邂逅_4
いつも通りのバイバイをして、僕は家路へと着いた。帰りたくなかったが、一依に諭されてしまった。今までで一番楽しい時間だった。僕は浦々一依をこの世できっと一番よく知っている。
――絶対に、忘れるもんか。
僕は一依がそうしていたように、七不思議目の書かれた紙に古びて見える加工をすると、スクールバッグの中へしまった。明日の主役を、置いていってしまわぬように。
*****
「ねぇ、これ最後じゃない?」
「ホントだ! 【第七不思議目】って書いてある……」
「これ、七不思議全部聞いたら何かあるのかな? 呪われるとか」
「怖いこと言わないでしょ!」
「えー? ごめん」
「既に怖いんだから! はぁ、今日はずっと、みんなこの話してそう」
「わかる。結局、誰が貼ってるのかもわからなかったし」
「だよね。噂だと、土間に監視カメラつけた……って話だけど」
「誰も目ぼしい人映ってなかったんでしょ? 先輩が話してるの聞いた」
「こわっ!!」
――僕、持永刹那はこの女子生徒のやり取りをすぐ横で聞いていた。聞き耳を立てていても、誰も僕のことなんか気にしやしない。
目の前の掲示板には、僕の作った七不思議目の紙が貼られている。一依の作った、残りの六不思議とともに。六不思議は、教師に回収されても一依が回収し直していた。彼女が持っているのは知っていた。どこに置いてあるのかは知らなかったが、きっと文化棟だろう。
でも、今日の掲示板には第七不思議だけ貼るつもりだった。今まで彼女がそうしていたように。
それなのに。
(この七不思議目、誰が貼ったっていうんだ……?)
確かにスクールバッグの中に入れたはずの、第七不思議の書かれた紙は、僕のスクールバッグの中に入っていなかった。昨日の夜、入れたことは確認した。そこからバッグは、家を出る時まで触っていない。誰も僕の部屋には入っていない。……朝は、寝坊して確認するのを怠ったから、僕が実は夢遊病で、知らないうちに紙を出してしまったのかと思った。
今日僕は、人生最大のやらかしをしていた。寝坊して、そしてみんなが登校する時間に間に合うようにしか、家を出ることができなかったのだ。スマホのアラームは解除されていたし、いつも保険でかけている目覚まし時計も、なぜか今日は音が聞こえなかった。両親は既に出社していて家にはいなかったし、慌てて家を出たものの、着いてみたらこの状態だ。一依から監視カメラも教師の見回りのことも聞いていた。でも全部無駄になった。
目の前にあるのは間違いなく僕が作った紙で、それ以外は一依の作った紙だった。見間違えるわけがない。
キーンコーンカーンコーン――キーンコーンカーンコーン――
「あっ! ヤバッ! 早くいかなきゃ!」
「一限の現代文、漢字テストなかったっけ?」
「嘘!? どうしよ、勉強してない!」
「早くいって教科書見たら?」
「そうする!」
バタバタと隣の女子生徒が走り去り、他の生徒も予鈴を合図に教室へ向かう。
そうして誰もいなくなった掲示板の前に、僕は一人立っていた。もうすぐ授業が始まるが、この紙を置いて教室へは入れない。
「第一……第二……」
僕は一枚ずつ紙を剥がして床に置いた。第一不思議の紙から順に剥がしていったが、やはりこれは一依の作ったもので間違いない。そうなると、これを貼ったのは必然的に一依となる。僕以外、彼女が死してなおこの学校にいたことを、七不思議を作って掲示板に貼り付けていたことを、知っている人物はいない。……となると、僕の作った第七不思議を貼ったのは――
全て剥がし終えた僕は、文化棟へと向かった。わかっている、授業へ出ないといけないことは。それでも、行きたくないのに成績も落とさず毎日出席しているご褒美くらいもらっても、罰は当たらないだろう。今日くらい。
昨日一依と座ったソファに一人で座った。僕以外誰の気配もない。今ここに一依はいない。……取ってきた紙を何度見返しても、どうして貼ってあったのかは当然ながらわからなかった。
「……ねぇ、昨日と少し、話を変えても良いかな? 一依」
そう呟いてから、僕は手書きで大七不思議の最後を書き換えた。まだここにいるはずの彼女が、成仏できたように。
第七不思議の紙だけを持って、僕は走って校舎へと戻った。授業中、今ここには誰もいない。急いで掲示板に第七不思議を貼り付けて、僕は文化棟へ荷物を取りに行き、そのまま何食わぬ顔で二限になったら教室へ入ろうと思っていた。
ソファに座った後うっかり眠ってしまって、目を覚ました時には二限が始まっていた。科目は体育、僕は体調が悪いフリをして見学するつもりだった。
「――あ」
土間を通った時、自分がさっき貼った第七不思議がまだ残っていることに気が付いた。誰もまだ見ていないのだろうか。
「あれ?」
そこに、見覚えのない文字があることにも気付く。
「ありがとう」
僕が書き直した第七不思議のラストの横に、そう一言書かれていた。
「……一依?」
あぁ、やっぱり一依だったんだ。僕の書いた紙を持って行ったのも、残りの紙を貼ったのも。
「ねぇ、成仏できた? 一依は迷ってない? 寂しいけど、さよならしなきゃね」
独り呟く。僕は察していた。文化棟から一依のいた気配が消えて、もう誰もいなくなってしまったことを。つまり一依は、成仏したか成仏できる状態にあるということに。
「刹那」
僕を呼ぶ声がして思わず振り向く。