第3章 遠雷①
第3章 遠雷①
まっすぐに伸びる街道の彼方を、黒い雲が覆っていた。
春の嵐の気配が忍び寄る暗い空の下、私とエルザを乗せたアンナは、魔女の家を目指してひた走っていた。
帰路は行きとは異なり、これといった危険にさらされることもない、順調な旅だった。
だが、私の心は穏やかではなかった。
渡り烏と呼ばれる者による村の襲撃。両親の死。エルザとの出会い。そして、魔女たちの集会。
あまりにも多くの出来事が立て続けに起こり、幼い私の感覚はすでに疲れきっていた。それでも、これからの自分の暮らしについて考え始めると、休むことを忘れたように不安ばかりが湧き上がってきた。
エルザは、私を人里へ返すと言った。
では、どこへ返されるのか。誰が私を引き取るのか。新しい家とはどのような場所で、そこに暮らす人々はどのような者たちなのか。
私は何一つ知らされていなかった。
目を凝らしても、未来には形のない暗がりが広がっているばかりだった。
だが、その不安とは別に、頭の片隅から、もう一つの考えが浮かび始めていた。
燻った薪の奥に残る火のように、それは小さく、鈍く、それでいて消えることなく、ゆっくりと私の心を焦がし始めていた。
まだ昼をいくらか過ぎた頃だったが、日はすっかり陰り、空は夜を先取りしたように暗く染まっていた。
やがて、腹の底を揺らす重い音が、遠い空から伝わってきた。
「一雨来るな。この辺りには雨宿りのできる場所もない。家まで一気に走るぞ」
エルザはそう言うと、アンナの腹を軽く蹴った。
馬は大きく鼻を鳴らし、黒い雲を背負うようにして街道を駆けていった。
私たちがエルザの家へたどり着いた頃には、雨はすでに土砂降りとなっていた。
風にあおられた雨粒が横殴りに降りつけ、屋根や窓を絶え間なく叩いている。私とエルザは濡れ鼠になりながら、逃げ込むように家の中へ転がり込んだ。
火傷に巻かれた包帯には雨水が染み込み、傷口が脈打つように疼いていた。
エルザはずぶ濡れになった帽子とマントを脱ぎ捨てると、すぐに暖炉へ火を入れた。湿った薪が煙を吐いた後、橙色の炎がようやく立ち上がり、冷えきった部屋の空気を少しずつ押し返していく。
玄関口で私の濡れた服を脱がせると、エルザは戸棚から乾いた布を取り出し、私の頭へかぶせた。
「まず身体を拭け。傷口まで冷やせば、治るものも治らなくなる」
そう言いながら、彼女は泥のついたブーツと脚絆を外し、腰の革帯を解いた。
雨を吸った黒い上着とズボンが身体に張りついていたらしく、エルザは濡れた布地を肌から引きはがすようにして脱ぎ始めた。
私は慌てて回れ右をすると、玄関脇の帽子掛けを睨みつけながら、ひたすら自分の身体を拭くことだけに集中した。
やがて着替えを終えたエルザは、私を振り向かせた。
濡れた包帯を傷口から慎重に剥がし、火傷の具合を確かめる。薬液が触れた瞬間、皮膚の奥まで刺すような痛みが走ったが、私は声を上げまいと唇を結んだ。
「やはり子供は傷の治りが早い。すでに新しい皮膚ができ始めている」
傷口を消毒しながら、エルザは静かに言った。
私は包帯を交換する彼女の指先を見つめながら、ずっと胸の内に抱えていたことを尋ねた。
「僕を、どこへ返すのですか」
エルザは手を止めずに答えた。
「王都に、私の知り合いの老夫婦がいる。夫は王立大学で教授をしている人間だ。二人とも子に恵まれなかったから、私が事情を話せば、お前を快く引き取ってくれるだろう」
最後の包帯を巻き終えると、エルザは立ち上がり、私の髪を乱すように撫でた。
「心配するな、ラルフ。二人とも信用できる人間だ。あの者たちのもとでなら、衣食に困ることも、理不尽に扱われることもない」
その言葉を聞いて、幾分か安心したのは本当だった。
