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紺碧の覇者 戦艦武蔵   作者: 賀来麻奥
白波の澪標
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サンダーバースト

ヌメア、南太平洋方面軍司令部。ハルゼイ中将の元へ、ニミッツの特使として「知性の提督」レイモンド・スプルーアンス少将が到着する 。スプルーアンスが提示したのは「零戦特化型空母」という盾を粉砕するための飽和攻撃作戦であった。

―ヌメア 南太平洋方面軍司令部―


 冷めたコーヒーの横の灰皿には吸い殻の山が築かれていた。その時ドアが音もなく開いた。入ってきたのは、剃刀(かみそり)のように研ぎ澄まされた雰囲気を持つ男。熱帯の深夜とは思えぬほど清潔な軍服を纏い、ボタン一つの乱れもない。無駄な脂肪を一切排したその引き締まった体躯(たいく)は、日々のストイックな規律を感じさせた。数日前にニュージョージア諸島の作戦補佐としてニミッツの特使で真珠湾を出て、先ほど到着したレイモンド・スプルーアンス少将だ 。


 スプルーアンスが一礼を終える間もなくハルゼイが口を開いた。


「着いたか。早速本題だがレンドバ島の状況は理解したか」


「はい。……輸送船部隊が日本軍の攻撃を受け、積載していた大量の発破が誘爆したのが致命打となり輸送船四隻が爆沈(ばくちん)、二隻が炎上し、先ほど一隻が沈没。駆逐艦が救助活動をしていますが人的被害多数。上陸した部隊は島でばらばらとなり、ターナーとは通信も途絶えたままで、至急支援・救出が必要な状況です。」


「上陸部隊を救い出すのは、当然の任務だ。だがな、スプルーアンス」

ハルゼイの声は、地を這うような低音で響いた。


「救出は、奴らを引きずり出すための『前奏曲』に過ぎん。我々がレンドバに戦力を注ぎ込めば、ヤマモトは必ず動く。二隻の化け物を守るためにも、な。」


スプルーアンス少将は、眼鏡の奥の瞳を冷徹に光らせ、ハルゼイの横に静かに立った。

「救出という『人道的な目的』の裏に、敵主力艦隊の殲滅(せんめつ)という『戦略的な罠』を仕掛ける。そういうことですね。」

ハルゼイは静かに(うなず)いた。


「同じことを考えていました。ですが、あの戦艦を裸にするには、まず構築された『零戦特化型空母』という名の強固な盾を粉砕せねばなりません」


 スプルーアンスはレポートを開く。そこには帰還した航空隊の証言から導き出された、日本の零戦特化型空母の非情な解剖図が収められていた。

「本日の空戦データを解析しました。日本軍は島の航空部隊の他空母を展開しています。空母からは爆撃機を排し、零戦のみで防空を行うという『合理的な閉鎖系』が作り上げられてます。反撃をするにも我々の単一の編隊では、目標に辿(たど)り着く前に、その盾に()り潰されるだけです。」スプルーアンスは海図のある次頁をめくった。海図上には一点から放射状に広がる奇妙な図形が描き込まれていた。


「彼らは合理的な防空網を敷き、熟練搭乗員を温存しようとしている。ならば、我々はその『合理性』を非合理な物量で窒息(ちっそく)させるべきです。作戦名は――『サンダーバースト(雷鳴の爆発)』」


ハルゼイが椅子を(きし)ませ、身を乗り出した。

「サンダーバースト……。その名の由来は?」


「気象用語のダウンバーストから取りました。一点から全方位へ吹き下ろす爆風です。これまでの我々の攻撃は、単一の方向からの『線』でした。だから零戦に防がれた。しかし、このサンダーバーストは、日本空母の頭上一点に火力を集中させ、そこから多方向・多高度で同時に牙を剥く。奴らの防空指揮系統をパンクさせ、物理的に対応不可能な飽和状態を強制するのです。」


ハルゼイはニヤリと笑った。猛将の瞳に、獲物を追い詰める捕食者の光が戻った。

「レイ、お前の計算では、その『雷鳴』で奴らの盾は壊れるのか?」


「壊れます。日本軍は本日だけで既に多くの搭乗機を失いました。この飽和攻撃で休息を奪い、磨り潰し続ければ、敵将ヤマモトの計算式は崩れます。その時こそ、あの二隻が我々の射程内へ引きずり出される瞬間です。」そう言いながら一枚の写真を差し出した。


