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第1話:聖夜の断罪と「見えない借金」

借金ダメ、絶対

続きは本日中にー

 (まばゆ)いばかりの魔晶石シャンデリアが、大理石の床を鏡のように照らし出している。

 今夜はアステリア王国創立記念パーティー。一年で最も華やかで、そしてこの国で最も「魔法」という名の負債(ふさい)が積み上がる、傲慢(ごうまん)な夜だ。


 会場を埋め尽くす貴族たちの頭上には、色とりどりの宝石を散りばめたティアラが乗り、金糸を贅沢(ぜいたく)に織り込んだ正装で踊っている。だが、私の目――固有スキル【魔力会計】を持つ聖女リゼットの瞳に映るのは、そんな(きら)びやかな虚飾(きょしょく)ではない。


(……今日も、ひどい赤字ね。どこを見ても、血の海じゃない)


 私の視界には、会場にいるすべての者の頭上に、実体を持たないはずの「数字」が浮かんでいた。

 それも、どす黒い赤色をした、不吉なほどに巨大な数字だ。



『ウィフレド第一王子:魔力残高-1,500,000,000 MP(極赤)』


『公爵令嬢エレノア:魔力残高-980,000,000 MP(極赤)』



 会場を見渡せば、右も左も真っ赤な数字の羅列(られつ)。この国の貴族たちは、魔法を呼吸のように使う。温かいスープが冷めれば魔法で温め、少し暑ければ氷の魔法で風を送る。演出のために幻惑(げんわく)魔法で花びらを散らし、香水の香りを強化する。

 その代償(だいしょう)として、世界から魔力を「前借り」しているという自覚など、彼らには微塵(みじん)もない。魔法は万能の力などではなく、世界という銀行から引き出された「負債」に過ぎないというのに。


 私は会場の(すみ)、給仕の邪魔にならない壁際で、ボロボロになった法衣の(すそ)をぎゅっと握りしめた。

 この法衣は、5年前は白く輝いていたはずだった。だが今では、肩代わりし続けた負債の負荷によって魔力の繊維がボロボロに引き裂かれ、雑巾(ぞうきん)のように薄汚れている。


「あら、リゼット様。またそんな隅っこで…。まるで薄汚れたネズミが迷い込んだようですわね」


 扇を広げて忍び笑いを()らすのは、着飾った貴族の娘たちだ。

 確かに今の私は、彼女たちの目には異様に映るだろう。髪は(つや)を失ってパサつき、頬はこけ、肌は透けるように白い。指先は常に小刻みに震え、呼吸をするたびに肺が焼けるように熱い。

 魔法の代償を、自分の生命力と全魔力を使って強引(ごういん)相殺(そうさい)し続けているのだから、当然だ。私はこの5年間、一度も熟睡(じゅくすい)したことがない。眠っている間も、私は王家が垂れ流す赤字を、私自身の命という資産で埋め合わせ続けていたのだ。

 

 嘲笑(ちょうしょう)の波が押し寄せる。だが、私は彼女たちの頭上の「極赤」の数字を見つめ、ただ静かに耐えた。

 耐えるしかなかった。契約が、まだ続いていたから。




「注目せよ!」



 会場の喧騒(けんそう)を切り裂くような、尊大(そんだい)な声が響いた。

 中央の大階段の上、この国の第一王子ウィフレドが、一人の美女を(ともな)って立っていた。公爵令嬢のエレノアだ。彼女は、魔法で常にキラキラとした光の粒子を振りまいており、その姿はまさに「理想の聖女」そのものだった。

 ウィフレドが彼女の腰を厚かましく抱き寄せ、高らかに宣言する。


「リゼット! 前へ出ろ!」


 私は重い体を引きずり、中央へと進んだ。貴族たちが、まるで汚らわしいものから逃げるように道を空ける。その中央に立った私を、ウィフレドは冷酷(れいこく)な目で見下ろした。


「リゼット、貴様との婚約を今この瞬間をもって破棄する! 貴様のような陰気で無能な女、我が王国の聖女としてはもはや不要だ!」


 突きつけられた指先。会場から、ドッと嘲笑が漏れる。


「当然だ」

「魔法一つ満足に使えない聖女など、聞いたことがない」

「ただ帳簿(ちょうぼ)を付けて、私たちの魔法を制限しようとするだけの陰気な女だ」


 ウィフレドは勝ち誇ったように、私の顔を(のぞ)き込んだ。


「聞いているのか? 貴様の代わりはもういる。隣にいるエレノアこそが、真の聖女だ。彼女が微笑むだけで枯れた花は咲き、その魔法は太陽よりも(まぶ)しい。それに比べて貴様はどうだ? 毎日毎日、重箱の隅をつつくように宮廷の予算を(けず)り、挙句(あげく)の果てには私の私的な魔法行使にまで『コストがどうこう』と難癖(なんくせ)をつけおって」


「……殿下、あれは難癖ではなく。この国の魔力循環(じゅんかん)維持(いじ)するための、必要な措置(そち)でございます。際限(さいげん)のない魔法行使(こうし)は、必ずや大きな()り戻しを…」