見知らぬ場所へ連れていかれ、見知らぬ誰かに預けられる。その輪郭のなかった未来に、ようやくわずかな形が与えられた。
だが、私の中ではすでに、それとは別の選択肢が形を成していた。
「この家に、いてはいけませんか」
厨房へ向かおうとしていたエルザの足が止まった。
彼女は思案するように宙へ視線を向けた後、ゆっくりと振り返った。青い瞳が、まっすぐに私を見下ろした。
「だめだ。お前をこの家に置いておくわけにはいかない。傷が癒えたら、王都へ連れていく」
それだけ告げると、再び厨房へ向き直った。
拒まれることは予想していた。
それでも私は、どうしてもエルザのもとに――魔女のもとに置いてもらう必要があった。
「僕に……魔法を教えてください」
厨房へ続く扉の取っ手に手をかけたまま、エルザの動きが止まった。
今度は振り返らなかった。
「それもだめだ。そもそも、なぜお前が魔法を学びたい」
声には怒りも驚きもなかった。
私は大きく息を吸った。
胸の奥に巣食っていた黒いものを、言葉にして吐き出した。
「渡り烏を殺すためです。僕の故郷と、父さんと母さんの仇であるあいつを……僕が殺すために」
その先は続かなかった。
奥歯を噛みしめると、頭の奥で何かが軋むような音がした。
エルザがどのような引き取り先を用意してくれたとしても、私は初めから、この道を選ぶつもりだったのだと思う。
彼女は何も答えなかった。
私はその背中を睨みつけながら、返事を待った。
暖炉の火がくすぶり、やがて薪の割れる乾いた音が部屋に響いた。それほど長い沈黙だった。
「お前に魔法を教えることはできない。そもそも――」
エルザはわずかに顔だけを振り返った。
そこに浮かんでいたものは、怒りでも戸惑いでもなかった。
憐れみだった。
「人間の男子には、魔法が使えない。どれほど必死に学んだところで、それだけは変わらない」
そう言い残すと、彼女は厨房の扉を開け、その向こうへ消えていった。
厨房から聞こえる包丁や鍋の音を聞きながら、私は年季の入ったソファへ身を沈め、考え込んでいた。
拒まれることそのものは、覚悟していた。何度断られようと、食い下がるつもりでもいた。
だが、人間の男子には魔法が使えない。
それがどういう意味なのか、私には分からなかった。
結局、その理由を知るには、エルザに聞くほかない。
私は暖炉の中で燃え盛る炎を見つめた。
炎はいくつもの形に揺れ動き、薪の表面を黒く焼きながら、それでも絶えることなく燃え続けている。
渡り烏への憎しみもまた、それと同じように、私の中で消えずに燃えていた。
あの頃に抱いていた、黒い塊のような感情を、今の私は正確には思い出せない。
幼い子供の胸の内に、どれほどの怒りがあり、どれほどの悲しみがあり、どれほどの恐怖が混ざっていたのか。それらを一つずつ分けて語ることは、今となってはできない。
ただ、魔女集会からエルザの家へ帰り着いたその日、わずか四歳だった私は、その後の人生を決定づける選択をした。
そのことだけは、今もはっきりと覚えている。
夕食に出されたのは、旅の途中でも口にした鳥の燻製と野菜の牛骨煮込み、それに黒麦のパンだった。
だが、乾燥野菜を使った旅の食事とは異なり、鍋の中にはみずみずしい根菜や葉野菜が入っていた。牛骨の出汁を吸った野菜は柔らかく、噛むたびにほのかな甘みが広がった。冷えきっていた身体が、腹の底からゆっくりと温まっていった。
食事の間、私とエルザは一言も交わさなかった。
彼女の表情から、今は話しかけるべきではないことが幼い私にも分かった。
だが、それだけではなかった。
エルザは何かを思い詰めているように見えた。怒っているというより、遠い記憶に引きずられ、ひどく疲れているようだった。
