表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

White striker

 ヘルルカに手を引かれ、ではなく、ずいずいと押される形で病院のロビーへと連れ出された。ぐるりと内装を一望するが、目立って地球のそれと変わっているところはない。強いて上げるなら、待合所のソファや照明の装飾が凝っているくらいだろうか。地球の病院が白一色の無味無臭な場所であるのに対して、この宇宙の病院はところどころに金や銀なぞの細工が飾られた華やかな場所だ。


 病院が白を基調としている、というのは色彩心理学によって証明されているからで、この宇宙でも同様の学問が発展しているから同じような内装、色彩になるのだろう。考えてもみればそれは当然なのかもしれない。ヘルルカらがホモ・サピエンスかはさておいて、俺と姿形はほとんど変わらないのなら、彼らが受ける心理的な作用は俺と似通ったものになるはずだ。


 まぁ俺は心理学を専攻しているわけではないので、そういったあれやこれやはよくわからないのだが。もうそれこそダース単位で解剖したり、実験したりしないと、ヘルルカ達と俺達の差異はわからない話だ。むしろこの場合、俺個人が解剖されないだけマシと言えるのかもしれない。彼女の善性に感謝しないと。


 そういえば道中、彼女を見て会釈する人をたくさん見たが、あれはなぜだろうか。そういえば車椅子に押されていた時も彼女を見て同じような反応を示している職員だったり患者がいた気がする。なんだろう、この病院の院長の孫娘とかだろうか。


 いや?王国と言っていたから実は彼女は大貴族、とはいかずともそれなりの貴族の子女なのではなかろうか。病院のロビーを見る限り、彼女ようなひらひらとしたドレスを着ていた人間は一人もいなかった。あれがコスプレとかでなければさぞかしちゃんとした身分なんだと思う。


 「さぁ、どーぞ、どーぞ!」


 目の前を歩く少女からはそんな感じはしない。そんな感じとは貴族っぽいとか言うことだ。本物の貴族に会ったことはないが、よく漫画や小説、映画などで見る貴族のような傲岸さや不遜さ、他には偉そうに顎をしゃくっている様は彼女からは想像できない。


 なんと言えばいいのか。普通の少女が華やかなドレスを着ている。そんな印象しか浮かばない。これは俺の想像力が乏しいからだろうか。


 そんな見た目は気品ある少女、中身は町娘っぽいヘルルカに押され、病院の外へ出ると、黒塗りの車が、そう車が停まっていた。驚きだ。目を見張ってもおかしくはない。だって車だ。車だぞ?人類の叡智、車輪を有効活用した大衆向け移動装置「C.A.R(く.る.ま)」だぞ?


 いやいや。どこからどう見ても車だ。動力はなんだ?電気?水素?それともガソリン?もしくはこの宇宙由来の別の何か?いやはやSF作品に出てくる乗り物なんて車輪がないものばかりだったから、てっきりそういったものが迎えにくると思っていただけに盲点だった。宇宙に大規模な居住施設を作れるようになってもこういった部分はあまり進化しなかったのか?


 疑問は尽きない。尽きることがありえない。互いに天体望遠鏡でも観測できないほど遠く離れているだろう二つの惑星で、ここまで技術で似通った部分がある、というのは偶然にしては出来過ぎだ。


 西と東、地球の西端と東端でさえ100年近くの技術的格差があった時代があったのだ。いわんや、遠く離れた惑星同士でも隔絶した技術差があるだろうと思っていた。車椅子はまだわかる。怪我人や下半身不随の人間を移動させるために機械を使うというのは非効率的だ。しかし車は人類の中でも最も身近な移動手段だ。それが未だに車輪という非効率的なものを使っていることに驚いた。それこそSF作品にあるような飛ぶ車の方が路面の状態を気にしないで走れるから効率的だ。


 わからない。この宇宙の技術ツリーが見えなくなった。ベランダでガラスの向こうの宇宙と茶色の星を見た時は現代の地球よりもはるかに技術が進歩しているのだと思っていたからだ。


 「どうしました?そんなに車が珍しかったですか?」


 ヘルルカが車内の奥から身を乗り出し、扉の前に立つ俺を上目遣いで見つめてくる。ハッとなって俺は正気に戻った。なんでもない、と誤魔化すが、訝しむような目でヘルルカはまだこっちを見てくる。仕方のないことだが、ちょっとだけ考えに没頭し過ぎていた。本当になんにでも驚いてしまう。


 気分を変えようと窓の向こうの景色を見てみると、ベランダから一瞥した町が広がっていた。極めて現代的な街並み、高層ビルがないのはここが宇宙空間にある町で、高さ制限があるからだろう。同じような高さの建物が乱立しているのがいい証拠だ。


 車はハイウェイに乗り、さらに加速する。赤、青、緑といくつもの車がこちらを追い越していき、窓の向こう側には俺とほとんど見た目も変わらない普通の人間の姿があった。肌が緑がかっていたり、蛸足というわけでもなく、まして昆虫とか言うわけでもなく、本当にどこからどこまでもホモ・サピエンスと変わらない異星の生命体が笑って、車を運転しているという事実、それは有り体に言えばワクワクする光景だった。


