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09 不思議なニンゲンに拾われて その9

「あらぁ、これは強そうな殿方じゃない」


 その姿を見てもリリザは軽口を止めない。


「リリザ、ダメだ、やっぱりだめだ。そいつは、グラムドは、今までのやつとは違うんだ」


「そうだ、その半端者の言うとおりだ。いくらお前がオーガ並みの力をもっていようと、このグラムドは格が違う。いけいグラムド!」


 ――ぐわぅぅぅっ!


 緑の大きな巨人がリリザへと迫る。ボクより背が高いとはいえ、リリザの身長はオーガほどではない。そこに迫るグラムドとの対比はボクを絶望的にさせるには十分だった。


 緑の巨大な塊は眼前の獲物を押しつぶさんとばかりに右こぶしのストレートを放つ。

 単純に自身があるのだろう。誰にも避けられたことはない、誰にも防がれたことは無い。ただの拳の一撃が必殺の一撃!


 今までオーガの戦士を簡単にあしらってきたリリザもさすがにその拳を受け流すことはできないようで、ひらりと宙に舞うことで暴風のような一撃を回避した。


 間を置かず激しい爆発音が響き、大地が揺れた。


 砂や小石が散弾のように飛び散り周囲へ襲い来る。

 ボクは幸運にもそれに当たることは無かったが、当たっていればただでは済まなかっただろう。


 その元凶。必殺の一撃を受けた地面は大型の獣が掘り返した後のように大きなクレーターが出来ていた。


 あんな一撃をリリザがくらっていたら……。

 肌が泡立つような、全身の毛が逆立つような、そんな悪寒に襲われた。


「上だぞ、グラムド!」


 ボクの意識は族長の言葉で戦場に引き戻される。

 宙に逃れたリリザは未だ空を舞っている。やがては重力に引かれて地に戻ってくることは避けられない。


 リリザはというと、そのまま地に戻ることを考えているわけではなく、落ちる力を利用して攻撃を仕掛けるつもりのようだ。


「はっ!」


 落下の態勢から足を延ばして(かかと)を凶器とし、そのターゲットををグラムドの脳天に定めて、華麗に振り下ろす。


 父さんに聞いたことがある。世の中にはハーピーという人間に羽の生えたような種族がいるという。ハーピーは空を美しく自由に舞うらしい。

 それを思い起こさせるほどの美しい流れだった。


 ――ガッ!


 という音が脳内で再生されるところまで行った。

 だが、実際にその音は鳴らなかったのだ。

 その代わり――


「きゃっ!」


 足を掴まれてぶらぶらと吊り下げられたリリザの姿があった。


 二人の戦いを少し離れた距離から見ていたのでなんとか分かったのだが、グラムドは右手のパンチ後の硬直をなかったかのように左腕を動かし、自身の急所を狙って強襲するリリザの脚をつかみ取ったのだ。


「ちょっと、放しなさい、放しなさいよ! もう、見えちゃう!」


 グラムドに片足を掴まれ逆さ吊りにされているリリザ。やいやいと言いながら股のあたりを手で押さえている。

 彼女の着ている服は当然のことながら重力に引かれていて、ともすれば垂れ下がった花びらのようになって彼女の顔を隠してしまうはずなのだが、彼女が手で押さえていることによってその致命的な状態は回避できている。


「いいぞグラムド! 離すんじゃないぞ。

 どうだ女、少し体術に自信があるからといってグラムドに敵うわけがない。人間の格闘家なんぞこの程度よ!」


 翼をもがれた鳥のように大ピンチなリリザに対して、ボクは「リリザッ!」と叫びそうになったが……族長の言葉が僕を冷静にさせた。


 格闘家。身一つを頼りに戦う職業だ。オーガの中にも好んで格闘家になるやつもいる。

 屈強なオーガの戦士がバタバタとやられていったところを目の当たりにして、族長はリリザの職業を格闘家だと断定しているようだが……。


 そうじゃない。彼女はそうじゃない。

 確かにリリザは強い。身のこなし、所作の洗練具合、オーガの格闘家と比べても一つ上の段階だろう。だけどそれは彼女の本質じゃない。

 ボクも見たことのない彼女の本質はそれじゃないんだ。

 リリザの本質は格闘家とは対極に位置する所にあるんだぞ!


「ああもう! しかたない。しかたないわ。見たやつは後できっつい精神汚染して忘れさせるとして……あっ! でも、パルにはそんなことをしたらかわいそうね。うーん」


「おい、女、何をぶつくさ言ってるんだ。おとなしくしてろ。お前は人間の商人にうっぱらう商品なんだからな」


「パルッ!」


「は、はいっ!」


 急に名前を呼ばれて咄嗟に返事してしまった。


「目をつむって」


「は、はい? 目?」


「そう。目を瞑りなさい。そして顔を掌で覆いなさい。いいわね。さもないと、大変なことになります」


「は、はい!」


 これまでグラムドに向けられていたので気づかなかったのだろう。なにやら見えないオーラというか怒気というか殺気と言うか。それらが低いトーンの声と共に襲ってきたので、ボクは脊髄反射するように、言われたとおりに目を瞑り、顔を手で覆った。


「よし。これでパンツの目撃者はゼロになるわね。よしよし」


「ようやく観念したか。手こずらせよって」


「アマダス、グルザス、エルクラス。

 混沌の亡者、黄泉への階段、黒き妄執を己に宿し、内なるものをさらけ出し、その身から解放せよ。

 幽々たる魂の虜囚(リナー・シウ・サーレ)!」

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