食事と後片づけを終えると、エルザは私に食卓で待つよう言いつけた。
それから、本で埋め尽くされた青い扉の部屋へ入り、一冊の古びた書物を抱えて戻ってきた。
擦り切れた革表紙の本を机に置き、椅子へ腰を下ろす。
エルザは瞑想するようにしばらく目を閉じていたが、やがて青い瞳を開き、正面から私を見据えた。
「ラルフ・ラングレン。お前が渡り烏を憎む気持ちは分かる。私にも、遠い昔、同じように誰かを憎んだ経験がある」
その口調は静かで、平らだった。
けれど、遠い昔という言葉だけが、わずかに重く聞こえた。
「だが、あれを倒すために魔法の力を得ようというのなら、それは諦めろ。人間の男子に魔法を使うことはできない」
「どうしてですか」
私はすぐに聞き返した。
幼い子供特有の遠慮のなさもあったのだろう。落ち着き払った様子で、先ほどと同じ答えを繰り返すエルザに、わずかな苛立ちを覚えていた。
エルザはそれを咎めず、ゆっくりと言葉を選んだ。
「私たちは、魔法を使えるから魔女になったわけではない。魔女になったから、魔法を使えるようになったのだ」
私は眉を寄せた。
その顔を見て理解していないと悟ったのか、エルザは持ってきた書物を開き、一枚の挿絵を示した。
そこに描かれていたのは、何らかの儀式だった。
頭に冠を戴き、豊かな長髪をなびかせ、美しい甲冑を身にまとった巨人の女がいる。女王か、あるいは物語に登場する王女のような姿だった。
その足元では、何人もの女たちが首を垂れている。
巨人の女が掲げた手からは、幾筋もの光が放射状に伸び、跪く女たちへ降り注いでいた。
「この巨人として描かれている存在は、原初の女神と呼ばれている。彼女は外の世界から地上へ降り立ち、人間の女たちに、祝福という名の力を分け与えた」
エルザの指が、絵の中の光をなぞった。
「神の力を与えられた女たちは、それまで人間には扱えなかった神秘の術を行使できるようになり、人々の繁栄を大いに助けたという。これが、この世に魔女が生まれた最初の出来事だ。今からおよそ三千年前のことだと伝えられている」
私は、祝福を受ける女たちの横顔を一人ずつ眺めた。
そのうちの一人が、どことなく魔女集会の長である光のアストラエアに似ているような気がした。
私が目を奪われている間にも、エルザは頁を繰り、次の挿絵を見せた。
今度も構図はよく似ていた。
だが、祝福を与える側は巨人ではなく、普通の女と変わらない大きさで描かれている。力を受け取る女も一人だけだった。
二人はどちらも若く、その表情には穏やかな喜びが浮かんでいた。
「原初の女神から与えられた魔女の力は、女から女へ受け渡すことで継承される。魔女となった者は、その力を次の女へ引き継ぐまで、神秘の術を行使できる。そして、その肉体が年老いることもない」
エルザは一度言葉を切った。
「一度得た知識を、普通の人間のように時の中で失うこともない。私たちは地上において神の力を代行し、長い年月をかけて知識を蓄え続ける。そのために生かされているとも言える」
最後の言葉には、かすかな自嘲が混じっていた。
「だが、人間の男子は魔女の力を受け継ぐことができない。原初の女神が与えた祝福は、女のためのものだったからだ」
エルザは開かれた本へ目を落とした。
「それでも、力を欲した古い時代の王たちは、その事実を認めようとしなかった。かつて彼らは大規模な魔女狩りを行い、捕らえた魔女を、力の源を調べるための実験台にした」
淡々とした声だった。
だからこそ、その内容は恐ろしく響いた。
「怪しげな薬で心を壊し、身体を切り刻み、子を産ませれば力が受け継がれるのではないかと、無理に子を宿させた。それでも望んだ結果が得られなければ、魔女たちはそのまま打ち捨てられた」
