08 不思議なニンゲンに拾われて その8
頭の中がぐちゃぐちゃになっていたせいか、気づけばオーガの集落まで戻っていた。
脳内の思考をどこかに追いやり目の前の事に集中する。
リリザを連れ戻す。
リリザは集落のどこにいるのか。
勝手知ったる場所ではあるが、隠されたとなると見つけるのは困難だ。
そんなボクの憂いを吹き飛ばすかのように、リリザはそこにいた。
探すまでもなく、怒号が、罵声が飛んでいるその中心にリリザはいたのだ。
何十人もの屈強なオーガの戦士に地を舐めさせて……。
◆◆◆
「ボクは夢でも見ているのか……」
ポツリと漏らした言葉。聞こえたのか聞こえなかったのか。リリザはにいっと笑みを浮かべた。
集落の奥。ボクが普段近寄ることを許されていない区域。
そこでリリザは鬼神のような強さを見せつけていたのだ。
「ふうん、そこにあるのね」
足元に倒れているオーガ達をぴょいっと超えて、リリザは正面の建物へと足を進める。
「お前ら! あの女を倉に近づけるな!」
オーガの族長が周りのオーガ達に指示を飛ばす。
目の前で何十人と倒されていたとしても、オーガ達のプライドがその事実を拒むのだろう。
普通なら怯むところだがオーガ達の目は死んではおらず、再びリリザを囲むと一斉に飛び掛かり、そしてわずかのうちに沈黙し、地面の景色の一部となったのだ。
「ワシの誇るオーガの戦士たちが……20人以上いたんだぞ、なんなんだこいつは……
お、女、いったい何が目的だ!? 金か? 食い物か?」
族長が少しづつ後ずさる。
リリザの圧を受けて腰が引けている。若いころは竜も狩った猛者だと言われているあの族長が、だ。
「あらん、私が欲しいものを言ったらくれるのかしら?」
「内容による。それを持って速やかに集落を去るというのなら、許容できる範囲ならくれてやってもいい。望みを言え」
「そうねぇ~」
リリザの言葉に対して族長がニヤリと笑みを浮かべた。
だめだリリザ!
ボクには、今この位置にいるボクには族長の笑みの理由が分かる。
ボクは駆けだしていた。
リリザの背後、建物の陰に棍棒を持ったオーガがいて、族長の話術にかかっているリリザを不意打ちしようとしていたからだ。
リリザはそれに気づいているのか気づいていないのか。うーんと首をかしげ、片手を自分の頬に当てて考え込んでいるポーズだ。
「リリザっ!」
ただそれだけを発することが出来た。
それと同時にボクは棍棒オーガの背後に飛び掛かった。
「ぐおっ! お前、パル! 舐めた真似をしやがって!」
組みついたものの屈強なオーガを倒すには至らず、逆に膝蹴りを受けてボクが地面に転がされた。
だがそれで充分だったのだ。
天地ひっくり返ったボクが見たのは、リリザの長い脚の一撃を腹に受けて、口から泡を吹いて崩れ落ちたオーガの姿だったからだ。
「ありがと、パル。来てくれてうれしいよ。ごめんね、痛かったね」
リリザはしゃがんでボクの頭に手を当ててゆっくりと撫でてくれる。
それだけで、心に温かなものがあふれてきて、痛みが、悩みがどこかに消え去ってしまう。
「綺麗な金色の髪の毛が砂まみれ。葉っぱもいっぱい付けて……」
まるで毛づくろいするかのようにボクの髪に絡みついた葉っぱを一枚一枚取り除いてくれるリリザ。
今まで気づかなかったけどここに来る際に茂みを突っ切ってきたから付いたのだろう。
ボクの髪の毛。短くてクセのある金色の髪の毛。
茶色が多いオーガの中ではとても目立つ、ボクが半端者である証。
貶されることは日常茶飯事。褒められよう事などあるはずがない。
だからリリザが「綺麗」と言ってくれた事は素直に嬉しかった。それを言ってくれたのは父と母だけだった。
久しぶりに誰かに褒めてもらえた。
その事が、リリザの言葉が、心にじわじわと染み込んでいく中、ボクは無言でリリザの指を享受していた。
そんな時間はすぐに終わりを迎えた。
「うん。これでよし。もうちょっとだけ、ここで待っててね」
リリザはそれだけ言うと、すっと立ち上がって族長の方へと向き直った。
その瞬間――
――ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!
耳が痛くてふさぎたくなるような音が響いた。
空を見上げる体勢だったボクは、すぐさま体を起こして音の主を探す。
「おお、やっと来たかグラムド! あいつを殺せ! いや、殺さず痛めつけろ。身動きできなくなるまでな!」
咆哮と共に現れたのは今までのオーガとは一回りも二回りも大きなオーガ。体の色も緑色で皮膚の硬さも段違い。この集落で一番の強者。グラムド。
一度だけ見たことがある。今のリリザと同じようにオーガの戦士をちぎっては投げちぎっては投げしていたところを。