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第一不思議【誰のものでもない原稿】_1


 ――これは、何日か雨の続いた、少し寒い日の話です。


 その日、私は文化棟へ来ていました。授業で使うことはないけれど、部活はこの棟で行われていたからです。私は文芸部で、小説や詩を書いていました。決して大きな規模の部活じゃないけれど、先輩も後輩も、みんな気の良い人たちばかりで。とても心地の良い部活です。なかなか全員一度に集まることは難しかったけれど、年に一回発行している私たち部員の作品を集めた部誌を刷るこの日は、何とか集まることができました。


 職員室で部誌を刷った後、中身を確認するために一度文化棟へ戻ったんです。二手にわかれていました。職員室で印刷する組と、文化棟の部室で文化祭の準備をする組と。


 ――あ。季節は秋、文化祭を目前に迎えた時でした。私たち文芸部は文化祭で、全員の作品を載せた部誌の無料配布、各自が不要になった漫画や文房具を欲しい人へ配ったり、ちょっとした飲み物とお菓子を用意して、子供向けに本や紙芝居の読み聞かせを毎年しています。その年も例外なく。

 これが結構好評で。文房具や文庫、絵本を寄付してくれる生徒や先生もいたし、この日のために美術部と協力して、紙芝居を作ったりで。割と楽しみにしていたんです、部員はみんな。中には、自費出版の本を持ってくる部員もいましたね。あっ、そこはオリジナルです、オリジナル。


 ……話を戻しますが、私はこの時の組み分けで、印刷する組にいました。だから、何度も印刷機を動かして、ざっくり印刷の向きやサイズが間違ってないか、途中で切れたり掠れたりしていないか確認して。そういうのは、よく覚えています。

 戻ってからみんなで製本しようと、ページ毎に山を作って、部室へ戻ったんですね。ホラ、みんなで確認したほうが、間違いも減るでしょう? 作業時間も短くなるし。人手はね、多いほうが良いんです。


 ここで、直観的に思ったんです。「あ、なんか今日は人が多いな」って。部員全員いるから、当たり前と言えば当たり前で。それで、各自自分の作品がきちんと印刷されているか、チェックしたんです。まぁ、誤字脱字、解釈違いみたいなのはもう直せないから、事前に読み回したりして校閲みたいなことはしていて。恥ずかしいじゃないですか。学校外の人が持っていく可能性もあるんですから。


 そこで、気が付いたんです。


 誰の手元にも戻らない、ページの束があることに。


 おかしくないですか? 全員、自分が書いたものを持ってるんですよ。その瞬間、見直しというか、間違いなく印刷されているかどうか、確認しているんですよ。それなのに……ですよ?


「全員、目の前に自分が寄稿した作品の印刷物を置いてくれないか?」


 そう言ったのは、部長だったと思います、多分。だから、みんなで囲んでいた大きな木製の古いテーブルの上に、印刷物を置いていったんです。勿論、私も置きました。できあがりはホチキス留めした簡単な製本になる予定でしたけど、ちゃんと目次も作っていて。あんなに大きなホチキス、製本の時くらいしか使わないですよ。サイズに驚きました。ペンネームもね、一丁前に付けてたんですよ。……私? 私のペンネームは内緒です。この話に必要ないですから。

 それで一回ちょっと机から離れて、目次の上から話のタイトルとペンネームを言って、該当者が該当の印刷物を手にとって、またテーブルから離れることにしたんです。そうしたら、当該の印刷物を持つ人が残るだろうから、と。


 順にみんな、呼ばれていきました。私もそのうち呼ばれて。印刷物を手にとって、机からまた離れて。一番最後は、部長でした。ちなみに、一番最初は副部長です。昔から部誌に載せる順番は、そういう流れだったらしくて。

 こうして最後に部長が自分の印刷物を手に取って、テーブルには件の印刷物だけがポツンと残されました。確認したけど、目次の作品数とその場にいる人数は一致していました。


 そもそも、目次にもなかったんです。そのページ。


 それでよく見たら、ページ番号も振られていなくて。一枚は印刷機の故障みたいに両面真っ黒で、一枚はインクの染みみたいなのが大小沢山、不自然に一部掠れていて、残りの一枚はただひらがなが適当に羅列されているように見えました。びっしりと、印刷範囲内めいっぱいに。


 最低限、意味のある言葉も見られなかったし、簡単な文章にすらなっていないそれは、異様な印刷物でした。


「誰の悪戯だ?」


 部長がそう言ったと思います。そりゃあそうですよね。誰も該当者がいなくて目次にもないとしたら、こっそり悪戯目的で部員の誰かが入れたくらいしか、考えられないですもん。

 でも、みんな顔を見合わせたりするだけで、誰も何も言いませんでした。『とても言える状況じゃない』……っていうよりも『本当に誰も何も知らない』っていう雰囲気でしたね。少なくとも、私はそう感じました。勿論、私がやったんでもありません。


 空気は一瞬で、険悪なものになりました。


 けれど、まだ製本作業が残っています。気持ちを切り替えて、目次通りに印刷物を並べて、順番が間違っていないか入れ忘れはないか、確認しながら本を作っていきました。


 全部作り終えて、作ったものをダンボールへ詰め込んで、その日の仕事は終えました。これはもう、文化祭当日までこのままです。作業は終えましたからね、当日に開封するんですよ。汚してもいけないし。


 印刷された、そのよくわからない紙の行方? ですか? 部長と副部長で、シュレッダーにかけたそうです。気持ち悪いですもんね、手元へ残しておくのも。

 ……だから、一枚もないはずだったんです、残りは。えぇ、一枚も。

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