雨が窓を叩いていた。
暖炉では火が燃えているはずなのに、部屋の空気が急に冷たくなったように感じられた。
「やがて、魔女の中にも、嘆きと怒りから報復に走る者が現れた。男たちを虐殺し、女だけの国を築こうとした者さえいた」
そこまで話すと、エルザは深く息を吐いた。
「だが、それも遠い過去の話だ。魔女狩りも、それに対する報復戦争も、長い時の中で終わり、やがて人々の記憶から薄れていった」
彼女は本を静かに閉じた。
「生き残った魔女たちは、人目を避けて暮らすようになった。こうして隠遁しながら、それでも人の世のために働いている者もいる。今のお前が知っておくべきなのは、それだけだ」
私は机の上へ視線を落としたまま、顔を上げることができなかった。
どれほど学んでも、自分には魔法を使えない。
その事実だけでも、幼い私を打ちのめすには十分だった。
だが、それ以上に、エルザから聞かされた魔女たちの過去があまりに痛ましく、何を言えばよいのか分からなかった。
そんな私へ、エルザは言葉を重ねた。
「渡り烏は魔女だ。村で行ったことを見る限り、普通の人間の手に負える相手ではない。同じ魔女の力をもってしても、容易には倒せないかもしれない」
私は黙ったまま、握った拳へ力を込めた。
「家族を殺した者を憎むなとは言わない。あの夜を忘れろとも言わない。だが、その憎しみのために、お前まで死に急ぐ必要はないはずだ」
エルザの声は、どこまでも静かだった。
「これから先、お前にはお前の人生がある。それをどう生きるのか、まずはそのことを考えろ。復讐のためだけに、残された未来まで差し出すな」
大粒の涙が目からこぼれ落ち、開かれた頁の挿絵に丸い染みを作った。
私はうつむき、両手を握りしめ、奥歯を噛みしめた。
胸の内側から憎しみがあふれ出しそうになるのを、どうにか押しとどめようとした。
エルザが席を離れる気配がした。
やがて、私の前へ湯気を立てる茶のカップが置かれた。
私は震える両手でそれを持ち上げ、熱い茶へそっと口をつけた。
夕食の時に飲んだものより香りが強く、わずかな苦みの後から、腹の底へ温かさが沈んでいく。凍えていた何かが、内側からゆっくりと解けていくようだった。
顔を上げると、涙に滲んだ視界の向こうに、エルザの青い瞳があった。
彼女は背筋をまっすぐに伸ばし、その目に強い光を宿していた。
「渡り烏は、必ず私が仕留める」
声に迷いはなかった。
「だから、お前は私を信じて、王都で知らせを待っていろ。あれを追うのは、私の役目だ」
私は頷くことも、首を横に振ることもできなかった。
ただ、エルザの瞳の奥に燃える光を、黙って見つめ返していた。
翌朝、ソファの上で目を覚ました時、私の頭には霞がかかったように、考えがまとまらなかった。
昨夜は、エルザにひとしきり諭された後、泣き疲れてそのまま眠ってしまったらしい。
私は身体にかけられていた毛布をのろのろと剥がすと、顔を洗うために外へ出た。
嵐は過ぎ去っていた。
雨に洗われた朝の空気は冷たく、土と濡れた草の匂いがあたりに満ちていた。井戸から汲み上げた水へ顔を浸すと、刺すような冷たさに頭が少しだけ冴えた。
だが、心を覆う暗雲まで晴れたわけではなかった。
私はエルザの家の前に広がる丘陵地帯へ目を向けた。
自分には魔法が使えない。
それならば、四歳の子供に渡り烏と戦う力などない。それくらいは理解していた。
それでも、両親を殺した存在が、今も世界のどこかで息を潜めている。
そう考えるだけで、腹の奥が煮え立つようだった。
私は濡れた草地へそのまま寝転び、空を見上げた。
雲の切れ間から、淡い朝の光が差し込んでいる。
