。
しかし、一機を屠る間に、日本の搭乗員たちの視界はさらなる不条理で埋め尽くされていく。
雲の切れ間から、さらに二編隊、三編隊のグラマンが、まるで天井から溢れ出たかのように降ってこようとしていた。多方向、そして異次元の多高度。これまでの迎撃戦であれば、計画的に交戦できたはずだった。だが、今浴びせられているのは、無線機から聞こえる悲鳴混じりの雑音の嵐が証明する通り、指揮系統を完全に麻痺させるための「数の暴力」そのものだった。
「クソッ、また上からも来るぞ! 構うな、突っ込め!」隊長機が叫ぶが、無線機は雑音を届けるだけだった。
風防越しに見えるソロモンの空は、無数の曳光弾が描く光の網によって格子状に区切られていた。ノイズ交じりで誰かが怒鳴り、誰かが母の名を呼んで途絶える。ガソリンと硝煙、そして焼けた有機ガラスの臭いが、狭い操縦席のなかにまで侵入してくる。
戦闘が一段落すると迎撃隊は次々に着艦する。一部の搭乗員は機体から降りる気力もなかった。
だが、日本の搭乗員たちが辛うじて「一段落」と感じたその静寂こそが、米軍の冷徹な計算通りだった。
日本側が泥縄式の防空戦で弾薬を撃ち尽くし、傷ついた機体を着艦させているその瞬間も、米軍の無線網は、休むことなく機能していた。第一波が反転して帰路につくのと完全に同期して、すでに控えていた別動隊が攻撃の途に就いていた。
「ジャップに息を継がせるな。着艦の瞬間が最も無防備だ。残る機体は間髪入れずに次の波を送り込め」
雲海の彼方から、第一波を遥かに凌ぐ、冷徹な死の羽音が再びソロモンの空を埋め尽くし始めていた。
次回 7月12日
-訂正報告-
2026/6/22
作中に登場する米国戦艦の名称に、誤った記述がございましたので修正を行いました。
混乱をお招きして申し訳ございません。