「……提督。これをご覧いただきたい。日没直前、偵察部隊が命がけで持ち帰ったものです」

スプルーアンスが差し出したのは、数枚の粒子が粗い航空写真だった。PBYカタリナが雲の切れ間から捉えたその影は圧倒的な巨体を表していた。


「トラック泊地に鎮座する戦艦です」


ハルゼイはその写真に指を触れた。現像液の匂いが残る印画紙越しに、彼は奇妙な「熱」を感じていた。

巨大な角のようにそびえ立つ測距儀(そっきょぎ)。そして、周囲の巡洋艦が玩具に見えるほどの、圧倒的な乾舷(かんげん)の厚み。


ハルゼイの首筋を、冷たい戦慄(せんりつ)が走り抜けた。それは恐怖というより、巨大な肉食獣が縄張りに足を踏み入れた際に感じる、生理的な拒絶反応に近いものだった。彼の鼻腔(びこう)には焦げた硝煙(しょうえん)とオゾンの臭いが幻覚のように漂った。


「……化け物め」


「提督、日本軍の焦燥(しょうそう)は限界に達しています。ドイツの独ソ侵攻により四国同盟は死に体となり、彼らは外交という名の退路を失った。今回我々がサンダーバーストで彼らの空の盾を()ぎ取れば、後に残るのは丸裸の戦艦だけです。その化け物を沈めれば、太平洋の均衡(きんこう)は崩れこちらに勝利の風が吹きます。」


 その後大佐クラスの人間を交えた二時間の話し合いが終わるとハルゼイは通信参謀を呼び出し、叫ぶように言った。


「夜明けとともに反撃だ。直ちに次の指示を伝達せよ!」

ハルゼイの指が、海図を叩きつけるように動く。


一、快速駆逐艦による『強行救済』

「鈍重な輸送船は一隻も出すな。第二一駆逐隊を最大戦速でレンドバへ突っ込ませろ。積載物は物資ではない、重機関銃と弾薬だ。ターナーを拾い上げると同時に、追いすがってくるジャップの陸戦隊を海からハチの巣にしろ」


二、『地獄の耕作(ヘリッシュ・プラウ)』の開始

「戦艦『ワシントン』と『サウスダコタ』を出撃させ可能な限り沿岸へ寄せろ。夜明けと共に、日本軍が潜伏する森林地帯を、一六インチ砲で文字通り『更地』にしろ。ピンポイント攻撃など不要だ。一六インチの鉄槌で、奴らが隠れる森ごと大地を耕してやれ」


三、飽和攻撃『サンダーバースト』の発動

「スプルーアンスの言う通りだ。全空母に対し、多方向同時突入を命じる。動かせる戦闘機全機投入しろ。奴らの『熟練搭乗員を惜しむ』という目論見を逆手に取るのだ。休む暇も、逃げる隙も与えず、奴らの空を墓場に変えてやれ」


ハルゼイは最後に、通信参謀に言い放った。


「これは審判だ。我々の鉄と、奴らの血。どちらが先に底をつくか、教えてやろう」


ハルゼイは大きく頷き、窓の外、暗い海を睨み据えた。


一九四二年一一月中旬。南太平洋の夜明け前。

ハルゼイの「雷鳴サンダーバースト」が、静まり返った海域へ向けて解き放たれようとしていた。



― レンドバ島 森林地帯 ―


 レンドバ島の上空を覆う厚い雲が、夜明けの兆しを受けてわずかに灰色へと色を変え始めた。ジャングルの泥濘(でいねい)に身を潜めるリッチモンド・ターナー少将にとって、その光は救いではなく、死刑執行の合図に思えた。輸送船団が爆沈し、積み込まれていた大量の発破が誘爆したあの一件以来、海岸線は今もくすぶる黒煙に覆われている。周囲にいるのは、武器すら持たぬ建設大隊の生き残りと、恐怖に震える数名の参謀のみ。背後では、島を熟知する日本軍の斥候(せっこう)が、落ち葉を踏みしめる音を立てて確実に距離を詰めていた。「ここまでか。……降伏の白旗は用意できているか」ターナーが掠れた声で呟いたその時だった。


一つ、二つ、そして三つ。

東の水平線、未だ夜の残滓(ざんし)が|漂う海域で、巨大な「火球」が()ぜた。


再始動後の第二歩目となる第六〇話、三年の沈黙を経てなお、この物語の「航跡」をお読みくださる、読者諸氏がいる事実に、ただ畏怖と感謝の念を抱くばかりです。


次回 第六一話「蒼穹の審判」

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