13.夢見
僕はそうやって何回も失敗を繰り返した。そしてその度に自分のベッドの上で目を覚ました。何回もこのサイクルを繰り返すうちに、僕がここが夢だと気づくまでかかる時間が長くなり、また本当にここが夢なのか信じられなくなってきていた。つまり夢か現実かが曖昧になってしまっていた。
それでも僕は何かに取り憑かれたように、彼女を夢から醒まそうと試行錯誤を繰り返した。彼女はどうすれば夢から解放されるのか。それを求め続けた。
そして何回目かやり直しに気づいた僕は1つの仮定を出した。それは僕も夢を見続けていることや彼女との何回ものやり取りから導いたものだった。
僕は彼女に夢から醒めて欲しいと強く願っている。これは今の僕の1つのユメと言ってもいいだろう。そして僕はこのユメを依り代にして、この夢に縋り付いている。
彼女は幸せでありたいと強く願っている。少なくとも僕は彼女との何回ものやり取りを通してそう感じた。幸せになりたい、これは彼女のユメだ。そして彼女はこのユメを原動力にして、この夢を創造している。
もしこの夢の源が無くなれば、この夢の世界は終わりを迎えるはずだ。つまりユメなくすことがこの夢から醒める方法だ。
彼女の夢と僕が繋がっているように、彼女のユメも夢と繋がっている。
そしてその仮定を立てた夜、僕は彼女に会うために彼女の家のインターホンを押した。彼女はこの夢で初めて会ったときのように満面の笑みを浮かべながらドアを開けた。
僕たちはあのときの公園にまた来ていた。成功しても失敗しても彼女と話すのはこれで最後になるという予感めいたものが僕にはあった。
公園についてしばらく経ってから、僕はあのときと同じようにここが夢であることや彼女の病気のことについて説明した。
彼女はあのときとは違って、落ち着いた様子で僕の話を最後まで聞いてくれた。
「つまり、ここは原因不明の病気に罹っている私が見ている夢の世界で、そんな私を助けるためにわざわざ私の夢に来てくれたってこと?」
「うん。そういうこと」
「そっか。薄々気づいてはいたけど、やっぱりか。こんなに心地良いところが現実の訳がないもんね…。あーー、起きたくないなぁ、帰りたくないなぁ…」彼女はとても悲しそうに寂しそうに言った。
「それで、現実に帰るためには、夢から醒めるためには何をしなくちゃいけないの?」彼女は無理に笑顔と明るい顔を作って言った。僕は大きく息を吸って、今の自分の気持ちが落っこちないように、さっきの仮定をゆっくりと彼女に伝えた。
「そっか。ユメを諦めることで夢から醒める、か…。私にユメなんかないって思っていたけど、ちゃんとあったんだ。幸せになりたいか…。すごく漠然としたユメだけどちゃんとあったんだ。確かにここは居心地がよくて幸せだったなぁ。ねぇ、少し思い出話してもいい?」
彼女はそう言うと、ひとりごとのように思い出を話し始めた。この夢の世界での思い出かと思ったが、それは彼女が引っ越した後の現実での思い出だった。
「私、中3になる前に引っ越ししたでしょ。あれって、母方の祖母が倒れちゃってね。お母さんは亡くなっていなかったし、お父さんの他に頼れる親族もいなくてさ、お父さんと一緒におばあちゃんのところに行ったんだ。その頃からなんだ、現実が夢みたいだなって思ったり、もう嫌だなって思いだしたの」
彼女の教えてくれた思い出はひどいものだった。引っ越した先の中学には馴染めず、いじめられた。病院を退院した祖母は寝たきりになった。老人ホームには申請しても定員がいっぱいだったり、部屋に空きがあっても職員の人手不足で入ることができず、家で面倒をみるしかなかった。
高校に入ってからいじめは無くなったものの、父親から暴力や性的虐待を受けるようになった。そのときの父親はよく言っていたそうだ。「血のつながっていない親でもない奴の面倒をどうして俺が見なければならないんだ」とか「妻の仕事はお前がしなくちゃならないんだ」とか「これは愛しているからするんだよ」と。
そんな日々が大学を卒業するまで続いた。奨学金を借りて、祖母の介護をし、父親からDVとレイプを受け、バイトで学費などを稼ぐ日々が続いた。
大学4年生になり、就職活動が始まった。一人暮らしのために都心での仕事を探そうとしたが、あんな父親と祖母を二人だけにしておけず諦めかけたとき、祖母が亡くなった。そのこと喜んでしまった自分をとても自己嫌悪したと彼女は言った。しかし、心配事がなくなったことで彼女は都心の会社に就職した。
働き始めたころには、奨学金という借金が約380万円だった。上京して頼れる友人もいなかった彼女は一人黙々と働いた。日付が変わろうと休みの日であっても。
そんな毎日を過ごしていた彼女は、もう生きることが嫌になってしまった。生きることというのは間違いかもしれない。この現実が嫌になっていた。ここじゃないどこかに行きたいと、望んだとおりになる世界で生きたいと、幸せになりたいと思っていた。
そして、何日かぶりに家に帰って、何十日かぶりにベッドにもぐりこんだ。彼女はこのまま起きたくないと強く願った。
思い出話をし終わった彼女は複雑な顔をしながら僕に言った。
「きっと私は幸せになりたいって思いながら、現実で幸せに生きることを諦めちゃったんだ。そういう意味では自殺をしてしまった人と同じなのかもね。もし、幸せになりたいっていうユメを諦めたら、夢から醒めるかもしれない。でも幸せに生きたいとも幸せになりたいとも思えないで生きることって生きるって言うのかな。ユメから冷めても私って本当に生きているのかな」
僕は「生きながらもう一度ユメを見ればいいじゃないか」と言おうとした。だけど僕の唇は動かなかった。前みたいに体が動かなくなったとかではなく、一瞬その言葉がとても無責任に感じられ、言うことをためらったからだ。そしてその一瞬だった。急に周りが明るく輝きだして僕は目を開けていられなくなった。




