10 不思議なニンゲンに拾われて その10
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
何が起こっているのだろうか。
目を瞑った上に顔を手で覆っているから何も見ることが出来ない。ただ耳から入ってくる音だけでそれを判断しなくてはならないのだが……無理だ。
――ずぅぅぅぅん
「よいしょっと。ふぅ。逆さにするから頭に血が上っちゃうところだったわ。さて、あとはパンツの記憶を忘却させるだけね」
「ど、どうしたグラムド! なぜ倒れる! 女! いったい何をした。グラムドはどうなった!」
「これを見なさい」
ボクは目を開けた。そして指の隙間からそっとそれを見た。
「これはこのオーガの魂。きれいでしょ」
リリザの手には白く光を放つもやのようなものが握られていた。
「魂は生きるための根源。それを体から抜かれてしまったら……屈強なオーガの戦士でもこのとおり。抜け殻の体は生きるための意味を失い、行動を停止する」
「ば、馬鹿な。格闘家じゃなかったのか!? そんな事が出来るはずがない!」
「だれも格闘家だなんて言ってないわよ。私の名前はリリザ。暗黒魔術師のリリザよ。聞いたことある?」
「ば、ばかな! リリザと言えば遠く離れた北の地で暴れ回る勇者の仲間! こんなところにいるはずがない!」
「あらぁ、あなた目の前のことが信じられないタイプの人かしら。まあどっちでもいっか。
さあ、族長さんだっけか、あなたの魂も奪ってあげるわ。
だ、け、ど、私のお願いを聞いてくれるなら、助けてあげてもいいわ」
「な、なにが望みだ?」
「ううん、ごめんね。聞いてみただけ。あなたがお願いを聞いてくれようと聞いてくれまいと、関係なかったの」
気づけば、先ほど手で目を覆っていた時と同じようにゴゴゴゴゴと周囲の空気が振動していた。
すると族長はずるりとへたり込み、リリザの手にはもう一つ光る物体が現れていた。
「これでうるさい事をいう人はいなくなったわね。さ、目的を達成しちゃおうかしら」
そこでリリザとバチリと目があった。
「ぱ、ぱるぅ? あの、キミ、いつから目を開けてたのかしらぁ?」
心臓をぎゅっと握りつぶされたような感覚。
いつぞやの昔、母さんに絶対に開けてはいけないと言われていた箱を開けようとしているのを見つかった瞬間の、心臓が体から抜け出すほど跳ねる感覚と同じ。
「そ、その、リリザが、その白いやつを持ってたところから……」
これは偽りない事実だ。誇り高い父に誓ってもいい。
「へぇぇ。そう。パルったら、私の言ったこと聞いてくれなかったんだ」
「い、いや、聞いた、聞いたよ、目は瞑って顔も手で覆った。でも、いつまでやればいいって、リリザ、言ってない! ……ような」
必死に反論したがしりすぼみになった。
「まぁ、確かにそうね。うーん。自白が正しいならパンツは見てないわけだし、よし、被告人は無罪! 寄りの執行猶予付きの有罪です!」
「えっと……」
「いいわ、許してあげる。だ、け、ど、次はないわよ、ってことね」
ふーっ。ボクは大きく息を吐きだした。
そして強く吸い込みすぎてむせてしまった。
今まで息をするのも忘れていたからだ。
そんなボクの様子をしり目に――
「ほいっ、ほいっ」
リリザは手に持った白いものをぽいっぽいっと投げて、一つは倒れたグラムドの上に、一つは族長の上にと投げ乗せた。
そしてスタスタと倒れた二人の横を進み……トントンと倉の入口への段を上ると、何やらぶつくさ呟いて倉の扉に触れる。
すると厳重にカギがかかっているはずの扉が、ガラガラと音を立ててひとりでに開いたのだ。
「パルぅ、ちょっとおいでなさい」
リリザはこちらに振り返るとボクを呼んだ。
ほれほれ早く、と言いながら手招きしているのでボクは体の痛みを押してリリザの元へと向かう。
呼んだ本人のリリザは先に倉の中に入ってしまった。
ボクが追って中に入ると、彼女は雑多に積まれたものの中をガサゴソと物色しており……いったい何を探しているのかと問いかけようとする前に、「あったー」という声を上げた。
金属でできた何かの人形にも見える。
それをリリザは頭上に掲げてドヤ顔をしている。
「それが探していたもの?」
「ええそうよ。見てよこの禍々しい雰囲気を」
ボクは思わず首をかしげた。
そう言われても僕には鉄くずにしか見えないのだけれども。
「うーん。パルにはまだ早かったかぁ。まあいいわ。さっさと済ませちゃいましょ。ほーら、パルこっちに来なさい」
リリザは棚に鉄くずを置くとボクを呼ぶ。
「はい、そこですとーっぷ。じっとしてるのよ。この程度、詠唱するまでもないわ」
リリザはボクの胸に掌を当てる。そしてもう一方の手を鉄くずに当てると、目を閉じた。
すると、何らかの魔力的なものが高まっていく感じがし、ボクと鉄くずが一本の何かでつながっているような感覚に襲われる。
だがそれも束の間。リリザがカッと目を開くと、ボクの体から何かが抜けていったような感覚がして、そのぶん体が、心が軽くなったような感じがして、今までずっと感じていたものは何だったのか、というくらいさわやかな心地になった。
――ガタン
倉の入口で音が聞こえたので振り返ると、そこには階段をはいずって上ってきたのであろう、ほふく前進する族長の姿があった。
「半端者に……パルにかけていた呪いを解いただとっ!」




