巨人号の事件61
「事実というからには、証拠がおありでしょうね?」
当然の疑問に
「まあ、証拠といえば証拠ね。あからさますぎて証拠と言うのもおこがましいぐらい……その前にツァーリ、このようなことを申すのはあなたに対して失礼なのだけれども、確認しておかねばならないことがあります」
「なんでしょう?」
「あなた、実は目がまったく見えていないわね?」
叔母のことばに、少年はまたおどろく。
(ツァーリさんが見えていないだって?まさか!)
むしろこの従者のふだんのふるまいは、近眼や老眼とも無縁の優視力者にしか思えない。
周囲も「まさか」とざわつく。
しかし意外なことに、指摘された従者本人は魔美子の失礼なことばに対して黙したままだ。否定しないということは、視力がないというのは事実なのか。
(信じられない!)
魔美子は
「あなたは目が見えない。なのに、他者からそうとはわからないほど完璧に周囲の気配を読み取っている。おそらく、魔素の流れを読んでいるのでしょう?たいへんな修練のすえに獲得したものと推察します、敬服するわ。あなたは自分のその能力に絶対の自信を持っていた。だから、部屋の中に気配が一切ないと判断したうえで、われわれの部屋に侵入したのでしょう。ただそのとき、あなたにとっては不運なことだったけど、あたしは部屋の中にいたのよ」
「なっ、バカな!?そんなことが!?」
思わずツァーリはことばをもらす。自白したようなものだ。
魔美子は続けて
「そのときのあたしは、自らを深瞑想状態までに追い込んで一切の気配を消した仮死状態にあった」
あっ、あの固まった状態か?ねえさまったら、ぼくのいないときにもやっていたんだな。
「あなたがだれもいないと思って部屋に侵入したその一部始終を、あたしはじっと見ていたのよ」
口の端を笑み曲げると
「最初、指先一つ動かすことができないあたしは、部屋にだまって入ってきたあなたに暗殺されるのかと思ったわ。けれどあなたがあたしをまったく認識していないようだったから、そのままの状態を維持した。あなたは金庫を開けると短剣の柄の宝石を取り替えて、部屋を出ていった」
「なぜ、それを今まで(ぼくに)言わなかったの?」
甥の問いに
「従者である彼が動いているということは、斑玉家の策謀があるのかと思ってあえて放置した。なにせ、この船内は斑玉家のテリトリーだもの。ヘンに騒いでも危険だと判断した。まさか、その剣で鬼利江さんが殺害されるとは思わないもの」
魔美子の解説に、
それまで黙っていたツァーリは
「……まさか、あのときあなたが部屋におられたとは思いませんでした。運が悪い……というより、あなたの瞑想の深さをほめるべきでしょうな。わたしの感知を逃れられる魔道者などほとんどおりますまい」
くやしさだろうか、重く押し殺した声音だった……ということは、彼が宝石を取り替えたのはほんとうなのだ。そして、そのことはつまり
「ツァーリ!あなたがなぜ鬼利江おばさまを殺しなど!?」
崩子のさけびに、
従者はその(ほんとうは見えていないという)両眼を向けると、すごい表情で耳の端まで口を笑み曲げて
「クククククッ。そうよ、そのとおり。おれがあの女を刺した!」
さけぶと
「そもそも、おれがなぜあんな無能な女に仕えていたと思う?それは無論、鬼利江があるじでいることが、おれにとって都合が良かったからだ。魔道家の実態をなにも理解しておらずおれに頼ることしかできないあのあわれな中年女は、おれの言うがままに動いた。事実上、この斑玉家の一切がおれの思うがままに動いていたのだ。鬼利江はおれのあやつり人形にすぎなかった!……なのに、その人形がおれの意向を無視して勝手なふるまいをはじめるようになった。それはすべてお前のせいだ、陽城!」
翔之介を(見えていない目で)睨む。




