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はじまり

 


 ――――――紡ぎたい、何かを。

 それは、とても繊細な、壊れそうな何か。





 ***


「ねえ、もし今、隕石が降ってきているとしたら、どうする?」

  那野のこの突拍子もない質問に対して、怜は露骨に怪訝な顔をした。

  いきなり何だこいつは、と言いたげな目で那野の方を向く。しかし、怜が何かを言うことはなかった。返事をする気はさらさらないというようにあさっての方向を向いただけだ。

  そんな様子を黙って見ていた那野は、こんな怜の反応はもう慣れっこだというように、首をすくめてみせる。

  どうしたものかしら。あたしたちは歩み寄らなければならないっていうのに。

「あたしは、まぁ、それもありかな、って思うと思う」

 那野は淡々とそう告げた。それからこう付け加える。それで何も分からないうちに天国行きよ。

「………」

 依然と怜は沈黙を守った。

  こんなに大人しい怜はめずらしかった。那野は、それを無視してさらに言葉を紡ぐ。

「そんでもってあんたは、うろたえると思うわ。すごく。あたしの見えないところで。たぶん、誰にもわからないように。どうしよう。どうしようって」

 沈黙は続いた。那野はさらに言葉を紡ぐ。

「…あなたはもっと―――」

 瞬間、低い声が那野の言葉を遮った。

「黙れ」

 ―――あぁ、まただ。

 狂気に満ちた声で。あなたは壁を、作る。高くて分厚い、頑丈な壁を。

「…た、たまにはあたしの話も聞きなさいよ」

 やっとのことで答えた那野の声は細かく震えていた。恐怖と、それから怒りによるものだった。

 あたしは、この壁を壊さなければならない。そうよ、踏み入らなくちゃ。そうよ!

「…もう聞いた、醜女(しこめ)の話は聞くものじゃないな」

 言葉を一瞬にして失う。…もう、どうすればいい。あたしは、どうしたらいいんだ。あんたは、あたしを苦しめて何が楽しい!

 頭をかきむしりたい衝動に駆られる。何かを捻り潰したい衝動にとらわれた。もう、何もかもが、どうでもいいような気がした。

「…もういいわよ! どっかいけば!?」

 消えろ。あたしの前から! 今すぐに! 消えてしまえ!

 結局はこうなってしまうのだ。破局、破綻は迫っていた。というか、最初から壊れていたのだ。最初から、何も築いていない。破綻も破局も何もない。

「…もう話しかけるな」

「こっちの台詞よ!」

 那野は悲鳴のように叫んで、血が出るほどに唇をかみしめていた。

 たまに大人しいと思ってみたらこれだ。

 体全身が熱い。怒りで血が騒いでいるのだろうか。とにかく暑くて熱くて厚くて。

 厚すぎる壁。―――――思い浮かべた。

 ……………あたしには、大きすぎるわよ

 那野はそう呟いてから、悲しそうに――――――笑った。


 分かち合うとか、理解し合うとか、そういう言葉はあたしたちの中には絶対に無いわ。

 那野は自分の中に、怒りの中にも悲しみが浮かんでいるような気がして腹が立った。

 ―――あたしが馬鹿だったのよ。仲良くなんて、なれない。絶対に。不可能よ。


 私の辞書に不可能という文字はない。誰だっけか、こんな言葉を言う奴がいたらしい。

 とにかく、「馬鹿やろう。なんの(おご)りだ。あたしにもその自信少し分けろ!」そう言ってやりたかった。

 はたして、英雄ナポレオンに面と向かって馬鹿やろうと言う勇気が、那野にはあるのだろうか。




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