しばらくそうしていると、家の裏手から、鋭く空気を切り裂く音が聞こえ始めた。
エルザが、毎朝の日課である剣の稽古を始めたのだろう。
私はその音を聞きながら、瞼の裏に彼女の姿を思い浮かべた。
朝日の中で閃く白銀の剣。
その軌跡を追うように流れる長い銀髪。
鳥の羽ばたきにも似た、滑らかで力強い四肢の動き。
思い浮かべるだけで、胸の奥が熱くなった。
「綺麗だな……」
知らず、声に出していた。
誰に聞かせたわけでもないのに、私は一人で頬を熱くした。なぜか、その気持ちは自分だけの秘密にしておきたいと思った。
私は立ち上がると、音を立てないように家の裏庭へ回った。
初めてエルザの剣舞を見た時と同じように、家の陰から目だけを覗かせる。
実際にその姿を目にした瞬間、自然とため息が漏れた。
ただ迫力があるだけの剣技なら、私はこれほど心を奪われなかっただろう。
エルザの舞は、型が美しいだけではなかった。
一つ一つの動きに、彼女自身の内側にある強さが表れているように見えた。
無駄がなく、迷いもない。
静かでありながら、その刃の先には、何ものにも屈しない意志があった。
ふと、エルザが舞う場所の手前に、一本の棒切れが落ちていることに気づいた。
私はほとんど考えることなく物陰から出ると、それを拾い上げた。
突然姿を現した私に、エルザはわずかに目を見開いた。
しかし、何も言わず、そのまま剣舞を続けた。
私は息を吐き、棒切れを両手で握った。
そして、エルザの動きを追いながら、それを真似て振り始めた。
傍から見れば、児戯にすぎなかっただろう。
だが、その時の私は真剣だった。
エルザの足運びを真似て地面を蹴り、棒切れを剣に見立てて振るう。彼女が身を沈めれば、私も膝を曲げた。剣が空を薙げば、遅れて棒切れを横へ振った。
エルザは再び驚いたように私を見た。
それでも何も言わず、剣舞を止めることはなかった。
今になって思い返せば、恥ずかしさに顔を覆いたくなるような姿だった。
数年後、二人で昔の話をした時には、エルザにもずいぶん茶化された。
それでも彼女は、この時の私の心を、きちんと理解していたのだと思う。
エルザの剣技を真似ていた幼い私に、明確な考えがあったわけではない。
ただ、魔法が使えないのなら、別の力を身につければよい。
渡り烏と戦うための手段を、自分の身体で探そうとしていた。
それだけは確かだった。
火傷の跡が引きつるたび、脇腹から肩へ鋭い痛みが走った。
それでも私は止まらなかった。
痛みを無視し、息を切らしながら、夢中で身体を動かし続けた。
やがてエルザが、横一文字に剣を薙いで最後の型を終えた。
遅れて私も、棒切れを力いっぱい横へ振り抜いた。
そして、エルザに倣うように頭を下げた。
顔を上げると、彼女がじっと私を見つめていた。
エルザは剣を収めると、私の前まで歩み寄った。
膝を落とし、私と同じ目線の高さになる。
そして、右肩へそっと手を置いた。
「アストラエアの言った通りなのかもしれないな」
彼女の青い瞳が、私の奥底を覗き込むように細められた。
「お前の中には、炎がある。かつて私の中にもあった、暗い魂の炎が」
ほんの一瞬、エルザは目を伏せた。
だが、すぐに顔を上げた。
「渡り烏を殺したいか」
私は強く頷いた。
「そのためなら、お前が持つものを、すべて懸けられるか」
私はもう一度、強く首を縦に振った。
迷いなど、あるはずがなかった。
エルザはしばらく私の顔を見つめていた。
朝の風が草を撫で、雨粒の残る葉を震わせた。
遠くの空で、嵐の名残のような雷が低く鳴った。
「ならば、私にお前の人生を差し出せ」
エルザの声は、静かだった。
「その代わりに、家族の仇を討つというお前の望みを遂げるための力を、私が授けてやる」