 もしこの映像を地球に持ち帰ったとしても、ただのフィクションと笑われて終わりだろう。宇宙人とはこうあるべき、というステレオタイプが先行しているから、宇宙人らしくない世界がカメラの向こう側にあるから。——だから今俺が目にしている光景は俺だけの世界だ。俺だけの研究対象だ。そう考えると自然と優越感に似た感情がふすふすと心臓の辺りから駆け登っていく熱湯のように込み上げてきた。


 「何か楽しいことでも?」

 「え?そう見えましたか?」

 「笑っていましたから」


 ヘルルカは短く答える。彼女の手元に視線を落とすと、懐中時計を模した機械からホロディスプレイが写り、何かの映像が映し出されていた。角度的によく見えなかった。


 「これからこのカリシアイアの第六区画に向かいます。そこで、まぁちょっとしたものに乗ってもらいます」

 「なにそれ、電気椅子?」


 「電気椅子って。そんなんじゃなありませんよ。もっといいものです。きっと座り心地は最高でしょうね」


 実験用の固定椅子とかではなかろうか。座ったら手足が拘束され、手術台コースと噂の。ありえない話ではない。俺のことを解剖しようと思って色々としてくる可能性はある。この十日間、包帯が取れてからは改めて、と言われて採血やらをされたが、よし今度は体にメスを入れるね、と言ってきてもおかしくはない。こっちから見てそうであるように、向こうから見てもこちらは宇宙人なのだ。


 警戒はしても意味がない。まずもってヘルルカからもらったアミュレットがなければ会話ができず、言語がわからない俺がヘルルカらから逃亡できてもここは宇宙に浮かぶ孤島のようなもので、逃げ場なんてものはないのだから。


 「——さぁ着きましたよ。ここが第六区画第377工廠です」


 野暮な発想、恐怖が正面から襲いかかってくるような想像ばかりしていると、車が停まり、ヘルルカに押し出されながら下車させられた。周囲を見渡すと、工場というよりも倉庫というイメージが正しいように思える。三角屋根の五階建ての建物がいくつも横並びに建っていて、ヘルルカはその内の一つの扉を押した。


 ギィーという耳障りな音と共に扉は開く。彼女に連れられて中に入ると、狭い通路があり、奥へ奥へとヘルルカは進んでいく。外見がボロかったに反比例して、中は意外にも清潔だった。少し進むと受付ロビーらしき開けた場所に出た。窓口に座る男性にヘルルカがポケットから取り出したカードを見せるとすぐに奥へと案内された。


 驚くほどに人は少なく、本当にここが工場なのか疑いたくなってしまう。工場と言えばもっとこう、機械類いっぱい、重機の音がけたたましい、という印象があっただけにここまでひっそりとしているのは驚きだ。試しにヘルルカにその話題を振ってみると、彼女は苦笑いしつつ肩をすくめた。


 「ここは仕上がった物の動作確認をする場所ですからね。試験場でもなければ製造所でもない。本当に正しく電源が入るか。それを検証するためだけに存在していますから。人手も少なくて済むんです」


 なるほど。動作確認、それもオンオフの点検のためなら大規模な施設は必要ない、という話は筋が通っている。そんなの試験場でやればいいじゃん、とも思ったが不都合があるんだろう。


 「ええ。工場施設が近ければ動作確認の際に起きた不具合をすぐに解決できますから。試験場の近くに工場を置けばいい、という人もいるんですが、それだと十分な空間を確保するために財を投じなくてはいけません。まぁ要は節約ですよ」


 なんとも悲しい不都合もあったものだ。昔のレシプロ戦闘機は工場で作ったものを一回バラして牛に牽引させていた、なんて話もあながち創作だけの話でもなさそうだな。まぁ、それはそれとして金がないから、というのは世知辛い話ではあるが。


 「でもつい数週間前に完成したあいつは()()()動かなかった。その理由はわかったんですが、条件が厳しくて」


 「条件?」


 「見て貰えばわかります」


 そう言ってエレベーターらしき箱の中にヘルルカは入り、3階のボタンを押した。グオングオンという音を立ててエレベーターは登っていく。エレベーターの中でヘルルカはずっとホロディスプレイだけを見ていて、自分から話そうとはしなかったので、俺も沈黙を貫いた。


 ガシャンという音が鳴り、エレベーターが止まる。病院にもエレベーターがあったから大して驚かなかったが、改めて思うと宇宙に居住するほどに文明が発展しているのに、まだ音が鳴るんだな。無音のエレベーターなんて地球でも実用化されているのに。あるいは工場区だから古い型のエレベーターを使っているのか?病院のエレベーターは速く、無音だったわけだから、その可能性はたかいかもしれない。


 エレベーターの扉が開くと白い通路が見える。左側に壁、右側に窓があった。しかし窓の向こうに見えるのは工場の外の景色ではなかった。


 窓の向こうに見えたのは白い巨人だ。動かず、無機質な鋼の戦士。それは沈黙を保ったまま、俺とヘルルカを見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