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邂逅_1


 ――初めて見た時、僕は彼女が人間だと思った。やせ細った肢体が制服からのぞいていて、無性に心配になった。そして、失礼かもしれないがなんなく彼女の境遇を察した。だから、可哀想だと思った。でも、何も言われなかったからこちらからも話しかけなかった。

 二回目に会った時、僕には友達がいなかったから、思わずそんな妄想をするんだと思ってしまった。だって、彼女の写真が新聞に載っていたから。【浦々一依】なんて珍しい名前、この世に一人いればいいほうだろう。それが彼女だった。

 三回目に会った時、彼女は死んでいるんだと理解した。よくよく見たら後ろの透けた身体。この世に身体の透けた人間なんていない。写真の載った新聞には、大きな文字で【高校生が自殺】と書かれていた。


 他の人がどう思うか知らないが、僕にとって彼女はこの学校で初めての友達だった。僕は一年だから、彼女のことはよく知らない。新聞に載っていた情報が全てで、彼女は僕の二年先輩だった。卒業を待たずに、彼女は死んだ。彼女は家ではネグレクト、学校でも無視されていた。どこにも居場所がなかったことを僕は察した。


 彼女に僕の顔は見えないという。僕から彼女はハッキリと視えるのに。僕はまるでぼんやりとした影のようで、彼女にカゲと呼ばれた。実際、存在感も薄いから、僕にとってはちょうど良いあだ名だった。僕は本名を教えなかった。あの世の者に、自分の名前を教えるのが怖かったからだ。一人称も僕から俺に変えた。彼女の目の前でだけ。本当のことを知られるのは、できるだけ減らしたかった。いつもは使わない俺という一人称は、初めはむず痒かったが次第に慣れていった。


 彼女――一依は、自分が死んだことを理解していない。それどころか、僕が死んでいると思っている。……だから僕は、自分ではなく彼女が生きていると仮定して、普段調子を合わせていた。


 七不思議を作ると言い出した時は、正直「何を言っているんだ」と思った。自分が七不思議になり得るかもしれないのに、と。

 だから僕は、最後の第七不思議目を一依の話にして、彼女に『自分が既に死んでいること』を理解してもらうことにした。それが必要かどうか聞かれたら、わからない。――わからないけど、彼女は知るべきだと感じた。伝わるかどうかは賭けだった。誰だって、生きていると思っていたのに実は死んでました……なんて言われても、信じられないだろう。仲良くなってから死んでますと言われても、納得できないかもしれない。どんなやり方が一番最適なのかはわからない。ただやらなければという使命感だけで動いていた。


 彼女は捻くれているけれど、根は純粋だから成仏できる。優しくて思いやりがあり、好奇心旺盛だが独りで臆することなく過ごす強さもある。……それに、酷いことをした家族を恨んでいる節も、それを放っておいた周囲を恨んでいる節も見られなかったから。

 友達がいなくなってしまうのは悲しいが、僕の都合でこの世に留まらせるのも何か違う。話してみて思ったが、生きているうちに出会えたなら、僕たちはきっと友達になれた。それは一依も認めてくれたから、自信がある。だからこそ、死んでからしか出会えなかったことが悲しくて腹が立つ。……生きている間、視界の端っこにいたかもしれない彼女の存在に、一切気が付かなかったことにも腹が立つ。


 順当にいけば、今話した第七不思議の感想を聞いて、僕と一依の関係は終わる。……終わらせるつもりだ。少なくとも僕は。いつまでも慣れ合っていちゃいけない。彼女はこの世に未練ができて成仏しなくなるかもしれないし、僕は僕であの世へ引き摺られたくはない。まだ死にたくない。未練というほどの未練もこの世にないが、死にたいと思うほどの絶望も無気力も、彼女のおかげでなくなった。


「――どうだった?」


 いつもは一依が僕に言う台詞を拝借する。真面目な顔をして僕の話を聞いていた彼女は、呼びかけにハッとした顔をして、なんと答えるか考えているようだった。


「なんていうか……なんていうか……」

「うん?」

「こっ、この子、私みたい……? っていうか、私……?」


 ハラハラと涙を流している。泣いているのを見るのは二回目だ。あまり良い気分じゃない。


「私……あ、あれ……? なんで……? なんで? あれ、あれ?」


 指で流れた水跡を拭い、上を向いて目をパチクリさせてどうにかしようとするも、簡単に涙は止まらないらしい。今はきっと、心が混乱しているのだと思う。――そりゃあそうだ。僕は一依と一緒にしてきたことを拝借してこの話を作った。一依から借りたのは台詞だけじゃない。自分が辿った人生に似た話を聞かされて、何も思わないはずがない。自分以外に同じ経験をした人間がもしいたのなら、意識せずとも泣いてしまうほどに辛い経験だった。ただ新聞を読むだけの、教師に『生前少し付き合いがあった』と嘘を吐いて引き出した情報を突き合わせるだけの、たったそれだけの情報しか持ちえない僕ですら、話を作る時も話し終えた今も酷く気持ちが淀んだのだから。

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