「黙れ! そんな数字遊びが魔法だとでも言うのか! 魔法とは、もっと美しく、万能で、輝かしいものだ。貴様のやっていることは、ただの『ケチな算盤(そろばん)弾き』に過ぎん。魔法も使えぬ無能な女が、聖女の座にしがみついていたこと自体が、我が王国の恥辱(ちじょく)なのだ!」


 隣でエレノアが、わざとらしく溜息(ためいき)をついた。


「リゼット様、あなたのせいで王宮の皆様はどれだけ息苦しい思いをしてきたことか。これからは、私が皆様に無限の魔力の恩恵(おんけい)を与えて差し上げます。わたくしの魔法は、あなたの帳簿のようにセコセコしたものではありませんの」


 エレノアが優雅に指先を鳴らすと、天井から色鮮やかな光の花びらが舞い落ちた。貴族たちが「おお…!」「なんて素晴らしい!」と感嘆(かんたん)の声を上げる。


 だが、私の目には見えていた。その演出だけで、彼女の頭上の「極赤」の数字が、さらに(ふく)れ上がっていくのを。



(……ああ。もう、止める義務はないのね)


 私は(うつむ)き、震える唇を()んだ。

 周囲には、絶望して泣いているように見えただろう。


 だが、違う。

 私は――歓喜(かんき)のあまり、笑い出しそうになるのを必死で抑えていたのだ。


(やった…。やったわ! やっと、やっと契約満了(まんりょう)だわ!!)


 心の中で、私は全力のガッツポーズを決めていた。

 5年。この無能な王子と、強欲(ごうよく)な貴族たちの「魔力負債」を、私の身一つで背負(せお)い続けてきた地獄の日々。

 過労死寸前の体調も、食事も喉を通らないほどの重圧も、すべてはこの瞬間のために耐えてきた。

 しっかり説明したはずだが、彼らは忘れているのだ。私が【魔力会計】というスキルで、彼らが贅沢に使いまくった魔法の代償を、すべて自分の健康と魔力で肩代わりして返済し続けていたことを。


 私が常に顔色が悪く、無能に見えていたのは、その膨大(ぼうだい)な返済業務に全リソースを()いていたからだ。

 その肩代わりを、彼らは今、自らの手で放り出した。


「…左様でございますか。殿下がそこまで仰るのでしたら、(つつし)んでお受けいたします」


 私はゆっくりと顔を上げた。

 あえて少し声を震わせ、弱々しい、捨てられる聖女を演じる。


「私の代わりにエレノア様がすべてを引き受けてくださると。この国の魔力運用、そして…魔法行使に伴う『代償』の管理も、すべて」


「当然だ! エレノアの魔力は底なしだ。貴様のような、出し()しみしかできない三流とは格が違うのだよ!」


 ウィフレドは私の言葉を鼻で笑い、周囲の貴族たちを(あお)るように両手を広げた。


諸君(しょくん)! これでもう、この陰気な会計女に(おび)える必要はない! 今夜から、我が王国は魔法の黄金時代を迎えるのだ! さあ、パーティーを続けよう! 音楽を! もっと光を!」


 狂喜乱舞(きょうきらんぶ)する貴族たち。楽団が再び演奏を始め、魔法による演出がさらに激しさを増していく。

 私は、会場の中央に立ったまま、正面を見()えた。


「ウィフレド殿下。最後ですので、事務的な手続きの確認をさせていただきます」


「なんだ、まだ何かあるのか? 往生際(おうじょうぎわ)が悪いぞ」


「いえ。私がこれまで結んでいた『代償肩代わり契約』についてです。すなわち、王族および貴族の方々が消費した魔力の負債を、私個人の資産…つまり私の生命力と魔力で相殺(そうさい)し続けてきた、あの特約のことです」


「ふん、そんな見えない契約など、どうでもいい。お前の代わりなど、いくらでもいると言っているだろう!」


 ウィフレドは忌々(いまいま)しそうに吐き捨てた。彼は、魔法を使うたびに誰かがその「代金」を支払わなければならないという、世界の基本原則を理解していない。


「…そうですか。殿下がそう仰るなら。代わりはいくらでもいる、と」


 私は、会場の壁にある大きな時計を見上げた。

 重厚な振り子が時を(きざ)み、針は23時を過ぎたあたりを指している。

 契約の終了まで、あとわずか。


「では、承知いたしました」


 私は、深々と一礼した。

 これ以上ないほど、完璧な礼法で。


「聖女としての任を解かれた以上、この契約を継続する義務もございません。よって――」


 私は顔を上げ、驚くほど晴れやかな声で告げた。


「本日24時をもって、すべての『代償肩代わり契約』を解除いたしますわ」


ピンとこない方は【魔法】を【クレジット】とお考え下さい

吐き気がしますよ、私はしました

これは作者が自己破産するまでの話…


でもあんまり自己破産の実態が知られていないようなので

後書きに体験談を書いていきたいと思います

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