表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆめつながり  作者: 秋和翔
現実
7/14

7.決心

 目を覚ますと頬がなぜか少し濡れていた。とても昔の夢を見ていた。僕は寝起きだからなのか、それとも懐かしい夢を見ていたせいなのか、しばらくの間夢現でただただぼーーっとしていた。

「ご飯を食べよう」僕はベッドから起きて食パンを焼きに台所に向かう。食パンが焼きあがるまでの間、母との会話がすっかり日課になってしまった。

「母さん。昨日、中学の同級生にあったんだ。で、その同級生、実は僕の初恋の人でさ。でも彼女、病気で1年半もの間眠ったままなんだ。治療法はあるにはあるんだけど、それはSF映画みたいな方法でさ。その方法なら、僕にだって彼女を助けることが出来るかもしれないんだ」

 僕はただただ昨日の話を続けた。オーブントースターが「チン」と今の話には不釣り合いな軽快な音で「食パン焼けたよ」と知らせても僕は話すことを止めなかった。

「母さんが生きてるときに恋の話なんてしたことなかったね。あの頃僕が幼馴染みの実久と付き合ってたこと知ってた?すぐに別れちゃったけどさ。でも、あの頃は母さん仕事ばっかりしてたから話をしようにも出来なかったんだよ。ま、話すつもりなんてなかったけどさ。あの頃、僕がもっと母さんの手伝いとか心配とかしていたら今頃……。なんて話はたくさんしたもんね。答えなんて出なかった…」

 僕の母が亡くなって2年と少し。僕の傷は癒えているようで、まだまだ完治というにはほど遠かった。あくまで自己診断であるが。

 母との朝の会話。会話とも言えないかもしれないが、僕の中ではれっきとした会話だ。誰が何を言おうと、これは母と僕との会話なのだ。その話が途切れてしまったものだから、僕は焼けているであろう食パンをとりに行った。

 食パンは熱々ではなく少し冷めてしまっていた。すぐに取りに来ないからだと僕を怒るようにオーブントースターがこちらを見ている、なんてことはなかったが、相変わらずの無機質の表情がそこにはあった。なんて情調的な、いや冗長的なことを心で言うようになったのも母が亡くなってからだ。

 食パンにイチゴジャムを塗り一口かじる。そのいつもの朝の味に、昨日あったことを夢かなにかだったんじゃないかと思いたくなったが、机に置かれたあのちぎられた1枚がそうはさせなかった。しかし僕はそれを考えないように、いっそのこと忘れてしまっていつものように過ごそうとした。

「今日は月曜日だから3限目だけか。なんて…もう春休みなんだよな。だから彼女に会いに行ったんじゃないか」

 どうやら考えないとか忘れるとかそんな甘いことは出来ないみたいだ。僕はちぎられた1枚を手に取って少し考える。答えは簡単には出ない。僕はそれを持ったまま母さんの遺影の前で「さっきの続きなんだけどさ」と話を始めた。

 一通り話し終わってしばらくしても答えは出ない。母さんが姿を現したり、どこからともなく母さんの声がしたりなんてことはなかった。そう、これは映画でもドラマでも、小説ですらないのだ。

「やっぱりドラマみたいにはならないんだな。ドラマならふらっと現れて、ビシッと助言という名の名言みたいなものを残していってもいいくらいのシーンなのにさ」

 僕はそう言いながら床に寝転んでしまう。明るく振舞おうとしたって、誰もいないところで明るく振舞ってどうするんだ。もう母さんは死んだんだ。マザコンも大概にしろ。母さんも友人もいない。初恋の人もいなくなってしまう。僕は一人だ。一人ぼっちなんだ。

 小さなことでも何かあるとすぐにふさぎ込むというか、暗く深く落ちて行ってしまうのが、昔からの特にここ約2年の悪い癖だ。

「でも一人だからこそ出来ることもある。彼女の父親は新しい家族が出来るから出来ないんだ。でも家族も友人もいない僕なら…。今の一人ぼっちの僕なら出来る。僕だからこそ出来るんだ。彼女のために全てを捨ててしまうことになるようなことでも。傷つく勇気をもつんだ」

 答えは出た。なら次は書いてある電話番号に電話をかけるんだ。でもなかなか僕はその電話をかけられなかった。臆病者だとつくづく思った。


「ほんとうにいいんだね。」携帯から昨日聞いたあの声が聞こえる。僕は静かに、しかし力強くはっきりと「はい」と答えた。

「じゃ私はあっちに連絡をするから、詳しいことはまた後で伝えるよ」彼女の父親は早口でそう言うと電話を切った。きっと一刻も早くあの医療機関に電話をしたいのだろう。

 僕は昨日彼女の父親から聞いた治療法について思い出していた。やはり本当にそんなことが出来るのだろうかと思ってしまう。疑わしいというより怪しいと言うべきだろうか。そう思えるほどにその治療法は現実味がなかった。

 1時間が経つか経たない頃、僕の携帯電話は鳴った。名前は表示されず、先ほどかけた電話番号と同じ数字が表示されていた。当たり前だ。僕に電話かけてくる人なんてほとんどいない。

 僕が電話にでると、感情を抑えられていない声がもしもしと尋ねてくる。僕がその言葉に応えると電話の向こうから、まるで希望を光を見出したような期待に満ちた声が説明を始めた。

「急で申し訳ないが、明後日に治療を茨城で行うことになった。そこで治療法やその他諸々について、また詳しく説明があるらしい。12時から始まるが、治療の説明とか準備が必要だから10時までに来てほしいということだ。私がそこまで送るから君は九時ぐらいには茨城空港に来てほしい。持ち物とかは特にない。ほかに何か質問はあるかね」

 彼女の父親はそう聞いてきた。僕は少し考え、特にないですと返した。すると彼女の父親は「そうか、じゃ、私は娘の手続きとか色々急いでしなくてはいけないことがあるから」といって電話を切ってしまった。僕は切れた携帯電話を眺めながら彼女の父親は随分と元気になったものだなと皮肉を言ってやりたい気持ちになった。

 諦めていたくせに、他人に頼りきりで娘を取り戻そうなんて虫が良すぎないか、そう思った。性格の曲がりきった僕はそんな考えを紛らわすために、散歩に出掛けることにした。僕だって彼女に目を覚まして欲しいのだから、そんな無駄なことは考えなくていいのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